乳腺と向き合う日々に

検診について

2021.09.26

ブレスト・アウェアネス もう一度

以前 ブレスト・アウェアネスについて説明しました
ブレスト・アウェアネスとは、簡単に言い切ってしまえば、自分の乳腺の正常な状態を知っておこう、という”考え方”です。乳がんは自分で検診できるほぼ唯一のガンです。しかしほとんどの人がそれをしない。たとえ定期的に病院やクリニックを受診して健診をうけているとしても、毎月検診している人はいないはずです。しかし自分で検診するなら毎日だって可能です。それなのになぜ。
多くの方がこう答えます 「触ってもわからない」。
当たり前なのです。医師でもない限り、一般の女性は乳がんを触ったことも、見たこともありません。形も大きさも硬さも知らない。探しようがない、だからわからない。それが当たり前です。
ブレスト・アウェアネスはその考え方を根本から変えてしまうものです。
まずはどこでもいい、検診を受けて異常なし、正常だ、と診断されるところから始まります。
そしてその日、自宅に帰った後、しっかりと自己触診、自己検診をします。そして正常な自分の乳腺の状態をしっかりと覚えておくのです。その後は毎日検診する必要はありません。ときどき、その時と”違いがないか”を確認していくだけでいいのです。その意味から自己触診は毎日しているほうがむしろ違いがわかりにくくなります。月1回程度が適正なのです。

健診を受け、正常と診断されたら、その状態を自分でも自己触診、自己検診して、覚えておく。
毎月気が付いたら自己検診して、そのときと”変わったところ”がないか、確認する。

これがただしい自己検診の在り方です。自分の乳腺の状態を知っておく、これがブレスト・アウェアネスの概念です。

乳がんは原則固いのですが、柔らかいしこりのこともあります。

乳がんは原則触っても痛くありませんが、痛みを伴うことがあります。
乳がんは浸潤するので原則として乳腺内で動きにくいですが、コロコロとよく動くがんもあります。
乳がんは原則1個のしこりとして発生しますが、板状に発生したり、離れて島状に発生することもあります。乳腺全体が硬くなったり、皮膚の色が変わることから見つかるがんもあります。
乳がんは原則ある程度の速度をもって増大しますが、年単位でゆっくり大きくなることもあります。
乳がんは原則乳腺にできますが、乳腺には何もないのに、わきの下だけにできることがあります。
乳がんは原則若い方では増殖が速いですが、遅いこともあります。また高齢であっても増殖の速い場合があります。

このように乳がんの性質には例外もあるので、乳がんを探す、という目的で自己検診をすることはまず不可能なのです。
われわれ乳腺を専門にする医師は、正常な乳腺も異常な乳腺もたくさん見ています。ですので診断できるのです。しかし皆さんが詳しく知ること、把握することができるのは自分の乳腺しかありません。それも正常な乳腺しかありません。正常を知らないで、異常を見つけることはできない、そういうことなのです。

スペース

ブレスト・アウェアネスを意識しない検診は、場合によっては逆に悪い結果につながることがあります。

市町村からやってくるクーポンや、人間ドック、様々な機会にマンモグラフィを中心とする乳がんの検診を受けておられる方も多いと思います。とても大切なことで、その意義に関しては否定のしようもありません。乳がん患者さんの9割近くが治癒するようになった現代医療において、もし検診を受けておられるような方がきちんと治癒しないなら、それほど良い成績にはならないでしょう。

ただきちんきちんと検診を受けておられる方こそ、かえって陥りやすい危険がある、と言ったらどうでしょうか。そしてそれを防ぐ簡単かつおそらく唯一の方法がブレスト・アウェアネスなのだ、と言ったら皆さんは理解できますか。

ここでたとえ話をします。
Aさんはきちんと毎年ドックを受診し、マンモグラフィによる乳がん検診を受けています。
今年もコロナの騒ぎもありますが、自分で決めたこと、きちんと受診しました。

説明を聞くAさんです。ここではブレスト・アウェアネスを実践するAさん、しないAさんのたとえ話をします。

きちんと検診を受けたAさんは医師から、現状は何も異常はないこと、正常範囲内であり、心配はないことを説明されました。

定期的に自己検診をすること、定期的に同様な検診を受けたほうが良いこと、の説明を受けました。

Aさんはその際にブレスト・アウェアネスの考え方の説明を受けて、それを実行するよう勧められました。

その日の夜

自宅に帰ったAさんは、意識しながら自分の乳腺を全体に触ってみました。硬いところに気が付きました。痛いところもありました。ごろごろするところもありました。でも今日検査したばかりです。正常範囲の変化であることは間違いありません。そう考えてその日はゆっくりと眠ることにしました。

自宅に帰ったAさんは、医師からいろいろ聞きましたが、正常と診断されましたことですっかり安心しています。
家事を終え、入浴してリラックス、その日はそのまま床に入って眠りました。
(つまりブレスト・アウェアネスを意識しませんでした。)

しかし6か月後…

嫌な話であることをご了承ください。ここではたとえ話をしています。
ブレスト・アウェアネスを意識したAさん、意識しなかったAさん。
ただお二人とも時々乳腺は触ることはあっても、自己検診というほどは意識していませんでした。
忙しく日々を過ごしている中、残念なことにAさんは乳がんを発症しており、検診から6か月後、入浴の際に自分で乳腺のしこりに気が付きます。

Aさんは、入浴していて、自分で乳腺の1㎝のしこりに気が付きました。
「え、ここ・・・・硬い。」

Aさんは思います。
これ、あの正常と言われた検診の日にはなかった。こんな固いところはなかった。これは異常だわ。病院に行かなければ。

Aさんは、入浴していて、自分で乳腺の1㎝のしこりに気が付きました。
「え、ここ・・・・硬い。」

Aさんは思います。
まあでも半年前に検診を受けたばかりだし、先生は1年後で大丈夫と言われていたから…。
半年もしたら次の検診の予約も取っているし、少し様子を見ようかな。
あそうか、生理前だから張っているのかもしれない。痛くもかゆくもないし、大丈夫だよ。

さて、

さて、皆さんがもしブレスト・アウェアネスを意識して実践しなかったとしたら、
そしてその何か月か後に自分でなにか乳腺の異常に気が付いたとしたら、

右のAさんのように自分で自分を納得させて、様子を見たりしませんか?
きちんと病院を受診できますか?
その自信がありますか?

右のAさんがもし検診を受けていなかったとしたらどうでしょうか?
逆に心配して病院に行くのではないでしょうか?

つまり検診をきちんと受けて安心しているからこそ陥る危険性がそこにあるのです。これを防ぐ最も有効な方法こそブレスト・アウェアネスなのです。検診を受けて、正常とされた日に、むしろ逆に念入りに自分の乳腺の自己触診をしておく、このことがとても重要であることを理解してもらえたのではないでしょうか。
われわれはきちんと指示を守って検診を受けてくださっている方を乳がんによる死亡からなんとしても守らなければなりません。できれば抗がん剤も不要なレベルの早期で発見したい。しかし我々の行う健診だけでそれを全員に実現しようと思えば、1年1度ではとても約束はできないのです。もちろんその方の乳腺や、年齢、遺伝的な要素にも影響されます。すでに何らかの乳腺の異常を経過観察している方ではなおさらです。
健診と健診の間の乳腺の自己検診の助けを借りることができれば、その精度は飛躍的に高まります。

ブレスト・アウェアネス、これを意識して健診を受けるようにしてください。

2021.09.07

高濃度乳腺の乳がんリスクについて

高濃度乳腺とは ーAre You Dense?ー のブログで、乳腺には個人差があり、その濃度に差があることを解説しました。
乳腺痛 ~痛いのが気になって来ました~ のブログでは、乳腺痛について触れていますが、閉経前後の年齢で、高濃度の乳腺の方では、非周期性の乳房痛を訴える方が多く、濃度と乳腺痛には関連があることが知られています。

高濃度乳腺は、授乳経験が少ない女性に見られる傾向があります。”子供を産んでおられない女性に乳がんのリスクは高い”ことは一般の方もご存じの方は多いかと思います。こうした観点からも、高濃度乳腺は乳がんリスクは高いのではないか、は気になるところです。
ただ若年者では授乳経験はなくて当たり前であり、高濃度乳腺が普通の状態です。どれくらいの年齢で、そして高濃度乳腺であったなら、どれくらい乳がんリスクが上昇するのか、その具体的なことがわからないとただただ怖いだけです。
最近これに関して詳しい発表があったのでまとめてみたいと思います。

参考: Dense Breasts Linked to Increased Risk of Invasive Cancer in Older Women— Breast density, life expectancy could be factored into considerations for continued screening
by Mike Bassett, Staff Writer, MedPage Today August 27, 2021

スペース

高濃度乳腺はどれくらいリスクがあるのか?

高濃度乳腺ついて、濃度の高い乳腺は、同じように検診を受けても小さな病変の発見が難しいことだけではなく、もともと乳がんが発生しやすくリスクが高いという話をしてきました。

ただ子供さんを生んでおられない若い方の乳腺の濃度が高いことは当たり前なので、同じように高濃度乳腺であっても、高齢であってなおかつ高濃度であることが乳がんリスクを高めることも理解できます。実際 65歳以上の女性が濃度の高い乳腺である時、リスクが高いことが以前から指摘されています。

BMI、つまり肥満の程度によっても乳腺の濃度は影響されます。痩せていれば濃度が高いことが多いからです。一方で肥満は乳がんのリスクを上昇させます。肥満すれば乳腺濃度は落ちやすい、しかし肥満で乳がんリスクは上がる。乳腺濃度と乳がんリスクの関係性を考える際に、肥満の要素を加味して考えないといけません。

BMIの値にかかわらず、高濃度~不均一高濃度乳腺の方は散在性乳腺の方と比較した場合、65歳から74歳では1.39倍(HR 1.39(ハザードと言ってリスクはどれくらい上昇するかを示します, 95%信頼区間(95%の確率でこの範囲内に正解があるという意味になります) 1.28-1.50)、そして75歳以上では1.23倍(HR 1.23, 95%CI 1.10-1.37)です。

(reported Dejana Braithwaite, PhD, MSc, of the University of Florida Health Cancer Center in Gainesville, and colleagues)

(ここからは米国の話になりますが)

米国では75歳の女性はさらに平均12-14年の余命が見込まれます。こうした方に対して、乳がん検診を受けるかどうか、その適応を考えるにあたっても、生涯わたる乳腺濃度の乳がんリスクに与える影響を考えるに際しても、75歳以上の高齢女性のリスクを検討することには意味がある、と考えられます。

乳がんリスクは年齢とともに上昇を続け(これも米国ではそうですが、日本ではピークは閉経前後にあり、その後は減少します)、乳腺濃度と乳がんリスクの関連性も示唆されています。健康な75歳以上の女性に対しても、マンモグラフィー検診の機会を設けることで、乳がんによるリスクを減らすことは可能です。

