乳腺と向き合う日々に

最新トピック

ホルモンレセプター陽性HER2陰性 転移再発乳がんの方への情報

私がたびたび引用している米国臨床腫瘍学会(以下 ASCO)ですが、今年の学会が終了してほぼ2か月経過した今の時期、その学会で発表された大きなデータをもとに、彼らが推奨する標準治療の刷新を発表します。
標準治療とは、日本の”標準”という意味合いと少し異なっていて、”王道”というほうが近いかもしれません。がんの治療は命がかかっていますので、松竹梅で決められてはかないません。最善は一つ、よって王道も一つ、それが標準治療です。(ただし現状、どちらが優れているか決められない時は2-3つの選択肢が提示されていることもあります)

ASCOが標準治療として定めるガイドラインが改定される、その際にはかれらはその新しい項目をピックアップして発表します。変更のないところはあえてもう一度発表しなおす必要はありません。なのでその発表を読めば、今年どんな新しい治療が開発されたのか、そしてその治療はいままでの王道とされてきた治療を塗り替えるものだったのか、あるいは今までにない新しいバイオマーカー(指標となる検査結果、それによって最善の治療方法が変化する)が出てきているのか、一気にまとめて知ることができるのです。(なんて便利なのでしょう。)

先日も”FACEBOOK”にてASCOから発表がありました。
ちなみに乳がんだけではありません。様々な臓器のがん、大腸がんや膵がん、様々に進行したがん、早期がんや、進行がん、転移性のがんなど、それぞれについて今年の最新のデータを基にしたガイドラインの改定が、別々にまとめられ発表されていきます。さまざまな先生方が集まって、今年の新しい発表に他の学会の発表や論文も加えて、話し合いを重ね、できるだけシンプルに整理して発表されていく、そんな感じです。(ああ、本当になんて便利なのでしょう。)

スペース
今回は、ホルモンレセプター(HRと以降は略します)陽性 HER2陰性 転移再発乳癌について、の発表を紹介したいと思います。そこで提示された、今後 ASCOが推奨する標準治療方針です。
もちろん現在治療を受けられていない方にとって、またがんではない一般の方にとってはこの知識は不要かつ、理解が難しいと思います。現在 再発乳がんで治療中の方で、その治療から得られる効果が次第に弱くなってきている、効果が得られなくなるかもしれない、そんな不安を抱えている方のために書かれた記事と思ってください。
1PIK3CA遺伝子に変異を有している進行乳がん、転移性乳がん、男性乳がんに対しては、ホルモン剤 + CDK4/6阻害剤(筆者注:日本ではイブランス®やベージニオ®がそれにあたります)の使用が有効でなくなった際に、Piqray®(これは商品名です。日本では異なる名称になるかもしれません。)(アルペリシブ)の使用を推奨する。ただし副作用*に厳重な注意が必要である。
(*筆者注:SOLOR-1と呼ばれる臨床試験の結果を踏まえてこの発表がなされている。その研究の中で、アルペリシブは副作用として強い耐糖能異常を来すことがわかった。つまり糖尿病状態になる。)

2CDK4/6阻害剤は、閉経後女性に対してはノンステロイダルなアロマターゼ阻害剤(筆者注:日本ではアリミデックス®、フェマーラ®がそれに相当する)との併用を勧め、閉経前女性に対しては何らかの卵巣機能抑制(外科的に卵巣を摘出することを除けば、ゾラデックス®や、リュープリン®などのLH-RH製剤を使用する)を行った上で、それらを行うことを推奨する。

3次世代シーケンサー(筆者注:腫瘍におけるDNA異常を解析する装置)を用いて、PIK3CA変異、BRCA1あるいはBRCA2変異、そして全症例に適応することはまだ時期早々と思われるがESR1変異(筆者注:これが変異すると、ホルモン剤を使ってホルモンによる刺激をブロックしても、勝手に細胞が刺激を受けているかのように振る舞い、分裂を始める)を標的として調査することで、治療方針の作成に役に立てることを推奨する。

これらが示されました。難しいですね。
この記事に興味を持つ方以外だと、理解は難しいと思います。ただすでにホルモン剤とCDK4/6阻害剤を飲んでおられる方で、さらに効果が弱くなって来られている状態の方だと、不安な日々を送られているでしょうから、こうした記事は理解もでき、興味もあるのではないでしょうか。

つまり先述した状態の方であれば、こう読んでほしいのです。

PIK3CA遺伝子の変異を調べ、その異常が見つかれば、アルペリシブという新薬が効果を示す

これが今年新しく示されたのです。

Andre F, Ciruelos E, Rubovszky G, Campone M, Loibl S, Rugo HS, et al. Alpelisib for PIK3CA-Mutated, Hormone Receptor-Positive Advanced Breast Cancer. N Engl J Med. 2019;380(20):1929-40.

実際の論文には図のような結果が示されました。
PIK3CA遺伝子変異陽性の腫瘍を持つ再発患者さんが、フルベストランとアルペリシブによる治療を受けられた場合、フルベストラント単独と比較して、5.7か月から11.0か月も進行を遅らせることがわかりました。たった5か月程度と思われるかもしれませんが、ほぼ倍に伸びています。それから言えば1年で進行する方なら2年に延びる可能性がある、と考えると非常に良好な結果であるといえます。
ただ同時に行われたPIK3CA遺伝子変異のない方での検討では残念ながら差が認められませんでした。

3でも示されているように、PIK3CAというバイオマーカーを参考にして、それが陽性であればアルペリシブが効果があります。
また以前紹介したようにBRCAというバイオマーカーを参考として、それが陽性であればPARP阻害剤、具体的には日本ではリムパーザが効果があります。

以前はホルモンレセプター(HR)、あるいはHER2、この二つが代表的なバイオマーカーでしたが、今ではこれに加えてPIK3CA、BRCA、さらに免疫チェックポイント阻害剤のバイオマーカーであるPD-L1が加わったことになります。単純にHR陽性陰性で2、HER2の陽性陰性で2、と2の5乗、32種類のがんが分類されたことになり、治療も応じて複雑化してきています。将来は次世代シーケンサーで一気にバイオマーカーを検査して、適切な治療法をAIが提示してくれる、そんな風になりそうです。

現在、日本で保険適応とされているのは2だけになります。
3は一部で可能になっています。ただ文面からはPIK3CA変異の検査はルーティンとして施行するべきと書かれていますが、日本では保険収載されていません。またこれが可能になっても、それに対応する治療薬剤のアルペリシブが保険収載されていないため、もうしばらく待たないといけません。
またアルペリシブによって高頻度(3割以上で比較的重症になるとされます)に認められる耐糖能異常のコントロールについても、実際の使用に際しては、発生したときに対応をどうするか、しっかり対策を立てておく必要があるでしょう。

ただこうした道筋が見えていれば、何もない暗闇で待つよりも光が見えています。COVIDのワクチンで分かるように、必要とあれば数か月で臨床導入されるのですから、あきらめるのは早いと思います。

朗報を待ちましょう。

”ブレスト・アウェアネス”という考え方

皆さんはブレスト・アウェアネスという言葉を知っていますか?

