乳腺と向き合う日々に

2025年10月

2025.10.25

乳腺良性疾患の取り扱いについて・・・その5 乳腺線維腺腫の解説

線維上皮性病変(FEL)、線維腺腫(Fibroadenoma)、および良性葉状腫瘍(BPT)に関するガイドライン

総論・一般的なコメント(General / Overall Comments)

線維腺腫(fibroadenoma)は、女性乳腺における最も一般的な良性腫瘤の一つであり、主に生殖年齢の女性に発生します。この腫瘍はエストロゲン感受性(女性ホルモンに反応する)であり、初経以降に出現し、月経周期に伴って大きさが変動することがあり、妊娠中に増大し、閉経期には縮小(退縮)するといった特徴を示します。

世界保健機関(WHO)の乳腺腫瘍分類では、線維腺腫は以下の3つの病理学的亜型に分類されています:
Cellular(細胞型)/ Complex(複合型)/ Juvenile(若年型)
しかし、これらの型の臨床的挙動はほぼ同様であるため、管理方針も共通とされています。また、粘液型線維腺腫もこれらと同様の方針で管理可能です。
線維腺腫が悪性化する確率は非常に低く(0.1%未満)であることが報告されています。
(注:それならば細胞型(単純型と呼ばれたりします)、複合型(複雑型と言われたりします)と分ける必要がないではないかと思います。実際複合型では周辺に異型のある細胞が認められる際に指摘される分類であり、このタイプの線維腺腫では将来悪性化する(周囲にがんが発生する)可能性が、単純型よりも高いとする論文があります。ただ今回のガイドラインでは分類する必要はない、とする立場をとっています。)

診断時の画像検査

線維腺腫は、臨床診察で「可動性のある、境界明瞭な腫瘤」として触知されることが多く、またはマンモグラフィや超音波検査で発見されます。画像上では一般に、楕円形で境界明瞭、皮膚面に平行な位置にあり、内部が均一なエコーパターンを呈することが特徴です。

生検で線維腺腫と確定診断された場合、年齢に応じた通常の乳がん検診以外の追加画像検査は不要です。(注:とすれば線維腺腫を疑ったらとりあえず生検することになってしまいます。画像上線維腺腫と診断されたものすべてに生検は不要で、大部分は経過観察で十分でしょう。)

経皮的治療

コンセンサスパネル(専門家委員会)は、以下のような経皮的(切開しない)治療法について議論し、条件付きで推奨しました:凍結治療(cryoablation)/ 超音波ガイド下高強度集束超音波治療(HIFU)/ 吸引式生検装置による摘出(vacuum-assisted excision)

これらの手技は、乳腺超音波に熟練しており、経皮的介入手技に十分な経験を有する臨床医によって行われる場合に限り、選択肢として検討可能とされます。複数の研究(主に10年以上前の報告を含むが、一定の質を持つもの)では、3cm未満の線維腺腫に対して凍結治療を行うことで病変体積の縮小が得られ、患者満足度も高かったことが示されています。

そのため、専門家の意見として、コンセンサスパネルは以下のように結論づけています
「3.0 cm未満の線維腺腫で、目立つ瘢痕を残さずに摘出を希望する患者に対しては、これらの経皮的治療法を妥当な選択肢と考えることができる。」

線維腺腫の外科的切除の適応

針生検で線維腺腫と確定診断され、異型が認められない場合(注:複合型ではないかぎり)、管理方針は以下の複数の要素を考慮して決定されます:患者の年齢/ 随伴症状(疼痛や違和感など)/ 線維腺腫の大きさ・位置/ 増大速度(急速に大きくなるかどうか)/ 腫瘤の数(単発か多発か)/ 併存疾患/ 患者本人の希望

定型的切除の非推奨

生検で診断が確定し、画像と病理が一致しており、異型のない線維腺腫については、定型的な外科的切除は推奨されません。特に、乳房症状の改善を目的とした切除には注意が必要です。
外科的切除を行っても、乳房痛(特に周期性または両側性)が解消されないことが多いためです。

腫瘍サイズと切除の判断

腫瘍の大きさは病理学的悪性化リスクの信頼できる指標ではなく、特定のサイズを境にリスクが急増する「閾値」は存在しません。しかし、腫瘤が大きいほど、生検で十分にサンプリングされていない可能性が高く、最終病理で葉状腫瘍と診断される可能性が増します。
そのため、4〜6 cmというサイズを、明確なエビデンスに基づくものではなく、専門家の意見により、切除を検討すべき目安として採用しています。

経過観察と増大時の対応

線維腺腫はホルモン感受性であり、時間の経過とともに増大することがあります。パネルは、生検で確定診断された一致例に対しては定期的な画像フォローアップは不要としています。ただし、検診や診察で増大傾向がみられた場合には、スクリーニング画像や診断目的の追加撮影で経過を確認します。

一般的に、生検で良性と確定した線維腺腫では、6か月あたり20%以内の増大が「良性の範囲内」とされています。この20%を超える増大が認められた場合、再度の経皮的生検、または外科的切除を検討してよいとされています。

ただし、この増大率を一律の外科的切除基準として用いるべきではなく、実際の「良性範囲での増大」は年齢によって異なり、20%を超えることもあるため、臨床判断が重視されます。

