乳腺と向き合う日々に

2025.06.24

最新のASCO Educational BOOK =教育本から 乳がん術後の長期にわたるケアとその戦略 その2

全身治療に伴う長期的な副作用と支援ケア戦略

乳がんに対する全身治療には、化学療法、免疫療法、ホルモン療法、およびアベマシクリブ・リボシクリブ・オラパリブなどのCDK4/6阻害剤をはじめとする分子標的治療を含む多様な治療法があります。これらの治療法は乳がんの治療において有効性が示されている一方で、急性期治療後の長期的影響や、ホルモン剤による治療の経口薬の長期使用に起因する持続的な副作用が幅広く報告されています。

乳がんに対して全身治療を受ける患者において、最も一般的にみられる副作用は以下の表になります。
これらの副作用は一般的には生命を脅かすものではないものの、生活の質を大きく損ない、特に長期にわたる治療が必要なホルモン療法ではアドヒアランス(きちんと引用を継続すること)の低下を招く可能性がある点に注意が必要です。

このため、症状の積極的なマネジメントが不可欠であり、薬物療法と非薬物療法の両方を統合した多職種連携アプローチによって、内分泌療法に伴う有害事象に効果的に対処することが求めらます(表2)

表2. 内分泌療法(ET)に関連する副作用の管理戦略

副作用 管理戦略
関節痛(アロマターゼ阻害薬によく見られる) アセトアミノフェン、NSAIDs、ビタミンD補充、運動、鍼治療、オメガ3脂肪酸、アロマターゼ阻害薬の変更(例:レトロゾール→アナストロゾール)
ほてり・ホットフラッシュ ベノフラキサン、デスベンラファキシン、ガバペンチン、アカリブ、鍼治療、瞑想、リラクセーション法
疲労 身体活動の増加、睡眠の改善、心理療法、鍼治療
性機能障害(性欲減退、膣乾燥) 膣用潤滑剤・保湿剤、骨盤底理学療法、性機能カウンセリング、非ホルモン治療(例:オキシブチニン)
気分変調(抑うつ、不安) カウンセリング、心理療法、認知行動療法(CBT)、必要に応じて抗うつ薬の使用
ほてり(ホットフラッシュ)

ホットフラッシュ(ほてり)は、乳がんに対する内分泌療法(ET)を受けている患者さんによくみられる症状のひとつです。特に、年齢が若い方、卵巣抑制を受けている方、または治療中に体重が増加した方で多くみられる傾向があります。ホットフラッシュに対するホルモン治療は禁忌とされていますが、薬物療法および非薬物療法のいずれにおいても、ホルモン補充を行わない選択肢は存在します。
北米更年期学会(North American Menopause Society)による推奨は、必ずしも内分泌療法中の乳がんサバイバーに特化したものではありませんが、一般的に広く応用することが可能です。

科学的に効果が証明されている推奨治療法としては、認知行動療法(CBT)、臨床催眠、鍼治療、ヨガ、マインドフルネス、選択的セロトニン再取り込み阻害薬(SSRI)/セロトニン・ノルアドレナリン再取り込み阻害薬(SNRI)、ガバペンチン、プレガバリン、クロニジン、フェゾリネタント、オキシブチニン、星状神経節ブロックなどが挙げられます。

ただし、一般的に用いられる抗うつ薬は、口渇、不眠、性機能障害などの副作用を引き起こす可能性があります。また、これらの抗うつ薬とタモキシフェンの間のCYP2D6を介した相互作用については、現在も議論が続いています。(タモキシフェンはホルモン受容体乳がんの手術後の再発を抑える治療や転移のある方の病勢を抑える治療として用いられます。ただし、タモキシフェンはそのままではほとんど乳がんに対して働かず、体内の肝臓にあるCYP2D6という酵素により、タモキシフェンがより有効な形に変換されることでがんに対する効果を発揮します。このCYP2D6の活性には民族差や個人差があり、特に日本人においては約7割で遺伝的に活性が低く、欧米白人の5割に比べて頻度が高いことが知られています。

