乳腺と向き合う日々に

2023.08.15

なぜ乳がんは増えているのか ついに学問的に説明できてしまった?

今年7月27日 京都大学が乳がんの遺伝子変異に関して画期的な研究結果を発表しました。見れなくなる前にぜひ見ておいてほしい内容です。まだここから見れます。
とはいえ、この内容はかなり衝撃的なもので、ここで触れるかどうか、今の今まで悩んでいました。

“乳がんの一部 10代前後で遺伝子変異” 京大など研究グループ ーNHK NEWSWEBー

乳がんの一部は、診断される数十年前、患者が10代前後の時点で、がんのもとになる最初の遺伝子変異が起きていたとみられることが遺伝子解析でわかったと、京都大学などの研究グループが発表しました。乳がんの早期発見や治療につながる可能性があると注目されています。

京都大学大学院医学研究科の小川誠司教授などの研究グループは、特定の遺伝子変異が原因とされる乳がんの患者9人からがんの組織などを採取して遺伝子解析しました。

変異の数から変異が起きた時期を推定したところ、いずれも、がんと診断される数十年前、患者が10代前後の時点で、がんのもとになる最初の遺伝子変異が起きていたとみられることがわかったということです。

つまりこうなります。

がんのもとになる遺伝子の異常は10歳台から発生しており、蓄積が始まっている。

それがある程度にたまると がんとして発症する。

今回の発表で、私が最も恐ろしいと感じたのは下の一文です。

一方、こうした遺伝子の変異は出産を1回経験するたびに55個減る計算になったということで、研究グループでは、妊娠や出産によって乳腺の細胞が置き換わることが影響している可能性があるとしています。

しかし

出産すると(授乳すると?)

遺伝子異常の蓄積の巻き戻しが起こる

階段2

女性は、生理が始まる10歳台から時限爆弾のように乳がんの遺伝子変異の蓄積が始まる。それが出産、授乳を行えば巻き戻しが起こり、回復する。
どうも授乳が終わると、それまで使っていた乳腺の細胞が新しく次に備えて入れ替わるようです。しっかり授乳して、しっかり乳腺の細胞を使って、ボロボロになるまでミルクを与える。そして次に備えて作り直させる。そうすると変異した遺伝子をもつ乳腺細胞が減って巻き戻される。

巻き戻せるのなら、授乳しなくても生理のタイミングで巻き戻してくれればいいのに、なぜかそうはしないようです。授乳しない個体を”早死に”させたいかのように遺伝子の変異はただただ蓄積していく。これは不思議です。

第二次性徴を境に生殖に関する臓器にエストロゲン(女性ホルモン)の働きで遺伝子変異が蓄積し始める、同じことは生理が始まった子宮内膜にも言えるはずです。

でもそうはならない。なぜでしょうか。

子宮は、妊娠しないと生理になって内膜が剥がれ落ちて、排出されます。そしてまた新しく次の内膜が用意されます。ですので子宮内膜では先に述べた生理による遺伝子変異の巻き戻しが起こります。ですので原則として子宮内膜がん(子宮体がん)は閉経後に気を付ける必要がありますが、原則閉経前にはあまり警戒する必要がありません(稀ですがしかし”ありえます”ので注意してください)。
ただ乳腺は、実際に妊娠出産して授乳が行われないと破壊と再生が起こらない、と考えられます。確かに生理になったら張っていた乳腺が、乳頭から出血して出てきて、張りがなくなる、なんてことはないですから。

子宮は例えばサメなどの魚類にも同じ働きが認められる臓器があります。進化の過程では子宮は古くからある臓器です。でも乳腺は哺乳類から現れる臓器です。進化の過程では比較的新しい臓器なのです。ですのでそういう遺伝子変異から守る働きが進化していないのかもしれません。まして元気で、栄養状態もよく、異性も豊富に存在している、それでいて、出産しない、授乳しない、そんな哺乳類は人類しかいませんから。今後もなかなか進化しないでしょう。

スペース

”なぜ乳がんはこんなに増えているのでしょう?”
これはよく言われる質問です。しかし今回の京都大学の発表はこれにゆるぎない回答を与えたことになります。そう”少子化”が原因なのです。授乳する機会が減っていること、そして減り続けていること、それが原因なのです。食べ物、食事内容、たんぱく質を多くとる、それらは直接的には関係ないのです。

少子化が原因である、それを裏付ける根拠はいくらでもあります。
一つ例を出しましょう。乳がんは40から50歳代の若い女性がなる、そう考えておられる方が多いのではないでしょうか?