多発性・両側性の病変

多発性または両側性で、明瞭な境界を持つ腫瘤については、切除を要しないことが示されています。これは、21施設で6000件以上の検診データを解析した国際多施設共同前向き研究によって確認されています。

要点まとめ

生検で確定し、異型のない(複合型でない)線維腺腫は基本的に切除不要。

症状改善目的での切除は慎重に。

4–6 cmを超える場合や急速な増大では切除を検討。

6か月で20%程度の増大は生理的範囲内。

両側・多発性病変は切除不要。

スペース

手術手技の実施

生検で診断が確定した線維腺腫を切除する際には、切開部位の選択と剥離方法に特に注意が必要です。切開部位を決める際には、以下の要素を総合的に考慮します:整容性/ 将来の授乳への影響/ 葉状腫瘍へのアップグレードの可能性(注:切除してみたら葉状腫瘍だったという可能性)/ 乳頭・乳輪複合体の感覚保持

線維腺腫の切除においては切除断端を陰性にすることは不要です。腫瘤は完全に摘出する必要がありますが、切断や細断は避けるべきです。手術中は頻繁に腫瘤を触診し、その位置を確認するとともに、腫瘤の一部を切断したり、不要に多くの正常組織を切除したりしないようにします。(これは前にも解説しましたが、外科医がきちんと取り切れたと判断していれば、病理の先生が顕微鏡で見て残っている可能性を示唆したとしても問題はない、ということです。ただ切除の際に、腫瘍をばらばらにして取り出したり、ちょっとずつ切って言ったりはするべきではない、ということです)

特に小児・思春期患者で線維腺腫を切除する場合、外科医は以下を心がける必要があります:正常な乳腺実質を温存すること/ 乳頭・乳輪複合体の周囲を避けて剥離し、乳腺芽および中心乳管を保護すること(注:これはある意味外科医の腕の見せ所です。こうしたことに配慮しながらきれいに腫瘍だけを残らず切除する、これこそ本領発揮です。)

非手術的管理

線維腺腫に対する薬物療法は、いくつかの研究で検討されています。これには無作為化比較試験も含まれます(注:きちんと正式な手続きを踏んでなされた研究もあるが、と前置きしています)。しかし、これらの治療法は臨床的効果が限定的であり、われわれのコンセンサスパネルは薬物療法の使用を支持しないという立場をとっています。

フォローアップケア

われわれ委員会は、生検で診断が確定した線維腺腫患者のフォローアップ方針を検討しました。結果として、以下について強い合意が得られました:

画像診断と病理診断が一致している線維腺腫に対しては、追加の画像検査や臨床フォローアップは不要である。これらの患者は、年齢に応じた通常の乳がん検診に戻ってよい。後ろ向き研究(247例、平均フォローアップ31か月)では、約80%の線維腺腫はサイズが安定していました。増大した症例のうち、切除されたもので、切除してみたら良性葉状腫瘍だったとなったいわゆるアップグレードは1例のみでした。

再受診の目安

以下の場合には、再度外科医への相談が推奨されます:線維腺腫が明らかに増大した場合/ 腫瘤のサイズが4〜6 cmに達した場合/ これらの状況では、外科的切除を含む対応方針を再検討します。(注:以前も触れましたが少なくとも米国では乳腺の自己チェックは高等教育に組み込まれており、しているのが常識です。)

多発性・両側性の病変

両側性または多発性で、画像上良性と判断される境界明瞭な腫瘤については、追加の画像検査や臨床フォローアップは不要であるとされています。この結論は、21施設で6,000件以上の検診データを解析した国際共同前向き研究によって裏付けられています。

まとめ

  • 手術時は整容性・授乳機能・感覚温存に配慮。陰性マージンは不要。

  • 薬物治療は効果が乏しく推奨されない。

  • 生検で確定した線維腺腫は基本的に追加フォロー不要。

  • ただし、4〜6cmへの増大や急速な成長時は再評価を推奨。

  • 多発・両側例は経過観察で問題なし。

2025.10.25

乳腺良性疾患の取り扱いについて・・・その4

線維上皮性病変(FEL)、線維腺腫(Fibroadenoma)、および良性葉状腫瘍(BPT)に関するガイドライン

線維上皮性病変(Fibroepithelial Lesions; FEL)は、線維腺腫(fibroadenoma;FA)葉状腫瘍(phyllodes tumor; PT)の両者を含みます。これらはいずれも上皮成分と間質成分を併せ持つ二相性腫瘍(biphasic tumor)であり、構造的にも類似しています。
(乳腺は間質成分に支えられる上皮成分(ミルクを作って運ぶ)で構成されています。ケーキのクリーム(上皮)とスポンジ(間質)みたいなものです。これがしっかり分かれているのが良性、つまり二層性が保たれているといいます。がんではこの二層性が壊れてごっちゃになっているのが特徴です。ちなみに”相”と”層”がごっちゃになっていますが、故意に使い分けています。)