ただこうした年齢の女性に対する研究そのものが不足しています。なにより肥満度を考慮しての検討がなされてきませんでした。

さて本題

米国Breast Cancer Surveillance Consortiumのデータから、1996年から2012年までにマンモグラフィ検診を受けた65歳以上の女性を解析しました。
総人数221.714名の女性を解析し、うち193.787名 38%が75歳以上でした。
大部分は65歳から74歳(64.6%)であり、白人(81.4%)でした。
(64.6+38>100なんですがその理由はわかりませんでした。筆者:注)
乳腺濃度はBIRADS(米国の放射線科医による分類基準)によって、脂肪性、乳房散在、不均一高濃度、極めて高濃度、と4段階に分けました。
65歳から74歳までの女性では、16.5%が脂肪性、51.4%が散在性、32.1%が不均一高濃度から極めて高濃度に分類されました。75歳以上ではそれぞれ17.5%、52.0%、30.5%でした。
(下の表を参考にしてください。高齢であっても、また時々患者さんが口にされますが、”垂れて”いても、濃度は低いとは限らないことがわかります。日本人のほうが実際は米国の方より濃度は高いことが予想されるので、頻度はこれより高い可能性があります。筆者:注)
乳腺濃度の頻度 脂肪性乳腺 散在性乳腺 不均一高濃度から
極めて乳腺
65歳から74歳 16.5% 51.4% 32.1%
75歳以上 17.5% 52.0% 30.5%
これらの女性を平均6.3年経過観察し、5,069名の方が乳がんを罹患しています。
65歳から74歳の女性では乳腺濃度に比例して、浸潤性乳がんの発生頻度が上昇しています。
今後5年間でどれくらいの比率で乳がんが発生するかについて
脂肪性乳腺 11.3名(1000名あたり) (95% CI 10.4-12.5)
散在性乳腺 17.2名(1000名あたり) (95% CI 16.1-17.9) 
不均一から極めて高濃度乳腺 23.7名(1000名あたり)(95% CI 22.4-25.3) 
同じことは75歳以上の女性でも言えています。
脂肪性乳腺 13.5名(1000名あたり) (95% CI 11.6-15.5)
散在性乳腺 18.4名(1000名あたり) (95% CI 17.0-19.5) 
不均一から極めて高濃度乳腺 22.5名(1000名あたり)(95% CI 20.2-24.2)
(下の表を参照してください。年齢に関係なく、濃度に伴って乳がんリスクが上昇することがわかります。筆者注)

今後5年間で1000人当たり
何人の方が乳がんに罹患すると
予想されるか 
65歳から74歳までの女性

今後5年間で1000人当たり
何人の方が乳がんに罹患すると
予想されるか
75歳以上の女性

脂肪性乳腺 11.3名 13.5名
散在性乳腺 17.2名 18.4名

不均一高濃度から
高濃度乳腺

23.7名 22.5名
65歳から74歳の女性でほぼ脂肪性の乳腺の方は、散在性の乳腺の方と比較して、たとえその方の肥満度を考慮したとしても(つまり肥満しているから脂肪性乳腺になっているという場合を考え併せても、という意味です)浸潤性乳がんのリスクが低下していました。(肥満しておられる群同士で比較しても0.71とリスクは下がっており、肥満しておられない方同士比較しても0.53とリスクは脂肪性乳腺で下がっていました。)
75歳以上の女性でもこれは同様に認められました。(肥満しておられる群同士で比較しても0.70とリスクは下がっており、肥満しておられない方同士比較しても0.82とリスクは脂肪性乳腺で下がっていました。)
肥満している方は脂肪性乳腺なのか、については65歳から74歳の方も、75歳以上の方も、そんな傾向は認めませんでした(つまり肥満していても、高濃度乳腺であることはあり得るし、痩せていても脂肪性乳腺はあり得ます。筆者注)
乳腺濃度と乳がんリスクは正の相関を示す。それは65歳から74歳、そしてそれ以上の女性でも同様に認められました。
これらのことからわかることをまとめます。
高齢の女性であっても、今後の人生において、マンモグラフィ検診を続けていくメリットデメリットについて、乳腺濃度が与える影響を検討しながら、考えていかないといけない。
マンモグラフィ検診をいつ辞めるべきかはこうした個人個人の事情を基に決めるべきであり、一律には論じられない。

ここからは私の注釈です
この論文の筆者は、これらのデータをもとに、75歳以上の女性に関しても、マンモグラフィ乳がん検診の必要性について考えよう、と締めくくっています。ただ少なくとも、ご自身の乳腺濃度をご存じない方がおられたら、それを尋ねるためにも検診を一度は受けておいた方がいいのは確実ではないでしょうか。
たしかにその方の人生観もあることになりますので、一概に全員マンモグラフィ検診を受けるべきとは言えません。ただ脂肪性、散在性乳腺では実は触診も容易なため(乳腺が全体に柔らかいので、硬い腫瘤を自分で触っても見つけやすい)、乳がんリスクは低く、自己触診で見つけることも比較的容易、なのです。
不均一高濃度から高濃度乳腺の方はそれが逆になります。

高齢であっても、乳腺濃度の高い方は、乳がん罹患のリスクが高く、くわえて自分で触るのでは乳がんのしこりを見つけにくい。

やはり検診の継続が勧められるのは、まさにそういう方ではないでしょうか。

2021.08.31

番外編 ホルモン補充療法と乳がんについて

更年期障害は、女性にとって大きな問題になることがあり、生活に支障をきたしたり、質を落としてしまうこともあります。更年期が女性ホルモンの減少を原因とするのなら、補充してしまえばいい、単純に言えばそうなります。主に婦人科において行われるのですが、経口飲み薬、最近ではシップのような貼り薬もあります、注射もあります、こうして何らかの女性に関するホルモンを補充する治療一般をホルモン補充療法と呼んでいます。
更年期障害の治療に対して行われるだけでなく、たとえば生理痛、子宮内膜症に対する治療、骨粗鬆の予防、避妊目的に行われるホルモン補充療法もあります。治療の目的は異なったとしても、女性ホルモン、エストロゲンの補充を目的に行われる治療は原則ホルモン補充療法です。エストロゲン単独で投与すると、子宮内膜が刺激され、子宮体がんのリスクが上昇します。そのため黄体ホルモンであるプロゲステロンを並行して投与し、定期的に生理を起こさせて、閉経前に類似した状態を作り出す、そうして更年期をはじめとする状態を脱出させることを狙って治療することが通常です。

さて、乳がんの治療で、ホルモン剤を使用することがあります。エストロゲンを抑制する薬です。乳がんで使うのはしたがってホルモン補充とは反対の働きをする薬を使います。
そこで、ホルモン補充療法を行うと、乳がんのリスクが上がるのではないか、あるいは乳がんが再発しやすくなるのではないか、という考えが出てきます。
これに対する回答を、ここで最初に簡潔に言い切ってしまいます。例外もありますが、ここでは原則を先に示すことで後の解説をわかりやすくする目的です。
・乳がんにすでに罹患している方ではホルモン補充は禁忌です。
・乳がんの家族歴が濃厚で、乳がんの遺伝的な傾向がある方も禁忌です。

これらを除く方にホルモン補充療法を行った際の乳がん発生リスクについて
・エストロゲンの単独補充では、乳がんのリスクはほとんど上がりません。(しかし子宮体がんのリスクが上昇します)
・エストロゲンとプロゲステロンの併用補充療法では、乳がんの発生リスクが使用期間に比例して上昇していきます。

”禁忌”は、ダメということなので悩みませんよね。
ここで注意してほしいのは、”ほとんど上がらない”というのはどれくらい上がるのか、”上昇する”というのはどれくらい上昇するのか、それを明らかにする必要があるのです。
100円は1円に比べればべらぼうに”高い”ですが、10,000円に比べれば”安い”です。”わずかに上昇する” とか ”増加します” という言葉だけではなく、実際具体的にどれくらい上昇するのか、を示さなければ意味がないのです。

Vinogradova Y, Coupland C, Hippisley-Cox J. Use of hormone replacement therapy and risk of breast cancer: nested case-control studies using the QResearch and CPRD databases. BMJ. 2020:m3873.

このデータはイギリスから昨年発表された論文から引用しています。
50歳から79歳、1998年から2018年、合計で98,611名の女性とさらに457,498名の女性からデータを回収して検討した巨大な研究で、その意味からは大変信頼性は高いと考えられます。
データの見方ですが、ホルモン補充療法を受けていない方に乳がんが発生するリスクを1として、ホルモン補充療法を受けるとどれくらい上昇するか、を示しています。
例えば1番下に書かれているTiboloneですが、これはエストロゲンとプロゲステロンの併用に類すると思ってください。(日本ではまったく同名の薬剤は使用されていないようです。)0.4と書いているのは平均0.4年飲用(1年以内)されていた、ということです。リスクは0.95なのでむしろ発生率は低いくらいです。そのあとのカッコの中、0.87 to 1.03はこのリスクは95%の確率で0.87から1.03までに収まる、という意味になります。つまり最悪、1.03倍のリスクの可能性がある、ということです。5年を超えると、リスクは1.33となっています。つまり補充療法を受けておられない方の1.3倍乳がんに罹患する可能性があります。あれ、思ったほど高くないんだ、と感じた方もおられると思います。

注目なのは Oestrogen(=エストロゲンです)のところです。
3-4年でわずかに上昇しているものの、10年以上継続しても、基本 乳がんリスクは上昇していません。エストロゲン単独補充では恐れていたほどリスク上昇はないようです。ただそれでも10年越えではデータは1.17、95%信頼区間でみても、最低で1.08と、1を超えているので、”わずかに”リスクが上昇することは明らかなようです。
ですので、その数値と、自分の更年期を含めた症状の辛さを天秤にかけて決めていけばいい、ということになります。

まとめるならば、ホルモン補充療法では、1年以内であれば、ほぼ乳がんリスクの上昇は見られないので、それによる更年期症状の改善のメリットと、乳がんリスクの上昇を天秤にかけて、継続するかどうかを決めていけばいい、となるでしょう。
ただしそれは乳がんリスクだけであることにご注意ください。薬剤によっては心臓、血管系にリスクを持っていたり、先に述べた子宮体がんリスクを上昇させます。ここでは省略しますが、それらもすべて考えあわせて治療を決めていく必要があります。

先のデータからだと、エストロゲン単独でのホルモン補充療法は乳がんリスクは上昇しにくい、しかしもともとこの論文は50歳以上を対象としており、閉経前の方はもともとご自身の体の中でプロゲステロンが供給されています。つまりエストロゲン単独投与でも、単独にはなりません。そして閉経後であっても単独での使い方は子宮体がんリスクを上昇させてしまうことを忘れてはいけません。ですので婦人科は子宮のある方ではプロゲステロンの併用を標準としているのです。(これを併用し、中止すれば消退出血が起こります。つまり生理が来ます。子宮内膜に発生するがんである子宮体がんはこれによってリスクを大幅に下げることが可能になります)。生理的な状況を作り出すことがホルモン補充であり、閉経後もそれを作り出そうとすればやはり乳がんリスクは上昇するとも言えます。ただわずかな期間であれば(長くても5年)、3-5割増し程度にリスクは収まり、先のデータでは示しませんでしたが、中止したのちは速やかにリスクは下がるようです。

また乳がんにすでに罹患している方、遺伝的な要素があり、乳がんのリスクが一般の方より高い方は、もともと今回の検討には含まれていません。先述したとおり、ホルモン補充療法は禁忌とされています。

心臓・血管系、高血圧の合併症は循環器内科、子宮体がんや内膜症は婦人科、乳がんは乳腺外科、と発生する副作用が様々な診療科にまたがるため、婦人科で処方された薬剤であっても、副作用のカバーは婦人科だけでは難しい場合があります。それを考えに入れて、それぞれの副作用のケアをしながらホルモン補充療法を安心して受けていく、その必要があるといえるでしょう。

2021.08.23

乳腺痛 ~痛いのが気になって来ました~

まず乳腺の検診を受けてください。
検査を受けて異常なしとされました、話はそれからです。 

「乳がんではありませんでした。」
「ではなぜ乳腺が痛いのですか?」
外来診療をしていてよくあるやり取りです。たしかに痛いのが気になって受診したのに、乳がんではありません、では答えになっていませんよね。
まず誤解があり、乳がんは基本的に痛みはありません。痛みがないというよりも、自覚症状としていきなり痛みは出てこないということです。進行すれば痛みは出てきますが、少なくとも検診を受けて見つからないような、1㎝以下の早期乳がんが痛むことはまずありません。もし乳がんが早期から痛みがあってくれれば、進行するまでには耐えられなくなって受診してくださるでしょうから、手遅れになることがありません。したがって検診がいらなくなります。乳がんは痛まないのです。
10人に1人が乳がんに罹患する時代なので、皆さんの周囲に乳がんになられて、元気になった後も、乳腺を痛がっておられる方をご存じかもしれません。ただ乳がんは手術されるまで痛くなかったはずです。尋ねてみてください。

 「私の乳腺のしこりは痛む、だから乳がんじゃないよね。」
これも間違いです。乳腺痛と乳がんの関係は深いのです。乳がんそのものは痛まない。でも痛みがあるような乳腺に乳がんはできやすい、のです。いやらしいですね。だから最初に言いました。まず検診を受けて乳がんはない、でも乳腺が痛む、なぜだ、です。

一般に、乳房痛は、出現時期と月経の有無などから ①周期性乳房痛、②非周期性乳房痛、に分類されます。

周期性乳房痛

月経黄体期から出現し、月経開始まで持続ないしは増強するのが特徴で、持続期間は7日以上、痛みの程度は中等度以上で睡眠障害(10)や通勤や通学などの社会生活への影響(613)、不快感・苦痛感(36)、性生活への影響(48)などを伴います。また、月経前緊張症の一症状として出現しますが、その頻度は低くて、16%前後とされています。内分泌変化によるものが主な原因とされています.