図1

このグラフは 年齢別に 乳がんに罹患する確率を10年ごとに示したものです。

1995年(黄色の線) 乳がんが40-50歳で爆発的に増加しています。いまから30年前のことです。”乳がんは40歳から50歳くらいの若い人がなる” この考え方はこのころ形成されました。

でもそれは”若い人に多い”のではなく”高齢者で乳がんが少ない”だけなのです。
実は1995年に50歳前後の方は、団塊の世代に相当します。団塊の世代(だんかいのせだい)とは、日本において第一次ベビーブームが起きた時期に生まれた世代を指します。第二次世界大戦直後の1947年(昭和22年)4月2日〜1950年(昭和25年)4月1日に生まれています。1995-1950=45なのでわかりますね。
つまり団塊の世代から若年者の乳がんが急増し始めました。それは団塊の世代こそ、少子化が始まった最初の世代だからです。団塊の世代を生み出した、その親、祖母の時代は子供をたくさん産んでおられた、だから乳がんが少なかったのです。団塊の世代は自分たちの人数が多いので、子供をあまり作らなくなったのです。ですので急に乳がんの罹患率が増えた。そのとき”乳がんは若い人のがん”という認識が作られたのです。

図2

少子化はしかしそこで止まっていません。一人の女性が生む数は減り続けました。現在では特殊出生率(女性一人が一生で産む数)は1.3まで減少しています。もちろんその40歳から50歳の乳がんの罹患率は 黄色からピンク、赤と時間経過とともに増加の一途です。
ただ団塊の世代もまた、10年おきに60歳、70歳と高齢になっていきます。そして高齢者の乳がん罹患率の伸びもまた明らかに認められるようになりました。つまりじわじわと乳がんは若い女性のがんではなくなってきたのです。

図3

上記はがんセンター発表の最新データです。
乳がん罹患率の年齢階級別分布ですが、もう40歳から50歳がピークではありません。
現在の乳がん罹患率のピークは65歳から75歳なのです。中止してほしいのは、この数値は数ではありません、率です。乳がんに罹患する確率が高いのは今は”高齢者”なのです

ただこのグラフ、まだ不自然ですよね、何か山の頂上がかけたような形になっている。
乳がんを引き起こす遺伝子異常が年齢依存性に蓄積するなら、このグラフの形はなだらかに頂上をつくらなければおかしい。いくら閉経すると蓄積するスピードが落ちるとは言ってもです。閉経は50歳から60歳で起こりますしね。

図4

ちなみに他のがんだとどうなんでしょう。
上記のグラフは大腸がんの年齢別罹患率です。自然なカーブだと思いませんか?

年齢に伴って 遺伝子異常の蓄積が起こるなら、この形が自然なはずです。
年齢が上昇するほど、遺伝子異常が限界に達する確率が上がるからです。

図5

乳がんも本来上の図のようなグラフでなければ変ですよね。こんな形は不自然です。
つまり 現在もまだ、高齢の方の乳がんは抑制されていると考えた方が自然です。

graphic-rates-inc-females-in-2010-breast 2

上のグラフは日本以外の先進国も含めた、乳がんの年齢別罹患率のグラフです。

そういう自然な形になっています。ヨーロッパや米国では日本よりも早くから平均出生率の低下が起こり落ち着いています。ですので歴史上その形に早く到達しているのです。

対して中国(China)で有名な一人っ子政策は1979年からです。日本のベビーブームは1975年です。不気味なくらいグラフの形が似ています。この頂上の欠けた形は、どこかの年齢をきっかけに急激に少子化が進んだ国の特徴的なグラフなのです。日本も中国も、また戦前のようにたくさん産むようにはならないでしょう。ですのでヨーロッパ先進諸国の形に重なるようになってくると予想されます。
ただ米国やヨーロッパの国々の出生率はそれでも1.7程度です。日本は1.3、中国は一人っ子なので1前後です。となればこのグラフの上に行く可能性もあり得ます。

結論から言えば、日本でも乳がんは高齢者のがんになる、そして現在の50歳以上の方と比較して、これからの50歳以上の方の乳がん罹患率は単純に見積もっても”倍以上になる”可能性が高いのです。

まとめ

今まで 乳がんは 若い人のがんと考えられてきた。
それは昔の女性はたくさん子供を産んでいたからです。
でも 今の高齢者は、若い人と同じくらい 産んでいない。
ですので遺伝子の異常が蓄積しやすい高齢者で乳がんになりやすくなっている。
現状ではもはや若い方を抜いて、乳がん罹患率は60代70代がピークになっています。
今 本当に 乳がん検診を受けなければならないのは、60歳以上の高齢の女性なのです。