2025.12.13
前回の結論は「乳がん検診はリスクに応じて2年おきでも問題はない」という結論でした。ただこのブログでも何度も述べてきましたが、米国の乳がん検診は、そして我が国の乳がん検診の現状も、”一律に2年に1回”です。ですので、この試験において、比較対象群として ”一律に毎年” を置いたのは現状を反映していません。ですので、この試験を計画している医師は、「リスクがない方でない限りは2年に1回ではなく、毎年検診を受けておくべきだ」ということが証明したかったのではないか、とも考えられます。ではそのリスクとは何でしょうか。
乳がんは、アメリカで女性に最も多く診断されるがんであり、今もなおがんによる死亡原因の上位を占めています。2025年には、約32万人の女性が乳がんと診断され、約4万人が亡くなったと推定されています。これは、女性が一生のうちに約8人に1人の割合で乳がんになることを意味します。このような状況は、予防・検診・治療のさらなる改善が必要であることを示しています。
乳がん検診は、一部のがんを早期に見つけ、治療しやすくするという利点があります。しかし、乳がんそのものを予防するわけではありません。
また、検診には次のような害もあります。実際にはがんでないのに「疑いあり」とされる(偽陽性) 一生問題にならないがんを見つけてしまう(過剰診断)(筆者注: これは驚かれた方も多いと思います。たとえば非浸潤がん(DCISやLCIS)と呼ばれるStage 0の乳がんは、それが最終的に命を奪うような皆さんの知る浸潤がんに、どの程度のものが移行するのか、どういうものが移行するのか、何年で移行するのか、よくわかっていないのです。こうしたStage 0乳がんの中には一生そのまま、生命の脅威にならずにおとなしくしているものもいることが分かっています。ただ実際に移行するものもあります。結局それを見分ける方法が見つかっていないので、現状では原則切除となっているのです。)
これらは、不安や不要な検査・治療、費用の増加につながります。
つまり、検診は多ければ多いほど良いとは限らないのです。
これまでの乳がん検診は、「○歳になったら全員同じ方法で」という年齢を基準にした一律のやり方が中心でした。しかし、乳がんになるリスクは人によって大きく異なります。
アメリカ女性の平均的な生涯リスクは約13%ですが、これはあくまで平均値です。実際には、多くの女性は平均より低いリスクであり、一部の女性は非常に高いリスクがある、といった風に偏りがあります。
特にリスクが高いのは、BRCA1などの遺伝子変異を持つ人、非浸潤性小葉がん(LCIS)の既往がある人です。
リスクが低い人では、検診による害(過剰診断や偽陽性)の影響が相対的に大きくなります。そのため、検診を控えめにする合理性があります。一方、リスクが高くなるほど、検診でがんを見つけられる可能性が高くなり、より頻回・別の方法の検診が有効になります。
リスクに基づく検診とは、検診を始める年齢 検診の間隔 使用する検査方法を、その人の乳がんリスクに合わせて調整する考え方です。これにより、早期発見の利点を保ちつつ、検診の害を減らすことが期待されます。
今回紹介したJAMAでは、Essermanらが、WISDOM試験という無作為化臨床試験の主要な結果を報告しています。これは、リスクに基づく検診の効果を実際の医療現場に近い形で検証した、初めての試験です。さらにこの研究は、個人に合わせた乳がん予防にもつながる可能性を示しています。
WISDOM試験では、女性を以下の2つのグループに分けました。1 リスクに基づく検診 と 2 毎年一律にマンモグラフィを受ける従来型検診(筆者注:繰り返しになりますが現状 わが国では2年おきですし、米国でも推奨は実は2年おきです)です。
リスク評価には、1 個人のリスク因子 2 家族歴 3 遺伝子検査 4 乳腺の密度 が含まれていました。(ご自身の乳がんリスクに関して知りたいと感じられた方は、乳腺科のDrに一度は検診を受けに受診し、尋ねて見られることを勧めます。)
最もリスクが高い人には、6か月ごとにマンモグラフィとMRIを交互に実施。最もリスクが低い50歳未満の人には、検診を行わないという方針が示されました。
主な評価項目は、進行乳がん(ステージIIB以上)が増えていないか 生検の回数が減ったか でした。
約28,000人の女性が参加しましたが、参加者の集まりが想定より遅く、追跡期間が延長されました。
リスクに基づく検診グループでは、約10%が「高リスク」と判定され、その実際のがん発生率はリスク評価と一致していました。進行乳がんの割合は、従来型検診と比べて悪化せず、安全性は確認されました。(筆者注:本来米国の検診は2年おきです。ですので対象は毎年一律に検診する、ではなく2年おきに一律に検診する、にするべきでした。ただ2年おきだともともと多くの進行がんが見つかることが分かっているので、1年おきを比較対象とするいびつな研究になっています。ですので、この結果は、高リスクの人を問題にするよりも、「低リスクの方では2年おきの定期健診で問題ない」という結果だとみるべきなのです。)
しかし、生検の回数は減りませんでした。
WISDOM試験の大きな強みは、検診を個別化するだけでなく、予防につなげられる可能性を示した点です。
乳がんの主な生活習慣リスクには、閉経後の肥満 飲酒 運動不足 授乳経験の少なさ ホルモン剤の使用があり、これらは乳がんの最大25%に関係するとされています。
本試験では、リスクが高いと知らされた女性で、飲酒量の減少や運動量の増加がみられました。
一定以上のリスクがある女性では、タモキシフェン ラロキシフェン アナストロゾール エキセメスタン といった薬により、乳がんリスクを30~65%下げることができます。効果は治療終了後も長く続きます。これらは、個人にも社会にも非常に有効で、費用対効果の高い予防法です。(筆者注:これはわが国では保険適応とされていません。また乳がん患者さんにしようされるホルモン剤で、乳がんを予防する、という考え方はまだ一般まで普及していません。もちろん副作用もありますので、厳重な管理が必要な予防対策ということになります)
ガイドラインでは推奨されているにもかかわらず、実際に予防薬を使っている人は非常に少ないのが現状です。WISDOM試験でも、使用率はわずかでした。
その理由として、自分が高リスクだと知らない 医師も患者も予防薬の存在を知らない 専門的な相談体制が不足している といった問題があります。
今後に向けて 乳がん予防は主にかかりつけ医が担いますが、専門医の関与があると予防薬の使用率は大きく向上します。理想的には、専門医が初期説明と導入 かかりつけ医が継続管理 という連携体制が望まれます。
肺がん検診が禁煙支援と結びついているように、乳がん検診も予防と一体化すべきです。
WISDOM試験は、リスクに基づく乳がん検診が安全で実施可能であることを示しました。ただし、実際の効果を最大限に引き出すには、検診と予防を意図的に統合する仕組みが必要です。
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