乳腺と向き合う日々に

2023.07.27

卵巣機能抑制について (ゾラデックス🄬 リュープリン🄬の必要性の検討)

乳癌の術後に、タモキシフェンや、アロマターゼ阻害剤といった飲み薬を飲まれている方は多いと思います。ホルモン感受性陽性と呼ばれる乳がん細胞は、女性ホルモン(エストロゲン)を抑制すると、増殖もそれに反応して抑制されるため、これを目的として処方がなされます。
ただこれと一緒に、ゾラデックス🄬、リュープリン🄬といった卵巣機能抑制のためのお薬を注射で併用されている方も多いと思います。注射なので痛みもあり、また値段も高価であることから必要性に関して疑問を感じておられる方も少なくないでしょう。
なぜ2種類も薬を使うのか?タモキシフェンだけではだめなのか?

これは正直、簡単に説明をすることが難しく、何度かこのブログでも説明をしてきました。よければこの内容も理解されたうえで、今回の記事を読んでいただければ幸いです。

ランダム化試験のメタアナリシス、と呼ばれる研究手法があります。
お薬が開発されたり、新しい投与方法が感がられた際に、それが本当に有効なのか、を調査することは大変な困難が伴います。たとえば皆さんの関心の高い”認知症”ですが、ある薬が開発され、これが効果があるか調査したいとなったとします。もちろん効果だけではいけません。副作用もその内容によっては効果を上回ることもあるでしょうから、合わせて調査が必要です。
その薬を飲まれた1000人の認知症の患者さん、飲まれなかった1000人の患者さんを比較することは最低限必要です。
ただこの際に飲まれた患者さんは、その製薬会社の指名した病院で手厚い介護をされ、リハビリもされていた、飲まれていない患者さんはそのままとされた、としたらどうでしょうか。結果はおそらく影響されるでしょう。
こうしたことを防ぐために様々な工夫をして、初めて信頼性のたかい結果が得られます。


ホルモン感受性の、閉経前の女性における乳がんの再発予防において、卵巣切除または抑制が有益であることが今回の研究でも確かめられました。

この調査結果は、数十年にわたる約15,000人の女性を対象とした研究に基づいており、2023年のASCO年次総会で英国オックスフォード大学名誉教授のリチャード・G・グレイ修士、修士によって発表されました。グレイ博士は、早期乳がん臨床試験協力グループ (EBCTCG) を代表してこの研究を発表しました。

「エストロゲン受容体陽性腫瘍を患う閉経前の女性にとって、卵巣抑制と卵巣切除には実質的かつ持続的な利益がある」とグレイ博士は報告しました。「以前に化学療法を受けており、化学療法後も閉経前のままである女性にも、化学療法を受けなかった女性と同様の効果が見られました。」

今回の検討の一つのポイントですが、乳がんの治療はホルモン剤を使用している方も、同時に抗がん剤をうけておられる場合があります。閉経前女性であっても、抗がん剤治療をうけると、その毒性によって卵巣機能が破壊されてしまって、医原性に閉経してしまうことがあるため、こうした女性ではあえて薬剤を付加してまで卵巣抑制を行う必要は本来ないはずです。その点に注目して今回の検討は行われています。

化学療法を受けていない女性、または化学療法後に閉経しなかった女性 (n = 7,213)の検討では
15 年時点での再発率は対照群で 39.3%、卵巣切除または抑制群では 29.5% で、絶対利益は 9.8%であった。(RR 0.71: P < 0.00001)。

化学療法前は閉経前だが、化学療法後の閉経状態が不確かな女性(n = 7,786)の検討では
15 年時点での再発率は対照群で 44.4%、卵巣切除または卵巣抑制群では 43.1% で、絶対利益は 1.3%であった(RR = 0.91; P = 0.02)。

化学療法を受けていない患者、または化学療法を受けても閉経しなかった患者では、その利益は時間の経過とともに大きくなり、絶対差で見た際に5年で約6%、10年で8%、15年で10%に増加しました。

一方、残りの半数の患者(つまり閉経してしまった患者で)の違いは「ほとんど識別できなかった」とグレイ博士は述べた。研究は数十年に及んだが、研究結果には一貫性があり、試験間に大きな異質性はなかったと同氏は付け加えました。

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年齢に応じた効果

年齢の影響は、化学療法を受けていない患者集団で最もよく観察されます。これは化学治療によって卵巣機能が抑制、あるいは破壊されることを考えれば当たり前ですが、今回の検討では年齢は利益に明確な影響を及ぼさなかったようです。