病的な現象としての周期性乳房痛は、乳癌の発症・増殖、発育に関する危険因子の1つで、乳癌リスクの有意な増加が認められています。

非周期性乳房痛

月経周期と関係なく出現する痛みで、周期性乳房痛よりもまれです。閉経前よりも、閉経後に多く出現します。痛みの性状は、局所性から乳房全体に及ぶようなものまで多彩です。後述するような外傷、炎症などのはっきりした原因があれば別ですが、はっきりとした乳房痛の原因を特定することは困難です。しかしさまざまな研究から、非周期性乳房痛もホルモン変化か原因と考えられています。

非周期性乳房痛には、たとえば糖尿病性乳腺症といって、血糖値の持続する異常によって引き起こされる乳腺の炎症のこともあります。また、乳汁を運ぶ管である乳管が拡張し、中に浸出液をため込んでいる、のう胞と呼ばれる袋が感染をきっかけに痛むこともあります。たとえば帯状疱疹と呼ばれるウィルスによるものや、その関係で肋間神経痛として存在する乳腺痛もあります。こうした乳腺痛であれは、受診によってほとんど診断がつきます。

こうしたなんらかの疾患が存在しないのに、片側性、局所的で持続する乳房痛は、ホルモン変化との関与が示唆されていることはすでに述べました。ホルモンのバランスが悪くなってくる閉経前後に発生する非周期性の乳房痛は、乳癌の発生との関連性が認められています

非周期性乳房痛がある方で、乳がんである確率は高いものではありません。それだけでがんとは言えません。逆に、乳がんの方に非周期性乳房痛を伴う頻度はある程度分かっていて27%前後とされています。つまり乳がんそのものが痛くなくても、乳がんの方の20人に1人くらいは乳腺に痛みがあるということです。これは高いですよね。注意を要します。

視・触診と画像検査などから炎症を含む乳房の器質的疾患が否定されたならば、頑固な乳房痛についてはホルモンを中心とした検査が必要となります。
たとえば感染を伴う乳腺炎、糖尿病性乳腺症、帯状疱疹など、疾患が関与していればその治療が先に必要です。
こうした疾患が否定され、それでもなお引き続く乳腺痛に対して、ホルモンバランスの調整を目指した治療がなされることがありますが、こうした治療に用いられるホルモン剤などは、いずれも副作用があるので、産婦人科医との連携治療が必要となります。

ここまでの説明で、乳腺痛と乳がんには関係性がある、というところは理解していただいた、と思います。しかし、なぜ痛むのか、についてまだ話をしていませんよね。


たとえば生理痛として重い下腹部痛に悩んでいる方がおられます。ひどい時には婦人科で低用量ピルを処方されて、飲用しておられる方もいるでしょう。ホルモンを調整することで痛みは改善する、ということはホルモンのバランスを崩すことで生理痛が出現し、調整できれば痛みは消える、ということになります。
その際不思議と、子宮がんではないか、とは心配されないようです。
でも乳腺が生理の時に痛むと、乳がんを心配される方がいます。
同じように痛みが出ても、なぜ子宮と乳腺で、心配する、しないが異なるのでしょうか。

子宮は生理の時には出血します。壊して作り直している、だから痛むことがあるだろう、そう理解されているのではないでしょうか。でも生理の時に壊して作り直されているのは実は子宮だけありません。子宮内膜ほどではありませんが、乳腺もダイナミックに修繕されています。そうしなければならない理由があるのです。
皆さんは使わない臓器はだめになることをご存じですか。たとえば大切な眼、視力がなくなれば大変です。でもたとえば健康な眼であっても3年間眼帯で覆ってしまえば、3年後、眼帯を外しても元のようには見えません。白内障になった眼を放置していれば、手術をしてレンズを入れ替えても、神経が痛んで弱視になってしまい、元には戻らないのです。
でも乳腺や子宮はどうでしょうか。1人目の子供を授かり、その後10年間事情があって妊娠しなくても、10年後に機会があればちゃんと妊娠し、授乳できます。使わないでいればだめになる、そうならないのです。たとえ使われていなくても、毎月周期的に更新されているから、に他なりません。
ただそれは体にとって大きな負担です。痛みを伴うことなのです。
子宮では使われなかった子宮内膜は出血とともに排出されます。乳腺では古くなった組織はアポトーシスと言って自ら壊れ、再利用のために体に吸収されます。その際にはたくさんの老廃物が産生されます。それはリンパを中心とする様々な体の下水道を通って排出され、吸収され、再利用されます。そしてまたいつでも利用できるよう再生されるのです。
逆に授乳の際を考えましょう。その際には基本乳腺は破壊と再生を行う必要があまりありません。栄養をミルクに変えて分泌する、本来の働きをただ継続していればいいからです。組織にかかる負担は破壊と再生よりも軽いことが想像できます。

周期性に起こる乳腺痛はしたがって子宮の生理痛に相当するものです。非周期性に起こる乳腺痛も、ただ不規則になった、あるいは生理にまで至らなくなったホルモンのバランスの崩れによって起こるものなので、原則それに類するものだ、と考えられます。規則正しいホルモン周期によって、規則正しく破壊再生を行っている乳腺と異なり、バランスの悪くなった状態で破壊再生が行われているとしたら、乳がんが発生する危険性と関与することも理解しやすいのではないでしょうか。したがって非周期性の乳腺痛がある方では、定期的な乳がん検診がより強く勧められます。

まとめます。
・ホルモンのバランスが崩れれば子宮の生理痛と同様に、乳腺に痛みが出ることがある。
・ホルモンバランスが崩れが関与するので
、乳腺痛と乳がんの関与はあり得る。
・ただ乳がんそのものが痛みを初発症状とすることはめったにない。
・乳腺痛、特に生理と関係なく非周期性に発生する乳腺痛があれば、定期的に乳がん検診を受けることがより勧められる。

・痛いから検診を受ける、痛いからがんではない、は両方とも正しくない。

”ブレスト・アウェアネス”という考え方

皆さんはブレスト・アウェアネスという言葉を知っていますか?

長い文章を読んでいる時間のない方に、最初に結論から言います。それほどこの考え方は大事です。
「異常を見つけるためには、まず正常な状態を知らなければ見つけられない」
(乳腺の異常を見つけようと思うなら、まず正常な自分の乳腺の状態を把握しておこう)
ブレスト・アウェアネスはこういう意味になります。

正常な乳腺であることが確約されている日、つまり検診を受けてこの記事に到達したその日にしっかり自己検診をしておき、正常と診断された自分の乳腺の状態を把握しておく。
あとは定期的に触って、今日なかったものは何か触らないか、感じないか、それを探すのが自己検診なのです。

*****************************************

乳がんは自分でも検診できるがんです。
自覚症状が出現して見つかったがんは早期ではない、は一般の方もよく知っています。がんは初期には症状はないことが多いのです。ですので症状が出現している時点でそれががんだったなら進行がんのことが多いのです。

ただ、乳がんの自己検診は違います。自分で正しく検診してがんを見つけたなら、早期発見されている可能性のほうが高い。その意味からも、そして30歳代から60歳くらいまでで、もっとも罹患率の高いがんである乳がんを、自己検診しないのは何とももったいない話です。

私のクリニックに検診に来られた方に、自分でも自己検診してください、と勧めています。

ただたいていの方は、触ってもよくわからないから…と濁されます。

わからないからやらない。
健康な方は当然乳がんを触ったことがありません。わからないものを手探りで探しに行っても何もわからない、当然です。アサリがどんなものか知らない子供が潮干狩りに行って、砂の中を探しているようなものです。カニでも石でもなんだって拾ってくるでしょう。お母さん、これアサリ? アサリはこれだよ、お母さんが見せてあげて、初めて見つけられるようになります。それでも死んだ空っぽの貝殻を拾ってきたりしますよね。
いままで乳がんに罹患したことのない方が、乳がんがどんなふうに硬く、しこって触るのか、知るはずはありません。だからわからなくて当然です。がんを探しに行くからわからないのです。

わからないからやらない、そういう方の考え方を変えてしまう概念、それが
ブレスト・アウェアネス(Breast Awareness)です。

Awarenessは、訳すと”気づき”とか”認識”となります。”自分の乳腺を知ること”と訳します。

NCCNガイドライン

これは私がよく引用している米国の乳腺の検診と診断のガイドラインの一部です。(もし見られない方は日本語版がありますので参照してください)

ここにブレスト・アウェアネスの言葉が出てきます。参考までに訳してみると、「特にリスクのない、25歳から40歳の女性は1-3年ごとに医療機関を受診し、ブレスト・アウェアネスに気を付けてください」と書かれています。少なくとも米国では乳がんの自己検診において、ブレスト・アウェアネスは教科書レベルの言葉と言えます。

ここでは 私なりの言葉で皆さんにわかりやすく、このブレスト・アウェアネスという言葉を解説してみたいと思います。

まずどこでもいいので、医師が診察してくれて、医師と話の出来る環境で乳がんの検診を受けてください。もし自分で何らかの所見に気が付いていたり、症状があればその際に必ず医師に相談してください。
ドックや会社検診で写真だけ取ってあとから結果が帰ってくる検査はここでは含みません。医師と話ができることが重要です。

マンモグラフィ検査を受けたら、自分の乳腺の濃度を教えてもらって把握しましょう。
高濃度乳腺とは -Are You Dense?ー を参考にしてください。)
もし高濃度乳腺であれば、マンモグラフィ検査だけでは不十分なことがあります。
乳腺超音波検査、場合によってはMRI検査などが必要なら受けましょう。これらによって、ここが硬いな、ここは時々痛いな、そんな自分の気になる症状がある方はそれが悪性ではないことを確認しましょう。そして正常な乳腺であることを確認することがまず前提になります。

帰宅したら、今日の入浴の際に、改めて自己検診をしてください。
できれば生理が終わって1-2週間が理想ですが、そうも言ってられないと思います。インターネットを調べて自己検診のやり方を調べられる方もおられるでしょう。それもいいアイデアです。ただやり方は問いません、とにかく今日、自分の乳腺の全体を触ってみましょう

触っているとき、どこかが硬いと感じるかもしれません。ここは痛いな、と感じるかもしれません。改めて気になる所見が見つかるかもしれません。ただそれらすべてが貴方の正常な乳腺の状態です。

つまり、異常なしと診断された、その日に自己検診を行い、自分の正常な乳腺の状態を把握(認識、精通、熟知=アウェアネスです!)しておくことが重要なのです。

それからは できるだけ生理周期も同じ時期を選んで、さらにやり方も同じやり方で、月に1回は自己検診してみましょう。
もし今日の自己検診でなかった所見が、将来見つかったら、それを異常と考えます。
間髪おかず、かかりつけ医に相談しましょう。