薬物療法の中では、ベンラファキシン(商品名 イフェクサー 抗うつ剤です)が最も研究されており、症状を最大60%まで軽減させる効果が報告されています。副作用の増加を避けるためには、徐々に用量を増加させる方法が推奨されます。その他の薬物選択肢には、クロニジン、ガバペンチン、プレガバリン、オキシブチニン、さらには近年注目されているニューロキニン受容体拮抗薬などがあります。

クロニジン(α作動薬)は、ほてりを50%以上軽減することが知られていますが、ベンラファキシンよりも効果は劣るとされています。ガバペンチンはベンラファキシンと同等の効果を示しますが、乳がん患者さんの中では好まれない傾向があるという報告もあります。

オキシブチニン(1日2回、2.5~5mg)は、過活動膀胱の治療薬として承認されている抗コリン薬で、ホットフラッシュの有意な軽減と生活の質の改善に寄与しますが、副作用にも注意が必要です。

フェゾリネタント(1日1回45mg)は、乳がん歴のない更年期症状のある女性を対象とした試験において、ホットフラッシュを約50%軽減する効果が示されました。また、エリンザネタント(1日1回120mg)は、ホットフラッシュの有意な軽減が認められました。、内分泌療法中の乳がんサバイバーにおける有効性が評価されており、初期のデータは良好な結果を示唆しています。

乳がんサバイバーに対する非薬物療法としては、認知行動療法(CBT)に効果があるという明確なエビデンスがあります。そのほか、催眠療法、鍼治療、ヨガ、マインドフルネスにも一定の効果があることが示唆されています。

また、体重増加がホットフラッシュのリスクを高めることが報告されていることから、体重管理は生活の質や心血管イベントのリスク改善の観点からも推奨されます。

加えて、快適さを保ち、症状を和らげるための実用的な対策として、軽い衣服を着る、スプレーボトルや扇風機を手元に置く、辛い食べ物やアルコール、カフェインを避けるなどの工夫も有用とされています(これらについては乳がんサバイバーに特化した研究はありませんが、一般的に勧められる内容です)。

外陰腟症状(Vulvovaginal Symptoms)

女性ホルモンであるエストロゲンは、女性生殖器のさまざまな解剖学的・機能的側面を維持するうえで重要な役割を果たしています。具体的には、粘膜の弾力性の維持、ラクトバチルス(乳酸菌)の増殖促進、子宮頸部および粘膜の水分保持、腟壁のひだ(rugae)の維持、外陰部および腟への十分な血流の確保などが挙げられます。

閉経や、内分泌療法(ET)、または化学療法に伴う卵巣抑制などによるエストロゲン欠乏状態においては、エストロゲンの減少により、腟のかゆみ、刺激感、乾燥感、性交時の痛み(性交痛)といった症状が引き起こされます。これらの症状は、総称して「閉経関連泌尿生殖器症候群(GSM)」と呼ばれます。

GSMは乳がんサバイバーの最大70%に影響するとされており、主に支持的な局所療法(潤滑剤、保湿剤、pHバランスジェルなど)によって管理されます。非ホルモン性の腟用保湿剤の中では、ヒアルロン酸の使用が有望であるという報告があります。

がんサバイバーでは、一般的な閉経と比べて保湿剤の使用頻度がより多くなる傾向があり、週に3~5回程度を目安に、腟内、腟口、外陰部のひだに塗布することが推奨されています。

また、性交痛に対する疼痛緩和として、局所リドカイン溶液の使用が有効であるという**ランダム化比較試験(RCT)**の結果も報告されています。

非ホルモン療法で十分な効果が得られない場合には、リスクとベネフィットを慎重に評価したうえで、腟用エストロゲンの使用が選択肢となることがあります。腟内投与量が低用量(10μg以下)であっても、体内への吸収がわずかにあり血中で検出されますが、これは閉経後の通常のホルモンレベルを下回る範囲にとどまります。重要な点として、腟用エストロゲンの使用が乳がんの再発リスクや乳がん特異的死亡率を増加させるという明確な証拠は幸いに示されていません。