初期のゲノム研究では、線維腺腫は上皮成分・間質成分のいずれも主にポリクローナルであることが示されました。これは、線維腺腫が刺激によって起こる可逆的な過形成であることを示唆しています。(注:これも難しいです。クローナル(clonal)**とは、「1つの細胞が異常を起こして増殖し、同じ性質をもつ細胞集団(クローン)をつくること」を意味します。モノクローナル(monoclonal)であれば、がんや腫瘍のように、1個の細胞の遺伝子変化から始まった異常な増殖を示唆します。一方、ポリクローナル(polyclonal)とは、「複数の細胞がそれぞれ独立に増えている状態」であり、特定の“がん化細胞”が優勢になっているわけではありません。
つまり、ポリクローナルな増殖は、がんのように異常をきたした細胞が増え続けてしこりになっているのではなく、いろいろな細胞がそれぞれで増殖しているので、反応性・過形成的(非腫瘍性)な増殖を意味します。ただ線維腺腫ではMED12という遺伝子に異常をきたしていることも指摘されており、あくまで現時点ではそう考えられている、ということにとどまります。)

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線維上皮性病変(FEL)の診断に関して病理医間で差があるため、臨床医は施設内の病理医と報告基準について相談すべきとされます。施設によっては線維腺腫と線維上皮性病変(FEL)を区別せず報告することがあり、その場合でも臨床的・病理学的に良性葉状腫瘍が疑われる病変は切除すべきとされます。

臨床的にもこの考えは支持されており、

・思春期や妊娠期にみられるホルモン依存性の発育

・通常2〜3 cm程度で成長が停止すること、

・時間の経過とともに自然退縮すること、
などがその根拠です。

一方で、葉状腫瘍も上皮成分はポリクローナルですが、間質成分は主にモノクローナルであり、これは腫瘍性に増殖していることを示唆します。そのため、時間経過による成長停止や病変が自然に小さくなることがないのが特徴です。

良性葉状腫瘍と診断された患者では、多世代にわたる家族歴を確認することが推奨されます。また、個人や家族のがん歴を踏まえた上で、生殖細胞系列遺伝子検査*の実施を検討する必要があります。
最近の研究では、葉状腫瘍患者250例のうち12.1%において、病的または病的の可能性が高い生殖細胞系列変異が認められ、その半数以上が常染色体優性遺伝のがん関連遺伝子に存在していました。


診断精度と生検の役割

画像所見と一致する乳腺コア針生検は、線維腺腫の診断において非常に高い精度を示します。しかし、一部の症例では線維腺腫と葉状腫瘍の鑑別が困難な場合があり、そのような症例では良性線維上皮性病変(benign FEL)という診断名が用いられることがあります。

一般的に、コア針生検は低い偽陰性率を持ち(がんを、誤ってがんではないと診断してしまうことを、偽の陰性として偽陰性と呼びます)乳腺疾患診断の標準的手法とされています。

また、アメリカ放射線学会が定める「超音波ガイド下経皮的乳腺介入手技の実施基準によれば、超音波ガイド下のコア生検は外科的切除生検と同等の精度を有すると報告されています。

2025.10.25

乳腺良性疾患の取り扱いについて・・・その3 (良性葉状腫瘍)

ASCOから乳腺の良性疾患の取り扱いに関するガイドラインが出ました。良性疾患についてはそもそも研究がなされる機会が少なく、治療も含めて対応方法がしっかりと示されていませんでした。ここでは学会として初めて指針を出した点で、我々医師にとっても大変重要なものになります。

今回は良性葉状腫瘍の取り扱いについて触れている表を示します。

Table 2. 良性葉状腫瘍(BPT)の管理に関するガイドライン
項目 合意

1. 一般的コメント

1a. 良性葉状腫瘍(BPT)患者では、乳がん・卵巣がん・膵がん・大腸がん・肉腫・Li-Fraumeni関連腫瘍などを含む包括的ながんの家族歴を取得し、遺伝性腫瘍症候群が疑われる場合は遺伝カウンセリング/遺伝学的検査を検討すべきである。 強い合意

2. 画像診断

 2a. 手術的生検前には、すべての患者で年齢に応じた対側乳房の診断画像検査を行うべきである。 強い合意
2b. BPTと診断された患者に対しては遠隔転移の評価は不要である。 強い合意

3. 外科的切除の適応

3a. 乳腺コア生検で線維上皮性病変(FEL)と報告された場合、その病変は外科的切除の対象とすべきである。 強い合意
3b. コア生検または吸引式生検で葉状腫瘍の疑い否定できない、あるいは懸念が示された病変は、外科的切除生検を行うべきである。 強い合意

4. 手術手技

4a. コア生検で線維上皮性病変(FEL)と診断された患者では、陰性切除縁を意図せず、病変の完全切除を行うことが推奨される。 強い合意
4b. 葉状腫瘍の疑い・否定不能・懸念を示す病変に対しても、腫瘤を切断または細断せず完全切除を行うべきである。  強い合意
4c. 線維上皮性病変(FEL)または良性葉状腫瘍の切除においては、局在化法の手法に優劣はない。必要に応じて選択すればよい。 強い合意
 4d. 急速な増大・多数の有糸分裂像・間質拡張を伴う大きな線維上皮性病変(FEL)または良性葉状腫瘍では、陰性マージンを確保する切除を考慮してよい。
強い合意
4e. 良性葉状腫瘍に対して細断・切断を伴わない完全切除が行われた場合、陰性切除縁は不要である。 強い合意
4f. 良性葉状腫瘍不完全切除であった場合、腫瘤が切断されていた、あるいは残存病変が疑われる場合には、再切除を考慮すべきである。
(この記載は4e、4gと矛盾して読める。これは外科医はとり切れている、と判断している、けれども病理医は顕微鏡で見ると残っている可能性がある、と診断された場合を想定するとわかる。外科医が取りきれたと判断しているのなら、顕微鏡レベルで残っている可能性が示唆されても再切除は不要、と述べている)
強い合意
4g. 良性葉状腫瘍で腫瘍陽性マージンがあっても、再切除は不要である。 強い合意