45歳未満(n = 4,437)の患者さんでは
15年間の再発率は対照群で41.3%、卵巣切除または卵巣抑制群では30.4%で、絶対利益差は10.9%であった(RR 0.66: P < 0.00001)。

45~54歳(n = 2,776)の患者さんでは
15年間の再発率は対照群で36.1%、卵巣切除または抑制群では28.6%で、絶対利益差は7.5%であった(RR 0.82: P < 0.02)。

グレイ博士は年齢に応じた分析について説明し、まず化学療法を受けた集団のデータを提示した。同氏は、閉経前の「高齢」患者のほとんどは化学療法により無月経になると指摘しました。したがって、追加の卵巣切除や抑制は彼らにとって何の利益ももたらしません。若い閉経前の患者の約 50% も無月経になります。メタ分析の結果はこれを反映しており、39 歳未満の女性では「わずかな利点」(RR ≈ 0.80)があり、それ以上の女性では実質的な利点がないことが示されました。同氏は、このグループの試験は閉経前女性の卵巣切除を真に試験していないとして「却下」されるべきだと述べました。
(これはわかりにくいですが、解説します。いままで40歳以上の閉経前女性が、化学治療を受けていた場合、過去の試験結果がどうであれ、それは薬によって閉経している影響を除外できないので、採用できない、つまり、卵巣機能を抑制する意味は証明されていない、と述べています。)

死亡率の大幅な減少

化学療法を受けていない患者、または治療後に閉経しなかった患者では、卵巣の切除または抑制は乳がん関連死亡率および全死因死亡率の大幅な減少と関連していました。
20年時点での絶対利益差は、乳がん関連死亡率で10.9%(RR = 0.71; P < 0.00001)、全死因死亡率で11.6%(RR = 0.75; P < 0.00001)でした。(つまり乳がんによる死亡を20年間で10%も抑制する)

「これは乳がんによる死亡率の減少において非常に目覚ましい成果であり、非常に重要です。そして、これらの試験の多くで非常に長期にわたる追跡調査が行われ、その利点が少なくとも 20 年間持続することがわかります」とグレイ博士はコメントしました。

卵巣抑制を施行したほうがいいと、利益を予測できる症例はありますか?

リンパ節転移陰性疾患の女性 (RR = 0.70; P < 0.00001) とリンパ節転移陽性疾患の女性 (RR = 0.72; P = 0.00005)はどちらであっても、ほぼ同じような利益が見られました。しかし、当然のことながら、リンパ節転移陽性の患者さんでは、もともと15 年再発率が高い(54.5%)ため、したがって卵巣切除または抑制による絶対利益も大きくなりました (11.9%)。

大きな違いをもたらした要因の 1 つはタモキシフェンの使用でした。タモキシフェンの併用がない場合、早期再発リスクは非常に高く、5年で40%を超えましたが、タモキシフェンを投与された患者の5年再発リスクは14%未満でした。「タモキシフェンには大きな利点があることがわかります。再発リスクが最初の 5 年間で 50%、次の 5 年間で 30% 減少します」とグレイ博士は述べました。

そのような状況では、タモキシフェンがすでに保護効果を発揮しているため、卵巣切除または抑制の利益は少なくなるでしょうが、卵巣機能の抑制を自然閉経期である50歳前後まで拡張することには価値があるように見えました。
タモキシフェンを受けていない女性では、卵巣切除または卵巣抑制により15年間の無再発生存率が17.5%向上しました(RR = 0.61; P < .00001)が、タモキシフェンで治療された女性の場合、その向上はわずか4.5%でした(RR = 0.80; P = 0.002)。

筆者注

日本では、タモキシフェンやアロマターゼ阻害剤に加えて、ゾラデックス🄬 リュープリン🄬を使っておられる方が多いと思います。したがって日本では卵巣抑制は多くの場合でタモキシフェンへの”上乗せ”効果で考えなければいけないので、それほど高いものではなくなります。

しかし私は5%程度であっても再発抑制の上乗せ効果があるならばそれはそれで意味があるとは思います。

今回の発表を踏まえて思うのは、化学治療を受けてなお閉経しなかった女性、こうした方はリンパ節転移がある、細胞分裂が盛んだったなど、再発リスクが高い、それで化学治療になっているはずです。それでもなお閉経しなかったのですから、卵巣をしっかり抑制しておいた方がいい、タモキシフェンとゾラデックス🄬、リュープリン🄬の併用がいい、ということは確実に言えそうです。