つまりがんを探すのではなく、今日と違っているところはないか、探すのです。
乳がんは原則として痛くもかゆくもありません。ただ硬く、しこりを感じる、それが典型的な症状なのです。裏を返せば触っておかなければ見つかりません。早期の乳がんが、痛みやかゆみ、違和感など、自覚症状で存在を教えてくれることなどないのです。ばれないように、みつからないように、そっと潜んでいる、そう認識してください。見つけに行かないと見つからないのです。そこで武器になるのが、正常な自分の乳腺の状況をアウェアネスしておくことになります。

正常な状態を知っているから異常な状態に気が付くことができる。
異常を探すのではなく、正常な自分の乳腺を覚えておいて、現在の乳腺を比較するのです。
たとえ乳がんを触ったことがなくても、自分の乳腺の正常な状態を把握しておけば、異常には気が付くことができるのです。もちろんそれが乳がんとは限りません。ただ以前はなかったものが何かできている、現れた、それが重要な所見、気づきになります。

先に触れた米国のガイドラインは、
症状がなく、さらに遺伝性の要因、出産授乳経験がない、肥満がない、などリスクのない方で、25歳から40歳の女性は1-3年に1度 医療機関を受診し、異常のないことを確認すること。
そしてその際に自分の正常な乳腺の状態をアウェアネスし、自己検診を行う中でもし異常を見つけたら間髪おかずに医療機関を受診すること。
と書いてある、ということになります。

もう少しお付き合いいただける方へ

追加の記事を書きました。時間があれば、こちらも読んでみてください。

遺伝性のがんという概念

がんは基本的にすべて遺伝子の異常によって引き起こされます。遺伝子は親から子供に引き継がれる体の設計図です。人に限らず生き物は全てもともと1個の卵細胞から、分裂して増殖した星の数ほどの細胞から構成されています。ですので、体を構成しているすべての細胞の中には同じ設計図が入っています。ただ設計図があっても、それを全て作るわけではありません。目なら目、足なら足、筋肉、血管、血液細胞など、それぞれがそれぞれの設計図を引っ張り出して都合よくパーツを作り出しているのです。

親から引き継がれた遺伝子の異常をかんがえましょう。ただここで注意してほしいのは、現在の科学では、遺伝子の個性がすなわち本当に”異常”と言い切っていいのかはまだわかりません。個性の範囲内かもしれません。われわれは黒髪ですが、金髪の遺伝子を持つ人もおられ、当然遺伝子が異なります。けれども金髪の遺伝子は、われわれと異なりますが、異常ではありませんよね。ただこれから触れていく遺伝子は、がんと関係が深いことがすでに証明されている遺伝子ですので、異常としているだけです。もしかするとそれはそうでも、引き換えに遺伝性のとても素晴らしいギフトがあるかもしれません。その意味からは異常という言葉を使うことは本来間違いともいえます。専門家はそういった理由から、異常と呼ばず、バリアントと呼びます。バリエーションの一つという意味です。難しい横文字をわざわざ使いますが、ご容赦ください。

遺伝子の中にBRCAと呼ばれるものがあります。この遺伝子はがんの遺伝子ではなく、がんを抑制する遺伝子です。ですのでバリアントがあれば、さまざまな臓器のがんになりやすくなります。体の細胞すべて同じ遺伝子ですので、BRCAの異常はすべての細胞で引き継がれています。そしてこの遺伝子のバリアントを有する方では乳がん、卵巣がん、男性では前立腺がんにかかりやすい傾向があります。BRCA遺伝子のバリアントを有して、乳がんや、卵巣がんに罹患することを、遺伝性乳がん卵巣がん症候群(HBOC)と呼びます。

BRCAの遺伝子にバリアントがあれば乳がんや、卵巣がんに罹患しやすいということは触れました。
逆に乳がんに罹患しやすい遺伝子のバリアントには、現在BRCA1、BRCA2に発生した変異で引き起こされるHBOCがその代表ですが、TP53の遺伝子変異から引き起こされるリー・フラウメニ症候群、PTEN変異から引き起こされるカウデン症候群、CDH1変異から引き起こされるものが知られています。

症候群の名前 変異がある遺伝子 どの臓器のがんになりやすいのか?

HBOC
=遺伝性乳がん卵巣がん症候群

BRCA1
BRCA2
乳がん、卵巣がん、前立腺がん、
膵臓がん、 黒色腫
リー・フラウメニ症候群 TP53 軟部組織肉腫、骨肉腫、脳腫瘍、
乳がん
カウデン症候群、 PTEN 乳がん、子宮体がん、甲状腺がん、
大腸が ん、腎細胞がん
CDH1 胃がん、乳がん

ここで勘違いしやすいのは、乳がんの大部分はこうした生来の遺伝子のバリアントから引き起こされるものではなく、いわば”事故”である、ということです。乳がん患者さん全体で見たとき、それがHBOCとして発生している確率は4%前後である、とされます。
お母さんが45歳の時に交通事故にあった。だから自分も45歳の時は交通事故に気を付けよう。この考え方がおかしいように、乳がんの95%はこの事故と同じです。
お母さんもおばあちゃんも二重瞼だった、だからきっと私の子供も私と同じ二重瞼だわ、ということと同じように乳がんに罹患してしまわれることが、乳がん患者さんの20人に一人の乳がんで起こっている、ということです。
そのことからわかるように、血のつながった人で乳がんの人は一人もいない、自分が血縁者の中で初めて乳がんに罹患された、それも80歳になってから罹患された方と、お母さんも40歳台で乳がん、おばあちゃんも40歳台で乳がんで、自分も40歳台の若くして乳がんに罹患した方を比べれば、そうした遺伝子のバリアントで乳がんになってしまった確率、つまりHBOCである確率は、後者ではるかに高くなります。
またHBOCでは、乳がんは自分しかいない、けれどもお父さんは膵がん、前立腺がん、そしてその父方おじいちゃんも膵がんだった、とすれば乳がんの血縁者がおられなくても、確率は高いと考えられます。
このように、血縁者でどのような臓器のがんの方がおられるか、またそれは何歳の時に発症されているか、を調べることで、こうした遺伝性の異常がある方かどうか、ある程度確率を推測、計算できるようになります。

HBOCである、つまり遺伝性の乳がんである可能性の高い方

下記の項目の中で1つでも当てはまる場合は、HBOCの可能性が 考慮されます。

BRCA1, BRCA2遺伝子の検査を受けて、陽性であることがわかっ ている方の血縁者

ご自身が乳がんであり、かつ以下のいずれかに該当 する
45歳以下で乳がんと診断された
 両側の乳がん(同時性あるいは異時性)と診断された
片方の乳房に複数回乳がん(原発性)を診断された

46~50歳で乳がんと診断されていて、家族歴が不明であったり、血縁者 の数が少ない方
あるいは乳がんの家族歴のある方、あるいは中等度以上 の悪性度の前立腺がんの家族歴のある方
60歳以下で、トリプルネガティブの乳がんと診断された

血縁者に卵巣がん、転移性の前立腺がん、膵臓がん、50歳以下の乳がんの いずれかの診断を受けた人が1人以上いる方

 血縁者に男性で乳がんと診断された方がいる

ご自身が男性で乳がんと診断された方
ご自身が卵巣がん・卵管がん・腹膜がんと診断された方
ご自身が膵臓がんと診断された方
ご自身が転移性の前立腺がんと診断された方

ちなみにここでいう血縁者とは父母、兄弟姉妹、異母・異父の兄弟姉妹、子ども、おい・めい、父方 あるいは母方のおじ・おば・祖父・祖母、大おじ・大おば、いとこ、孫などを含みます

そして2021年6月現在、ご自身がすでに乳がんに罹患されており、下記に該当する方では、希望すれば保険をつかって、ご自身がBRCA遺伝子のバリアントを有しているかどうかを調べることができます。
もちろん自費であれば、だれでも検査を受けることは原則として可能です。
検査は体のどこの細胞でも可能です。ただもしその材料に他人の遺伝子が混ざっていれば誤った診断になります。髪の毛だと理髪師の方の遺伝子がついているかもしれません。純粋な自己細胞のみを採取するため、血液を採取して遺伝子の検査は行われます。逆に検査に必要なのは血液だけです。

45歳以下で乳がんと診断された方

60歳以下でトリプルネガティブの乳がんと診断された方

両側の乳がんと診断された方
片方の乳房に複数回乳がん(原発性)を診断された方
男性で乳がんと診断された方
卵巣がん・卵管がん・腹膜がんと診断された方
腫瘍組織によるがん遺伝子パネル検査の結果、BRCA1、2遺伝子 の病的バリアント(異常)を生まれつき持っている可能性がある場合(これは血液検査ではなく、乳がん組織を調べたらBRCA遺伝子の異常が認められた方という意味です。生来の遺伝子異常は持たれていなくても、事故として発生した乳がん組織だけにおいてBRCAの遺伝子異常を有していることがあります)
ご自身が乳がんと診断され、血縁者(これは上記と同じです)に乳がんまたは卵巣がん 発症者がいる方
ご本人が乳がんと診断されたことがあり、かつ血縁者がすで にBRCA1、2遺伝子に病的バリアントを持っていることがわかっ ている場合 

こうして遺伝子検査を受けられ、BRCA1、あるいはBRCA2陽性と診断された場合、乳がんに罹患する確率は60歳までで5割、つまり約半分の方が乳がんに罹患され、さらに80歳までには7割の方が乳がんに罹患する確率があることがわかっています。

ただここまで読んでこられた方で、疑問に思われている方がおられるはずです。
もう乳がんに罹患したのだから、それから保険が通るからと言って、遺伝子を検査することに意味はあるのか?すでに乳がんに罹患して苦しんでいるのに、さらに遺伝的のバリアントがわかったところでさらに苦しむだけのことで、なにが得られるというのか?

それについて、とくにトリプルネガティブ乳がんと診断された方を中心に、いままさに利益がある方がおられることがわかっています。
またそうでなくても、わが国ではさまざまな保険診療のサポートを受けながら、これから起こり得る病気と向き合っていけるようになるメリットもおおく享受できます。
次回話をしていきたいと思います。

なおここまで読まれて興味がある方は、ぜひ日本遺伝性乳がん卵巣がん総合診療制度機構の提示しているパンフレット 「遺伝性乳がん卵巣がん症候群(HBOC)をご理解いただくために」もご参照ください。

2021.05.27

乳腺にできる嚢胞(のうほう)について ~後編~

後編では様々な具体例を挙げながら、嚢胞について解説をしていきたいと思います。

以前 “高濃度乳腺とは -Are You Dense?-”(https://www.nishihara-breast.com/blog/2021/04/3/)の記事で、マンモグラフィの検査を受けても乳腺濃度が高いために非常に診にくい方がおられる話をしました。戦前のように、子供さんを4人5人とたくさん作られて、ずっと授乳もしてきた、という女性が少なくなった昨今、乳がんの好発年齢でもある40歳から60歳までの女性のマンモグラフィは”不均一高濃度”であることがほとんどです。授乳を終え、しかし閉経しておらず、生理は継続している、こうした年齢の女性の乳房を超音波検査で観察すれば、ほぼ全例に嚢胞は見つかります。嚢胞そのものはまず良性で、ほとんどの場合で内部にポリープなどは存在せず、発生もせず、ありふれた乳腺の”変化”にすぎません。ただその一部に注意が必要な嚢胞が存在するのも事実です。先に述べた理由で、乳腺に嚢胞が存在するような年齢の女性ほど、マンモグラフィだけでは嚢胞の観察は難しいのです。不均一高濃度乳腺においては、高濃度ほどではなくても、部位によっては高い濃度で乳腺が残っており、微小な病変を観察、発見することは困難です。そして嚢胞を発見できたとしても、その内部にポリープができているかどうか判断できることはできません。

