乳腺と向き合う日々に

2023年06月

2023.06.20

変わった乳腺炎 ー肉芽腫性乳腺炎ー

肉芽腫性乳腺炎という?な病気

肉芽腫性乳腺炎という病気があります。
この病気は乳腺を専門とする我々のような医師にとって決して珍しい病気ではありません。われわれも1年に1-2例程度経験しています。
この疾患は、同じ疾患であっても、その病変が小さな時と大きくなった後では様々な点で異なります。

まず患者さんの主訴です。

小さな時の主訴は乳がんの疑い、乳腺腫瘤として来院されます。調べてみてもがんではもちろんありません。触ると少し痛みがある硬いしこりで来院されることがあります。
大きくなった後の主訴は、痛み、発赤、腫れです。乳腺炎として来院されます。もちろん授乳中ではありません。また打撲や、けがなど、目立った外傷はありません。はっきりした誘因なく急に乳腺が痛み出し、ばい菌が入った、感染した、と言われて来院されます。

通常通りマンモグラフィ、超音波検査を施行します。
小さな時、この疾患は乳がんとよく間違われます。その病変が小さく、症状がほぼ軽いか、ないときに特に鑑別が難しくなります。しこりとして自分で見つけてきた、痛くもかゆくもない、少しずつ大きくなる、それは乳がんの症状そのものですし、まして画像も似ていれば鑑別は難しくなります。
しかし大きくなった後は、画像上は疾患名通りの乳腺炎に見えます。多くの乳がんはあまり痛みません。乳がんは、患者さんが訴えられるように、「2-3日でみるみる腫れて赤くなり、ひどくうずく」ことはまずありません。しかしこの疾患は大きくなってくるとさすがに炎症らしい症状を呈してきます。しこりの中には液体として膿がたまっていることが確認されることが多く、実際穿刺すると膿が抜けてきます。もちろん触ると腫れていて、局所に熱感もあり、痛がります。穿刺内容として、リンパ球や好中球など、炎症細胞ばかりでがん細胞はもちろん確認されません。それは病変が小さくても同じです。

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肉芽腫性乳腺炎は1972年に Kesslerと Wolloch先生らによって最初に報告されました[1]。この病気の多くは、患者さんの訴えも、画像も、経過も、化膿性乳腺炎とほぼそっくりです。ただ異なるのはその部位に細菌感染が証明されません。つまり原因がわからないのです。膿がたまっていることも多く、そこから膿を吸い出す、あるいはドレナージ(切って排膿する)を行うことも、治療や診断目的でよく施行されていますが、感染は証明されません。ただ何に反応しているのかわからない、炎症がそこにあるだけです。したがって抗生物質を処方して細菌を殺す処置をしても効果はないのです。原因がわからない、けれども細菌感染し、化膿したみたいに見える乳腺炎、それこそがこの病気の逆に定義になっています。原因がわからないから治療法も確定できないのです。

さらに診断もややこしい。針で突いても、組織を一部調べても少なくともがん細胞は証明されません。そして細菌もいない。ただ炎症だけがある。経過を見ていたら大きくなります。よくなりません。そうするとがんがどこかに隠れていてそうなっているのではないか、という疑問が払拭できません。結局診断を兼ねて大きく切除されることも珍しくないのです。

我々がこの病気を扱う際には、Carmalt先生が1981年に提案した論文[2]が参考にされます。Carmaltはこの疾患を 1)最終出産より5年以内の妊娠可能な年齢の女性に多い 2)好中球やリンパ球の浸潤と異物型・ラングハンス型巨細胞を伴う肉芽腫を認める 3)膿瘍を認め,しばしば肉芽腫の中心に形成される 4)病変の主体は小葉中心である 5)乾酪壊死巣,抗酸菌・真菌を認めない、という診断基準を提唱しました。

1)については疫学について書かれています。それ以外はこの疾患の病理学的な特徴について書かれています。まとめると細菌感染そっくりだけれども、結核菌や真菌(カビ)感染によるものとは異なり、通常の細菌感染に似ている。それでいて原因菌は同定されない、ということになります。