5. 非手術的管理

5a. 良性葉状腫瘍患者に対しては、陽性マージンを含むいかなる場合でも放射線治療は不要である。 強い合意

6. フォローアップ

6a.線維上皮性病変(FEL)や葉状腫瘍の疑い病変が外科的切除されなかった場合は、臨床診察および同側乳房の画像検査6・12・24か月後に実施して経過を観察すべきである。24か月経過後に変化がなければ、通常の年齢別乳房検診に戻ってよい。 強い合意
6b. 良性葉状腫瘍を切除済みの患者は、年齢に応じた通常の乳がん検診を継続するよう推奨される。 強い合意

線維上皮性病変(FEL)の診断に関して病理医間で差があるため、臨床医は施設内の病理医と報告基準について相談すべき。施設によっては線維腺腫と線維上皮性病変(FEL)を区別せず報告することがあり、その場合でも臨床的・病理学的に良性葉状腫瘍が疑われる病変は切除すべきとされる。

2025.10.24

乳腺良性疾患の取り扱いについて・・・その2(線維腺腫)

ガイドライン策定のプロセス

運営委員会は、各疾患群に関する専門知識と経験(過去の学術論文やアメリカ乳腺外科学会委員会での活動実績など)を有する専門家を選出し、それぞれの分野に対応するエキスパートパネルを編成しました。

各パネルには、乳腺画像学会からの代表者も含まれています。

これらの専門家は、文献レビューに積極的に参加し、運営委員会およびコンサルタントの監督のもと、4つの乳腺良性疾患の領域(前回お示しさせていただいた表を参照ください)間で一貫性を保ちながら初期ガイドライン文案を作成しました。

ガイドライン策定は、まず文献の系統的レビューから始まり、文献要約表として整理されました。

その後、前述の臨床質問に基づき、初期のガイドライン文案が作成されました。

最終的なガイドライン文(Table 1・2)および診療アルゴリズム(Figure 1・2)**は、エキスパートパネル、SG、そしてコンセンサスパネルによって承認されました。

ガイドライン作成に関与したすべてのメンバーは、ASBrSの利益相反(COI)開示書を提出し、学会の利益相反方針に従うことに同意しました。

Table 1. 線維腺腫(FA)の管理に関するガイドライン
項目 合意レベル

1. 一般的コメント(General overall comments)

1a. 手術で間質異型(stromal atypia)を伴う線維腺腫(FA)と診断された患者には、生涯にわたる乳がんリスクが上昇していないことを説明すべきである。他の乳がんリスク因子を除けば、薬剤による予防や高リスクであるとするカウンセリングは不要である。 強い合意
1b. 細胞型・複合型・若年型のFAは、標準的なFAと同様に管理すべきであり、推奨は変わらない。 強い合意
1c. 妊娠中または将来的に妊娠を希望する女性でFAが診断された場合、典型的なFAとして管理すべきである。ただし、持続的または急速な増大がある場合は再評価および再生検が望ましい。 強い合意

2.経皮的治療

2a. 症候性で(何らかの症状があって)、生検により診断されたFAに対しては、腫瘤径が2.0cm未満であれば凍結療法(cryoablation)を検討してよい。施術者は十分な超音波技術と凍結治療の経験を有することが前提。 合意
2b. 同様に、2.0cm未満の症候性FAに対しては吸引式生検装置による切除(vacuum-assisted excision)も検討可能である。施術者が十分な技術と経験を有する場合に限り、術後に完全切除を画像で確認すべき。  合意

3. 画像診断

 3a. 組織的な生検で確定したFAでは、追加の画像検査は不要。年齢に応じた通常の検診を行えばよい。 強い合意

4. 外科的切除の適応

4a. 生検で確定した一致例のFAに対して定型的切除は推奨されない。 強い合意
4b. 患者の希望または症状に基づいて切除を検討してよい。 合意
 4c. 臨床的に明らかな増大がある場合は切除すべきである。 合意
4d. 腫瘤径が4〜6cmを超える場合は切除すべきである。 強い合意

4e. 画像診断医により「不一致(discordant)」と判断されたFAは切除すべきである。 
(注:組織診断で線維腺腫とされても画像的におかしい部分があれば切除をすべき)

強い合意
4f. 内在性または隣接する異型(atypia)を伴うFAは切除すべきである。 該当なし(NA)
4g. 両側多発で画像上良性と判断されるFAは通常、切除を要しない。 強い合意

5. 手術手技

5a. 生検確定FAを切除する場合、切断(transection)や細断(morcellation)を避け、完全摘出を行うことが推奨される。 強い合意
 5b. 切除法の局在化(localization)に関しては、特定の方法が他より優れているとは限らない。 強い合意
5c. 切開部位は整容性、授乳機能、乳頭皮膚感覚を考慮して決定すべきである。 強い合意
5d. 切除時は、腫瘤被膜を確認するまで触診を継続し、過剰切除や変形を避けるべきである。 強い合意
5e. 小児例では乳腺芽および乳頭・乳輪複合体を温存し、損傷を避けるべきである。 強い合意

