乳腺と向き合う日々に

2025.12.13

乳がん検診の課題

乳がん検診は、これまで主に「年齢」に基づいた一律の方法で行われてきました。わが国では市町村単位で違いがありますが、姫路市では40歳から60歳まで、隔年、つまり2年おきにクーポン配布によって実施されています。しかしその考え方は、乳がんの複雑さが十分に分かっていなかった時代の研究データに基づいています。

現在では、乳がんは一つの病気ではなく、いくつものタイプがあることが分かっています。腫瘍の性質に合わせた治療は、すでに20年以上前から標準的に行われています。
そしてもちろん女性が乳がんになるリスクは人によって大きく異なり、どのタイプの乳がんになりやすいかも人それぞれです。最近の乳がんリスク評価では、乳腺の密度(マンモグラフィでは高濃度乳腺、不均一高濃度乳腺では、その検診精度は低くなってしまう)や、遺伝子のわずかな違いを組み合わせた「遺伝的リスクスコア」が使われるようになっています。また、生涯の乳がんリスクを大きく高めることが分かっている遺伝子も、比較的低コストで調べることができます。

乳がんによる病気や死亡を減らすための公衆衛生の取り組みは、主に「多くの人を対象にした一斉検診」に重点を置いています。しかし、この方法にはいくつかの問題があります。

まず、マンモグラフィ検診が普及したことで、早期(ステージ I)の乳がんは増えましたが、進行した乳がんが減ったわけではありません。また、がんになる前段階とされる「非浸潤がん(ステージ 0)」は大きく増えた一方で、初期の浸潤がんが同じように減ったとは言えません。

次に、進行しやすいタイプや悪性度の高い乳がんは、検診と検診の間に症状が出て見つかることが多いという問題があります。実際、進行乳がんを対象とした研究では、約8割のがんが検診では見つかっていませんでした。

さらに、検診による「要精密検査」や生検の多くが、結果的には良性であることも問題です。アメリカでは、検診をきっかけに行われた生検の約75%が、がんではありませんでした。

加えて、現在の検診のやり方は非常にコストがかかります。アメリカでは、乳がん検診にかかる年間総費用が、疾病予防を担う公的機関の主要予算を上回っており、どのガイドラインを採用するかによって費用は4倍近くも変わります。
遺伝的要因を含めた個人ごとのリスク評価を行うことで、こうした問題の多くを改善できる可能性がありますが、現状では十分に活用されていません。

そこで、リスクの低い人への過剰な検査を減らし、リスクの高い人に重点的に資源を使うことを目的とした「リスクに基づく検診」の考え方が提案されています。これは、進行がんを増やさずに、全体としての負担や害、費用を減らすことを目指すものです。ただし、この方法には賛否があり、これまで無作為比較試験では検証されていませんでした。

WISDOM(Women Informed to Screen Depending on Measures of Risk)研究は、こうした背景を踏まえ、乳がん検診のあり方を根本から見直すために計画されました。この研究では、まず個人のリスクを評価し、それに基づいて 1 検診の頻度 2 検診を始める時期 3 用いる検査方法 を決め、さらに乳がんを予防するための対策につなげることを目指しています。

2025年12月 JAMAという権威のある雑誌に掲載された論文では、WISDOM研究において行われた、「リスクに基づく検診」と「毎年の一律検診」を比較した無作為化試験の方法と、その主要な結果が報告されています。

リスク評価では、1 乳がんになりやすさに関係する9つの遺伝子の検査 2 多数の遺伝子の小さな違いを組み合わせた遺伝的リスクスコア 3 乳がん監視コンソーシアム(BCSC)モデル を用いました。こうして個別にリスクを評価し、「リスクに基づく検診」グループでは、評価結果に応じて次の4つのいずれかの勧めを受けました。比較対象として「毎年一律に検診するグループ」ランダムに振り分けられました。

最もリスクが高い人(5年以内の乳がんリスクが6%以上、または強い影響を持つ遺伝子変異がある場合)
→ マンモグラフィとMRI検査を6か月ごとに交互に実施し、専門的なカウンセリングを行う。

リスクが高めの人(年齢別で上位2.5%に入るリスク)
→ 毎年マンモグラフィを行い、リスクを下げるための指導を受ける。

平均的なリスクの人
→ 2年に1回のマンモグラフィ。

リスクが低い人(40~49歳で、5年以内のリスクが1.3%未満)
→ リスクが1.3%以上になるか、50歳になるまで検診は行わない。

主な評価項目(何を比べたか)

主な評価項目は2つありました。1 進行した乳がん(ステージIIB以上)が増えていないか 2 生検(組織を取る検査)の回数を減らせたか です。
そのほか、ステージIIA以上の乳がんの発見、マンモグラフィの回数、高リスクの人で予防対策がどの程度行われたか、観察研究の参加者がどちらの検診方法を選んだか、非浸潤がん(DCIS)、MRI検査の回数、ステージ別のがん発生率、なども調べました。

結果

合計 28,372人の女性が無作為に割り付けられました。平均年齢は54歳で、多くは白人女性でした。進行した乳がん(ステージIIB以上)の発生率は、リスクに基づく検診、毎年一律に行う検診の間で差はなく、リスクに基づく方法でも安全性は保たれていました。(筆者注:この結果は、リスクに基づく検診をすれば早期がんの発見率が上がるわけではない、という風に読むのではなく、リスクが少ない人では毎年検診しなくても、2年に1回でも進行がんとして見つかったり、中間期がんとして見つかる確率が上がるわけではない、という解釈をします。裏を介せばリスクの高い方では最低毎年検診しておかないと、こうしたリスクが上がっている可能性も示唆されます。)

一方で、マンモグラフィの回数はリスクに基づく検診の方が少なかったにもかかわらず、生検の回数は減りませんでした。また、がんの発生、生検、マンモグラフィ、MRI検査、はいずれも、リスクが高い人ほど多くなるという結果でした。

観察研究の参加者では、約9割(89%)がリスクに基づく検診を選択しました。

結論

遺伝子検査を含めたリスクに基づく乳がん検診は、個人のリスクに応じて検診の強さを安全に調整することができました。しかし、生検の回数を減らす効果は認められませんでした。

次回 まとめに続きます。