長い文章を読んでいる時間のない方に、最初に結論から言います。それほどこの考え方は大事です。
「異常を見つけるためには、まず正常な状態を知らなければ見つけられない」
(乳腺の異常を見つけようと思うなら、まず正常な自分の乳腺の状態を把握しておこう)
ブレスト・アウェアネスはこういう意味になります。

正常な乳腺であることが確約されている日、つまり検診を受けてこの記事に到達したその日にしっかり自己検診をしておき、正常と診断された自分の乳腺の状態を把握しておく。
あとは定期的に触って、今日なかったものは何か触らないか、感じないか、それを探すのが自己検診なのです。

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乳がんは自分でも検診できるがんです。
自覚症状が出現して見つかったがんは早期ではない、は一般の方もよく知っています。がんは初期には症状はないことが多いのです。ですので症状が出現している時点でそれががんだったなら進行がんのことが多いのです。

ただ、乳がんの自己検診は違います。自分で正しく検診してがんを見つけたなら、早期発見されている可能性のほうが高い。その意味からも、そして30歳代から60歳くらいまでで、もっとも罹患率の高いがんである乳がんを、自己検診しないのは何とももったいない話です。

私のクリニックに検診に来られた方に、自分でも自己検診してください、と勧めています。

ただたいていの方は、触ってもよくわからないから…と濁されます。

わからないからやらない。
健康な方は当然乳がんを触ったことがありません。わからないものを手探りで探しに行っても何もわからない、当然です。アサリがどんなものか知らない子供が潮干狩りに行って、砂の中を探しているようなものです。カニでも石でもなんだって拾ってくるでしょう。お母さん、これアサリ? アサリはこれだよ、お母さんが見せてあげて、初めて見つけられるようになります。それでも死んだ空っぽの貝殻を拾ってきたりしますよね。
いままで乳がんに罹患したことのない方が、乳がんがどんなふうに硬く、しこって触るのか、知るはずはありません。だからわからなくて当然です。がんを探しに行くからわからないのです。

わからないからやらない、そういう方の考え方を変えてしまう概念、それが
ブレスト・アウェアネス(Breast Awareness)です。

Awarenessは、訳すと”気づき”とか”認識”となります。”自分の乳腺を知ること”と訳します。

NCCNガイドライン

これは私がよく引用している米国の乳腺の検診と診断のガイドラインの一部です。(もし見られない方は日本語版がありますので参照してください)

ここにブレスト・アウェアネスの言葉が出てきます。参考までに訳してみると、「特にリスクのない、25歳から40歳の女性は1-3年ごとに医療機関を受診し、ブレスト・アウェアネスに気を付けてください」と書かれています。少なくとも米国では乳がんの自己検診において、ブレスト・アウェアネスは教科書レベルの言葉と言えます。

ここでは 私なりの言葉で皆さんにわかりやすく、このブレスト・アウェアネスという言葉を解説してみたいと思います。

まずどこでもいいので、医師が診察してくれて、医師と話の出来る環境で乳がんの検診を受けてください。もし自分で何らかの所見に気が付いていたり、症状があればその際に必ず医師に相談してください。
ドックや会社検診で写真だけ取ってあとから結果が帰ってくる検査はここでは含みません。医師と話ができることが重要です。

マンモグラフィ検査を受けたら、自分の乳腺の濃度を教えてもらって把握しましょう。
高濃度乳腺とは -Are You Dense?ー を参考にしてください。)
もし高濃度乳腺であれば、マンモグラフィ検査だけでは不十分なことがあります。
乳腺超音波検査、場合によってはMRI検査などが必要なら受けましょう。これらによって、ここが硬いな、ここは時々痛いな、そんな自分の気になる症状がある方はそれが悪性ではないことを確認しましょう。そして正常な乳腺であることを確認することがまず前提になります。

帰宅したら、今日の入浴の際に、改めて自己検診をしてください。
できれば生理が終わって1-2週間が理想ですが、そうも言ってられないと思います。インターネットを調べて自己検診のやり方を調べられる方もおられるでしょう。それもいいアイデアです。ただやり方は問いません、とにかく今日、自分の乳腺の全体を触ってみましょう

触っているとき、どこかが硬いと感じるかもしれません。ここは痛いな、と感じるかもしれません。改めて気になる所見が見つかるかもしれません。ただそれらすべてが貴方の正常な乳腺の状態です。

つまり、異常なしと診断された、その日に自己検診を行い、自分の正常な乳腺の状態を把握(認識、精通、熟知=アウェアネスです!)しておくことが重要なのです。

それからは できるだけ生理周期も同じ時期を選んで、さらにやり方も同じやり方で、月に1回は自己検診してみましょう。
もし今日の自己検診でなかった所見が、将来見つかったら、それを異常と考えます。
間髪おかず、かかりつけ医に相談しましょう。

つまりがんを探すのではなく、今日と違っているところはないか、探すのです。
乳がんは原則として痛くもかゆくもありません。ただ硬く、しこりを感じる、それが典型的な症状なのです。裏を返せば触っておかなければ見つかりません。早期の乳がんが、痛みやかゆみ、違和感など、自覚症状で存在を教えてくれることなどないのです。ばれないように、みつからないように、そっと潜んでいる、そう認識してください。見つけに行かないと見つからないのです。そこで武器になるのが、正常な自分の乳腺の状況をアウェアネスしておくことになります。

正常な状態を知っているから異常な状態に気が付くことができる。
異常を探すのではなく、正常な自分の乳腺を覚えておいて、現在の乳腺を比較するのです。
たとえ乳がんを触ったことがなくても、自分の乳腺の正常な状態を把握しておけば、異常には気が付くことができるのです。もちろんそれが乳がんとは限りません。ただ以前はなかったものが何かできている、現れた、それが重要な所見、気づきになります。

先に触れた米国のガイドラインは、
症状がなく、さらに遺伝性の要因、出産授乳経験がない、肥満がない、などリスクのない方で、25歳から40歳の女性は1-3年に1度 医療機関を受診し、異常のないことを確認すること。
そしてその際に自分の正常な乳腺の状態をアウェアネスし、自己検診を行う中でもし異常を見つけたら間髪おかずに医療機関を受診すること。
と書いてある、ということになります。

もう少しお付き合いいただける方へ

追加の記事を書きました。時間があれば、こちらも読んでみてください。

2021.07.08

すでに乳がんに罹患した方が、遺伝子を検査することに意味はあるか? …その2

BRCA1/2遺伝子にバリアントがあるために引き起こされるHBOC(遺伝性乳がん卵巣がん症候群)が関与する割合は、乳がん患者さん全体の4%前後とされています。トリプルネガティブ乳がん患者さん全体ではどれくらいの方が関与されているかについて、日本人のデータはほとんどありません。ただ今年、大阪国際がんセンターから出されたデータによれば、最近7年間 65人のトリプルネガティブ乳がん患者さんを調査したところ、13人(20%)がBRCA1/2遺伝子バリアント陽性であったとのことです [1]。
ちなみに北米やヨーロッパの100名を超える大きなデータベースでは9.3から15.4%とされていますから[2,3]、日本ではそれよりも高い可能性があります。しかし我が国のデータはあまりに数が少ないため、それは今後の調査を待って結論が出るでしょう。ただトリプルネガティブ乳がん患者さんでは、HBOCが関与する比率が、乳がん患者さん全体と比較して高い、ということはすでに確立した概念です。
確固とした治療の標的を持たないことがその名前の由来であったトリプルネガティブ乳がんですが、少なくとも2割弱の方では、HBOCの検査を受けられることによって、治療の標的が見つかる、ということがわかります。HBOCにおけるBRCAの遺伝子バリアントは、現在ではすでに治療の標的なのです。その意味からはもうトリプルネガティブ乳がんというのは失礼かもしれません。ER陰性、PgR陰性、HER2陰性、BRCAバリアント”陽性”乳がんです。
そしてそれが大きなメリットになりつつあることはいままでもこのブログの中で触れてきました。
トリプルネガティブ乳がんと免疫チェックポイント阻害剤 その2
ちなみにHER2陽性乳がん患者さんでは、治療目的にBRCAバリアント検査がなされることは原則ありません。HER2陽性患者さんにも少なからずBRCAバリアント陽性の方がおられるはずですが、BRCAを標的とする治療は原則施行されません。HER2という確固とした標的がすでにあるからです。

ここではがん治療において、標的がある、標的がない、とはどういうことなのか、もう一度整理してみようと思います。それを知ることで、おのずと遺伝子を検査するメリットが見えてくるはずです。

皆さんは学校の職員です。先生としましょう。
教室の生徒の中に悪い子がいます。いつも悪さばかりするので、先生であるあなたは懲らしめたい。そこでその子だけおなかが痛くなるような給食を作りたいと考えました。もちろんその子だけに何か別の給食を作ったら変です。みんな同じ給食を食べるのですが、その悪い子だけにはおいしくない、おなかが痛くなる、ほかのみんなは何ともない、そんな給食の献立はどこかにあるでしょうか?
まず思いつかないと思います。現実はもっと厳しくて、この生徒たちは皆双子、三つ子、四十つ子で同じ遺伝子を持っています。そして悪さしている子だけ懲らしめたい。そんな献立です。抗がん剤を作る、というのはそれによく似たことなのです。