6. 非手術的管理

 6a. FAに対して推奨される薬物療法は現在存在しない。 強い合意

7. フォローアップ

7a. 生検で確定した一致例FAでは、追加の画像フォローは不要であり、通常の年齢別検診に戻ってよい。 強い合意
7b. 生検確定FAが増大傾向を示すか、4〜6cmに達した場合は再診して切除を検討する。  強い合意
 7c. 両側多発で画像上良性と判断されるFAでは、追加フォローアップ不要。通常の年齢別検診を継続。 強い合意

2025.10.24

乳腺良性疾患の取り扱いについて・・・その1

先日、乳腺の良性疾患、特に線維腺腫や良性の葉状腫瘍を中心に、その取扱いについてのガイドラインが米国で出されました。我々医師にとっても重要な指標になります。できるだけ皆さんにもわかりやすいように長くなりますが、全文を訳してみたいと思います。
American Society of Breast Surgeons and Society of Breast Imaging 2025 Guidelines for the Management of Benign Breast Fibroepithelial Lesions Breast Imaging 2025 Guidelines for the Management of Benign Breast Fibroepithelial Lesions JAMA Surg Published Online: October 22, 2025 doi: 10.1001/jamasurg.2025.4392

最初に

米国では2025年に、30万件を超える新たな乳がん症例が診断されると推定されています。しかしそれよりももっと多くの女性が、医療的あるいは外科的な処置を必要とすることの多い良性の乳腺疾患を発見され、診断されています。マンモグラフィ検診の広範な普及や、近年ではトモシンセシス(3Dマンモグラフィ)が検診に日常的に導入されるようになったことにより、針を刺して乳腺の組織の一部を採取して検査する経皮的コア針生検(core needle biopsy)の件数も増加しています。

良性乳腺疾患とされる病態は非常に多くみられるにもかかわらず、これらの疾患の管理に関するガイドラインはほとんど存在しません。良性乳腺疾患は乳腺に影響を及ぼす幅広い病態を含んでおり、その治療方針は時代とともに変化しています。

かつては当たり前に切除されていた多くの病変が、現在では経過観察されるようになってきました。
感染性・炎症性疾患についてはより複雑化しており、その管理戦略をめぐって議論が続いています。

良性乳腺疾患の管理に関して一定のコンセンサスを作成するため、アメリカ乳腺外科学会は、乳腺画像学会(SBI)と協力して、すでに証明された医学的な事実に基づき、専門家の合意形成によって策定された管理ガイドラインを作成するための運営委員会を設立しました。
この良性乳腺疾患ガイドラインの策定は、アメリカ乳腺外科学会の使命――すなわち「乳腺疾患患者のケアにおいて卓越性を追求する外科医の代弁者として、乳腺外科の実践を継続的に改善する」という目的――に沿った取り組みです。

運営委員会は、ガイドライン策定が特に求められる4つの分野を特定しました:
1 良性線維上皮性病変(benign fibroepithelial lesions; FELs)
2 感染性・炎症性病変
3 異型増殖性病変/高リスク病変(proliferative lesions with atypia or high-risk lesions)
4 その他の良性乳腺病変
これら4領域はいずれも、管理法が限られている・議論が多い・過去10年間で大きく変化した良性乳腺疾患をほぼ包含しています。

本ガイドラインで示される「良性線維上皮性病変の管理」には、線維腺腫(fibroadenoma)および良性葉状腫瘍(benign phyllodes tumor; BPT)が含まれます。
なお、本ガイドラインにおいて「線維腺腫」とは、特に明記がない場合、上皮性の異型を伴わない線維腺腫を指します。(注:これに関しては以前から”複雑型”と分類されている、線維腺腫、あるいはその周囲の乳腺上皮細胞に異型があるもの、これを除く、と定義しているようだ。異型というのは、乳がんが発生されるといわれる乳腺上皮細胞と呼ばれる細胞に、顕微鏡で見たときに例えば大小不同があったり、あるいは細胞の構築に乱れがあったり、あまり正常な状況では見られないものが認められた際に使われる用語である。もちろん癌細胞はすべて異型な細胞である。型にはまらないという意味にとっていただいてもいい。)

方法とこの良性乳腺疾患ガイドラインの限界

アメリカ乳腺外科学会(ASBrS)の特別運営委員会(ad hoc Steering Group; SG)は、乳腺画像学会(SBI)と協力して、新たに開発された良性乳腺疾患(Benign Breast Disease: BBD)管理ガイドラインの策定・執筆・公表を監督しました。

これらのガイドラインは、以下の医療従事者を対象としています:一般外科医および乳腺外科の専門医 放射線科医 高度実践看護師(advanced practice practitioners) 産婦人科医 内科・家庭医などのプライマリケア医 研修医・専攻医 

特別運営委員会は、各疾患の有病率・臨床的特徴・治療的特徴に基づいて、良性疾患の分類群(補足資料 )を定めました。本ガイドラインの範囲は、診断後の良性疾患の管理に限定されており、診断に至るまでの過程は対象外です。本ガイドラインの前提として、画像検査結果と生検による病理診断が一致している場合において、良性乳腺疾患全般での整合性が確保されているものとします。(注:つまり画像上もそこから行われた診断過程において、憂いなく、間違いなく、良性疾患と診断されたものについての取り扱いについて述べている、と前振りしているのです。一部でもがんの合併が疑われるようなものは外しているということです。)