IDP典型

上の写真の方では、乳腺超音波検査で嚢胞の中にポリープが見つかりました。左側の乳頭の下に6㎜大の嚢胞があり、その内部に4㎜大の隆起が存在していることがはっきりわかると思います。
ではこの方のマンモグラフィを下に提示します。ごらんのとおり、乳腺が高濃度に残存しており、不均一高濃度乳腺とされるマンモグラフィ像です。

IDP典型MMG

先に超音波検査の画像で示した通り、左側の乳腺の乳頭の下にはこの嚢胞が存在します。しかしマンモグラフィでいくら探してもみてもその嚢胞自体を見つけることは難しく、さらに内部のポリープはなおさらのこととして観察できません。

IDP典型2

この超音波検査の写真ではさらに大きなポリープが、不整な形をした嚢胞の中にあるように見えます。倍率が違うので大きく見えますが、9㎜程度です。マンモグラフィでは同様に確認できませんでした。
この症例では、乳腺超音波検査をしてポリープが見つかりました。はたしてがんなのでしょうか?
診断を付けなければ、となるのですが、ここでも難しい問題が出ます。
胃や大腸と異なり、乳腺のポリープはカメラで切除して採取することはできません。
手術をすれば採取できますが、良性であれば本来手術は不要です。こうしたポリープを手術で全て切除することなしに、良悪性を鑑別することは大変難しい問題です。この写真の患者さんは細胞診で良性と診断されましたが、切除を希望され、この嚢胞を切除して検査することになりました。
ここでもよかったら“病理検査の順序 ~がんの診断を付けるために~”(https://www.nishihara-breast.com/blog/2021/05/11/)を参照してください。
手術せずに診断を付ける方法は様々なものがありますが、その一部を採取して調べている以上、その腫瘍の”どこにもがんはないか?”にこたえることはできません。まして今はよくとも将来がんになることはないのか、には答えられません。大腸のポリープも良性とされても原則切除されているのはそのためです。乳腺ではしかしそのためには手術が必要になります。

IDP典型1A

上の写真は切除された先の嚢胞です。このように嚢胞の中に包み込むようにポリープを全て切除して検査をしました。結果は良性(乳管内乳頭腫=乳管の中にできたポリープという意味です)でした。もちろん結果として手術はせずに経過を見ていても大丈夫な方であった、という結論になります。ただ術前にそれを確信もって決定することができなかったのです。

大きさから判断するのはどうでしょうか。この方のように比較的小さなものは良性であることが多いのですが、大きくても良性であったり、小さくても悪性であることがあります。

IDP典型3

上に示した写真の方では不規則な形をした巨大な嚢胞の中に出血(黒い部分は血の塊です)を伴うポリープを認めます。見るからに悪性のもの、がんに思えますが、良性の乳管内乳頭腫でした。ただこうしたものが超音波検査で指摘された場合、細胞診などで良性と診断されていても、経過観察とするのは患者さんも、そして医師からしても勇気が必要です。

次の写真の方は大きさこそ大きく、嚢胞1.5㎝、内部のポリープは1㎝程度あるのですが、先の写真の方と比較して、形も丸く、スムーズで、あまり悪そうに見えません。良性のように見えます。ただ切除してみると、これは病理検査によって最終的にがんである、と診断されました。
嚢胞内に腫瘤を疑う隆起を認めた際に、それが広基性である(嚢胞の壁にべったりとつくように存在しているように見える、茎がないように見えることから無茎性とも言います)場合は悪性を疑い、いわゆるポリープのように茎が存在している有茎性の場合は良性を疑うという原則があります。これは胆のうポリープなどでも通用する概念です。この方では有茎性ですから良性が疑われます。

IDP典型4
IDP典型4b

このように、乳腺超音波検査による検診を受けて、嚢胞を観察し、その内に腫瘍を発見できたとしても、画像から判断できる形状や大きさからだけで、それが良性か、悪性のがんであるかを診断することは困難です。
ただ幸いなことに、こうして嚢胞の中に存在しており、周囲に浸潤していく性質を示さない腫瘍は、たとえがんであってもおとなしく、成長がゆっくりしたものが多い傾向があります。診断が難しくても、必要に応じて検査を受けながら経過観察をしていく中で、増大する、形が変わる、出血する、など悪性を示唆する所見がなければまず良性だろうと最終的に判断できることがほとんどです。

さまざまな実例を挙げることでかえって混乱された方も多いと思います。ここまで述べたことを参考としていただきながら、嚢胞があると言われたら、についてまとめたいと思います。

#1 マンモグラフィだけで嚢胞を見つけること、嚢胞であると診断すること、嚢胞の内部にポリープは存在しない、と診断することは難しく、とくにマンモグラフィで乳腺濃度の高い方では、検診の際に乳腺超音波検査を併用することが勧められる。
#2 嚢胞が見つかっても、その多くは良性で、内部にポリープを疑う隆起を認めなければまず問題はない。
#3 嚢胞が見つかった際に、その内部にポリープを疑う所見があれば、良性であると確定するまでさまざまな方法で病理検査が行われる。
#4 ポリープを認めた場合、病理検査で良性と診断されても、完全に切除されたのでなければ、定期的に乳腺超音波検査を用いて経過観察しておくことが勧められる。

2021.05.21

乳腺にできる嚢胞(のうほう)について ~前編~

乳腺超音波検査を受けると、「嚢胞があります」と言われることがよくあります。乳腺嚢胞はほぼすべての年齢層の女性に見られ、原則として良性であり、ほとんどの女性の乳房に必ずと言って認められるような、そんなとてもありふれた病態です。浸出液をたたえたただの袋のような病変で、基本的には良性ですが、注意しなければならないことがあります。ここではそれについて2回に分けて解説していきます。なおここで書かれた記事は、乳頭異常分泌についてのコラムを読んでから読まれると理解がより深まります。よかったら先に目を通しておいてください。
乳頭異常分泌について https://www.nishihara-breast.com/blog/2021/04/6/

スペース

大腸の粘膜にはポリープができます。ポリープは“茸(タケ)”という意味になります。実際の大腸内視鏡の映像を下に示しますが、左の写真のポリープはまさに茸ですね。
カサの部分があり、茎もあるように見えます。しかしこの茎はカサによって粘膜が引っ張られているだけで、茎の部分はほぼ正常な粘膜です。本体は先の傘の部分です。
そのため、先に示したまさに椎茸のようなポリープも存在しますが、時にそれが大きくなり、粘膜に広がって存在するために茎を失ってしまったように見える(広基性といいます)ポリープも存在します。下の写真の右側がその典型です。

ポリープ1
ポリープ2

内視鏡でポリープが見つかれば切除されます。ポリープは良性です。それでも見つければ原則として切除されるのは、将来そこからがんが発生する可能性があることがわかっているからです。大きくなったポリープは、小さいものと比較して、発生してから時間がたっていることが推察されます。もし時間が経っていなかったとしても、短い間に大きくなることもまた悪性度を表します。したがって写真の右で示したような茎が亡くなっているような比較的大きなポリープが見つかれば、経過観察とすることはせず、できる限り早期に切除することが計画されます。

さて大腸ファイバーは、腸管内を下剤によってきれいにし、肛門から内視鏡を挿入することで内部を観察するものです(下の図の左)。
乳腺には乳管鏡という同じく内視鏡が存在します(下の図右)。乳頭には乳管開口部、つまりミルクの出てくる孔があります。通常は閉じていて、肉眼ではほとんど確認できません。これを、時間をかけて少しずつ拡張し、そこに非常に細いグラスファイバー製の内視鏡を挿入して、内腔を観察するものです。ただ大腸は入り口一つの出口が一つの一本道ですが、乳管は枝分かれが何本もあり、さらに奥に進むと細くなります。しかも乳頭には20か所近くの乳管開口部があります。大腸ファイバーと比較しても大変難しく、時間もかかる検査です。加えて、何十分もかけてやっと病変を見つけたとしても、あまりにも細いカメラの構造上、観察はできても、そのポリープをきちんと切除して調べることができないのです。こうした理由からめったに行われない検査となっています。

大腸ファイバー
乳管鏡

これによって観察された正常な乳管と、内部で見つかったポリープを下に写真で示します。
左に示した乳管の内部はすべすべした艶のある粘膜で均一に覆われています。対して右の写真では下側から赤く発赤したポリープが不規則に内腔に飛び出してきています。

このように、普段意識されることはありませんが、乳腺の中には乳管というミルクを運ぶ管が何本も複雑に走っていて、その内部は粘膜に覆われています。そしてその粘膜には胃や大腸の粘膜と同じようにポリープができ、そしてそれががんに発展することがあります。
以前、乳頭異常分泌のところで触れましたが、こうしたポリープが乳管内にできていることが原因で乳頭から出血することがあります。そしてもしそうした症状があれば、こうしたポリープが存在していることを教えてくれていることになります。大腸がんの検診で、便に鮮血が混じていることを調べることと同じです。ただしそれは乳頭に近いところでポリープができていることが条件です。近ければ出血や浸出液が乳管を通って乳頭まで出てくることがあります。しかしポリープができた位置が乳頭から遠く、乳管内を深い入ったところにできている場合には、こうした浸出液は出てこないことが通常です。消化されたものが常に流れている腸管とは異なり、授乳中でない乳管内には何も流れていないからです。その場合はそのポリープ周辺の乳管内にたまりを作ります。乳腺内のう胞や、乳管拡張症とよばれる病変には、こうして発生した乳管内の「たまり」を捕まえた像であることがあるのです。
ただのう胞や、乳管の拡張を認めた際に、それは必ずしもポリープや、がんによって引き起こされたものではありません。乳腺に発生する嚢胞には様々な原因があることも同時に知っておいてください。
上記に述べたような理由から、のう胞や、乳管拡張を認めた際には、その内部にポリープや、がんができていないか、確認しておくことは常に重要になります。そしてその検査では乳腺超音波検査がもっとも有効です
後編では具体例を挙げながらその解説をしていきます。

乳管鏡1
乳管鏡2

2021.05.10

病理検査の順序 ~がんの診断を付けるために~

■がんの診断

 マンモグラフィや、超音波検査、MRI、PET検査、CTなど、検診や、がんが疑われた際に施行される様々な検査があります。先に述べた検査は画像を撮影し、それを専門医が見て、病変の有無を判断するものです。画像検査と呼ばれます。

 検診ではマンモグラフィや超音波検査が主に行われています。こうした検査で、がんが疑わしい病変や部位を見つけたとき、それががんであるかどうかの‟確定”診断はどうしたらつくのでしょうか。そのためにはそこから何らかの方法で細胞や、細胞の塊である組織を採取し、それががん細胞、がんの組織であることを病理医が顕微鏡検査でそれと確認しなければなりません。もちろんがんの組織ががんですと標識を出しているわけではありません。病理医がさまざまな方向から観察、検討してやっと診断に至ります。

 画像検査で発見された腫瘍から、何らかの方法でその一部を採取し、そこにがん細胞、あるいはがんの組織があるかどうかを直接観察し、診断を決定する方法を病理検査と言います。検察が証拠を集め、裁判を行い、判決を行うことによくたとえられます。病理医は裁判官です。

 病理検査のためには、腫瘍の一部に到達する必要があり、そこではやはり画像が用いられます。この二つは切っても切り離せません。ただ腫瘍を見つける画像検査は“存在診断”を付けるためのものです。病理検査のためにたとえば針を腫瘍にさす必要があれば、そこでもまた画像を参照します。ここでは病変が存在することはすでにわかっていますから、たとえば両方の乳腺を検査したりしません。画像で針の位置と腫瘍の位置関係を確認しながら、針を慎重に進め、組織を採取します。

