乳腺と向き合う日々に

2023.05.23

米国予防サービスタスクフォースが乳癌検診に関する新しい草案勧告を発表しました(続続)

以前、こうしたテーマでブログを書きました。
”高濃度乳腺は乳がんリスクが高い”ことを知っていますか?
よければもう一度目を通してください。

乳房と呼ばれる部位の皮下にはミルクを作り出す乳腺という組織が入っています。
生理前になったら皮膚の下でゴリゴリと硬く触れ、触っていると痛い、あの組織です。皮膚をつまむとつまめる部分は乳腺ではなく、皮下脂肪です。乳腺は原則硬いので、”つかめます”が、つまめません。

その乳腺には個人差があります。乳腺濃度が高い、つまり乳房の中にぎっしりと乳腺が詰まっている女性と、乳腺濃度の低い、すでに脂肪に置き換わってしまって柔らかくなってしまった方に分かれるのです。
これは極端に二つに分かれるのではなく、段階的に程度が異なると考えてください。

Dense Mamma

何度も似たような写真を出してきましたが、これがマンモグラフィです。
左右とも50歳前後の女性で年齢的に差はありませんが、マンモグラフィは全く異なります。
乳腺は白く映ります。左側の乳腺は乳腺がぎっしり詰まっているので、全体が真っ白に映ります。しかし上1/4には乳腺はないので、皮下脂肪のみです。そこは黒く見えます。
逆に右側の乳腺には白いところがほぼなくなっており、白い”スジ”のようなものしか見えません。乳腺がない上1/4の見え方とほぼ変わらない。触ってもそれこそお腹やおしりと差がありません。皮下脂肪に差はないからです。生理前になってもごろごろしたものは触りません。張ることもなく、生理前にもあまり痛みも感じません。乳腺が委縮してしまっていてほぼ残っていないのです。

これはみなさんのいう巨乳とは関係ありません。
大きくても脂肪ばかりの方はいます。小さくてもぎっしり乳腺が詰まっている方はいます。一度でもマンモグラフィを撮影された方ならすぐにわかります。乳腺濃度が記載されており、「脂肪性 → 乳腺散在 → 不均一高濃度 → 高濃度」 の順で高くなります。

「”高濃度乳腺は乳がんリスクが高い”ことを知っていますか?」のブログでも触れましたが、乳腺の密度が高い女性は、もちろん乳腺が”多い”ことになるので、乳腺に発生する乳がんのリスクもまた高くなります。統計結果から分かったことですが、「脂肪性乳腺の女性と比較して、高濃度乳腺を持つ女性は、乳がんのリスクが 4 倍高くなります。」 

この4倍という数値ですが、決して低いものではありません。
先に述べたとおり、93%の女性が、家族に乳がんの方がおられることの方が、乳腺密度が高いことよりも乳がんリスクは高い、と見なしています。しかしそれは実際には2倍程度です。
65%の女性が過体重または肥満であることが乳腺密度が高いことよりも大きなリスクである、と見なしています。肥満ということの定義にもよりますが、BMIで23-25の平均的な女性と比較して、30以上の女性では閉経後で1.34倍、閉経前で2.25倍の発生リスクがあります(国立がんセンター発表)。ご自身のBMIはここで計算してみてください。

ここから分かるように、皆さんは乳腺が高濃度であることの乳がんのリスクを過小評価しているか、あるいはまったく知らない、のです。ですのでせっかくマンモグラフィ検診を受けても、ご自身の乳腺濃度に興味がない、あるいは知らないままにしています。30歳前半の女性でも脂肪性乳腺になっている方はおられます。50歳を超えて閉経していても高濃度乳腺の方はおられます。

ここまで話をしてきて皆さんは、この乳腺濃度は生まれつき決まっている、とお考えでしょうか?
若い女性は皆高濃度で、年齢を重ねると自然と濃度は落ちてくる、とお考えでしょうか?

皆さんは知っているはずです。
女優さんが、乳腺の形が変わるのが嫌なので、出産したけれども授乳せず、ミルクで済ませた、という話聞いたことはありませんか?