また、「年齢に応じたスクリーニング(age-appropriate screening)」とは、年齢およびその他の乳がんリスク因子を考慮した検診を意味します。

良性線維上皮性病変(benign fibroepithelial lesions; FELs)に関しては、高品質な無作為化試験(RCT)が限られており、エビデンスの質が不十分であるため、文献の「グレーディング(エビデンスレベル付与)」は行いませんでした。無作為化臨床試験、メタアナリシス、系統的レビューを優先しましたが、それらが存在しない場合はコホート研究や症例対照研究も採用しました。ただし、10年以上前の研究や症例数100例未満の研究は除外しました。

多くの推奨項目は、非無作為化研究や専門家の意見・解釈に基づいています。したがって、同分野の他の専門家が本ガイドラインの一部推奨に異議を唱える可能性があることを認識しています。

最終的な推奨の強度は、専門家パネル内での合意度および一般から寄せられたコメントによって決定されました。

分類

見出し(Header)

感染・炎症性病変

肉芽腫性乳腺炎 Granulomatous mastitis (GM)

授乳期乳腺炎 Lactational mastitis (LM)

いわゆる乳輪下膿瘍(乳管の扁平上皮化成に伴う乳管周囲炎)Periductal mastitis with squamous metaplasia of lactiferous ducts (PDMSMOLD) 

良性 線維上皮性病変

線維腺腫 Fibroadenomas Fibroepithelial lesions (FEL)

良性葉状腫瘍 Benign phyllodes tumors (BPT) 

異型を伴う、ハイリスクな増殖性病変

Atypical ductal hyperplasia (ADH)

Lobular neoplasia: atypical lobular hyperplasia (ALH)

Lobular carcinoma in situ (LCIS)(all types)

Flat epithelial atypia (FEA) 

注:癌にまでは至らないものの、リスクが高い病理学的な変化を指しています。これに関しては専門の人間でなければ分からないと思います。ここでは解説しないでおきます。

その他の病変

乳頭腫 Papillomas

Radial scars/sclerotic disorders 

Pseudoangiomatous stromal hyperplasia (PASH)

硬化性腺症 Sclerosing Adenosis 

注:これもそう診断されたことのある方でなければ参考にはならないと思います。

続きます。

2025.10.16

骨粗しょう症の予防は「骨折してから」では遅い という話

乳がん術後 ホルモン剤としてアロマターゼ阻害剤(アリミデックス🄬 アロマシン🄬 フェマーラ🄬)を使用している方では、この薬のエストロゲンを抑える作用のために、どうしても避けられない副作用として骨粗しょう症があります。骨粗しょう症の予防は「骨折してから」では遅い、という考え方からお薬を使われている場合も多いと思います。(よく誤解されますが、タモキシフェンは、女性ホルモンの乳腺に対する作用は押さえますが、骨と子宮に対する作用はむしろ増幅するので、骨粗しょう症はむしろ予防的に働きます。)

アメリカ・ニューメキシコ大学のE.マイケル・ルイエッキ医師はこう話します
「現在の多くのガイドラインでは、骨折リスクが低い人には生活習慣の改善を、高い人には骨吸収を抑える薬を、そして非常に高い人には骨を作る薬を使うという考え方です。しかし、骨密度(Tスコア)が−2.5より上で、まだ骨折していない女性でも、薬による予防を検討してよい場合があります。」

ちなみにTスコアとはTスコアとは、あなたの骨密度が「健康な若い成人(おおむね20〜30歳女性)」の平均値と比べてどのくらい低いかを示す数値です。つまり、若いころの平均的な骨の強さを基準に、どのくらい骨が弱くなっているかを表しています。参考までに計算方法を示しますが、病院で骨塩定量を調べてもらった際に計算してもらうのが簡単です。
Tスコア =(あなたの骨密度 − 若年成人の平均骨密度) ÷ 若年成人の標準偏差(SD)
0 … 若い成人と同じ骨密度
−1 … やや減っている(約10〜12%骨密度が低下)
−2.5 … 約25〜30%ほど骨密度が減少している → このあたりから、骨折リスクが急激に上昇します。

予防の考え方

閉経期の女性では、ホルモンの変化で骨の密度が急激に低下しやすくなります。骨が弱くなり、内部の構造が壊れると、元に戻すことは難しくなるため、早い段階での予防が重要です。つまり骨粗しょう症は進むと巻き戻しをすることは基本的はできない。つまり一方通行なのです。

ニュージーランド・オークランド大学のイアン・リード医師とアメリカ・オレゴン骨粗しょう症センターのマイケル・マックラング医師は、「単に骨密度(Tスコア)だけで治療を決めるのではなく、年齢・骨折歴・人種などを含めた全体的なリスクで判断すべきだ」と述べています。

骨密度が−2.5以下なら骨粗しょう症ですが、−2.5から−1.0の間は「骨量減少(オステオペニア)」と呼ばれます。この範囲の人は個人差が大きく、骨折リスクはさまざまです。実際には、骨粗しょう症と診断されている方よりも、骨量減少の範囲に収まる方が人数が圧倒的に多いため、骨折の大部分はこの群で起きています。

現在使われている予防薬

多くの骨粗しょう症治療薬は、骨粗しょう症の「予防」にも承認されています。

ホルモン療法(エストロゲン・エストロゲン+黄体ホルモン・ラロキシフェン)