そりゃ無理だ。でも実際抗がん剤は存在して、治療しているじゃないか、それはどんな理屈なんだ?
そう思われる方もおられるでしょう。
現在存在している抗がん剤のうち、以前から存在している薬剤、ここでは”分子標的薬剤”を除く、と考えてください。こうした抗がん剤はどのようにしてがん細胞を懲らしめているのか。

先のたとえで言うならば、みんなの小遣いを一気に減らしてしまいます。そうすれば悪い子が夜中に悪さをするためのお金が無くなって、悪いことができなくなるだろう、今の抗がん剤はそんな感じです。だから他の普通の生徒たちもたとえば参考書が買えなかったり、部活動ができなかったりします。いわゆる副作用です。
そう考えれば抗がん剤の開発が難しく、同時にどうしても副作用から逃れにくいことが理解できると思います。

”標的”があるということ。

普通の細胞と、がん細胞を区別するものが何かないか。
普通の細胞にはないのに、がん細胞にはあるもの。逆に正常細胞にあるのに、がん細胞にだけ存在しないもの。そうしたものを何とか探し出せないか、生物学者が必死に探し続けているものです。それが見つかればその細胞にだけ、栄養を与えず、毒を渡してしまえばいいのです。(ごめんなさい、学校のたとえはその意味ではちょっとよくないですが、御容赦ください)

乳がん細胞のそうした標的の一つがホルモンのレセプターです。
え、正常細胞にはホルモンのレセプターはないの? もちろんあります。
ただ女性ホルモンのレセプターを出している細胞は、女性の性機能にかかわる細胞に主に出現しています。がん細胞以外の正常な細胞であっても、性の活動、妊娠、出産、授乳など、そうした活動をしなければ一緒に攻撃してしまっても問題ありません。もちろんホルモン剤を使用しながら妊娠をすれば重大な問題が起こります。ただそうでなければ、男性が元気に暮らしていけるように、女性の性の活動以外の生活には大きな問題が生じないのです。(注 女性ホルモンをブロックしたからと言って男性にはなりません。男性ホルモンは出ないからです。)

このように標的があれば、それを狙う薬を作る。それが成功すれば治療の劇的な効果と、副作用の強力な抑制が可能になります。極端な話ですが、たとえ効果がそれほど高くなかったとしても、副作用が少ないのであれば、効果が得られるまで、どんどん薬の量を増やしていけばいいのです。標的それを狙う薬剤、多くは分子標的薬剤と呼ばれます、この二つが揃えば、恐ろしい病気であるがんも治療できるのです。

標的: ホルモンレセプター 薬剤: ホルモン剤(これも広い意味で分子標的薬剤です)
標的: HER2蛋白     薬剤: 抗HER2分子標的薬剤
こうしてペアで考えればがんの治療薬の理解はわかりやすくなります。乳がん治療の大きな柱であるこの二つのペア、その標的の両方を持たないことからトリプルネガティブ乳がん治療は難しいとされてきたのです。

現在もトリプルネガティブ乳がんでの標的探しが続いています。
ただいま標的と薬剤のペアが揃っていて、効果も証明済のものとして
標的: PD-(L)1   薬剤:免疫チェックポイント阻害剤
標的: BRCA遺伝子バリアント陽性のおけるPARP  薬剤:PARP阻害剤
という新たなペアが見つかったといっていいでしょう。もちろん保険収載されています。
特にいままで標的がないとされてきた、トリプルネガティブ乳がんにおいては重要な治療の選択肢を与えるものになった、ということなのです。
標的と、それを狙う薬剤のペアで構成されるがん治療は、効果が高く、副作用が軽い特徴があります。現在でも効果が完璧かつ、副作用が0の理想の薬はまだありません。それができればがんは根治可能になります。ただそれは大変難しい。たとえば外からやってきて、悪さをするウィルスであっても、それを狙う抗ウィルス剤には副作用があります。先にふれたとおり、がん細胞は紛れもない自分の細胞であり、外から来たものではありません。その行動パターンが正常範囲を逸脱しているだけです。異常な増殖、や、多臓器への転移がそれです。したがって異常な増殖をターゲットにしたとしても、正常な傷を治す働き、髪の毛の毛根細胞などにはダメージがあります。がん細胞が使っているシグナルや機能は、正常な細胞も使うことがあるからです。がん細胞における標的は、名札のような単純なものではありません。正常な細胞であれば”めったに”出すことはない、それがまれであればあるほど優秀な標的である、と言えます。ただかならず正常な細胞もその標的を持っているのです。
免疫チェックポイント阻害剤、PARP阻害剤も副作用はあります。ただ効果に比して軽いものであるか、頻度が低いことがわかっています。トリプルネガティブ乳がんの治療において大きな前進があった、そう言えると思います。
このことが陽性とわかった時のメリット、現在ではその最大のものでしょう。
ここまで読まれた方であればよければもう一度、下記の記事を読んでいただければより理解が深まると思います。(トリプルネガティブ乳がんと免疫チェックポイント阻害剤 その2

1.         Fujisawa F, Tamaki Y, Inoue T, Nakayama T, Yagi T, Kittaka N, Yoshinami T, Nishio M, Matsui S, Kusama H et al: Prevalence of BRCA1 and BRCA2 mutations in Japanese patients with triple-negative breast cancer: A single institute retrospective study. Mol Clin Oncol 2021, 14(5):96.

2.         Armstrong N, Ryder S, Forbes C, Ross J, Quek RG: A systematic review of the international prevalence of BRCA mutation in breast cancer. Clin Epidemiol 2019, 11:543-561.

3.         Emborgo TS, Saporito D, Muse KI, Barrera AMG, Litton JK, Lu KH, Arun BK: Prospective Evaluation of Universal BRCA Testing for Women With Triple-Negative Breast Cancer. JNCI Cancer Spectr 2020, 4(2):pkaa002.

2021.06.28

すでに乳がんに罹患した方が、遺伝子を検査することに意味はあるか? …その1

この記事は、「遺伝性のがんという概念」の記事を読まれた方を対象にしています。
また乳がんの診断がついておられる方であっても、今まさに術前で主治医の先生と治療の相談をされている方は対象としません。疑問があれば主治医と納得いくまで話し合うべきだからです。

「遺伝性のがんという概念」記事の最後に述べましたが、BRCA1、そしてBRCA2の遺伝子バリアント検査は、乳がんをすでに罹患された、遺伝性の乳がんの可能性の高い方に限り、保険適応が認められています。
そして患者さんにとって、自分はすでに乳がんに罹患したのに、その上乳がんの遺伝子バリアントを持っていることを調べることに意味はあるのか、は大変な疑問だと思います。

たとえどんな検査であっても、たとえそれが病気の治療であっても、われわれは希望されない方にそれを行うことはできません。まして保険が適応されていたとしても、保険を支払っている皆さんが希望もされない検査や治療を施行できません。そして保険が適応されたとしても、少なからず検査や治療には自己負担があります。したがって検査を提示するにはそれによってどんな利益があるのか、患者さんが納得しなければ誰も検査は受けません。

そこでこの記事では、遺伝子バリアント検査を受けることのメリットを中心に触れていきたいと考えます。
ちなみにだれでも思いつくメリットの一つに、温存切除を受けられた方であれば残された乳房、そして全摘をされていても対側の乳房の乳がんの発生リスクがわかる、というメリットがあります…①
ただこのメリットは患者さんはあまり魅力がないようです。というのも、最初の乳がん以降は定期的に乳がん専門医に通院しつつ、診察や検査、もちろん対側の検診も受けておられる方がほとんどだからです。ちなみにBRCA遺伝子バリアントを有する方では予防的に乳房を切除することが保険で認められています…②。これもメリットの一つになりますが、片方の治療を受けたばかりで、今のところは異常も認められていない状況で、すぐに対側の切除を希望する方は少ないでしょう。(この記事の対象ではありませんが、もし貴方が手術前であれば、そして乳房を温存するか、全摘するか、悩まれているとすれば、その決定に影響する可能性があります。もしBRCA遺伝子バリアントを有することが術前に判明していれば、思い切って全摘して、再建を視野に入れる、そうした考えを持たれる方もいるでしょう。)

