2025.05.09
以前、化学治療で画像上腫瘍が消失してしまった乳がんに対しては、手術を省略できるのではないか、という研究結果について紹介しました。(リンク)
実際、新規薬剤の開発、投与方法の工夫、的確な症例の選択によって、進行した乳がんであっても、術前に抗がん剤投与を行えば画像上はがんが消えてしまうことは現状珍しくありません。消えているのに手術を施行し、病理検査を行ってみたところ、結果として生存しているがん組織はどこにも残っていませんでした、それもまた日常起こります。
では大切な乳房を切除する必要なんてなかったんじゃないですか。
誰でもそう思うでしょう。そしてそれが現実になりつつあります。MDアンダーソンの乳腺外科腫瘍学教授で主任研究者のヘンリー・クーラー医学博士が発表した研究によれば、そうした患者さんをきちんと選択したうえで、手術を施行しなくても、その後に放射線治療、必要であればホルモン剤を投与していればほとんど再発することはないことが示されたのです。
この結果は大変衝撃的です。今まで常識とされていたことが覆りつつあります。
しかしこうしたいままでの概念と異なるような研究結果に対しては、いろいろな方面からきちんと反論もなされて、議論が深まり、そして検証されていくことが重要です。
モントリオールのユダヤ人総合病院の医学博士マーク・バシック氏とその同僚らが報告した研究結果によれば、彼らは第II相前向き研究として評価可能な患者101名を集めました。この患者さんたちは、術前化学療法後の三様式画像診断(マンモグラフィー、超音波、ダイナミック造影MRI)において、臨床的に完全奏効、つまり、がんは抗がん剤を投与することで完全に消えてしまった、と診断された人たちです。
この研究において、どういった方を「画像上でがんは消えていると判断したか、は非常に重要なのでここで別に記載します。臨床的完全奏功および放射線学的完全奏効(rCR)は、どちらにおいても完全に腫瘍を確認できないことを指します。この研究では、マンモグラフィー(腫瘤≤1cmかつ悪性微小石灰化なし)、超音波(腫瘤≤2cm)、および磁気共鳴画像(急速上昇またはウォッシュアウトを伴う(カテゴリー4以上)となる腫瘤なし)で”ほぼ”rCRを達成した患者さんを含みます。
これらの患者さんは、術前化学治療の前にがんが存在した部位にマーカー(チタン製の体に害のないクリップ)を打ち込んでいます。それによって画像上はがんは消えていたとしても、以前確実にそこにがんが存在していた部位はわかります。
そして手術の前にその腫瘍があった部位の生検(マーカーを配置した腫瘍床のマーカー誘導定位多芯針生検)を受けています。
本研究ではそれらの患者さんの手術は省略されず、乳房の切除術を受けています。そのことで腫瘍があった部位は生検を受けた部位を含む形で完全に切除され、そしてその後に病理検査をして、本当にがんが消えていたか、詳細に検査をされています。
その結果ですが、生検でがんは消えている、と判断され、手術をして本当にがんが消えていた確率は78%(95% CI、67.9%-86.6%)でした。
生検でがんは消えている、と判断され、手術をして本当にがんが消えていた確率(以降NPVとします)はせめて90%はなければならない、と彼らは考えていました。結果が事前に規定された90%に達しなかったことを踏まえ、「この試験で適用された三様式画像診断(マンモグラフィー、超音波、ダイナミック造影MRI)と腫瘍床生検の組み合わせは、術前化学療法後の手術の省略を正当化するものではない」と結論付けています。
本研究ではすべての乳がんのサブタイプが含まれていました。31.7%がトリプルネガティブ乳がん(TNBC)、20.8%がホルモン受容体陽性/HER2陰性疾患、45.5%がHER2陽性疾患でした。
TNBCは75%、HR陽性/HER2陰性疾患では46.2%、HER2陽性疾患の場合90%でした。
したがってHER2 enrichタイプと呼ばれるホルモン受容体陰性、HER2陽性の患者さんでは画像上がんが消えており、生検においてがんが消えているならば手術を省略できる可能性があります。
ただ101名を細かく分けて検討したのでは数が少なくなってしまうのでとても言い切れるだけのデータ数には到達していません。
バシーク先生らは、101名の対象患者さんの画像を取り寄せて、検討が可能であった全画像ファイルの検査結果が入手可能な96人の患者さんのデータを、自分たちの研究担当放射線科医によって再検討しなおしました。
その96名の内、今回の研究において、”画像上がんが消えている”という判断基準を満たしたのは62名しかいませんした。そしてこれらの62人の患者におけるNPVは86.8%でした。それでもやはり90%には届きませんでした。
バシーク先生らは、「標準的な画像診断や治験前教育に頼ることはできず、病理学的完全奏効を示す可能性が最も高い患者を特定するために、アルゴリズム的アプローチを用いた画像診断の中央レビューを検討する必要がある」と記しています。つまり今まで確立された画像診断に頼っていては、そもそもその診断の段階で消えてもいないがんを消えている、と診断してしまう可能性がある、ということです。
加えて 「もし手術を省略することを選択するにしても、その臨床試験を組む際にはサブタイプ(ホルモン受容体の陽性陰性、HER2の陽性陰性を組み入れて考える必要もあるでしょう。」と付け加えました。
まとめ
術前に化学治療を施行し、画像上がんは消えてしまった、それは珍しいことではなくなりました。そうした方で手術をしても、実際にがんは残っていなかった、それも珍しくありません。そうした方では手術を省略できる、その可能性も証明されつつあります。