閉経後の女性で、ほてりなどの更年期症状がある場合は、ホルモン補充療法(エストロゲンなど)が予防に有効とされます。
ただし、エストロゲンは乳がんの発症や再発リスクを高める可能性があるため、乳がん既往者や高リスクの方には注意が必要です。アメリカ臨床内分泌学会(AACE)のガイドラインでも、「骨粗しょう症以外に適応がない場合は、エストロゲン以外の薬を優先すべき」とされています。

骨吸収抑制薬(ビスホスホネート系・デノスマブなど)

代表的なビスホスホネート系薬剤には、アレンドロネート・リセドロネート・イバンドロネート・ゾレドロン酸(ゾレドロネート)*などがあります。これらは骨の分解を抑え、骨折を防ぐ薬です。
ゾレドロン酸は特に人気があり、年1回または5年に1回と投与間隔が長く、効果が5年以上続くことが分かっています。(ただわが国ではゾレドロン酸は骨粗しょう症に保険適応がありません。○悪性腫瘍による高カルシウム血症 ○多発性骨髄腫による骨病変及び固形癌骨転移による骨病変が適応です)

ただし、ビスホスホネートにはまれに「あごの骨が壊死する」重大な副作用(顎骨壊死)が報告されています。歯の抜歯や感染がきっかけで起こることがあるため、治療前には歯科のチェックが推奨されます。
また食道アカラジアによって胃炎や食道炎が起こったり、背部痛、筋肉痛、関節痛、骨痛などの副作用もあります。

どの薬を選ぶか

閉経直後で更年期症状がある女性ではホルモン療法が向くこともありますが、乳がんが心配な人やホルモン治療が合わない人では、ビスホスホネート系薬が第一選択となります。

骨折リスクがそれほど高くない人では、服薬による利益が小さく、副作用や費用を考慮して「薬を使わない選択」も妥当です。治療を受けるかどうかは、患者本人の意向を尊重して決めるのが理想です。

骨を「作る」タイプの薬(テリパラチド、アバロパラチド、ロモソズマブ)は、骨折リスクが非常に高い人に使われます。これらは治療目的でのみ承認されており、予防目的では使われていません。

2025.10.03

局所的なホルモン剤の使用(具体的には膣錠など)は、がんの再発リスクを上昇させない

乳がんの治療で使われるホルモン療法(タモキシフェンなど)には副作用として「膣の乾燥や痛み」といった症状が起こることがあります。ご高齢女性では起こることが、ホルモンを抑制することで若い時から発生してしまうのです。つらい方も多いと思います。高齢女性はこれに対して膣に使うエストロゲン薬があり、とても有効なのですが、乳がんの方では「乳がんが再発するのでは?」という不安から、多くの患者さんが使用を避けています。

今回、65歳以上の乳がん患者さん約1万8千人を対象に調べた結果膣エストロゲンを使った人の方が、むしろ生存率が高かったことが分かりました。乳がんで亡くなる確率も下がっていました。特に長く使用した人ほど効果が見られました。思っていたのと逆で驚きの結果です。

この研究から、膣エストロゲンは「乳がんを悪化させないどころか、生存率を改善する可能性がある」と示されました。生存率を高めるために、わざわざ使うこともないかもしれませんが、それで困っておられる方が使用をためらう理由はありません。症状がつらいのに不安で使っていない方には、新しい安心材料になるかもしれません。

スペース

米国アリゾナ大学 医学部・公衆衛生学部・がんセンターにおいて、2010〜2017年に乳がんと診断された65歳以上の女性18,620人を対象に、SEER-MHOSという米国の大規模データベースを用いた後ろ向き研究が行われました。そのうち膣エストロゲンを使用した患者(800人)と使用しなかった患者(17,820人)を比較し、主に「全生存率(全ての死因を含む)」を、次に「乳がん特異的生存率(乳がんによる死亡に限る)」を評価しました。年齢、人種、がんの進行度、治療内容などを考慮に入れた解析を行いました。

結果:膣エストロゲンを使用した患者では、使用しなかった患者に比べて 全生存率(HR=0.56, p<0.0001)も乳がん特異的生存率(HR=0.53, p=0.014)も有意に改善していました。特に7年以上使用した患者では、より大きな全生存率の改善が見られました(HR=0.01, p<0.0001)。
ホルモン受容体陽性乳がんに限定した解析でも、膣エストロゲン使用群は全生存率が有意に改善していました(HR=0.62, p=0.0007)。

結論:膣エストロゲンを使用した乳がん患者は、生存率が改善しており、少なくとも悪化はしていませんでした。この結果は「膣局所エストロゲンは再発リスクを高めない」という新しい考え方を支持し、患者の生活の質を改善できる可能性がある重要な臨床的意味を持ちます。

ChatGPT Image 2025年10月3日 10_59_28

今回の結果は、ハザード比で0.56という驚異的な結果です。
これは乳がんによる死亡を半分近くまで抑制していることになります。これだけを理由に使用を考える方もいておかしくないレベルです。
ただ私はこの結果を膣剤の使用だけが原因ではないのではないか、と考えます。少なくともパートナーと良好な関係がなければ、危険なのではないか、と考えられている現状でそれを押し切ってエストロゲン膣剤を使用される女性はいないはずです。まずパートナーとの良好な関係があり、生活も充実しているからそういう動機づけがある。加えて、そういった女性なら、乳がんだけではなく、食生活や、運動など、身の回りの健康的な生活まで配慮している可能性が高い。こうしたことが驚くほどの差になってでているのでは、と考えます。先の人種による乳がん死亡率の違いの話題と同じ視線ですね。こうした数字には目に見えない違いが潜んでいる、あれです。