遺伝子バリアント検査を受ける最大のメリット

BRCA遺伝子のバリアント検査を受ける際には、保険収載の際の決まり事として、検査の前に専門の資格を有する医師、あるいは認定看護師にカウンセリングを受ける必要があります。カウンセリングでは、検査の内容、かかる費用や日数、もし陽性と診断されればどうすればいいのか、陰性ならもう何も心配はないのか、など、多岐にわたって説明が行われます。場合によってはBRCA遺伝子以外のがん遺伝子のバリアントの可能性についても指摘され、専門医に紹介してくれることもあるでしょう。
私自身は、遺伝の専門知識をもつ医療従事者からカウンセリングを受けることができる…③、このことが最大のメリットである、と信じて疑いません。
今すぐ検査を受けようと思われない方であっても、もし陽性だったらいつかは困ったことが起こるかな、とちょっと不安に感じることがあるではないでしょうか。なにより、もし自分の身近な血縁者、ご姉妹や娘さん、姪御さんが乳がんと診断されたらどうしよう、やっぱり遺伝なのかな、と折に触れ、不安に感じておられるのではないでしょうか。なによりすでにそう思われて、「遺伝の検査なんて受けなくても、娘には毎年検診を受けるように口酸っぱく言っています」そういわれる方もおられます。でももしご自身がBRCA遺伝子バリアントを有していて、娘さんも同じようにBRCA遺伝子バリアントを有していたとしたら、娘さんの検診はどのようにするのが適切なのでしょうか。クーポンで2年に1回は検診を受けている?それで大丈夫でしょうか?
危険な山、エベレストを登るときと、そのあたりの山、増位山を登るときでは準備が全く異なるように、BRCA遺伝子バリアントを有する方では、乳がんの検診を始めるべき年齢も、回数も、そして内容もバリアントのない方とは異なります。そして乳がんの検診だけを考えていても不十分なのです。
「私は医者じゃないのだから、そんなことを言われてもわからない!」
もっともだと思います。それでも娘さんのことは心配なはずです。検査をしたほうが良ければ正しく検査を受けてほしいはずです。ですので、ご自身が専門の医療従事者のカウンセリングを受けられる際に、その娘さんと一緒に受診されればいいのです。一石二鳥です。
確かに娘さん(姪御さんやご姉妹に置き換えてもらって構いません)は乳がんになっていないので、カウンセリングだけであっても保険は適応されません。ただお母さんに付き添って話を聞く分には問題ありません。出て行け、とは言われません。もちろん質問しても無視される、なんてことはありません。
そうしておけば、いつか娘さんになにか困ったことがあった時、どこに相談すればいいのか、貴方がいなくてももう悩むことはなくなります。検査を受けたいと思ったらどこに相談すればいいのかも、もう悩みません。その意味からは、もう私は年だから、この先乳がんになろうが、どんながんになろうが構わない、そうおっしゃられるご高齢の方であっても、このメリットは共通です。今後、遺伝関係で困った時にどこに相談すればいいのか、ご自身もご家族も知識として得ることができる…④ このことはおそらくすべての方に共通のメリットになるはずです。そして実際には検査を受けなかったとしても得られるメリットです
その意味からはせめてカウンセリングだけは受けておきましょう。

BRCA遺伝子バリアント陰性と診断されたら

陰性と診断された際のメリットはわかりやすいと思います。
今後の検診は、今回の乳がんに関するものを除けば特別なものは必要ありません。今まで通りで問題ありません。今回の乳がんは偶然のなせる事故であって、遺伝からくる必然ではなかったのですから。
そして血縁者の方にとっても、同様に大きなメリットがあります。
現在たとえ健康な方が受けられるドックや健診であっても、家族歴の聴取は重要とされています。たとえば貴方が40歳で両側の同時乳がんに罹患されたとします。現在4親等の親族までは血縁者として家族歴聴取の対象ですので、従兄妹、姪御さんも検査や健診を受診されると、貴方の存在が注目されます。そして特に乳がん、卵巣がん、そして男性であっても前立腺がんなどについて、より若くから検診を始める、頻度を年1回から2回にするなど、厳重な検査と経過観察が勧められることになり得ます。おそらくそれは貴方が寿命を終えられたとしても終わりません。担当する医師としては、貴方の陰性が証明されていない限り、血縁者に関して、BRCA遺伝子バリアント陽性を念頭に置いてリスクマネージメントすることがほとんどだからです。
逆にもし陰性と診断されていたのなら、たとえば娘さんは「母親は40歳で両側乳がんに罹患しました。ただHBOCに関する検査は完了していて、陰性と診断されています」と表明することで過剰な検査を避けることができる可能性があります。それによって生じるコスト削減効果は将来にもわたるため、最終的に貴方が支払う遺伝子バリアント検査費用よりもいずれ大きくなるでしょう。
つまり陰性と確定していれば、貴方、そしてあなたの血縁者は、本来は不要である、より密度の高い検診を受けなくてもよくなる…⑤のです。これも貴方の年齢や、今まさにがんであるかどうかに関係しないメリットになるでしょう。

陽性と診断された場合、いままさにトリプルネガティブ乳がんと診断された方、のメリットは次回にさらに掘り下げたいと思います。

遺伝性のがんという概念

がんは基本的にすべて遺伝子の異常によって引き起こされます。遺伝子は親から子供に引き継がれる体の設計図です。人に限らず生き物は全てもともと1個の卵細胞から、分裂して増殖した星の数ほどの細胞から構成されています。ですので、体を構成しているすべての細胞の中には同じ設計図が入っています。ただ設計図があっても、それを全て作るわけではありません。目なら目、足なら足、筋肉、血管、血液細胞など、それぞれがそれぞれの設計図を引っ張り出して都合よくパーツを作り出しているのです。

親から引き継がれた遺伝子の異常をかんがえましょう。ただここで注意してほしいのは、現在の科学では、遺伝子の個性がすなわち本当に”異常”と言い切っていいのかはまだわかりません。個性の範囲内かもしれません。われわれは黒髪ですが、金髪の遺伝子を持つ人もおられ、当然遺伝子が異なります。けれども金髪の遺伝子は、われわれと異なりますが、異常ではありませんよね。ただこれから触れていく遺伝子は、がんと関係が深いことがすでに証明されている遺伝子ですので、異常としているだけです。もしかするとそれはそうでも、引き換えに遺伝性のとても素晴らしいギフトがあるかもしれません。その意味からは異常という言葉を使うことは本来間違いともいえます。専門家はそういった理由から、異常と呼ばず、バリアントと呼びます。バリエーションの一つという意味です。難しい横文字をわざわざ使いますが、ご容赦ください。

遺伝子の中にBRCAと呼ばれるものがあります。この遺伝子はがんの遺伝子ではなく、がんを抑制する遺伝子です。ですのでバリアントがあれば、さまざまな臓器のがんになりやすくなります。体の細胞すべて同じ遺伝子ですので、BRCAの異常はすべての細胞で引き継がれています。そしてこの遺伝子のバリアントを有する方では乳がん、卵巣がん、男性では前立腺がんにかかりやすい傾向があります。BRCA遺伝子のバリアントを有して、乳がんや、卵巣がんに罹患することを、遺伝性乳がん卵巣がん症候群(HBOC)と呼びます。

BRCAの遺伝子にバリアントがあれば乳がんや、卵巣がんに罹患しやすいということは触れました。
逆に乳がんに罹患しやすい遺伝子のバリアントには、現在BRCA1、BRCA2に発生した変異で引き起こされるHBOCがその代表ですが、TP53の遺伝子変異から引き起こされるリー・フラウメニ症候群、PTEN変異から引き起こされるカウデン症候群、CDH1変異から引き起こされるものが知られています。

症候群の名前 変異がある遺伝子 どの臓器のがんになりやすいのか?

