乳腺と向き合う日々に

2022.06.14

”乳がんの遺伝子”と呼ばれることの多いBRCAと男性がんの関係について

近年 乳がんの原因となることで有名なBRCA遺伝子を検査することが保険収載されました。
女優のアンジェリーナ・ジョリーさんがこの遺伝子が陽性であり、乳がんの障害リスクが高いことから、”予防的”な乳房切除を行ったことを公表され、有名になった遺伝子です。このことはこのブログでも何度も触れてきました。よかったら読んでください。

と言ってもそのリスクがある方が対象で、希望者すべてに検査をすることは認められていません。
もちろん自費診療で検査をすることは可能ですが、数十万円する大変高価な検査なので、そうそうできません。採血だけなので、受けてみたい方も多いかもしれませんが、医師に相談してまずリスクの高い方が受けられて、陽性と診断された場合に、その血縁者が受けられる方が無難でしょう。もしその場合に血縁者が検査をされるのであれば自費であっても数万円程度で検査できます。それでも高価ですけれども。

乳がんとの因果関係が強いために”乳がんの遺伝子”というように表現されることも多いこのBRCA遺伝子ですが、そうなると男性は関係ないようなイメージです。ところがBRCAは決して乳がんだけの遺伝子ではなく、”がん”の遺伝子なのです。つまり男性にも関係します。
今年 米国臨床腫瘍学会ASCOでこのことに関する大きな研究発表がありました。
フリーアクセスですが、英文論文なので厳しいと思います。可能であれば原文を参照いただくのがベストですが、ここではそれを要約して紹介したいと思います。

文献:Cancer Risks Associated With BRCA1 and BRCA2 Pathogenic Variants
S. Li, V. Silvestri, G. Leslie, T. R. Rebbeck, S. L. Neuhausen, J. L. Hopper, et al.
J Clin Oncol 2022 Vol. 40 Issue 14 Pages 1529-1541

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BRCA遺伝子には大きく、BRCA1とBRCA2があります。
それぞれについて男性のがん、女性のがんについて、どの部位のがんに関与しているのか、研究がなされました。また発症リスクについても発表されました。
この発症リスクですが、簡単に説明します。
たとえば BRCA1遺伝子に変異がある方は乳がんに罹患するリスクが変異のない方よりも高い傾向があります。そしてそれは40歳代では+○○%、50歳代になればさらに上昇して+●●%というように多くの場合年齢を重ねるほどリスクは上昇するのです。それもまた調査され、発表されています。

上の図ですが、BRCA1陽性の方について の検討です。
左上、”男性乳がん Male breast”の発症リスクです。幅がありますが、70歳頃で0.1から0.2%でしょうか。1000人おられたら1から2人ということでしょう。男性とはいえ乳がんなので、これは予想できることかもしれません。思ったよりというと不謹慎ですが、50%を超えてしまう女性に比較すればリスクは高くないですね。
右上 スケールが違うので注意してほしいところですが、実は”膵がん Pancreas”のリスクが上昇しています。男性女性とも70歳頃には1%に達しています。これは怖いですね。検診の必要性を感じます。
さらに左下 ”胃がん Stomach”です。これも膵がん同様に男女差があって、より男性の方が罹患率が高いようです。70歳代で男性1%、女性0.5%前後のようです。

次に BRCA2陽性の方のリスクです。
左上、男性乳がんのリスクですが、BRCA1よりも高いようです。70歳で2%前後ありそうです。
右上 すい臓がん これは男女とも70歳で1.5%前後あります。
左下 胃がん これは男女差なく、70歳で2%前後でしょう。
右下 前立腺がん 前立腺は男性にしか存在しない臓器です。これは70歳で10%前後になっています。
男性乳がんでは最も高い頻度で、関与が示唆されていますね。

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「私 息子しかいないので、遺伝を調べても・・・」と言われる乳がん患者さんもおられますが、これを見ると息子さんがおられたら調べておく意味はあるように思います。
「私同様、娘もきちんと乳がん検診しているので心配していません」といわれる患者さんもおられますが、すい臓がん、息子さんも前立腺がんの検診をしていないのでは心配です。

このように遺伝の変異について、知っておくことで対応が変わります。なにより、その人に応じた、その人のリスクに応じた検診や検査をしておくことで対応できる、と考えてほしいと思います。

そのためにはまず保険で検査ができる、乳がん患者さんご自身がまず検査を受けておくこと、が重要になります。その後は大切なご兄弟、親御さん、娘さんや息子さん、甥御さんや姪御さんにすこしずつでも話をして、検査を受ける、受けないまでも注意する、知識を持ち増やしていく、そういうご指導されることも大切かと思います。ご検討いただければ幸いです。