乳腺と向き合う日々に

2021.09.07

高濃度乳腺の乳がんリスクについて

高濃度乳腺とは ーAre You Dense?ー のブログで、乳腺には個人差があり、その濃度に差があることを解説しました。
乳腺痛 ~痛いのが気になって来ました~ のブログでは、乳腺痛について触れていますが、閉経前後の年齢で、高濃度の乳腺の方では、非周期性の乳房痛を訴える方が多く、濃度と乳腺痛には関連があることが知られています。

高濃度乳腺は、授乳経験が少ない女性に見られる傾向があります。”子供を産んでおられない女性に乳がんのリスクは高い”ことは一般の方もご存じの方は多いかと思います。こうした観点からも、高濃度乳腺は乳がんリスクは高いのではないか、は気になるところです。
ただ若年者では授乳経験はなくて当たり前であり、高濃度乳腺が普通の状態です。どれくらいの年齢で、そして高濃度乳腺であったなら、どれくらい乳がんリスクが上昇するのか、その具体的なことがわからないとただただ怖いだけです。
最近これに関して詳しい発表があったのでまとめてみたいと思います。

参考: Dense Breasts Linked to Increased Risk of Invasive Cancer in Older Women— Breast density, life expectancy could be factored into considerations for continued screening
by Mike Bassett, Staff Writer, MedPage Today August 27, 2021

スペース

高濃度乳腺はどれくらいリスクがあるのか?

高濃度乳腺ついて、濃度の高い乳腺は、同じように検診を受けても小さな病変の発見が難しいことだけではなく、もともと乳がんが発生しやすくリスクが高いという話をしてきました。

ただ子供さんを生んでおられない若い方の乳腺の濃度が高いことは当たり前なので、同じように高濃度乳腺であっても、高齢であってなおかつ高濃度であることが乳がんリスクを高めることも理解できます。実際 65歳以上の女性が濃度の高い乳腺である時、リスクが高いことが以前から指摘されています。

BMI、つまり肥満の程度によっても乳腺の濃度は影響されます。痩せていれば濃度が高いことが多いからです。一方で肥満は乳がんのリスクを上昇させます。肥満すれば乳腺濃度は落ちやすい、しかし肥満で乳がんリスクは上がる。乳腺濃度と乳がんリスクの関係性を考える際に、肥満の要素を加味して考えないといけません。

BMIの値にかかわらず、高濃度~不均一高濃度乳腺の方は散在性乳腺の方と比較した場合、65歳から74歳では1.39倍(HR 1.39(ハザードと言ってリスクはどれくらい上昇するかを示します, 95%信頼区間(95%の確率でこの範囲内に正解があるという意味になります) 1.28-1.50)、そして75歳以上では1.23倍(HR 1.23, 95%CI 1.10-1.37)です。

(reported Dejana Braithwaite, PhD, MSc, of the University of Florida Health Cancer Center in Gainesville, and colleagues)

(ここからは米国の話になりますが)

米国では75歳の女性はさらに平均12-14年の余命が見込まれます。こうした方に対して、乳がん検診を受けるかどうか、その適応を考えるにあたっても、生涯わたる乳腺濃度の乳がんリスクに与える影響を考えるに際しても、75歳以上の高齢女性のリスクを検討することには意味がある、と考えられます。

乳がんリスクは年齢とともに上昇を続け(これも米国ではそうですが、日本ではピークは閉経前後にあり、その後は減少します)、乳腺濃度と乳がんリスクの関連性も示唆されています。健康な75歳以上の女性に対しても、マンモグラフィー検診の機会を設けることで、乳がんによるリスクを減らすことは可能です。

