乳腺と向き合う日々に

2023.07.07

CDK4/6阻害剤について・・・その2 PFSとOS

がんはこの現在においても完治は難しい疾患です。

手術や放射線治療といった局所治療がいまでもなくならないことがその証拠です。
手術は切除したところしか治せない、放射線も当てたところしか治せません。もちろん全身を切除することも、全身に放射線を浴びせることもできません。なので局所治療と言います。

たいして抗がん剤やホルモン剤は全身治療と言います。薬を飲めばその薬は全身に余すところなくいきわたります。もちろんがんではない部位に行く必要はありません。しかし現在の医療では、がんがある部位、たとえば転移が隠れている場所、小さな早期がんが発生した部位を見つけることができない、なのでがんが全くない部位を完全には区別できません。もしできたとしてもいつ発生するかわからない。ですから全身にくまなく効く薬の方が都合がいいのです。そしてその薬がたとえがんのない部位に効いても副作用がなく、がんがある部位に効いてがんが完全に消えるような薬ができればがん治療は完成します。

ですので固形癌とよばれる胃がんや乳がん、大腸がんを手術しているうちはまだそういった薬、治療法は完成していない、と言えます。

今でも毎週のように新しい薬が開発、発表され、臨床試験が行われています。新薬の99%は日の目を見ずに終わるとされます。効果がなかった、は論外として、副作用が強すぎて使い物にならない場合もあります。これらをクリアして初めて臨床試験に乗りますがフェーズ3と呼ばれる段階の臨床試験になれば、この効果が認められ、副作用も許容範囲内である新薬に対して、今まで行われてきた標準治療、つまり現状では最良の治療法とどちらが優れているか、比較することが行われます。
この試験でより優れるという結論が出た場合に、治療のガイドラインが変わり、それ以降はその新薬が標準治療になるわけです。これは世界規模で起こります。がんは人類に共通した疾患だからです。ですのでフェース3は医学の歴史そのものになります。

CDK4/6阻害剤もそのようにして、まずホルモン感受性HER2陰性進行再発乳がんの標準治療を書き換えてしまったお薬になります。PALOMA試験、MONARCH試験、MONALEESA試験という言葉が出てくるのですが、これはそれぞれパルボシクリブ(イブランス🄬)、アベマシクリブ(ベージニオ🄬)、リボシクリブ(キスカリ🄬)という薬に対して行われた臨床試験の略称になります。覚えやすいようにそう名前を付けるのですね。CDK4/6阻害剤の歴史はPALOMA-2というフェーズ3試験で始まりました。

イブランス+ホルモン剤がホルモン剤単独で治療した場合と比較してホルモン感受性HER2陰性進行再発乳がんのPFSを約2倍に延ばすことに成功したのです。これは衝撃的な結果です。副作用も好中球減少という白血球が減ること以外あまり強いものはありませんでした。そしてこれにより標準治療が変わることになりました。

スペース

さてここでPFSという見慣れない言葉が出てきます。これは”無増悪生存期間”という意味です。
このデータ、再発したがんに対する新薬や治療を研究した論文でよく使われる指標です。
ChatGPTにPFSについて聞いてみましょう。

PFS(Progression-Free Survival)とは、がん治療などの臨床試験や研究においてよく使用される指標の1つです。PFSは、特定の治療を受けた患者が病気の進行(がんの再発や増殖)なしに生存している期間を表します。
PFSは、治療の効果を評価するために重要な指標です。通常、がんの治療では、薬物療法や放射線療法などの治療が行われ、患者のがんの進行を遅らせるか、一時的に止めることを目指します。PFSは、治療が進行を遅らせる能力をどれだけ持っているかを示す指標として使われます。
PFSは、治療を受けた患者の状態を定期的に監視し、がんの進行が見られた場合にイベントとしてカウントされます。進行とは、がんの再発、新たな転移、または既存の腫瘍の増大などを指します。PFSの期間は、初めての進行イベントが起こるまでの時間を測定します
PFSの利点は、がん治療の効果を早期に評価できることです。通常、生存期間全体を評価するよりも早く、治療の効果を知ることができます。また、臨床試験や研究において、新しい治療法の効果を比較するためにも使用されます。
ただし、PFSにはいくつかの制約もあります。進行イベントが生じた場合、その後の治療やケアによって患者の生存期間が延長される可能性がありますが、PFSではそれが考慮されません。また、PFSは進行を測定するため、治療によってがんの縮小や一時的な応答がある場合でも、それが反映されないことがあります。