また、腟レーザー治療は、後ろ向きおよび前向きコホート研究において良好な結果を示していますが、適応を明確にするための確定的な試験が進行中です。

さらに、乳がんサバイバーの50~70%が性欲低下を経験するとされます。しかし明確な効果は示されていません。

全体的なエビデンスは、がん関連の性機能障害に対しては、生物学的・心理的・対人関係的・社会文化的要因を総合的に捉える「統合的バイオサイコソーシャル・アプローチ」が必要であることを強く示唆しています。つまり、腟乾燥や性交痛などの局所的な問題にとどまらず、婦人科的評価、骨盤理学療法(必要な場合)、心理カウンセリングなどを含む包括的な支援が求められます。

このような状況において、認知行動療法(CBT)が有用であるというエビデンスも示されています。

2025.06.24

最新のASCO Educational BOOK =教育本から 乳がん術後の長期にわたるケアとその戦略 概論

毎年 ASCO(米国臨床腫瘍学会)の最大の学会がシカゴで開催されます。その最新の知見を基に更新されたわれわれの教科書がこの時期発刊されます。

いろいろなテーマがあるのですが、今回は乳がんに罹患されて、治療をいったんすべて完了され、その後のフォローアップ、観察期間にはいられた方を、長期間にわたり、何を注意し、何を観察しながら見ていくべきなのか、まとめた本が出ました。非常に参考になるので触れていきたいと思います。(内容が多いのでおそらく何回かに分かれます。)

スペース
要約

早期発見のための努力、およびホルモン治療、抗がん剤治療、放射線治療などの集学的治療戦略の進展により、早期乳がんの10年生存率は80%を超えるまでに改善しています。しかしながら、乳がんサバイバー(乳がんの治療をうけ、回復され、”生き残られた”方=BCS)は、がんおよびその治療の直接的な結果として、たとえば全摘後に受けるボディイメージの損失、痛みなど身体的、あるいは更年期障害伴う抑うつなどの心理的、そして治療に伴ってかかる費用や、就労の問題などの社会的な課題を継続的に経験することがほとんどです。こうした負担に対処するには、積極的で効率的な医師以外の看護師やケースワーカーなどさまざまなチームベースのアプローチによるサバイバーシップケアが必要です。

BCS の複雑なニーズに対する認識は高まっているものの、症状負担・支援ニーズ・実際のケア提供との間には依然としてギャップが存在します。将来的にはこのギャップは、サバイバーシップケアモデルの革新と最適化によって解決されていかなければなりません。

本稿では、BCS が術後の観察期間中に経験する、全身療法および局所療法に起因する最も一般的な症状や懸念事項を概説し、それらに対するエビデンスに基づいた管理戦略を提示します。
さらに、サバイバーシップケアの質、効率、アクセス性、患者中心性を高める有望な手段として、テクノロジーの役割も検討します。

効率的で積極的な症状管理とデジタルヘルスツールや革新的なケアアプローチを統合することで、医療システムはBCSをより適切に支援し、その長期的な健康転帰および生活の質の向上に寄与することが期待されます。

最初に

現在、世界中で約5,350万人ががんと診断された後に生存されており、年間で約2,000万件の新たながん診断がなされています。乳がんに関しては、全世界で800万例が生存中であり、年間200万件を超える新規診断があるります。今後、これらの数字はさらに増加する見込みです。(つまり乳がんサバイバーは全世界で800万人おられるわけです。)

こうしたがん患者は、さまざまな未充足のニーズ(求めて得られないもの)を抱えています。データによれば、治療後1年以内には、多くのがんサバイバーが平均して5つの未充足ニーズを報告しており、中には最大36のニーズを訴える人もおられます。診断から5年後でも、患者さんの約3分の1が、1つ以上の未充足ニーズを抱えており、こうしたニーズは時間が経過しても継続することが示唆されています。

報告されている代表的な未充足ニーズには、情報的ニーズ(93%)、副作用に関連する身体的ニーズ(89%)、心理社会的ニーズ(89%)、および精神的ニーズ(51%)が含まれます。

