乳腺と向き合う日々に

2023.07.06

CDK4/6阻害剤について・・・その1

このブログは再発患者さんのような、少し医学に知識があり、さらに納得いくまで新しい薬剤や、治療法について調べてみたいという方に向けて書きます。一般の方にはすこし難しいと思います。この題名を見て読みたいと思う方以外には勧めません。そして難しいので解説しながら進めますが、長くなりそうなので何回かに分けます。

現在 乳がんで治療を受けておられる方で、自分は発見された時から進行がんだとされ、術後にホルモン剤治療に加えてCDK4/6阻害剤と呼ばれる薬剤を併用されておられる方は多いかと思います。非常に高価なお薬なので、負担も大きく、これが本当に必要なのか、という疑問を患者さんからよく言われます。

ただそうしたお薬に関して本当に必要か?という疑問は我々医師ももちろん持っています。そして常に調べてもいるのです。
スカラリアという論文を整理する便利なフリーソフトがあります。日常的に論文を読まなければならない我々は以前は紙で論文を管理していました。そうするとあれはどこに行った、これに関する論文はどれだっけ、などいろいろ大変でした。いまは論文はすべてデータとして持っておき、PCで管理できます。ただ無料なソフトにはそれなりに理由があります。スカラリアはわれわれ医師がどんな論文に興味があるのか、そのデータを集めて吸い上げているのです。
そのスカラリアが6月分として乳腺領域で最も読まれているとした論文があります。それが下記です。

ホルモン受容体陽性、ERBB2陰性乳癌に対するサイクリン依存性キナーゼ4/6阻害剤:総説
O'Sullivan CC, et al: JAMA Oncol 2023

これは現在使用されているCDK4/6阻害剤 パルボシクリブ(イブランス🄬) アベマシクリブ(ベージニオ🄬) リボシクリブ(キスカリ🄬:日本では保険収載なし)について現状まででわかっていることをまとめた総説になります(以降🄬商標 省略)

この論文、リンクを追って見られればわかると思いますが、全文読むためには有料です。
よく読まれている論文はフリーアクセスと言って無料のことが多いのですが、これはそうではありません。お金を払っても医師はそれだけ読みたいのだということがわかります。

この3剤はここに書かれた順番で発売されており、最後のキスカリについては日本で保険未収載になっています。理論的には同じ機序でがんに対して働き、効果を示すはずですが、イブランスとベージニオだけでも使ってみると副作用からだけでも大きく使用感が異なっており、違う薬であることがわかります。
またこの2剤はホルモン感受性HER2陰性進行再発乳がんの治療として保険収載されているのですが、ベージニオは早期がんの初期治療においても保険適応となっています。イブランスはその適応はありません。したがって効果も異なることがわかります。

それはいったいなぜなのか、どういったところからきているのか、それをたくさんの論文から読み解くのは大変なので、みんなそれをまとめてくれているこの論文を読んでいるのです。

Cyclin Dは、細胞周期の制御に重要な役割を果たすタンパク質の一種です。細胞周期とは、細胞が成長、DNA複製、そして分裂する一連のプロセスを指します。

Cyclin Dは、G1期と呼ばれる細胞周期の最初の段階で重要な役割を果たします。G1期では、細胞は成長し、DNAの複製に備えます。Cyclin Dは、細胞がG1期を進行し、S期(DNA複製期)に進むためのスイッチとして機能します。

具体的には、Cyclin DはCDK(サイクリン依存性キナーゼ)と結合します。CDKは細胞内に存在しているタンパク質キナーゼであり、特定のタンパク質にリン酸基を付加することで細胞内のシグナル伝達を制御します。

Cyclin DとCDKが結合することで、CDKの活性が高まります。この活性化されたCDK-Cyclin D複合体は、細胞内の他のタンパク質に対してリン酸基を付加し、細胞周期の進行を制御します。

具体的には、Cyclin D-CDK複合体は、Rbタンパク質と相互作用します。Rbタンパク質は、細胞周期を進行させるための特定の遺伝子の発現を抑制しているタンパク質です。Cyclin D-CDK複合体がRbタンパク質にリン酸基を付加することで、Rbタンパク質は不活性化され、遺伝子の発現が解除されます。

このようにして、Cyclin Dの存在によって、細胞はG1期からS期へと進行し、DNAの複製を行うことが可能になります。細胞周期の進行は、このようなCyclin D-CDK複合体の形成と活性化によって厳密に制御されています。

なお、Cyclin Dは細胞周期の他の段階においてもさまざまな役割を果たしますが、G1期におけるDNA複製への進行の制御が特に重要な働きとして挙げられます。

まずCDK4/6阻害剤のイメージをしましょう。

上の図は細胞分裂を車輪の回転にたとえたものです。がん細胞ではこれが無秩序にどんどん回転しています。左の図の回転がそうです。G1→S→G2→M→とぐるぐる回っています。自転車の後輪です。
そしてそれを加速させているものがいます。それはCyclinと呼ばれるタンパクで、ここではCyclin DとEを示しました。このタンパクが働くにはCDKというタンパクが必要です。それぞれCDK4/6、CDK2と呼ばれます。CDK阻害剤はここをブロックすることで加速している細胞分裂を止めようとする薬です。Cyclin DはD1とD2に分かれ、D1をCDK4、D2をCDK6が担当します。

CDK4/6阻害剤は、細胞の成長と分裂の重要な調整因子であり、細胞周期の G1 期から S 期への移行を制御します 。 Cyclin D1 の高発現はホルモン感受性のある乳がん細胞の主要な特徴であり、予後不良およびホルモン剤への抵抗性と関連しています。CDK4/6阻害剤は、その重要な調節因子です。
もちろんCDKを阻害する薬剤の開発はずっと行われてきました。しかしCDKのすべてを阻害しようとする薬剤の開発は、初期には骨髄抑制、胃腸、肝臓への強い毒性によって失敗しました。副作用が強すぎるのです。

しかし、イブランス、キスカリ、およびベージニオは、許容範囲内の毒性でCDKを抑制することに成功しました。
イブランスはCyclin D1/CDK4およびサイクリン D2/CDK6 に対して同程度の効力を持っていますが、ベージニオとキスカリは CDK6 よりも CDK4 に対して強力な効力を持っています。 ベージニオは、CDK1、CDK2、CDK5 など、他の複数の酵素も阻害します。その分効果も、そして副作用も他とは異なります。

印象としてやはりベージニオの毒性はイブランスより高いように感じられます。しかしその分ベージニオは進行再発乳がんだけではなく、早期乳がんであっても再発リスクの高い乳がんに対して効果を示すことがわかっています。