まとめると この疾患は化膿性乳腺炎とそっくりで、症状も画像上もそのまま化膿性乳腺炎です。ただ原因だけがわからない。だからこうすれば治せるという治療法が確立していません。逆に化膿性乳腺炎の治療は、物理的にたまった膿を流しだしてとり除き、細菌を殺せる適切な抗生物質を投与することです。多くの肉芽腫性乳腺炎の患者さんも、それに準じた治療をされていることが多いと思います。そしてそれで治ってしまう方も多いようです。膿の中に原因となった細菌は証明されなかった、けれども治った、という経過です。もしかすると抗生剤で治癒するなら、それは通常の化膿性乳腺炎だっただけかもしれません。
原因がわからないまま、少しずつ硬い部分が大きくなってくれば、医師であってもがんが頭をよぎります。小さいうちにはなおさらです。だからこの疾患は恐ろしい。しょっちゅうあるものでもないことも嫌な要素です。診断がつけられない、つけにくい、だからがんではない、と言い切るのが難しいのです。

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現在一般的に認識されている肉芽腫性乳腺炎の治療は、ステロイド投与です。

ただし乳がんではない、化膿性乳腺炎でもない、と診断された場合に限定されます。この場合はステロイドで増悪させることもあり得るからです。裏を返せばステロイドで反応するようであればまず乳がんではない。肉芽腫性乳腺炎だった、とも言えます。

2011年 一本杉聡先生の論文によれば、本邦でこの疾患と診断され、ステロイド投与を受けた19例中18例に病巣縮小が確認され、6例で病巣消失、4例が PSL減量後に悪化して病巣摘出を受けていたと報告があります。

もともと原因の分かっていない疾患ですから治療法も確立されたのではありません。炎症があるのは確実なので炎症を抑える薬を出したら治った、治る症例もある、ということです。いわば対症療法、症状に応じて症状を抑える治療です。将来原因がわかれば変更されることもあると思います。私も何例か経験し、8割はステロイドに反応して治りましたが、2割程度で長引いた記憶があります。もしかすると同じ肉芽腫性乳腺炎であっても、違う疾患だったのかもしれません。

今後の研究が待たれるところです。

2023.06.16

早期乳がんはまず”治癒”する時代になりました

乳がんは早期発見されればまず治癒します。

この言葉当たり前と言えば当たり前ですが、かなりインパクトのある言葉です。
がんと診断されれば誰でも”死”が眼前を横切ります。それはたとえ早期だと言われてもそうでしょう。しかも診断された当時にはどの医者も早期です、と断言してくれません。早期として診断が確定するのは最低限、転移の有無についての検査が終わらなければならず、できれば手術を含めて治療が完了した段階で病理学的な病巣の大きさ、リンパ節転移の有無が診断され、それから早期であったかどうか最終決定されます。
がんと診断された日からおそらく1か月以上経過していることでしょう。その間はたとえ先の言葉を信じることができたとしても不安は消えないはずです。それでも乳がんは”早期発見されればまず治癒します”。そしてもし貴方のがんが検診で発見されたのであれば当然早期である可能性が高く、そしてそれは治癒する可能性が高い、と考えていいと思います。

今年 2023年4月 C. Taylor先生が英国50万人の早期乳がん、1993年から2015年の観察研究を行いその結果を発表しました。(BMJ 2023;381:e074684 | doi: 10.1136/bmj-2022-074684) 

ここでは早期乳がんはDCIS(非浸潤性乳管がん)を含んでいないことに注意してください。つまりStage 0を含まないStage Iの方を調査した結果になります。

そしてもう一つ重要なことは、この早期がんの定義は最終診断ではなく、乳がんが発見された時に早期がんとされた方を調査していることです。したがって最終的には2cmを超えていたり、リンパ節転移があった、つまり最終的には進行がんとされた方を含んでいます。ですので、がんが発見された際にあなたは今の段階では早期がんと思われます、と言われた方が対象の調査になるのです。

たとえば今回の観察結果では、診断時に、60歳の女性で、スクリーニング検査で腫瘍、サイズ<20mm、低悪性度、エストロゲン受容体陽性、HER2陰性、リンパ節陰性が検出された場合の推定5年間の乳がん死亡リスクは0.2%でした。1000人に2名以外の例外を除けば助かります。これは普通に考えて60歳の女性が65歳になれる確率はもともと100%ないわけで、ほぼ無視できる数値と言えるのではないでしょうか。
つまりまず治癒する、と言えると思います。

「え、条件があるの?」と思われたかもしれません。

そのとおり。確かに早期乳がんで発見されても注意が必要な”タイプ”のがんはあることもわかりました。でもまず治癒するといえるがんもわかっているので、皆が同じように心配する必要はない。上記の条件は医学的表現ですが、皆さんにわかりやすいように言うならば、「閉経後、検診で発見されて早期ですと言われた乳がんで、抗がん剤は不要ですとなり、術後にホルモン剤を飲んでおられる方は、まず1000人2人も亡くなりません」とこうなります。かなり端折りましたが。