ただ今回の発表でもわかるように、そもそも「がんが化学治療で消失した」ことの判断そのものが、現状の画像診断ではあいまいです。NPVが78%だったということは、22%ではがんが消えていないのに、消えていると判断を誤り可能性がある、ということを意味します。
手術を省略することが可能である、と発表したMDアンダーソンのチームでは、画像も、生検検査も非常に厳重に施行しています。加えて彼らは放射線治療やホルモン剤については省略していません。メスが入らないとしても放射線治療も、乳腺局所に対しては侵襲が加わります。何もしなくても大丈夫、としたのではなく、手術をしなくても大丈夫としただけなのです。
現状、術前化学治療でがんは消えている、と診断された症例では、どの施設でも基本的には全摘はせずに小さな部分切除でがんが残っていないことを確認する手術にとどめるような工夫をしていることが多いと思います。それを省略してところで、術後の痛みにせよ、変形にせよ、あまりご本人のその後に大きな影響はないのではないでしょうか。それならば現在の状況では省略するのはまだ早い、ということで今後の研究結果を待つことが得策だと私は考えています。
2025.05.09
パクリタキセル、ドセタキセル、などタキサン系の抗がん剤を投与された方に、末梢神経障害、たとえば手足の指先がしびれて違和感があったり、感覚の鈍麻があったり、ひどい時にはピリピリ痛んだりする症状が出現し、治療が終了した後も長く残ることがあることが知られています。
この副作用はタキサンが登場したときから問題になっており、様々なお薬が試されてきましたが、いったん症状が出てから治療をしようとしてもなかなかうまくいかないことが多かったのも事実です。
これを予防する方法がある程度確立しつつあるようです。
つまり副作用の症状が出てから治療するのではなく、症状が出ないようにタキサンを投与しているときから工夫する、その方法が確立しつつあるということになります。
JAMA Oncologyに報告されたドイツの単一施設試験 (POLAR) において、Michel 先生らは、タキサン投与中の患者さんの手を冷却し、同時に圧迫することで、原発性乳がんの女性におけるタキサン誘発性神経障害のリスクを低下させることができることを発見しました。
簡単に言えば、薬を投与しているときに、手の血流を低下させて、薬が流れる必要のない指先(めったに転移を起こすことがない部位だから)に薬が届かないようにすれば、そもそもしびれは発生しにくい、という考え方です。
具体的には、手の冷却は凍結手袋(ケーキなどについてくるアイスノン®によく似た素材で作られた手袋を冷やしておく)で実施されました。手の圧迫は2枚の手術用ゴム手袋(ぴったりフィットするサイズより1つ小さいサイズ)を着用することで実施されました。これらをタキサン投与の30分前、投与後、および投与中に施行します。
この試験では、2019年11月から2022年1月の間にハイデルベルク国立腫瘍センターに登録された101人の患者が、利き手に対して冷却(n = 52)、または圧迫(n = 49)を受けるように無作為に割り付けられ、非利き手は治療されませんでした。
毎週、ナブパクリタキセルベースまたはパクリタキセルベースの術前または術後化学療法を受けていた患者が登録されました。
以前に化学療法を受けていたことのある患者さん、または既存の神経障害/神経障害関連の合併症があった患者さんは解析から除外されています。
主要評価項目は、グレード2以上の重症である化学療法誘発性末梢神経障害(CIPN)の予防ができるのか、でした。
結果ですが、手を冷却する、圧迫する、そのどちらにおいても、グレード2以上のCIPNの発生率が有意に減少しました。
手冷却群では、治療群でグレード2以上のCIPNが認められた患者は15名(29%)であったのに対し、対照群では26名(50%)でした(P = .022、効果サイズ = 21.15%、95%信頼区間[CI] = 5.98%~35.55%)。
手圧迫群では、治療群でグレード2以上のCIPNが認められた患者は12名(24%)であったのに対し、対照群では19名(38%)でした(P = .008、効果サイズ = 14.29%、95%信頼区間[CI] = 2.02%~27.24%)。
たとえばゴム手袋をするだけで予防ができるなら、非常に簡単です。
冷却もそんなに難しくありません。指先フローズングローブで調べていただければ安価でう販売されているものが見つかります。ゴム手袋をした上からして、圧迫したうえで冷却することでさらに効果が上がる可能性もありそうです。
簡単にできることなので、ぜひ実施していただきたい、と思います。
この論文は今年の3月に発表されています。私が存知している限りでも、わが国でタキサン系薬剤を投与している施設の多くが、すでにこの工夫を採用し、実施が始まっているようです。皆さんが心配する必要はなく、もしその話が出なかったら、でいいと思います。
実際にうけた患者さんもおられるのですが、この処置は結構つらいと聞いています。氷をじっと触っているのはつらいですものね。圧迫か、冷却か、両方するか、医師と相談して施行する必要がありそうです。
まとめ
タキサン系薬剤を投与する際に、指先を圧迫し、冷やしておくことで、血流を抑えることができ、そのことで末梢神経障害を予防することができます。
ただしきちんと管理した状況で施行しないと凍傷の心配があります。またタキサン系抗がん剤を投与しているときに施行しないと意味はないので注意は必要です。
ご予約専用ダイヤル
079-283-6103