ただこうした年齢の女性に対する研究そのものが不足しています。なにより肥満度を考慮しての検討がなされてきませんでした。

さて本題

米国Breast Cancer Surveillance Consortiumのデータから、1996年から2012年までにマンモグラフィ検診を受けた65歳以上の女性を解析しました。
総人数221.714名の女性を解析し、うち193.787名 38%が75歳以上でした。
大部分は65歳から74歳(64.6%)であり、白人(81.4%)でした。
(64.6+38>100なんですがその理由はわかりませんでした。筆者:注)
乳腺濃度はBIRADS(米国の放射線科医による分類基準)によって、脂肪性、乳房散在、不均一高濃度、極めて高濃度、と4段階に分けました。
65歳から74歳までの女性では、16.5%が脂肪性、51.4%が散在性、32.1%が不均一高濃度から極めて高濃度に分類されました。75歳以上ではそれぞれ17.5%、52.0%、30.5%でした。
(下の表を参考にしてください。高齢であっても、また時々患者さんが口にされますが、”垂れて”いても、濃度は低いとは限らないことがわかります。日本人のほうが実際は米国の方より濃度は高いことが予想されるので、頻度はこれより高い可能性があります。筆者:注)
乳腺濃度の頻度 脂肪性乳腺 散在性乳腺 不均一高濃度から
極めて乳腺
65歳から74歳 16.5% 51.4% 32.1%
75歳以上 17.5% 52.0% 30.5%
これらの女性を平均6.3年経過観察し、5,069名の方が乳がんを罹患しています。
65歳から74歳の女性では乳腺濃度に比例して、浸潤性乳がんの発生頻度が上昇しています。
今後5年間でどれくらいの比率で乳がんが発生するかについて
脂肪性乳腺 11.3名(1000名あたり) (95% CI 10.4-12.5)
散在性乳腺 17.2名(1000名あたり) (95% CI 16.1-17.9) 
不均一から極めて高濃度乳腺 23.7名(1000名あたり)(95% CI 22.4-25.3) 
同じことは75歳以上の女性でも言えています。
脂肪性乳腺 13.5名(1000名あたり) (95% CI 11.6-15.5)
散在性乳腺 18.4名(1000名あたり) (95% CI 17.0-19.5) 
不均一から極めて高濃度乳腺 22.5名(1000名あたり)(95% CI 20.2-24.2)
(下の表を参照してください。年齢に関係なく、濃度に伴って乳がんリスクが上昇することがわかります。筆者注)

今後5年間で1000人当たり
何人の方が乳がんに罹患すると
予想されるか 
65歳から74歳までの女性

今後5年間で1000人当たり
何人の方が乳がんに罹患すると
予想されるか
75歳以上の女性

脂肪性乳腺 11.3名 13.5名
散在性乳腺 17.2名 18.4名

不均一高濃度から
高濃度乳腺

23.7名 22.5名
65歳から74歳の女性でほぼ脂肪性の乳腺の方は、散在性の乳腺の方と比較して、たとえその方の肥満度を考慮したとしても(つまり肥満しているから脂肪性乳腺になっているという場合を考え併せても、という意味です)浸潤性乳がんのリスクが低下していました。(肥満しておられる群同士で比較しても0.71とリスクは下がっており、肥満しておられない方同士比較しても0.53とリスクは脂肪性乳腺で下がっていました。)
75歳以上の女性でもこれは同様に認められました。(肥満しておられる群同士で比較しても0.70とリスクは下がっており、肥満しておられない方同士比較しても0.82とリスクは脂肪性乳腺で下がっていました。)
肥満している方は脂肪性乳腺なのか、については65歳から74歳の方も、75歳以上の方も、そんな傾向は認めませんでした(つまり肥満していても、高濃度乳腺であることはあり得るし、痩せていても脂肪性乳腺はあり得ます。筆者注)
乳腺濃度と乳がんリスクは正の相関を示す。それは65歳から74歳、そしてそれ以上の女性でも同様に認められました。
これらのことからわかることをまとめます。
高齢の女性であっても、今後の人生において、マンモグラフィ検診を続けていくメリットデメリットについて、乳腺濃度が与える影響を検討しながら、考えていかないといけない。
マンモグラフィ検診をいつ辞めるべきかはこうした個人個人の事情を基に決めるべきであり、一律には論じられない。

ここからは私の注釈です
この論文の筆者は、これらのデータをもとに、75歳以上の女性に関しても、マンモグラフィ乳がん検診の必要性について考えよう、と締めくくっています。ただ少なくとも、ご自身の乳腺濃度をご存じない方がおられたら、それを尋ねるためにも検診を一度は受けておいた方がいいのは確実ではないでしょうか。
たしかにその方の人生観もあることになりますので、一概に全員マンモグラフィ検診を受けるべきとは言えません。ただ脂肪性、散在性乳腺では実は触診も容易なため(乳腺が全体に柔らかいので、硬い腫瘤を自分で触っても見つけやすい)、乳がんリスクは低く、自己触診で見つけることも比較的容易、なのです。
不均一高濃度から高濃度乳腺の方はそれが逆になります。

高齢であっても、乳腺濃度の高い方は、乳がん罹患のリスクが高く、くわえて自分で触るのでは乳がんのしこりを見つけにくい。

やはり検診の継続が勧められるのは、まさにそういう方ではないでしょうか。