総括すると、PFSは特定の治療法ががんの進行を遅らせる能力をどれだけ持っているかを評価する指標です。臨床試験や研究において、新しい治療法の有効性を比較したり、患者の治療計画を立てる際に重要な情報として利用されます。

満点の回答です。もう一つOS(Overall Survival:全生存期間)という指標があります。その違いを聞いてみましょう。

OSは、特定の治療を受けた患者ががん診断後に生存している期間全体を測定します。OSは、がんの治療やその他の要因による影響を総合的に考慮し、患者の全体的な生存期間を評価します。つまり、がんの進行や再発に関係なく、治療後の生存期間を測定します。
PFSとOSの主な違いは、測定する期間と評価する要素です。PFSは進行イベントまでの期間を測定し、がんの進行を遅らせる効果を評価します。一方、OSはがん診断後からの全体的な生存期間を測定し、治療やその他の要因による影響を総合的に考慮します。
両指標の使用は臨床試験や研究の目的に応じて異なります。PFSは治療効果の早期評価に役立ち、治療法の有効性を比較したり、治療計画を立てる際に重要な情報となります。一方、OSは治療後の全体的な生存期間を示すため、治療の長期的な効果や患者の予後を評価するのに適しています。重要なのは、PFSとOSは単独ではなく、相補的に使用されることが多いことです。治療法の有効性を総合的に判断するためには、PFSとOSの両方のデータを組み合わせて考慮する必要があります

読んでくれていますか? (笑) 私のブログで最難関になるような気がしています(笑)。
ただこのPFSとOSの違いを分からずに、どんなに勉強し、英語の医学論文にまで手を出されたとしても、おそらく臨床における意味を理解できません。つまり自分にとってその薬剤がどんな意味を持つか、理解できません。

実はこの話 CDK4/6阻害剤を理解するのにとてつもなく重要になります。この解説をせずに本論に入れないのです。ご理解ください。

乳がんが再発したとき、もちろん様々な治療が行われます。

しかしその治療がたとえ効果があり、進行が止まったとしても、それで根治できない場合、再びがんの進行が始まることがあります。そうして一次治療という最初の治療の効果がなければ二次治療に移ります。

一次治療はその時最善と思われるものが選ばれます。つまり標準治療です。しかしやってみたら二次治療の方がより効果が高かった、ということはどうしても発生します。
でも一次治療がよく効いた方であっても二次治療は全くと言って効果がなかった、そうすると一次治療では効果がなく、二次治療でよく効いた方の方が最終的には長生きされたということが起こります。つまりOS(最終的に再発して何年生きられたか)では差が出なかったということが起こります。

対してPFSは再発したがんが再び大きくなり始めるまでの期間、つまり一次治療のみで効果を見るため、実際には後者の患者さんが長生きしていたとしても、前者の治療が優れていた、という結果になります。

薬の効果を見るだけなら別にPFSだけ見ていたらいいんじゃない、という考え方もあります。ただPFSでなく、OSで評価することはとても重要です。というのも一次治療は二次治療に影響することがあるからです。CDK4/6阻害剤を使うとホルモン感受性が失われやすいことがわかっています。つまり一次治療で効果が得られなくなればもはやホルモン剤は使えません。どうしても二次治療は抗がん剤になります。抗がん剤はホルモン剤による治療と比較して副作用が強く、どうしても長期間の治療が難しくなります。つまり最終的な生存期間が短くなる可能性があるのです。たとえ一次治療でよく効いても、それがホルモン感受性を失わせる効果があるのであれば最終的なOSが短くなる、ということです。患者さんにとっては最初のお薬が効くことも大事ですが、何よりもあとどれくらい生きられるか、それが最も重要になります。その薬だけよく効けばいいものではないのです。

「ぬか喜び」という言葉があります。日本語のことわざであり、物事が思いがけずに良い結果をもたらしたり、予想外にうまくいったりしたときに使われる表現です。具体的には、本来は喜ぶべきでないような状況や結果に対して、思わず喜んでしまうことを指します。
良い結果に出くわしたときに、驚きや喜びを感じます。しかし、その結果が一時的なものであり、長続きしないことを含んでいればぬか喜びだ、と言います。

そう考えれば、再発乳がんの治療を考える際にはPFSも確かに重要ではあります。しかしそれが「ぬか喜び」に過ぎないことを避けるために、OSの方が患者さんにとってはもっと重要な指標だ、と言えなくもないのです。