2025.10.03
乳がんの治療で使われるホルモン療法(タモキシフェンなど)には副作用として「膣の乾燥や痛み」といった症状が起こることがあります。ご高齢女性では起こることが、ホルモンを抑制することで若い時から発生してしまうのです。つらい方も多いと思います。高齢女性はこれに対して膣に使うエストロゲン薬があり、とても有効なのですが、乳がんの方では「乳がんが再発するのでは?」という不安から、多くの患者さんが使用を避けています。
今回、65歳以上の乳がん患者さん約1万8千人を対象に調べた結果、膣エストロゲンを使った人の方が、むしろ生存率が高かったことが分かりました。乳がんで亡くなる確率も下がっていました。特に長く使用した人ほど効果が見られました。思っていたのと逆で驚きの結果です。
この研究から、膣エストロゲンは「乳がんを悪化させないどころか、生存率を改善する可能性がある」と示されました。生存率を高めるために、わざわざ使うこともないかもしれませんが、それで困っておられる方が使用をためらう理由はありません。症状がつらいのに不安で使っていない方には、新しい安心材料になるかもしれません。
米国アリゾナ大学 医学部・公衆衛生学部・がんセンターにおいて、2010〜2017年に乳がんと診断された65歳以上の女性18,620人を対象に、SEER-MHOSという米国の大規模データベースを用いた後ろ向き研究が行われました。そのうち膣エストロゲンを使用した患者(800人)と使用しなかった患者(17,820人)を比較し、主に「全生存率(全ての死因を含む)」を、次に「乳がん特異的生存率(乳がんによる死亡に限る)」を評価しました。年齢、人種、がんの進行度、治療内容などを考慮に入れた解析を行いました。
結果:膣エストロゲンを使用した患者では、使用しなかった患者に比べて 全生存率(HR=0.56, p<0.0001)も乳がん特異的生存率(HR=0.53, p=0.014)も有意に改善していました。特に7年以上使用した患者では、より大きな全生存率の改善が見られました(HR=0.01, p<0.0001)。
ホルモン受容体陽性乳がんに限定した解析でも、膣エストロゲン使用群は全生存率が有意に改善していました(HR=0.62, p=0.0007)。
結論:膣エストロゲンを使用した乳がん患者は、生存率が改善しており、少なくとも悪化はしていませんでした。この結果は「膣局所エストロゲンは再発リスクを高めない」という新しい考え方を支持し、患者の生活の質を改善できる可能性がある重要な臨床的意味を持ちます。
今回の結果は、ハザード比で0.56という驚異的な結果です。
これは乳がんによる死亡を半分近くまで抑制していることになります。これだけを理由に使用を考える方もいておかしくないレベルです。
ただ私はこの結果を膣剤の使用だけが原因ではないのではないか、と考えます。少なくともパートナーと良好な関係がなければ、危険なのではないか、と考えられている現状でそれを押し切ってエストロゲン膣剤を使用される女性はいないはずです。まずパートナーとの良好な関係があり、生活も充実しているからそういう動機づけがある。加えて、そういった女性なら、乳がんだけではなく、食生活や、運動など、身の回りの健康的な生活まで配慮している可能性が高い。こうしたことが驚くほどの差になってでているのでは、と考えます。先の人種による乳がん死亡率の違いの話題と同じ視線ですね。こうした数字には目に見えない違いが潜んでいる、あれです。
たとえ乳がんになられても、前向きに健康な生活に向き合い、努力する、ご自身の幸せを追求する姿勢をあきらめない。
おそらくそれこそが寿命を延ばす最大の理由になるように思います。
2025.10.03
以前から、米国アフリカ系の祖先をもつ方ではトリプルネガティブの乳がんが異常に多く発生することが分かっていました。
何らかの遺伝的な異常ではないか、生まれつき持っている遺伝子の異常が原因ではないか、と考えられてきましたが、どの遺伝子が原因なのかは同定されていません。最近これに関する研究結果が発表されました。
米国のしかもブラックと呼ばれる人種の方の話で関係ない、と思う方もおられるかもしれませんが、内容が非常に示唆に富むものだったので、紹介します。