 最初の検診、つまり存在診断の際の画像検査で、何か見つかった際に、そのままその画像を使って針を刺し、組織を採取して、病理検査まで施行してしまえば、1回の検査ですべて賄えるため、コストも節約できます。ただそれでは針を刺して、出血したり、痛みがあったりしている乳腺をさらにほかに病変が存在しないか、画像検査を継続して行わなければなりません。右の乳腺の針を刺したところから出血しているのに、左の乳腺の検査をするのが異様であることはわかると思います。したがって存在診断のための画像検査と、病理のための画像検査は通常2回に分けて行われます。病変が見つかれば画像検査が最低2回は必要になるのです。

裁判官1

■がん細胞とは

 病理検査まで行ったら、それで診断がすぐに確定するでしょうか?そもそもがんは自分の体の細胞から発生したもので、外から入り込んだものではありません。

 がんの定義は、「遺伝子変異によって無制限に増殖するようになった細胞のうち、元の臓器を離れても増殖を続けることのできるもの」を指します。

 ある限界で止まることなく、つまりがんの患者さんが健康を損ねるレベルになっても止まることなく、増殖を続け、そして元の臓器を離れて転移し、そこでもまた無限に増殖する、それをがんと呼びます。

 ただどんながん細胞であっても、体から取り出してしまえば、増殖も、転移もしません。

 がんの定義は、取り出してしまえば観察できない性質であり、そこに難しさがあります。病理医は、増殖し続けそうな、そして転移できそうな細胞を同定してがんと診断します。それゆえ、そこには“あいまい”な部分がどうしても残ります。

 しかしそんな病理であっても、これは絶対にがんだ、と診断できる特徴的な所見があります。それはその細胞が、元の組織からほかの組織に“浸潤し”、転移を始めたところを認めたときです。つまり組織を大きく採取し、一部であってもそういう性質を示しているところを認めれば診断は確定します。

 したがってがんの診断のためには、採取してくる組織が大きければ大きいほど情報が増えて有利になります。良性のものを手術してしまわないよう、逆に悪性のものを小さく見つけてすべて取り切れるよう、一部を前もって取って調べるのが、がんの検査ですが、できればそれ全体を取って調べれば一番いい、という矛盾があります。

 実際にはまず細胞単位で小さく採取する、小さな組織を採取する、大きな組織を採取する、全て切除して調べる、という風に少しずつ段階を上げて調べていきます。先の裁判のたとえで言えば、最初から決定的な大きな証拠があれば最初の裁判で判決が出るでしょうが、しっかりした証拠がなければ最高裁判所まで争われるイメージでしょうか。

 したがって病理検査も1回ではなく、検査方法を変えたり、機会を改めたりして、何度か行われる必要が生じる可能性があるのです。

組織結果A

この写真では、病理の先生が、ここががんだよ、と赤いインクで囲ってくれています。それでもどうしてそこががんで、他のところは逆にがんでないのか、一般の方はわからないでしょう。

 病理医は様々な学問や研究の結果を自分の経験に落とし込んで訓練を重ね、診断を付けますが、”だれがみてもすぐわかるものではない”ことは写真からもわかります。そもそも自分の細胞であるがん細胞を正常細胞と区別して、がんである、と診断することは非常に難しい作業なのです。

 裁判で無罪の人を牢屋に入れてはいけません。病理診断も同じです。患者さんはそのことによって乳腺を切除されることになり得るのですから、良性のもので乳腺を手術することは、たとえ小さな切除であっても、可能な限り避けなければなりません。

病理検査の“順序”

 ここでは順序と言いましたが、順序通り行われるとは限りません。先に述べたように最初から決定的な証拠が出ることもあれば、最高裁まで行っても判決がつかずに争われることはあります。

 病理検査を侵襲が小さい順に列記していきます。

1. 吸引細胞診 採血などに用いられる注射の針を使って、組織から細胞を吸いだして調べる検査です。ばらばらの細胞を採取できますが、その細胞が“浸潤”しているかどうかはわからないなど、情報量は限られます。下の写真のように、レゴのブロックに例えれば、たくさんのブロックをばらばらに集めてきて、これは何のブロックか?と尋ねるようなものです。

生検-1

2. 針生検 絵のような特殊な形状をした針を使い、針の中の空隙に組織を小さく切り取って採取します。イメージとしては5㎜くらいのシャーペンの芯程度の組織が取れます。レゴのイメージからすれば、その一部を小さく採取して、全体を想像するようなものです。患者さんも負担からも、診断に至る可能性からも最もバランスが取れていますが、悪性度が低い比較的おとなしいがんなど、針生検でも診断がつきにくい場合もあります。

生検-1M

3. 吸引式組織生検 細いパイプ状の針をがんに突き刺し、そのパイプの中にがん組織を吸い込みます。吸い込んだうえで切り取って採取します。イメージとしては太さ2-3㎜長さ1㎝程度の鉛筆の芯程度の組織が採取できます。2と異なり、何度もさすことなく、写真のようにそのままいくつでも標本を採取できます。レゴの方も、大きいうえに数があれば、車のブロックなんだな、とすぐにわかりますね。

生検-1L

順を追って説明しました。

 1の細胞診は、細胞のみで判断しなければならないため、がんかどうか、それのみの判断に用いられます。ただ現在この細胞診の結果だけで、手術まで施行する施設はほとんどなく、多くの手術を行う病院では2,あるいは3まで施行し、診断をより詳細に確定してから手術を行っています。つまりがんであれば2,あるいは3はいずれ手術前に必要になります。

 2、3と段階を上げれば、採取される組織が大きくなるため、がんの診断は容易になり、さらにその確定診断後に様々な検査を加えることで、たとえばそのがんがどういう性格をもっているのか、ホルモン剤は効くのか、抗がん剤が必要になる可能性があるか、など、詳しい検査が手術前に可能になります。

 ただその分、針も太くなり、出血もしやすくなり、保険がきいてもよりコストがかかるようになります。3の方法は使われる機器も高額で、手技もほぼ手術に準じるため、保険がきいても高額になります。その分、診断がもともと難しい病変であっても、手術から得られる標本とほぼ変わらない情報量を前もって得ることができると考えられています。

 いずれの方法も、検査時間に差はなく、15分程度です。もちろん日帰りでできます。

 ただしその日は原則として安静を守っていただき、激しい運動、そして出血しやすくなる理由で飲酒は避けていただきます。内出血して青くなっても心配は不要です。念のため、化膿止めの抗生剤、痛み止めを処方させていただきます。

 コストを抑制するには、上から順を追って検査することが理想ですが、たとえば進行がんが予想され、治療を急ぐなど、3から検査をすることもあり得るでしょう。主治医と相談しながら決めていきましょう。

さらに興味のある方へ
現在2の検査方法と3の検査方法の優劣に関しては、3の検査が比較的新しいため、結論が出ていません。1、2、3の検査のいずれを施行したとしても、たとえば乳腺が非常に薄い、あるいは逆にひじょうに厚く、病変が深い、など、条件が悪ければ診断は難しくなります。針の進みのコントロールが難しくなるからです。いずれにせよ、しっかりと腫瘍の”いいところ”がとれれば、診断は確実につきます。
1と2に関しては、以前からある検査ですので、多くのデータが残されており、解析がなされています。下記にそれを示します。ただコスト面での違い、出血のしやすさ、診断までに要する期間、などそれだけで優劣がつけがたいことだけは繰り返し強調しておきます。

検査方法 がんをがんと診断できる確率 がんでないものを
がんでないと診断できる確率
1 穿刺吸引細胞診 74%(95%CI 72‒77%) 96%(95%CI 94‒98%)
2 針生検 87%(95%CI 84‒88%) 98%(95%CI 96‒99%)

( )の中は95%の確率で、この範囲内に収まる、という意味になります。
この数値は、我々のものではなく、日本乳がん学会が医師用のガイドラインの中で提示している、たくさんの施設のデータを総合して出された数値です。

がんをがんと診断できる確率、が意外と低い、と感じられた方も多いかもしれません。だからこそ3の検査が存在し、また1や2で良性と診断されたとしても、画像上どうしてもがんが疑われた際には3を行うことがあり得る、ということなのです。
がんの診断は難しいのだな、とわかっていただければ幸いです。

2021.05.10

乳腺線維腺腫とは ~どう扱えばいいのか~

■線維腺腫の組織発生

 線維腺腫は、細胞が異常な増殖を示すことによる病変ですが、顕微鏡で見ても正常の乳腺細胞となんら変わりはありません。がんでは、悪性の細胞が出現し、それが増殖して固まりを形成していますが、線維腺腫では正常な乳腺の一部分がただ“異常に腫れた”状態であることが分かっています。したがって自然な経過で消えることがあります。10~20歳代の女性に好発します。もちろん一人の方に両側にわたって数個存在することも珍しくありません。手術して摘出すると、下の写真のような固まりなので、腫瘍と思われていることが多いのですが違います。

■線維腺腫の自然経過

 線維腺腫は基本的には2~3cmの大きさになると増殖が止まります。そして線維腺腫のほぼ半分は自然に消えていきます。

 10~20歳代の女性が検診を受けると、線維腺腫はよく見つかります。もちろん悪性ではないので原則切除はされません。そして40~50歳代と年齢が進むにしたがって、線維腺腫をもった患者さんの数は減っていきます。線維腺腫は年齢とともに、自然に退縮して消えていくと考えられています。線維腺腫のこのような経過は、病変の本質が腫瘍ではなく過形成(ただ腫れているだけ)であるということを裏づけています。

■線維腺腫の診断

 触診では、線維腺腫は周囲乳腺組織とはっきり異なり、コロコロとよく動く固まりとして触ります。

 超音波検査では、境界が明瞭で、内部が均一な硬い塊として描出されます。多くは角のない楕円形ですが、写真のように凸凹があるものも珍しくありません。

 マンモグラフィでは線維腺腫はよくわからないことがほとんどです。正常な乳腺細胞と差がほとんどないため、描出されないのです。一部で石灰化していたり、閉経後で乳腺が柔らかくなった方に珍しく線維腺腫が残っていることがあったりすれば見えることがあります。

 針で腫瘍を穿刺し、細胞を採取して調べる細胞診では、もちろん悪性細胞は認められません。

 手術で腫瘍を切除すれば確実に診断できますが、ほとんどでその必要はないでしょう。

乳腺線維腺腫 Ver20210419
乳腺線維腺腫 Ver20210419_2

 写真左は、切除されてすぐの状態の写真です。多くはこのように球形や楕円で、コリコリと硬いものです。表面や内部はつやのある白色です。

 写真右は、ホルマリン固定されており、色が変わっています。一人の方から切除された多数の線維腺腫です。様々な形があり、形だけで良性悪性を診断することは難しいことがわかります。この方のように同側、あるいは両側の乳腺に多発することもよくあります。しょうがのようにごつごつしていますが、基本的に周囲組織に“浸潤”していくことはまれで、手術で容易に摘出できます。

 線維腺腫はそれ自体が乳がんになることは稀です。ただそれが存在することで、あるいはその知識があることで、自分で乳腺を触っていて、しこりを見つけた患者さんが、「たぶんまた線維腺腫ができたのだろう」と思い込んでしまうことが恐ろしいのです。「オオカミが来た」のイソップ童話のようです。自己判断しないことが重要です。

 10~20歳代の女性に発生している、線維腺腫では、専門の医師であれば触診だけでも高率に線維腺腫と診断することが可能です。ただそう診断したとしても、ほとんどの場合1回の診察で良しとせず、経過観察して変化のないことを確認していることがほとんどです。

 ごくまれに線維腺腫によく似た触診所見を呈する乳がんも存在します。また線維腺腫が乳腺の細胞からできている以上、そこから乳がんが発生することもあり得ないとは言い切れません。たとえ年齢が10~20歳代であっても、それだけでよしとせず、専門の医師の判断によって、針で突いて細胞をとって調べる穿刺細胞診などの病理学的な検査で確定させる必要があることはあり得ます。