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こうした方が、再発を気にして乳腺外来に足しげく通い、腫瘍マーカーやPET、CTなど転移の検索を定期的に受けていくのは何とも無駄に思えます。もしその状況で、現在増加している大腸がんや、今でも致死率の高い肺がんの検診をしていないとするなら、それは本末転倒です。
もちろんPETやCTで大腸がん、肺がんも見つかるときは見つかります。しかし早期で発見できるとは限りません。すべての種類のがんを一度の検査で早期発見できる検査方法はまだありませんので、ドックを受けるなり、それぞれ考えていく必要があると思います。
私が言いたいのは、乳がんはまず治癒している、とされる方が、再発を気にするあまり、再発の検索ばかりして、他の部位のがんの早期発見のための検診をおろそかにしたのでは本末転倒だ、とお話ししているのです。時間もお金も貴重なのですから効率よく検診していくべきです。

Taylor先生は、この50万人の早期乳がん患者さんを、1993から99年に診断された方、2000から04年の方、2005から09年 そして 2010から15年の4つの期間に区切りました。
1993から99年に診断された方は5年で14.4% (95% CI 14.2% to 14.6%)の方が亡くなっていました。これの数値は年を追うごとに下がって2010から15年に診断された方は5年で4.9% (95% CI 4.8% to 5.0%)まで下がっていました。逆に全体で95%、つまり現在であれば早期がんであるとされれば20人に19人は5年後も生存されていることになります。

さらに同じ早期乳がんであっても、検診で発見された早期乳がんは、自分で発見された早期乳がんよりも予後は良好でした。これは5年生存率でみて、亡くなる方の割合でほぼ2倍の差異がありました。ただどちらの群でも年を追うごとに改善していました。具体的な数値は示されていませんが、グラフから読み取れる数値として、50歳から64歳で、検診で2010年から2015年に発見された場合の早期乳がんで5年後に亡くなっている可能性は2%前後、検診で発見されていない場合は6%前後でした。ちなみに1993年から1999年発見の方であれば、それぞれ7%、14%程度ありました。
同じ早期がんであっても差が出てしまう原因は、この調査は”診断時に早期がんとされた”方が対象だからです。最終的に手術をしてみたらリンパ節転移があった、つまり早期ではなかった。こうした症例の割合は検診発見の方に比べてどうしても高くなります。それが影響した可能性が高い。
逆に、検診で発見され、早期がんです、と言われた。その場合は真の早期がんである可能性が高い、となります。その場合は本当に治癒する確率は高くなります。

それ以外の要素として
ホルモン剤に感受性のある方はない方よりも予後は良好でした。
組織学的に異型度の高い方は低い方よりも予後は不良でした。
年齢が若いほど予後は不良でした。
リンパ節転移の有った方では数が多いほど予後は不良でした。
乳癌のサイズが大きいほど予後は不良でした。

しかしそのすべてにおいて、1993年から1999年発見の方に比較して、2010年から2015年に発見された方まで、現在に近いほど予後が改善していました。これはその論文のグラフを見ていただければと思いますが、ほぼすべての群で、5年後に亡くなっておられる方は半分から4分の1まで減っているといえます。

特にHER2陽性の方の予後は劇的に改善していました。これはハーセプチンを含めて分子標的治療の普及が大きな役割を果たしていると思います。

これらを総合すれば
乳癌発見時に、それが検診発見であり、早期がんと診断され、閉経後で、ホルモン剤が用いられ、抗がん剤は不要とされたような方では、まず治癒する時代が来ている、となります。

共著者であるテイラー氏と患者擁護者としてこの研究に参加した乳がんサバイバー2名の意見が同じ雑誌に掲載されていました。

彼女らは、「乳がんの予後は、この研究で記述された危険因子によって大きく異なることを、医師は患者に伝えなければならない」と強調しました。

「自分が20年前に乳がんと診断されたとき、これは深刻で早急に治療する必要があるという事実以外、予後については何も告げられませんでした」と患者擁護者のマイリード・マッケンジー氏は思い出します。
「しかし、予後についての適切で明確なコミュニケーションは、患者の生活の質と、患者がどのように物事に対処できるかに大きな違いをもたらす可能性があると思います。」

「大多数の女性の予後は良好です」と彼女は続けます。「この研究はそれを裏付けており、安心感を与えてくれます。なぜなら、どのように早期で発見されたとしても、乳がんだと診断された時、最初 誰もが自分は死ぬのだと思うからです。」