スペース

40-49歳の日本人女性200人の統計結果を検討した論文があります。
それによれば乳腺濃度に最も影響を与えていたのは子供を産んだことがある、ない、でした。子供の数は検討されていませんが、産んでいない方が濃度が高い可能性は、産んだ方の2.87倍でリスクが高く、出産の有無はBMIよりも乳腺の濃度に強く影響していました。

同じくアジアから中国の女性(28388名 平均年齢 51.8 ± 5.2)について考察した論文では、乳腺濃度に影響する因子として、閉経の有無、初産の年齢、そして子供の数でした。出産の数ではたとえば脂肪性乳腺:高濃度乳腺の割合で見たとき、子供を産んだことのない女性では、5.6%:11.8%なのに対して、。2名以上産んでおられる方では26.7%:3.1%と逆転していました。

現在では中国でも少子化が進んでおり、3人4人と子供を設ける方は少ないはずです。そのため統計的に検討することは難しいでしょう。ただ出産数と高濃度乳腺の比率を段階的に見れば反比例していることは感覚的にもまちがいないのではないでしょうか。

このことからこういう論理が成り立ちます。

少子化する(出産数、授乳経験が減る)
      ↓

乳腺濃度の高いままの女性が増える
      ↓
乳癌の発生リスクが高まる(人口当たりの罹患率が上昇する)

おそらく近年の爆発的な乳がん罹患率の上昇は、少子化と無関係とは思えません。
他のどんな要素よりも大きい可能性があります。

各国の乳がん年齢別罹患率4

いわゆる少子化ですが、西洋先進諸国に比較すれば我が国やアジアは遅く始まっています。
しかし現在西洋先進諸国での出生率は2前後を保っており、我が国の1.3(2022年)までは低くありません。(イギリス 1.6、 米国 1.7、フランス 1.8、中国 1.2)

それからいえば、少子化、つまり一生で経験する授乳期間の長さが、乳がん罹患率と反比例する、という仮説は少し矛盾もあります。

最新のデータから 人口1000人の方が1年で何人子供を設けるか、というデータを見ると
米国 12.21 カナダ 10.11 フランス 11.56 イギリス 10.80 イタリア 7.00 でした。
中国は 9.69 韓国 6.95 日本は 6.90 
私も驚いたのですが、このThe World Factbookで調べた2023年最新のデータで見たとき、この出生率は東アジア最低値でした。データの有る228国の中で225位でした。
女性の一生における出産数データは中国よりも高いのに、このデータでは中国よりはるかに低いのはなぜでしょう。日本では高齢者が多いので、人口1000人当たり、どれだけ子供を産んでいるか、というデータでみると低くなってしまうのです。ですので、ある時を境に現状で多くを占める高齢者が死亡し始める時代が来ると急激に人口が減少することがわかっています。つまり欧米先進諸国よりも出生率が低いことは、高齢者が長生きしていることでマスクされ、隠れているだけで、ある時から驚くような速度で人口減少が起きることが確実です。

ですのでもし少子化と、乳がん罹患率の発生が比例するという仮説が正しいならば、あっという間に西洋先進諸国並みの乳がん罹患率に追いつき、そして追い越すのではないか。そう思えるのです。
もちろん先に述べたように、これは私の仮説であって、証明されていません。人種間の差であったり、たしかに食事内容による影響も0ではないでしょう。

出産数、授乳経験が減少→年齢を重ねても高濃度乳腺のままの女性が増える→乳癌の発生リスクが高まる、この流れは非常に説得力があり、納得できます。

私個人としては、もっともっと子供を作る時代が来てほしい。
でもそれは難しいでしょう。そしてもうそんな年齢ではない方がほとんどのはずです。
ですので、これからは40台の方が検診の中心ではなく、40歳以上、特に60-70歳の方が乳がん検診の中心になっていかざるを得ないと思います。

graphic-rates-inc-females-in-2010-breast 2

上の図はWHOで手に入る最新のデータです。2010年のものになります。

中国で一人っ子政策が取られたのは1979年からです。(現在はふたりっ子政策です)
日本では1971年から74年にかけて第二次ベビーブームが起きました。日本の特殊出生率(1人の女性が生涯に産む子供の平均数)が2を切ったのは1975年です。この年を境に、日本の出生率は減少傾向にありました。特殊出生率が2を下回ると、人口の自然減少が起こり、少子化社会の問題が浮き彫りになります。日本では現在も出生率の低下が続いており、1.3まで落ちているのは前述しました。少子化対策が重要な課題となっています。

そして乳がん罹患率の形は我が国と中国はやはり不気味なレベルで似ています。
中国の高齢者の罹患率が我が国と同じようにもともとは低く、上昇している現象がわかれば、私の仮説の裏付けになるでしょう。

皆さんも年齢を重ねたから乳がんになりにくい、という誤った概念をもはや捨てる時期が来ています。
検診は年齢に関係なく、40歳を超えれば必須です。