HBOC
=遺伝性乳がん卵巣がん症候群

BRCA1
BRCA2
乳がん、卵巣がん、前立腺がん、
膵臓がん、 黒色腫
リー・フラウメニ症候群 TP53 軟部組織肉腫、骨肉腫、脳腫瘍、
乳がん
カウデン症候群、 PTEN 乳がん、子宮体がん、甲状腺がん、
大腸が ん、腎細胞がん
CDH1 胃がん、乳がん

ここで勘違いしやすいのは、乳がんの大部分はこうした生来の遺伝子のバリアントから引き起こされるものではなく、いわば”事故”である、ということです。乳がん患者さん全体で見たとき、それがHBOCとして発生している確率は4%前後である、とされます。
お母さんが45歳の時に交通事故にあった。だから自分も45歳の時は交通事故に気を付けよう。この考え方がおかしいように、乳がんの95%はこの事故と同じです。
お母さんもおばあちゃんも二重瞼だった、だからきっと私の子供も私と同じ二重瞼だわ、ということと同じように乳がんに罹患してしまわれることが、乳がん患者さんの20人に一人の乳がんで起こっている、ということです。
そのことからわかるように、血のつながった人で乳がんの人は一人もいない、自分が血縁者の中で初めて乳がんに罹患された、それも80歳になってから罹患された方と、お母さんも40歳台で乳がん、おばあちゃんも40歳台で乳がんで、自分も40歳台の若くして乳がんに罹患した方を比べれば、そうした遺伝子のバリアントで乳がんになってしまった確率、つまりHBOCである確率は、後者ではるかに高くなります。
またHBOCでは、乳がんは自分しかいない、けれどもお父さんは膵がん、前立腺がん、そしてその父方おじいちゃんも膵がんだった、とすれば乳がんの血縁者がおられなくても、確率は高いと考えられます。
このように、血縁者でどのような臓器のがんの方がおられるか、またそれは何歳の時に発症されているか、を調べることで、こうした遺伝性の異常がある方かどうか、ある程度確率を推測、計算できるようになります。

HBOCである、つまり遺伝性の乳がんである可能性の高い方

下記の項目の中で1つでも当てはまる場合は、HBOCの可能性が 考慮されます。

BRCA1, BRCA2遺伝子の検査を受けて、陽性であることがわかっ ている方の血縁者

ご自身が乳がんであり、かつ以下のいずれかに該当 する
45歳以下で乳がんと診断された
 両側の乳がん(同時性あるいは異時性)と診断された
片方の乳房に複数回乳がん(原発性)を診断された

46~50歳で乳がんと診断されていて、家族歴が不明であったり、血縁者 の数が少ない方
あるいは乳がんの家族歴のある方、あるいは中等度以上 の悪性度の前立腺がんの家族歴のある方
60歳以下で、トリプルネガティブの乳がんと診断された

血縁者に卵巣がん、転移性の前立腺がん、膵臓がん、50歳以下の乳がんの いずれかの診断を受けた人が1人以上いる方

 血縁者に男性で乳がんと診断された方がいる

ご自身が男性で乳がんと診断された方
ご自身が卵巣がん・卵管がん・腹膜がんと診断された方
ご自身が膵臓がんと診断された方
ご自身が転移性の前立腺がんと診断された方

ちなみにここでいう血縁者とは父母、兄弟姉妹、異母・異父の兄弟姉妹、子ども、おい・めい、父方 あるいは母方のおじ・おば・祖父・祖母、大おじ・大おば、いとこ、孫などを含みます

そして2021年6月現在、ご自身がすでに乳がんに罹患されており、下記に該当する方では、希望すれば保険をつかって、ご自身がBRCA遺伝子のバリアントを有しているかどうかを調べることができます。
もちろん自費であれば、だれでも検査を受けることは原則として可能です。
検査は体のどこの細胞でも可能です。ただもしその材料に他人の遺伝子が混ざっていれば誤った診断になります。髪の毛だと理髪師の方の遺伝子がついているかもしれません。純粋な自己細胞のみを採取するため、血液を採取して遺伝子の検査は行われます。逆に検査に必要なのは血液だけです。

45歳以下で乳がんと診断された方

60歳以下でトリプルネガティブの乳がんと診断された方

両側の乳がんと診断された方
片方の乳房に複数回乳がん(原発性)を診断された方
男性で乳がんと診断された方
卵巣がん・卵管がん・腹膜がんと診断された方
腫瘍組織によるがん遺伝子パネル検査の結果、BRCA1、2遺伝子 の病的バリアント(異常)を生まれつき持っている可能性がある場合(これは血液検査ではなく、乳がん組織を調べたらBRCA遺伝子の異常が認められた方という意味です。生来の遺伝子異常は持たれていなくても、事故として発生した乳がん組織だけにおいてBRCAの遺伝子異常を有していることがあります)
ご自身が乳がんと診断され、血縁者(これは上記と同じです)に乳がんまたは卵巣がん 発症者がいる方
ご本人が乳がんと診断されたことがあり、かつ血縁者がすで にBRCA1、2遺伝子に病的バリアントを持っていることがわかっ ている場合 

こうして遺伝子検査を受けられ、BRCA1、あるいはBRCA2陽性と診断された場合、乳がんに罹患する確率は60歳までで5割、つまり約半分の方が乳がんに罹患され、さらに80歳までには7割の方が乳がんに罹患する確率があることがわかっています。

ただここまで読んでこられた方で、疑問に思われている方がおられるはずです。
もう乳がんに罹患したのだから、それから保険が通るからと言って、遺伝子を検査することに意味はあるのか?すでに乳がんに罹患して苦しんでいるのに、さらに遺伝的のバリアントがわかったところでさらに苦しむだけのことで、なにが得られるというのか?

それについて、とくにトリプルネガティブ乳がんと診断された方を中心に、いままさに利益がある方がおられることがわかっています。
またそうでなくても、わが国ではさまざまな保険診療のサポートを受けながら、これから起こり得る病気と向き合っていけるようになるメリットもおおく享受できます。
次回話をしていきたいと思います。

なおここまで読まれて興味がある方は、ぜひ日本遺伝性乳がん卵巣がん総合診療制度機構の提示しているパンフレット 「遺伝性乳がん卵巣がん症候群(HBOC)をご理解いただくために」もご参照ください。

ASCO 2021 速報 BRCA変異のある方の乳がん治療 これからの未来

この記事は、BRCA遺伝子変異を有する、と診断された乳がん患者さん向けに書かれたものです。とくにトリプルネガティブ乳がんの方には関心のある話題となるでしょう。しかしそうでない方には難解な内容が含まれます。興味のある方はこのサイトを参考にしてください。(遺伝性乳がん卵巣がん症候群(HBOC)をご理解いただくために

今年も米国シカゴにて、世界最大といっても過言ではない臨床腫瘍学会、がんの基礎研究ではなく、臨床の実践における研究の発表の場であるASCOが開催されています。
乳がん分野における注目に値する最新の研究結果を患者さんにわかりやすく提示できればと思っています。特に本年ではプレナリーセッションと呼ばれる、”絶対に知らなければならない、無視はできない”と学会本部が認めた今年最も重要な研究結果の発表の中に乳がんに関するものがありました。それはBRCA遺伝子変異のある方(アンジェリーナジョリーで有名になりました)が、進行した乳がんで発見された場合、オラパリブ(商品名 リムパーザ🄬)を再発予防の目的で、1年間飲んでおけばどのような影響があるか、本当に再発はすくなくなるのか、にこたえる研究結果です。
ちなみに現在オラパリブは再発乳がんの治療に使用され、すでに大きな成果が上がっています(私が以前書いた記事を参考にして下さい。”Triple Negative乳ガンの新しい薬剤”)それならば再発をしないように、再発される可能性の高い方に、再発する前から使用しておけば、再発そのものをしないようにできるのではないか、目に見えない転移の段階で使えば、撲滅できるのではないか、という疑問に答える研究です。
 ただもちろんその中にはもともと飲まなくても再発しない方、手術で完全に治っておられる方も含まれます。そのため、それによって大きな副作用があってはなりません。生活に与える影響や副作用を含めた安全性も同時に慎重に調査されました。合計で1836名の患者さんを、予防的にオラパリブを飲む群と、プラセボ(偽薬)を飲む群にランダムに分け、予後を追跡したのです。このようにすると、患者さんも医師も、その患者さんがどちらに振り分けられているかわからないため、さまざまなバイアス(予後に与える影響)を排除し、より精度の高い純粋な結果を得ることができます。こうして完璧に準備された研究で、疑いようのない、決定的な結果が得られました。