■線維腺腫の治療方針

 医師によって線維腺腫と診断され、かつ腫瘤の大きさが3cm以下のときは通常、切除は不要で経過観察で問題ありません。大事なことはたとえ良性と診断されても定期的に検査を受けていくことです

 ここでは医師が線維腺腫と診断していても手術を検討しなければならない場合について述べます。

 腫瘤が3cmを超える場合は、葉状腫瘍とよばれる線維腺腫とよく似た悪性疾患である可能性が高くなるので切除したほうがよいと思われます。また、腫瘤が3cm以下の場合でも、患者の年齢が40歳を超えると葉状腫瘍の可能性および乳がんを線維腺腫と誤診している可能性が無視できなくなるので、組織を一部で採取して診断確定させる、思い切って切除して診断確定させるほうがよいと思われます。
 手術をし、腫瘤を摘出したら、穴が開いてしまうのですか?そこにへこみができますか?とよく聞かれますが、経験的にはよほど大きなものでない限り、摘出した傷は残っても、乳腺の変形はほとんどありません。クッションに落ちた文鎮を拾ったように、へこみは周囲の正常な部分が持ち上がって消えてしまいます。

 逆にこれから述べる3つの条件を満たしていれば経過観察で十分です。(1)細胞診が陰性、(2)腫瘤径が3cm以下、(3)年齢が40歳以下、の場合は、経過観察(6~12ヵ月に1回)で十分です。

 線維腺腫は妊娠にともなって増大することがありますが、妊娠の継続や授乳に影響を与えるほど大きくなることはまずありません。また通常、授乳が終われば乳腺の退縮にともなって腫瘤も自然に退縮することが多いので、妊娠時の腫瘤の増大は一般的には経過観察でよいと思われます。

■葉状腫瘍

 線維腺腫と鑑別を要する疾患として葉状腫瘍があります。葉状腫瘍は、線維腺腫が良性の細胞の異常な増殖であるのと異なり、良性と悪性の中間の性質をもつ腫瘍です。線維腺腫が通常、2~3cmの大きさでその増殖が止まるのとは対照的に、葉状腫瘍はしばしば短期間で10cmを超える巨大な腫瘍に成長します。

 悪性度が高い葉状腫瘍では、肺、骨などに遠隔転移することがあります。したがって葉状腫瘍は切除による治療の対象です。しかし小さい段階での葉状腫瘍は、線維腺腫と画像上も、検査所見上も、そして細胞や組織を採取して調べても、いろいろな意味でよく似ていて鑑別することは容易ではありません。

 そのことからも線維腺腫と診断された腫瘍であっても、原則経過観察が必要になります。

 そして3㎝を超えて増大してくるようであれば葉状腫瘍の可能性が高いと判断して最低でも針による組織診、あるいは切除を検討するという方針が一般的です。

乳頭異常分泌について

 ■「乳頭からの異常分泌」についてお話します。

 通常、乳腺は人生の中で授乳期以外にはあまり役割がありません。そのため乳腺は妊娠し、授乳を行って初めて完成する、体の中ではもっとも遅く成熟する臓器といわれています。

 乳頭には目には見えませんが、非常に小さな穴が開いていて、“乳管”と呼ばれる管で乳腺に連絡しています。妊娠がきっかけで初めてこの乳管は完全に開通し、乳腺で作られた乳汁を乳頭に運びます。

 下の写真では、授乳期ではないのに、乳頭からさまざまな分泌液が出てきたことで来院された患者さんの写真を示しています。このように普段は意識をしていなくても、乳頭にはきちんと穴が開いています。授乳が始まればそこからミルクがでてくるのは当たり前ですが、そうではない時にミルクではないものが出てくるのは異常です。

 しぼると赤ちゃんもいないのに乳頭からおっぱいが出てくる、知らない間にブラジャーなどの下着にしみができている、じくじくして気持ちが悪い、下着にできたしみをよく見ると出血しているなど、乳頭異常分泌にはさまざまな訴えがあります。こうした訴えは妊娠し、授乳経験がある方に多い傾向がありますが、妊娠経験がない方でも認められることがあります。

乳頭異常分泌の原因

 原因には、ホルモンの異常、乳管(乳腺から乳頭まで乳汁を運ぶ管)の感染や炎症、そして乳管の良悪性腫瘍などが考えられます。

 こうした異常分泌が見られる際に、写真の左側のような、両方、あるいは片方であっても乳頭のさまざまな部位から出てくるミルク状の分泌、黄色を帯びた透明な液体は、その多くが問題ない所見と思ってかまいません。もしこれらがすべてがんからの出血であれば、乳腺全体ががんに侵されており、まして両側であれば両方の乳腺がいっぺんに乳がんに侵されていることになります。そんなことはめったに起こりません。したがって写真のようにいろいろなところから出てくる分泌物は、がんが原因でないと考えるほうが自然です。

 そのことから逆に問題になるのは、「血液を混じた分泌物」が、「片方の乳頭(もっといえば乳頭のいつも同じ穴、乳管開口部」から、「持続性」に認められる場合です。写真で言えば右側がそれにあたります。こうした分泌物は、乳管にできた腫瘍が原因となっていることがあり、早めの精査が勧められます。

 写真でははっきりとした出血ですが、こうした例はむしろ外傷や、術後に認められるもので、ほとんどの症例は出血といっても、真っ赤な血液が出てくることは少なく、赤み、あるいは茶色みを帯びたどちらかといえば透明な液体が出てくることが多いようです。その分泌液に血液が混じっているかどうかは、反応液をしみこませた試験紙を使うことで簡単に調べられます。

そして実際に血液が混じっているとなれば、さらに詳しい検査になります。

 大腸がんの検査で、便潜血を調べ、血が混じっていることがわかれば大腸ファイバーをして、がんがないかどうか調べますね。それに考え方は似ています。

乳頭異常分泌

左側の写真の患者さんでは、乳頭のいろいろな部位から黄色の浸出液が出ている。明らかな出血は認めない。

乳頭出血

右側の写真の患者さんでは一つの孔から、明らかな出血が認められる。この方では絞らなくても持続的に出血しており、入浴すると、お湯に糸のように血が流れているのが見えたと言われていた。

乳頭異常分泌の検査

 乳頭異常分泌を主訴に来院された患者さんであっても、通常通り、マンモグラフィと乳腺超音波検査が行われます。この二つの検査は乳腺の検査のゴールデンスタンダードです。それで何か異常があれば、それから異常分泌の原因が推察されますので、それを優先的に検査します。

 問題は、マンモグラフィと超音波検査のどちらにも異常が認められない場合です。

 今までのお話の中にも出ましたが、乳頭には乳汁を出すための穴があります。非常に細く、また普段は閉じているため肉眼ではなかなか確認できません。ただ技術的にはその細い管を探し当て、挿入し、中を観察することのできる「乳管鏡」という内視鏡が開発されています。右の写真はその実際の風景です。細い針のようなカメラですが、決して「刺して」いません。挿入されています。もちろん局所麻酔も使って痛みのないように検査されます。そういうところまでは便潜血が認められた時、大腸ファイバーを挿入し、検査する、流れとそっくりです。しかし乳管内視鏡は、あまり普及しておらず、特定の施設でなければ持っていません。われわれも持っていません。

 乳管内視鏡はその構造上あまりにも細く、かろうじて観察のみ可能で、たとえ何か病変を認めたとしても、その一部を採取したり、調べたりすることがほぼできません。がんと診断をつけるためには、結局ほかの検査方法に頼らざるを得なくなることが原因です。

 つまり乳頭から異常分泌があり、乳管鏡で何かが見えたとしても、それがマンモグラフィや、超音波検査で捕まらないのであれば、それは数㎜大の極小な病変であり、それがすぐに命にかかわるような事態にかかわることはほとんどないのです。経過観察し、その他の検査で認められるようになってから、確定診断がついたとしても、それで十分治癒させ得る、と考えられているのです。

乳管鏡実際

乳管鏡を実際に施行しているところ。

カメラなので先は針ではありません。細いグラスファイバーを乳管の中に挿入して、内部を観察します。ただほぼ観察しかできません。

乳管鏡シェーマ

図にすると こういう感じで検査は行われています。

乳管鏡1

実際の乳管鏡の画像から、この乳管は正常な粘膜におおわれています。なめらかでつるつるしており、きれいなピンク色です。

乳管鏡2

少し離してみてください。赤くて丸いポリープがあることがわかります。この病変は乳管内乳頭種と呼ばれる良性のものでした。

乳頭異常分泌への対応

 先に述べましたが、マンモグラフィ、超音波検査、場合によってはMRI検査まで行われますが、それでも異常が認められない場合には原則、経過観察で問題ない場合がほとんどです。

 乳管内視鏡をして何かを見つけても、その検査だけで診断を確定することはできず、そして結局主訴である異常分泌をとめることもできないため、この検査は普及していません。我々の施設でもこの内視鏡はできません。

 ただ患者さんにとって、ずっと継続している出血や分泌は、下着も汚れ、場合によっては衣服も汚れるので不快なものでしかありません。ましてやポリープや、場合によっては極小だといっても、乳がんが潜んでいる場合もあるとなければ気にもなります。

 最終的には全身麻酔下に行われる「選択的腺葉区域切除術」によって、この原因を排除し、根治させるとともに、診断を確定させることができます。(手術の内容はここでは触れません)

 もちろん全ての患者さんにこの手術を受けることは勧められません。先述の通り、

1. 血液を混じた分泌物が、

2. 片方の乳頭、もっといえば乳頭のいつも同じ穴、乳管開口部から、

3. 持続性に認められ(我々のデータでは平均3か月観察しています。出血が多い、ご高齢、MRIで所見がある、などがあれば、観察期間を短くして手術に踏み切る傾向があります)

4. マンモグラフィや超音波検査で所見がない、あるいは診断が確定できない場合に勧めています。

 私が部長をしていた姫路赤十字病院では、実際にこの方針にのっとって手術を行っていました。昨年末にこうして最終的に手術を行った133例の患者さんの解析を行いました。結果 85.1%の患者さんに良性悪性を含めて何らかの腫瘤が発見され、37.6%で乳がんが発見されました。もちろんそのすべてで乳頭出血の主訴は消失しました。そして乳がんと診断されたほぼすべてがステージ0から1の早期がんで、実際乳がん症例の73.7%はステージ0の非浸潤性乳管がん(DCIS)と呼ばれるほぼ治癒が期待できるものでした。

 したがって乳頭異常分泌を認める方はこの基準にのっとって経過観察し、定期的に検査をし、その過程で手術をする、しないを決定していくことで問題はない、と言い切れると思います。不安や疑問があれば時々に応じて相談しながら、検査と経過観察に付き合ってください。

■セカンドオピニオン

 それでも、もし他の病院で検査を受けてみたい、意見を聞きたいと思われたら、遠慮せずにおっしゃってください。だまって行かれたら、全ての検査がそちらの病院でもやり直しになります。気になされることはありません。紹介状を書き、今までの検査結果をお貸しいたしますので、おっしゃってください。そのことで患者様の今後に不利益があることは決してありません。

にしはら乳腺クリニック院長 渡辺直樹

2021.04.21

高濃度乳腺とは ーAre You Dense?ー

 “2004年2月3日 私はステージ3Cの進行した乳がんの診断を受けました(乳がんのステージは1→2A→2B→3A→3B→ 3C→4(末期)と進行します)、しかしその6週間前、私はマンモグラフィ検査を受け、正常との診断を受けていました。ステージ3Cの乳がん女性が5年後に生存できる可能性は48%以下です。"                                                                                                                                                                          – Nancy M. Cappello, Ph. D.