研究の背景:トリプルネガティブ乳がん(ホルモン受容体やHER2が陰性の乳がん)は、特にアフリカ系アメリカ人女性で発症率が高いことが知られています。長年「人種によってがん細胞の遺伝的な特徴が違うのではないか?」という疑問がありました。
研究の方法:米国ロズウェルパークがんセンターの研究チームは、アフリカ系アメリカ人の女性462人のトリプルネガティブ乳がんについて、がん組織の遺伝子解析(エクソーム解析・RNA解析)を行い、他の人種の患者と比べました。
主な結果:結果として、がん細胞に後から起こる遺伝子変化(体細胞変異)については、人種間で大きな違いは見られませんでした。
TP53遺伝子の異常が非常に多い:アフリカ系アメリカ人女性の95%にTP53という遺伝子の変異があり、これは従来考えられていたより高率でした。(TP53遺伝子はがん抑制遺伝子です。癌を抑制する遺伝子が壊れることでも、癌は発生しやすくなります。) 乳がんの発生にはPIK3CAという遺伝子も重要ですが、この変異は少数であることが分かりました。
最終的に発症に関わる2つの道筋があることが判明しました。
若い人に多い「DNA修復の不具合によるタイプ」
高齢や肥満に関連する「加齢や生活習慣に関わるタイプ」
この発見から、トリプルネガティブ乳がんは「若い女性だけの病気ではなく、肥満や加齢も関係する場合がある」ことが分かりました。さらに遺伝子の特徴によって患者をいくつかのタイプに分けられる可能性があり、今後は免疫療法や分子標的治療などのより効果的な治療につながることが期待されています。
まとめ(ポイント):アフリカ系女性でトリプルネガティブ乳がんが多いのは「がん細胞の遺伝子の違い」ではなく、他の要因(社会的環境など)が関与している可能性が高い。
非常にセンシティブな問題なので、明言を避けていますが、アフリカ系の先祖を持たれている方ではトリプルネガティブ乳がんを発生させる明確な遺伝的な素因があるのではなく、その後の生活習慣にその原因がある可能性がある、と結論付けています。
その代表的な要素が肥満です。こうした生活習慣によりもたらされた後天的な要素のほうが大きいと述べているのです。
乳がんはたしかに遺伝の要素が大きいがんです。しかしそれだけではない。
たとえば乳がんの自己チェックを米国では学校で教えていますが、それは”高等”教育の現場です。
高校生にしか講義がないのであれば、中学校で教育から離れ、仕事に就いた方では乳腺の自己チェックの基礎的な考え方を身につけ、習慣づけを行うチャンスがなかった可能性があります。まして両親も高等教育を受けておらず、子供も受けられなかったとすれば、なおさらです。生活習慣が、乳がんによる死亡率に影響を与えている可能性は否定できません。
がんの発生、そして予後、それを考える際にはこうした隠れた要素も無視できないことが分かります。
以前、日本人は乳がんの発生が非常に少ない、しかしハワイに住んでいる日本人には米国にオリジンがある方と変わらず乳がんが発生する。なぜだろう、日本人はみそ、豆腐、など大量に大豆製品を取っている、大豆に含まれるイソフラボンが乳がんにいいのではないか、そう考えられた時期がありました。
しかしそれから40年ほど経過して、日本人の乳がん発生率はすさまじい勢いで増加して、すでに9人に1人とほぼ欧米に追い付きました。
40年で全く食生活が変わり、欧米化したからだ。そうでしょうか?
もう欧米と変わらない、ということはもう食生活もまったく欧米と一緒になったということですか?
それならばなぜ欧米で日本食がブームなのですか?日本に来られた外国の方が日本での食事が楽しいのはなぜですか?自国と違うからではないですか?
取れる作物も異なるし、気候も違うので、食事内容を全くほかの環境の違う国と同じにすることはむしろ大変難しいことです。40年でそれを完全に変化させ、ほかの国と同じにする、その理由もありません。
乳がんが急激に増加している理由、だから食事だけではないのです。そんな単純なものではない。
見直せるところから見直す。そういう身近なところから対策していくことが重要な気がします。できることからやっていく、それで十分なのではないでしょうか。
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