小さい絵に情報を盛り込んだため、専門用語を使わざるを得ませんでした。上記はフローチャートと言われるもので左から右に見ます。こうした方たちを〇で囲んだところで1:1に分けて片方にオラパリブ、片方に偽薬を投与した、ということを略図を使って表現しているものです。試験のデザインですので基本となる重要なものです。
Germline:がんの部分に遺伝子異常があるのではなく、生来の異常がある方
HR:ホルモンレセプター(これがある方にはホルモン治療を行う)
non-PCR:術前化学治療をしてもがんが消えなかったという意味です。

今回の試験の対象とされたのは、まず遺伝性の異常(BRCA)を有している方で、HER2陰性で、化学治療を必要とされる比較的進行した乳がんの方、であることが示されています。現在は手術前に抗がん剤される方もおられます。もしそれでがんが消えてしまえば予後がいいことが知られています。それでもがんが残ってしまった方が試験の対象とされました。
NAC:術前化学治療
RCT:ランダム化前向き試験
PrimaryとSecondary:この試験で確認したい最大の課題、と、副次的に証明される課題
CPS+EG Score:これは彼らの独自の分類で、乳がんにおける病期(早期、末期など、数が大きければ進行がんで、かつ予後不良となる)

この試験では最終的に 平均年齢は42-3歳の方が参加されました。
BRCA1異常の方が70%前後、BRCA2異常の方が30%前後でした。
最終的にホルモンレセプター陽性の方が2割程度、8割の方がトリプルネガティブとよばれるホルモンレセプター陰性でした。HER2陽性の方は慎重に除外されています。
術前に抗がん剤を受けられた方、術後に抗がん剤を受けられた方が半々でした(この試験は、もともと抗がん剤の適応があるような進行したがんの方が対象ですので、参加された全員が何らかの抗がん剤投与を受けられています)。

結果です。
3年間追跡して調査したところ、再発は104例→65例に抑えることに成功しています。ハザードというのですが、0.61(99.5%信頼区間として0.39~0.95)と示されました。それは本来100でおこる再発を61にまで抑える、という素晴らしい成績だったのです。

遠隔転移(肺や骨、脳、肝臓への転移)はハザード0.57(99.5%信頼区間として0.39~0.83)で抑制されました。

生存率に関しても、ハザード0.68(99.5%信頼区間として0.44~1.05)で死亡される確率が抑制されました。がんの再発や、転移が認められたらもちろん治療をその後に行います。そのため、再発や転移を抑制できても、その後に行われる治療が影響するために、最終的に生存率そのものが改善することは、実は難しいのです。今回は、再発、転移の抑制効果が大きかったために、生存率でみても差があった。文句のつけようがない素晴らしい結果です。

今後 BRCA遺伝子変異が証明された方で、再発の危険性が高いと判断されて、抗がん剤治療を要した方では、その後に予防的にオラパリブを1年間飲用使用しておくことが勧められるでしょう。ただ現時点ではオラパリブを用いた予防的治療は保険収載されていませんが、近い将来には収載される可能性があります。それからはこうした治療が当然のことになる可能性があります。
この傾向はトリプルネガティブ乳がんの方でより強く認められたことも付記しておきます。

トリプルネガティブ乳がんと免疫チェックポイント阻害剤 その2

続き(この記事は乳がん術後、とくにトリプルネガティブ乳がんについてある程度知識を持っておられる方を対象に書かれているため、一般の方には難解です。また知識がおありの方も、できれば姫路赤十字病院ホームページで私が書いたトリプルネガティブ乳がんの記事を読まれた後で読んでいただくことで理解が深まると思います。

http://himeji.jrc.or.jp/category/diagnosis/nyusengeka/topics/20170912_1.html

 ここまで免疫チェックポイント阻害剤(ICI)がトリプルネガティブ乳がん、それもPD-L1をがん細胞が提示していて、リンパ球の攻撃から逃れている可能性があれば、いままでの抗がん剤のみの治療と比較して、効果があることが証明されたことの話をしてきました。

 再発、転移乳がんの治療は、しかし延命治療のニュアンスがあるため、皆さんの中には数か月余命が伸びたところでと思われる方が多いかもしれません。ただ、たとえば手術前後の治癒する可能性が高い患者さんに、こうした新薬を使って万が一でも今までの治療よりも結果が劣ることになれば、そのことはすなわち治癒するべき方を治癒できなくした、ということになります。順序として再発・転移の進行した乳がん患者さんで延命効果が証明された薬剤でなければ、手術前後の治癒を狙った治療には応用されにくいのです。

 前置きが長くなりました。

 こうしてICIは再発・転移乳がん患者さんの延命効果が証明されました。次は手術前後でこの薬剤を使用して、“治癒率”が上がるかどうかです。今までの治療では5割の方が治癒していた、それがICIを使用することによって6割、7割の方が治癒できるのか。その結果が2020年2月に発表されました。

https://www.nejm.org/doi/pdf/10.1056/NEJMoa1910549?articleTools=true

 この試験 KEYNOTE-522では、ステージ2あるいは3の比較的進行したトリプルネガティブ乳がん患者さんをランダムに2:1に分け、従来の化学治療(この試験ではパクリタキセル+カルボプラチン → EC あるいはACです)にICIとしてキィトルーダを加えたもの、そしてプラセボを加えた群に分けました。

 注意が必要なのは、この試験は手術前の抗がん剤(Neoadjuvant chemotherapyと言います)として行われ、その後に行われる手術でがん細胞が完全に死滅しているかどうか、その割合の高いのはどちらか、という観点で行われました。

 手術前化学治療はほぼ半年間で行われます。手術はその後、時を置かずに施行され、摘出された標本はこれもすぐに病理検査されます。つまり半年あれば一人の方のデータが取れます。

 術後 治癒したといえるにはトリプルネガティブ乳がんでは最低3年、通常5年間再発がないことが証明されなければならず、治癒した割合を比較する試験は結果が出るのが遅れてしまうのです(これも将来発表されることはわかっています)。

 さてその結果です。

 ICI投与群では64.8%の方のがんが消失していました。非投与群では51.2%であり、有意(p<0.001)に投与群で成績が良いことが証明されました。副作用は、先日のデータと変わらず、ICIに特徴的な皮膚の変化、そして甲状腺機能異常、副腎機能異常が認められましたが、投与を中止しなければならないレベルの副作用はまれでした。

 この試験ではPD-L1の発現条件を加味せずにエントリーが行われたため、PD-L1の発現の強弱で効果が異なるかどうかは結論が出ませんが、発言が強ければ強いほど、効果が期待できることは簡単に予想できることでしょう。

 ついに補助化学治療においても、ICIの効果が証明されました。つまり進行したトリプルネガティブ乳がんを治癒に導くことのできる可能性が、ICIによって今後高まることが示されたと言えます。

 今まで乳がんは大きく4つに分けられていました。ルミナールA ルミナールB HER2エンリッチ、そしてトリプルネガティブ乳がんです。この分類がそのがん細胞のもつ標的と、その治療によって分けられていたことは皆さんもご存知の通りです。下の図を見てください。

サブタイプ1

 ルミナールBタイプは発言の強弱があってグレーゾーンであり、この4つは実際にはこれほど厳密には分けられない部分もあります。しかしトリプルネガティブ乳がんに関しては、両方とも発現が0であるガン細胞として特徴的です。ホルモン剤も、そしてハーセプチンをはじめとするHER2への標的薬剤も効果が期待できず、抗がん剤に関しても使用してみないと効果はわからないのが原則でした。

 しかし以前 姫路赤十字病院のホームページでお話ししたPARP阻害剤(現在リムパーザ®が保険適応になっています)に関しての効く、効かない、そしてそれに加えてICIの効く、効かない、が加わったため、これからはトリプルネガティブ乳がんも4つに分けられることが明らかです。(下の図を参照してください)