たとえ乳がんになられても、前向きに健康な生活に向き合い、努力する、ご自身の幸せを追求する姿勢をあきらめない。

おそらくそれこそが寿命を延ばす最大の理由になるように思います。

2025.10.03

トリプルネガティブ乳がんの発生には人種間で差があるか、について

以前から、米国アフリカ系の祖先をもつ方ではトリプルネガティブの乳がんが異常に多く発生することが分かっていました。

何らかの遺伝的な異常ではないか、生まれつき持っている遺伝子の異常が原因ではないか、と考えられてきましたが、どの遺伝子が原因なのかは同定されていません。最近これに関する研究結果が発表されました。

米国のしかもブラックと呼ばれる人種の方の話で関係ない、と思う方もおられるかもしれませんが、内容が非常に示唆に富むものだったので、紹介します。

スペース

研究の背景:トリプルネガティブ乳がん(ホルモン受容体やHER2が陰性の乳がん)は、特にアフリカ系アメリカ人女性で発症率が高いことが知られています。長年「人種によってがん細胞の遺伝的な特徴が違うのではないか?」という疑問がありました。

研究の方法:米国ロズウェルパークがんセンターの研究チームは、アフリカ系アメリカ人の女性462人のトリプルネガティブ乳がんについて、がん組織の遺伝子解析(エクソーム解析・RNA解析)を行い、他の人種の患者と比べました。

主な結果:結果として、がん細胞に後から起こる遺伝子変化(体細胞変異)については、人種間で大きな違いは見られませんでした

TP53遺伝子の異常が非常に多い:アフリカ系アメリカ人女性の95%にTP53という遺伝子の変異があり、これは従来考えられていたより高率でした。(TP53遺伝子はがん抑制遺伝子です。癌を抑制する遺伝子が壊れることでも、癌は発生しやすくなります。) 乳がんの発生にはPIK3CAという遺伝子も重要ですが、この変異は少数であることが分かりました。

最終的に発症に関わる2つの道筋があることが判明しました。

若い人に多い「DNA修復の不具合によるタイプ」

高齢や肥満に関連する「加齢や生活習慣に関わるタイプ」

この発見から、トリプルネガティブ乳がんは「若い女性だけの病気ではなく、肥満や加齢も関係する場合がある」ことが分かりました。さらに遺伝子の特徴によって患者をいくつかのタイプに分けられる可能性があり、今後は免疫療法や分子標的治療などのより効果的な治療につながることが期待されています。

まとめ(ポイント):アフリカ系女性でトリプルネガティブ乳がんが多いのは「がん細胞の遺伝子の違い」ではなく、他の要因(社会的環境など)が関与している可能性が高い。

非常にセンシティブな問題なので、明言を避けていますが、アフリカ系の先祖を持たれている方ではトリプルネガティブ乳がんを発生させる明確な遺伝的な素因があるのではなく、その後の生活習慣にその原因がある可能性がある、と結論付けています。
その代表的な要素が肥満です。こうした生活習慣によりもたらされた後天的な要素のほうが大きいと述べているのです。

乳がんはたしかに遺伝の要素が大きいがんです。しかしそれだけではない。

たとえば乳がんの自己チェックを米国では学校で教えていますが、それは”高等”教育の現場です。
高校生にしか講義がないのであれば、中学校で教育から離れ、仕事に就いた方では乳腺の自己チェックの基礎的な考え方を身につけ、習慣づけを行うチャンスがなかった可能性があります。まして両親も高等教育を受けておらず、子供も受けられなかったとすれば、なおさらです。生活習慣が、乳がんによる死亡率に影響を与えている可能性は否定できません。

がんの発生、そして予後、それを考える際にはこうした隠れた要素も無視できないことが分かります。

以前、日本人は乳がんの発生が非常に少ない、しかしハワイに住んでいる日本人には米国にオリジンがある方と変わらず乳がんが発生する。なぜだろう、日本人はみそ、豆腐、など大量に大豆製品を取っている、大豆に含まれるイソフラボンが乳がんにいいのではないか、そう考えられた時期がありました。
しかしそれから40年ほど経過して、日本人の乳がん発生率はすさまじい勢いで増加して、すでに9人に1人とほぼ欧米に追い付きました。

40年で全く食生活が変わり、欧米化したからだ。そうでしょうか?
もう欧米と変わらない、ということはもう食生活もまったく欧米と一緒になったということですか?
それならばなぜ欧米で日本食がブームなのですか?日本に来られた外国の方が日本での食事が楽しいのはなぜですか?自国と違うからではないですか?

取れる作物も異なるし、気候も違うので、食事内容を全くほかの環境の違う国と同じにすることはむしろ大変難しいことです。40年でそれを完全に変化させ、ほかの国と同じにする、その理由もありません。

乳がんが急激に増加している理由、だから食事だけではないのです。そんな単純なものではない。

見直せるところから見直す。そういう身近なところから対策していくことが重要な気がします。できることからやっていく、それで十分なのではないでしょうか。