 ちなみにPh.,D.は医学博士の略です。ナンシーさんはドクターだったのです。そして毎年きちんとマンモグラフィによる検診を受けていました。そして正常と診断されたそのわずか6週間後、末期寸前まで進行している乳がんである、と診断されたのです。日本でもある芸能人の方が同じような経験を告白し、大きな話題になりました。

 これを聞いて多くの方は、“がんの見落としだ”“とんでもないミスだ”と思われるでしょう。ただナンシーさんは医師なので、なぜ自分の乳がんは正しく診断されなかったのか、調べようと思い立ちました。自分と同じような悲劇を他の誰にも体験してもらいたくなかったからです。そして自分の乳腺が“Dense=高濃度”だったからなのだ、という結論にたどり着いたのです。

 彼女は問いかけます。貴方の乳腺は高濃度ではないですか?そのことを知らないで検診を受けて正常と診断されても、正しく診断されていない可能性があるのです、と。

 高濃度乳腺とはどんな乳腺なのでしょうか?

 下の写真を見てください。左が高濃度乳腺、右が乳腺散在となります。個人ごとに乳腺は全く異なることがわかると思います。両方の乳腺とも正常と診断されました。

 マンモグラフィにおける乳腺の所見は、がんが存在している、していないを診断する前に、その乳腺の“濃度”によって脂肪性、乳腺散在、不均一高濃度、高濃度乳腺、の4つに分類されます。米国ではそれぞれ 「ほぼすべてが脂肪に置き換わっている」、「線維状に委縮した乳腺が散在している」、「乳腺がまだらに濃く存在し、小さな腫瘍は覆い隠してしまう」、「乳腺が極端に高濃度で、マンモグラフィではがんの発見が困難である」、と分類されています。つまりがんの有無を診断する前に、その乳腺がマンモグラフィで検診するのが適切か否か、判断することになっているのです。

 

乳腺

ナンシーさんの調査結果をそのまま引用します。

 事実1. 乳腺の濃度が高いことは、マンモグラフィ検診でがんを見落とす最大の原因の一つです。

 事実2. 閉経前女性の2/3、閉経後女性の1/4は高濃度乳腺です(米国のデータであり、日本ではさらに高い頻度であると考えられています。)

 彼女の乳腺は高濃度乳腺に分類されていました。そして彼女はそのことを知らされていませんでした。先のページの2枚の写真で左が高濃度乳腺、そして右が乳腺散在と分類される乳腺です。この2枚とも正常と診断されています。ここで覚えておいて欲しいことは、乳ガンも、乳腺組織が凝り固まったような組織なので、“ 乳腺と同じがより白く見える”ということです。つまり、高濃度乳腺や不均一高濃度乳腺では正常な乳腺がもともと画面を白く覆っているため、同じく白い乳ガンが見つけにくくなります。

 下にある2枚の写真を見ていただければ、乳腺の濃度が腫瘍を見つける際にいかに影響するか、わかっていただけると思います。乳腺散在であれば、乳がんの白い”かたまり”は誰が見ても明瞭です。左の高濃度乳腺では、しかしとても見えづらいことがわかります。

 事実3. より感度の高い検査をマンモグラフィと併用することで、乳がんをより小さく、そしてリンパ節転移のない早期で発見できる可能性が明らかに高くなります。

 実際 ナンシーさんは超音波検査で乳がんを指摘されています。超音波検査は、胎児の検査に使われることで分かるように、放射線の被ばくもなく、体に害のない安全な検査です。ただ高濃度乳腺だから、マンモグラフィを辞めて、超音波検査だけで検診を受けようとすることもまた危険です。マンモグラフィでは、小さな石灰化(カルシウムの固まり)も重要な所見ですが、これは比較的高濃度乳腺でも捕まえることができます。逆に超音波検査では小さな石灰化を見つけることが困難です。

 また白い固まりを作らず、マンモグラフィではもともとわかりにくい小葉ガンのような特殊な乳がんもあります。ですので、自分は脂肪性乳腺なのでマンモグラフィで異常がなければ安心だ、も早計です。

 そして不均一高濃度乳腺であっても、マンモグラフィを撮影する際に、しっかり乳腺を ” つぶして ” 薄くして写真を撮ることで、よく見えるようにすることができます。またそのことによって放射線の量を減らすことができ、被ばく量を減らすことにつながります。これはほぼ毎年、そして一生受けなければならない乳癌の検診においては非常に重要なことです。

 これらのことから、自分の乳腺は4つのどれに分類されるかを知り、どのように検診を受けていけばよいのか、専門の医師としっかり話し合っておくことが重要だ、とナンシーさんは述べています。

 ナンシーさんは一生をかけて、この問題に取り組み、様々な教訓を残しました。いくつか抜粋します。

 事実4. 米国の研究結果によれば、高濃度乳腺を持つ女性は、同時に乳癌にり患しやすい方でもある。(これは考えてみれば当たり前です。純粋に乳腺としての量が高濃度であるほど多いからです。)

 事実5. 脂肪性乳腺にできる乳がんの98%がマンモグラフィで見つけることができるのに対し、高濃度乳腺では48%しか指摘できない。

 事実7. 高濃度乳腺の乳がん患者は、低濃度乳腺の乳がん患者と比較して、4倍も再発しやすい。

 事実10. (これはナンシーさんの皮肉が少しこもっているように思います。)自身の乳腺濃度を知らない本当にたくさんの女性が、検診で異常なしとの診断を受けて、よかったと胸をなでおろしている、のちに進行ガンと診断されるリスクをしらないまま。

(参考にさせていただいたこれらの記事はすべて英語ではありますが、https://www.areyoudense.org/ にあります。)

 繰り返しになりますが、高濃度乳腺と診断された方が、 マンモグラフィ以外の検査との併用を考えられる際には、まず乳腺の専門医に相談してください。実際には、3Dマンモグラフィ、乳腺超音波検査(ハンディタイプのプローブを用いるもの、乳腺全体を一度に検査するもの)、造影剤を用いたMRI検査、PET-Mと呼ばれる乳腺に特化したPET検査、など、放射線を使うもの、使わないもの、造影剤を使うもの、使わないもの、などマンモグラフィ以外の検査は多岐にわたります。そしてそれぞれメリットデメリットがあります。そしてその検査を併用し、かつどれくらいの頻度で受けておくべきか、もまた専門医の判断が必要です。

 一度 マンモグラフィ検査を受けた施設で相談に応じてもらっておくことが一番大切なことなのです。

乳腺2

にしはら乳腺クリニック 院長 就任にあたって

2021年4月からにしはら乳腺クリニックにて院長に就任しました。

ここでは乳腺診療に関する様々な最新の知見や、自分の経験を生かしたみなさまに役立つ知識を少しずつ紹介していければと考えています。

今回はその最初として、検診が中心のクリニックの最前線に立つにあたっての抱負を書いていきたいと考えています。

 11人に1人が発症すると言われている「乳がん」。検診を受けたときにはステージが進んでいたということもあります。乳がんの発症を防ぐためには、いうまでもなく検診で早期にがんを発見し、治療を始めることが大切です。私は「正しく検診を受けよう」と主張しています。

 姫路赤十字病院では乳腺外科部長を10年務め、外科医として手術を中心に治療に携わってきました。手術は〝治す〞が最高の目標です。「乳がん」が、胃がんや大腸がんなど他のがんと大きく異なる特徴は、ただ治癒だけを目的にするのではなく、全摘よりも温存、温存であればできるだけ小さな切除と、整容面への配慮が必要になることです。女性にとって自分の乳房を失うことは、今後の人生に大きく影響します。温泉に入れない、バランスが悪いと不自由さを感じる人も多くいます。 全摘という決断をしなければならない人には、人工乳房(インプラント)で行う「乳房再建」に注力し、いかに今あるものを壊さないように治すのかを大切にしていました。ただ、手術の技術にも限界があり、できるだけ早期で発見することが整容面の保持にも直結します。

 とはいえ、たとえ検診を毎年受けておられても、がん宣告をうけたら不安になるのは当たり前です。整容性などどうでもいい、まずは命だ、それは当然です。しかし国が発表した2010-11年の最新データによれば、乳がんと診断された方が5年後に生存されている確率は実測で87.9%、理論上92.2%に上ります。そこで私が疾患患者にまず伝えることは、「毎年検診を受けている人が死亡するのであれば、生存率が90%になるはずがない」ということです。しっかりした検診を受け、早期発見できれば、治せるのが乳がんです。多くの女性が検診を受けて早期発見できると、末期患者が減り、一気に助かる人が増えます。「検診を受けたい」と思ったときに、正しく検診を受けられる環境を整えることが大切です。

 下のグラフを見てください。私がいた姫路赤十字病院のデータです。検診で発見されて来院された方はその8割がステージ0-1の早期がんでした。ところが自分で触って見つけて来られた人はそれが4割まで下がってしまいます。

 ちなみにステージIの治療成績は98%、ステージ0ではほほ100%です。つまり乳がんは早期発見されていれば心配しなくてもよい、治癒する病気である、と言い切ってもよい。もっと言えばもし全員がステージ0-1で発見されるようになれば乳がんは克服されます。まずはがんの全てが検診で発見されるようになること。しかしそれでも2割の方が残ります。なぜ検診をうけていたのに進行してがんが見つかったのか?そこに正しく検診をうけなければならない、とする意味が隠れています。

 正しい検診とはどんなものでしょうか?今後の検診では、自分自身が乳がんになりやすいのか分かる「遺伝子検査」が検診を進化させていくでしょう。現在でも一定の条件を満たせば遺伝子検査は保険適応です。日本人乳がん患者さんの3-5%がこの遺伝子を有していると考えられています。一般女性の乳癌発症率は9%ですが、この遺伝子が陽性の方では41~90%がその生涯で乳癌を発症し、その差6~12倍です。行政が配布しているクーポンは2年に1度ですが、遺伝的にリスクの高い方も一般の方も統一です。お判りいただけると思うのですが、その方その方のリスクに応じて検診の形も変わるべきなのです。ちなみにこうした遺伝的なリスクは乳癌だけではありません。一部の膵がん、男性の前立腺がんも無縁ではありません。そして乳がんの遺伝子もいま検査が可能なものだけではありません。遺伝子の解析が進めば、おそらくすべての人が何らかのリスクを負っていることが明らかになるでしょう。ただ乳がんの研究が最前線にあるというだけなのです。私の言う正しい検診とは、まずは対象の人がもれなく検診を受けられる環境を整えることの先にあります。その方のリスクに応じて変化する個別化検診がそのゴールなのです。

 遺伝子だけではありません。以前から、若い方や授乳経験のない方では高濃度乳腺と言って、乳腺のX線の透過性が低く、マンモグラフィのみでは検診の精度が低いことが指摘されていました。こういう方では超音波検査や、場合によってはMRI、3Dマンモグラフィなどの症例に応じた併用が望ましい。検診を受けながらも発見が遅れた残り2割の方を救うには、このようにきめの細かい検診の個別化が必要です。

 これから発見されるがん遺伝子の種類によって検診の方法を変えていくことが必要になり、検診が個別化する未来も遠くありません。医療が進歩すればするほど、一人ひとりにあった検診や治療で対応する、医療を個別化する専門性が必要になってきます。

 「乳がん」は早期発見で90%近くの人が治せる病気です。他人ごととは思わずに、まずは検診に行くことから始めてください。未来を決めるのは現在です。私の述べた正しい検診の受け方に興味がある方はご相談ください。

グラフ1_20210419D

「受診時現病歴による乳がんの進行度の比較」

2つの群間の比較(自己検診 1093/ 検診発見 892名)では圧倒的な差があります。ステージ 0+1(ほぼ治癒することが望める早期がんである割合)は自己検診では44.8%に対し、検診発見された方では80.6%となります。