サブタイプ2

 以前書いた6つの分類とは異なる分類ですが、おそらくBRCA mutation+ PD-L1-はBasal like 1タイプのトリプルネガティブ乳がんに、BRCA mutation- PD-L1+はIMタイプのトリプルネガティブ乳がんに相当すると考えられます。そして以前お話ししたとおり、トリプルネガティブ乳がんの6つの分類は、研究室のみで可能な話でしたし、現状はその域を出ていませんが、この4つの分類は今の日本の保険適応の検査でも分類可能です。つまりもはや実践段階なのです。

 BRCA mutation- PD-L1-のトリプルネガティブ乳がんのなかのトリプルネガティブ乳がんについても、もちろん研究と治療の開発が進んでいます。6つの分類のうちに薬が揃っていないPI3K阻害剤はすでにたくさんの薬が開発済みで試験が始まっています。

 憎きトリプルネガティブ乳がんの包囲網は狭まりつつある、そういえるようになってきています。皆さんの治療に役立つ段階なのです。始まりの終わり、黎明期は終わりました。つかみどころのないトリプルネガティブ乳がん、のイメージは変わりつつあります。これからは実践投入の中でさまざまな喜びと、そして学びの中から更なる課題が出てくるでしょう。

トリプルネガティブ乳がんと免疫チェックポイント阻害剤

 以前 私が勤務していた姫路赤十字病院のホームページでは、乳がんに関していくつか記事を書かせていただいていました。幸いご好評いただき、たくさんのアクセスを頂いた記事もあります。その中でTriple negative(トリプルネガティブ)乳がんの記事は飛びぬけてアクセス数が伸びており、関心の高さを感じさせていただいたとともに、このがんで苦しんでおられる患者さんの多いこともまた実感として感じていました(http://himeji.jrc.or.jp/category/diagnosis/nyusengeka/topics/20170912_3.html)。

 その記事の中で“トリプルネガティブ乳がんは一種類ではない”ということを述べました。大きく6つに分けられており、それぞれに対応する治療法もまた開発が進んでいると述べました。6種類のタイプ分けはがんの遺伝子の解析から導き出されたものであり、研究段階であるため、いま病院で治療中の方にはまだまだ応用できるもの、できないものがあります。2021年現在、DNAプロファイリングと呼ばれる手法が、実地臨床にも導入されつつありますが、それでもそれによってきれいに6つに分類できるものではなく、もちろん対応するとされる治療法もそのタイプであれば必ず効いたり、それ以外のタイプには全く効かなかったりするものではありません。トリプルネガティブ乳がんという、特徴のないことが特徴のがんに対して、すこしでも特徴を見つけ、タイプ分けできれば理解が進み、治療の標的を決めやすくなることから、仮にそのように分類された、と考えておいた方がよいでしょう。

 さてその記事の中で、IMとされた分類、別名 髄様がん(Medullary breast cancer)について述べました。この種類のトリプルネガティブ乳がんの腫瘍部分を顕微鏡で観察すると、腫瘍浸潤リンパ球(TIL)と呼ばれるがんをやっつけようと集まってくるリンパ球がたくさん観察されます。私たちの体に備わっている免疫細胞が戦ってくれているので、もともとトリプルネガティブ乳がんの中では予後が良いことが知られていました。

 ただがんとして、しっかり成立しているのだから、このがん細胞はこうして集まってきているリンパ球を無力化する力を持っていることもわかります。まして転移再発を来してどんどん病状が進んでいればなおさらです。

 最近、この働きをつかさどるPD-1、PD-L1と呼ばれるシステムが見つかりました。京都大学特別教授の本庶佑先生が発見したたこの免疫の監視から“逃げる”機能の発見は、のちに様々な方法で“逃がさない”方法を開発することにつながり、がんの治療、特に肺がんの治療方法を画期的、かつ完全に書き換えてしまいました。この功績によって本庶先生は2018年のノーベル賞を受賞されています。

 このシステムをわかりやすく描くと上の図のようになります。がん細胞をやっつけようと集まってきたリンパ球に、がん細胞はPD-L1を使って賄賂を渡し、お目こぼしを図る。リンパ球がPD-1でそれを受け取ってしまうと、集まってきても何もしなくなり、攻撃をやめてしまうのです。この賄賂のやり取りの現場は免疫チェックポイントと呼ばれています。免疫チェックポイント阻害剤(ICI)と呼ばれる薬剤はこの現場をブロックしてしまいます。これによってがん細胞をやっつけに来た免疫細胞が本来の役割を取り戻し、攻撃を始めます。これにより、抗がん剤に強い抵抗性を持つがん細胞を破壊することが可能になり、いままで難治とされたがんの治療にも大きな成果が上がっています。

 乳がんもその例にもれず、少しずつこのICIが効果を上げるものが見つかってきました。

 その一つが先に述べたトリプルネガティブ乳がん、髄様がんであり、またその分類に属さないタイプの乳がんであっても、そのがん細胞が細胞表面にPD-L1を多く表出しているものではICIが効果を発揮することがわかってきました。

 2020年米国臨床腫瘍学会(ASCO)で発表され、12月にLansetで論文発表されたKEYNOTE-355は転移性のトリプルネガティブ乳がんに対するICIの効果を証明したものとして大きな話題になりました。(https://www.thelancet.com/action/showPdf?pii=S0140-6736%2820%2932531-9

 この試験ではPembrolizumab(日本名 キイトルーダ)というICIを使用します。

 再発・転移を抱えるトリプルネガティブ乳がん患者さんを治療するにあたって、医師が選んだ抗がん剤のみ(プラセボを上乗せ)で治療する群と、抗がん剤に加えてキイトルーダを上乗せする群に分けて、効果(どれくらいの期間進行を抑えることができるのか?)、そして副作用の内容や出現率を比較しました。

 まず、PD-L1を強く表出している群、そして弱いけれどもわずかでも表出している群、そしてしていない群に分けます。その上でそれぞれの群をランダムにキイトルーダを使用する群と使用しない群に振り分けたのです。ここでは髄様がんかどうかではありません。がん細胞がPD-L1を出しているかどうか、が問題でした。

 下のグラフは、強くPD-L1を表出していたトリプルネガティブ乳がんに対するキイトルーダの上乗せ効果を示した結果です。

 このグラフの見方は、50%の患者さんで進行を4.1か月遅らせることに成功した、と読みます。青色の線は常に赤の上にあり、治療期間全体にわたって、キイトルーダを併用した群はしなかった群よりもがんの進行が抑制されました。

 治るのではないのか、たかが4か月なのか、とわずかな効果に見えるかもしれませんが、キイトルーダなしで化学治療を行った場合、つまり今まで通りの治療であれば、50%の方は5.6か月で再び進行が始まることが示されています。キイトルーダはそれを9.7か月と倍に伸ばしたことになります。その計算倍率からすれば、今までの治療で1年間有効であった方はそれが2年に延びます。素晴らしい結果だったのです。

 一方で副作用はどうでしょう。いままでさまざまな“サプリメント”が“免疫を改善する”、”免疫を増強する”と歌って発売されました。先日もある患者さんと、そういえば水素水も免疫がどうしたこうしたと言われていましたね、と話をしました。免疫の難しいところは、上がったにせよ、下がったにせよ、その機能を測定できない、ところにあります。たしかに白血球が少なくなれば免疫が落ちている可能性がありますが、それも免疫がまったく正常の方でもなんらかの感染がなければ低い数値になっていることはよくあります。逆に感染症を起こして高熱にうなされ、重症になっていれば白血球は上昇していますが、そもそも感染を起こしているのですから、免疫がしっかり働いて、などと感じないはずです。

 副作用から見たとき、このICIの恐ろしいところは、がん細胞が免疫から逃げるために使っているPD-L1という分子は、正常細胞も必要な時に使う大切な機能のひとつである、そこを阻害してしまう、ということです。つまりICIが働けば、免疫細胞はがん細胞の攻撃を始めるだけではなく、それを使って免疫から攻撃されないようにしている正常な細胞も攻撃を始めるのです。

 キイトルーダを使用したこの試験でのその代表が甲状腺機能低下、あるいは亢進です。橋本病(甲状腺機能低下)、バセドウ病(甲状腺機能亢進)はいずれも免疫の異常によって引き起こされます。これがICIによって引き起こされるのです。それ以外にも、ICIには抗がん剤では見られない特徴的な副作用があることがわかってきています。アトピーに似た皮膚の炎症はよく見られる合併症です。副腎機能異常、心筋炎といった重篤な副作用も報告されています。

