乳腺と向き合う日々に

2025.04.22

エストロゲンレセプター低発現早期乳がんにおける内分泌療法の適応拡大

乳がんにはさまざまなサブタイプが存在しており、特にホルモン受容体陽性と陰性、HER2タンパク陽性と陰性は非常に大きな分類の基準になります。それぞれ2×2になるので4タイプ、ホルモン受容体陽性HER2タンパク陰性がルミナールA、同じく陽性陽性でルミナールB、陰性陽性でHER2-enrich、陰性陰性でトリプルネガティブタイプと分類されます。
この4タイプは治療における考え方が全く違ってしまうので、非常に大きな影響があります。

ただ陽性陰性が白黒はっきりしていればいいのですが、こうした場合の常で灰色の時があります。

HER2タンパクについては0、1+、2+(Fish-)、2+(Fish+)、3+と別れており、2+(Fish+)が陽性として扱われ、HER2に対する治療薬が選択されてきましたが、エンハーツの登場でその様相が全く変わってしまいました。低発現である1+、特に2+(Fish-)に関しては、抗HER2療法が効果があることが明らかになっており、すでにその知見を活かした治療は始まっています。

ホルモン受容体に関してはHER2タンパクと違う基準が設けられており、がん細胞の中の受容体陽性の細胞の比率と、その強度であらわされる基準が多く採用されています。90%++とか5~10%+という風にあらわされます。

ただ我が国ではプロゲステロンレセプターだけが陽性などの症例はともかく、エストロゲンレセプターに関しては1%でも陽性であれば原則ホルモン剤が投与されているので、あまり”低発現”という概念がありませんでした。低だろうが、高だろうが治療は行われているからです。

しかし米国では全国データベースの分析により、エストロゲン受容体(ER)レベルが低い早期乳がんを患う米国人の40%以上が内分泌療法を受けていなかったことが判明しています。5年10年と投薬を続け、処方を受けていれば治療費が高額な米国では負担も大きくなります。そうした影響もあるのかもしれません。

しかしER発現率が1~10%の女性において、内分泌療法の省略は3年間の死亡リスクの23%の上昇と関連していることが同時に明らかになっています(HR 1.23、95%信頼区間1.04~1.46)。

このリスク上昇の大部分は、ER発現率が6~10%の患者で占められていました。ちなみにわが国ではERが5%以上陽性であればまずホルモン剤は投与されていると思いますので安心してください。

そして術前化学治療の適応とされ、これを受けた患者のサブグループ解析では、術前化学治療を行っても病変が残存していた場合、内分泌療法を省略してしまうと全生存率(OS)が有意に不良であったことがわかっています。
今回の研究からは、術前に化学治療を行っても完全奏効に達しない、そして病変が残存していた患者が内分泌療法から恩恵を受ける可能性が最も高いことが示唆されました。術前に化学治療を受けた患者のサブグループにおいて、逆に病理学的完全奏効に達した患者では内分泌療法の省略がOSに有意な影響を与えませんでしたが(HR 1.06、95% CI 0.62-1.80)、残存病変が残った患者では間違いなく生存率が悪化しました(HR 1.26、95% CI 1.00-1.57、P =0.046)。

「理由はおそらくかなり単純です」とこの研究の責任者であるゲッツ先生は述べています。
「残存病変がある場合、ER陽性の腫瘍細胞が濃縮されている可能性が高いです。私たちはその点については調べませんでしたが、過去に他の研究者が調べています。私たちの推奨の一つは、化学療法後に乳房内に残存する腫瘍を再検査することです。」

実際 ER陽性細胞はホルモン剤が効果を発揮しますが、抗がん剤は効きにくい傾向があります。逆にER陰性細胞は抗がん剤しか効果がありませんが、効果はER陽性細胞より高い傾向があります。ですので、抗がん剤を施行して生き残ったがん細胞ではER陽性細胞がより濃縮されている可能性が高く、これをたたくにはホルモン剤を使用するしかないし、それを省略することは、ERの陽性率にかかわらず、危険であると考えられるのです。

したがって、ERが6-10%の乳がん患者さんではホルモン剤の使用はすべての方に勧められます。
特に術前化学治療を施行しても完全緩解が得られず、腫瘍が残存しており、その中にER陽性細胞が含まれていた患者さんでは、ホルモン剤の省略は非常に危険と考えるべきだと思われます。