 ICIを使って治療を行っている医師の間では、免疫のお薬だから、効果は高く、副作用は軽い、だから抗がん剤よりも気楽に使える、と考えるのは早計だということがもうわかっています。ただいままで抗がん剤で治療してきても効果が今一つ得られなかったがん患者さんには、選択肢が確実に増え、朗報であることは間違いありません。

 長くなりましたので、次回と2回に分けて、トリプルネガティブ乳がんと免疫チェックポイント阻害剤について、さらに解説していきます。

2021年4月28日 新聞の記事から 2008年にがんと診断された人の10年後の部位別生存率

 4月27日 国立がん研究センターが、2008年にがんと診断された人の10年後の生存率を発表しました。といってもこれまでも発表はなされてきたので、最新のデータに更新されたというのが本当です。各新聞報道も大きく扱ったようです。

 紙面では、” 胃や大腸など、がん全体で、10年後の生存率は59・4%” と発表されています。専門的ながん医療を提供している全国240施設の約24万症例を対象にした調査で、これまでに発表された10年生存率の統計で、最も大規模なものです。がんは不治の病とされていましたが、実際には半分以上の方が生還されているということは驚きをもって迎えられたと思います。

 ちょっとひっかかったことです。私が読んだ新聞数紙では、”胃がんや大腸がんなど” と書かれていることが多かったのですが、皆さんの新聞ではどうですか?すでに女性は大腸がん、肺がんの順で亡くなる方は多いので、すでに4位に落ちた胃がんをトップに述べるのは“古いな”という印象です。いまでも胃がんががんの象徴なのかな、と推測できます。マスコミの方々の頭脳の刷新をしてもらいたいものです。 

 がんの種類別では、10年生存率が最も高いのは前立腺がんで、98・7%。女性の乳がん(87・5%)、子宮内膜がん(83・0%)、子宮頸(けい)がん(70・7%)、大腸がん(67・2%)と続きました。私の就任のあいさつでも書かせていただいたとおり、乳がんの生存率の高さが際立ちます。(前立腺がんだけは統計の処理の違いで、少しおかしなデータになっています。)

 ただここまでは新聞でも描かれている記事ですので、私は別の視線から記事を深堀してみたいと思います。毎日新聞のサイトには部位別がんの5年、10年生存率のグラフと数値が出されていました(https://mainichi.jp/articles/20210427/k00/00m/040/039000c)。だれでも見られるので参考にしてみてください。

 例えば大腸がんではそれぞれ72.6%そして67.2%です。100からマイナスしてみます。すると大腸がんでは最初の5年で27.4%なくなり、その後の5年間でさらに5.4%なくなる計算になります。

 胃がんは72.1%、66.0%ですので、27.9%、6.1%となります。子宮内膜がんは84.4%、83.0%ですから15.6%、1.4%、子宮頸がんは75.2%、70.7%なので24.8%、4.5%になります。こうして5年間で亡くなる方、その後の5年間で亡くなる方を計算して、グラフ化してみました。

 下、左のグラフがそうです。そのままではわかりにくいので右に計算しなおしました。右のグラフでは最初の5年間で亡くなる方を100とし、そこからの5年間で何人が亡くなるか、揃えてみました。乳腺で赤が飛びぬけて高いと感じませんか?

 これが乳がんの特徴です。子宮内膜がんやすい臓がんはその逆で低い。つまり最初の5年間を生き抜けば、その後はずいぶん安心と言えます。ところが乳腺では60%相当の方が次の5年で再発されるため、油断できません。

 乳がんの患者さんでホルモンレセプター陽性乳癌として、毎日ホルモン剤を飲まれている方がおられます。2008年の段階ではこれらの方のほとんどがホルモン剤を5年で終了していました。現在では患者さんによりますが延長され、10年、15年継続して飲まれている方もおられます。さて乳癌の患者さんの中でホルモン剤を飲まれている方の割合はどれくらいかご存知ですか?60から70%なのです。それらの人が5年間無事に過ごされて、その時点でホルモン剤を完了している。もしその時点ではがん細胞は消えておらず、ホルモン剤によって抑え込まれていただけだったとしたら…

 もちろんホルモン剤を5年で終了したすべての方がその後の5年間で再発するのではないので、60%で一致しているのはただの偶然です。ただ相当に不気味であることは事実でしょう。実際、乳がんならでは特徴である、5年の経過だけでは安心できない、その原因にホルモン剤の影響があることは間違いない事実です。

 このことを解説した記事を4月23日に書きました(https://www.nishihara-breast.com/blog/2021/04/4/)。ここでもう一度参考にしていただければ、さらに理解が深まると思います。ホルモン剤を飲まれている乳がん術後の方はここでもう一度、深堀して考えていただければと思います。

2021_04_28グラフA
2021_04_28グラフB

Q: 乳がん患者はCOVID-19のワクチン接種は可能ですか? 2021/6/29 加筆

 

Q: 乳がん患者はCOVID-19のワクチン接種は可能ですか? 

最近、外来で経過観察させていただいている患者さんによく聞かれる質問に答えさせていただきます。ただご存じの通り、日本ではまだ数%の方しかワクチン接種を受けておらず、日本人のデータそのものが乏しい状況です。まして乳がん患者さんに摂取して何が起こるのかは世界的に見ても研究がまだ進んでいません。そこでここでは接種の進んだ米国のデータから参照しました。ここで述べるデータは米国の国家機関から国民に向けて行われた発表内容ですので、信頼できるデータです。www.breastcancer.org/about_us/press_room/news/coronavirus

A: 答えはYESです。COVID-19ワクチンは緊急使用下において認可が下りていますが、現在乳がんにて治療中、そして過去に乳がんに罹患した経験のある方でも安全かつ有効であると考えられています。米国疾病予防管理センター、米国総合がんセンターネットワーク、そしてその他専門医による団体は、担癌患者さんにむしろ優先的にワクチン接種を受けるよう勧めています。もちろん各個人の状況は異なりますので、実際の摂取に当たってはまず主治医と相談することを勧めています。 

 2020年12月、アメリカ食品医薬品局はファイザー社、モデナ社製のCOVID-19ワクチンの緊急使用を認可しました。ジョンソンエンドジョンソン社製のワクチンは2021年2月に許可しました。他国で使用されているワクチン、そして新しく開発も進んでおり、順次認可していきます。 

 2021年4月にアメリカ食品医薬品局、米国疾病予防管理センターはジョンソンエンドジョンソン社製ワクチン使用について、“多くの検討事項の発生”を受けて、一時停止処分を決定しました。これによって医療関係者に、ジョンソンエンドジョンソン社製ワクチンを使用して血栓症を発症した6名の患者さんを含めて、これらを調査し、対応する時間的猶予を設けています。(最近解除されたようです。ただ血栓症についてはまだ完全には解明されておらず、注意喚起が添付されているようです。2021年4月25日注 ファイザー社、アストラゼネカ製のワクチンでも血栓症の報告は0ではないようです。すでにジョンソンエンドジョンソン社のワクチン特有の副作用ではないのでは、との報告も出ているようです。2021年6月注) 

 ワクチンは活性のあるウィルスを含んでいるわけではありません、ですので、がんの治療中などの理由で治療免疫が弱った方に使用することに問題があるわけではありません。アメリカ食品医薬品局はこれらのワクチンが安全で、かつCOVID-19の感染、重症化、そして死亡から身を守るのに有効であることを確信しています。ただワクチン接種しても、その効果がいつまで続くのか、そして接種後にウィルスにさらされた時、自分は症状のないまま、それをそのままほかの人に感染させないのか、まだわかっていません。ですので、マスクを着用し、距離をたもつことをワクチン接種のあとも継続するよう勧めています。 

 専門家はいまがんの治療中の方、がんの既往歴のある方、いずれもCOVID-19のワクチンを受けられることを勧めています。ただそれぞれの方で事情は異なりますので、実際に接種の際には、その判断が正しいかどうか、主治医に相談してから受けるようにしましょう。

にしはら乳腺クリニック院長 渡辺直樹

患者さんが持ってこられた質問に回答する