乳がんサバイバーに特有のニーズは、身体的・心理的・社会的・家族的・経済的負担など、多岐にわたる課題や症状と結びついていることが多い(下記Table 1参照)とされます。これらの多くはがんおよびその治療に直接原因があるのですが、医師に過小評価されがちであり、より高い認識と積極的な症状管理の必要性があります。

【Table 1】乳がん診断後に報告された重度の機能障害(%)
診断から2年経過しても、多くの患者が依然として情緒的・身体的・社会的なQOL低下を経験しており、とくに疼痛・疲労・脱毛関連の苦痛が増加傾向にある。

健康関連QOLの側面

診断時 (%)

2年後 (%)

情動機能

36.3

28.3

認知機能

29.9

38.4

社会機能

16.0

24.9

疲労 23.1 33.6
疼痛 26.5 51.0
呼吸困難 27.2 45.2
不眠 36.1 37.4
経済的困難 13.4 14.6
性的満足度の低下 29.5 38.4
体型イメージ 15.2 32.7
乳房の症状 13.6 23.0
腕の症状 19.7 37.4
脱毛による苦痛 59.2 72.2

現代のがん医療の主要な目標は、治療に伴う副作用を適切にコントロールし、がん発症前と同等の生活の質を取り戻すことにあります(図1)。
本稿では、局所療法および全身療法の双方に関連してよくみられる長期的な副作用のいくつかを取り上げ、それらを軽減するための方策を論じていきます。さらに、身体的・心理社会的課題への対処、健康行動の促進、二次悪性腫瘍の予防、併存症の管理など、乳がんサバイバー(BCS)の変化するニーズにより的確に応えるため、サバイバーシップケアを変革し得る新たなテクノロジーの活用についても検討します。

プレゼンテーション1

今回は 概論でした。次回に具体的な”後遺症”とその対策などの項目に触れていきます。

2025.06.10

術前に化学療法を施行した後の乳がんのステージ決定について

がんについて、皆さんは早期がんとか、末期がんなどと呼びますが、我々は乳がんについては IA IB IIA IIB IIIA IIIB IIIC IVに分類します。Iが早期であり、IVが末期がんに相当します。このステージは皆さんにとってはその後の運命を示唆する番号のように感じられると思いますが、たしかに再発や、乳がんによる死亡まで含めて、それが起こる確率を提示するものになります。

我々医師にとっても、ステージ Iとされた乳がんよりも、ステージ IIIとされたものでは当然化学治療、つまり抗がん剤をしっかりと施行しておくべきだ、と考える理由付けにもなります。さまざまな面で治療方針の決定に影響します。乳がんと診断された患者さんに、「え、私の乳腺は切られてしまうんですか?」とよく聞かれることがありますが、ちなみにステージ IVの患者さんは原則として手術の適応とされません。ですので患者さんがそういう意味でした質問ではないことは承知のうえで、「はい、大丈夫です、まだ手術はできます」とお答えしています。

脱線しましたが、最近ではこうしてステージが決定され、化学治療、つまり抗がん剤による治療が必要とされた方では、手術に優先して術前に化学治療を施行することが多くなりました。また当然ですがよく効いて、検査をしてもがんがわからなくなるくらいになってしまう患者さんも決して珍しくありません。例えばステージ IIIとされて術前に抗がん剤を施行した。画像上も乳がんは消えてしまい、手術をしてもがん細胞の残存は指摘できなかった、となればこの方はステージ 0とでもいうのでしょうか? それともステージ IIIのままと考えるべきなのでしょうか?

この問題、よく患者さんにも尋ねられるのですが、われわれ医師も応えられずにいました。いままでこの問題を本格的に検討した研究がなかったからです。

米国では乳がんをステージ分類する基準は米国癌合同委員会(AJCC)が決めています。そしていままで術前化学療法後のステージングは​​、米国癌合同委員会(AJCC)のステージングには含まれていませんでした。今回そのAJCCのメンバーが中心になって、この欠陥に対処した新しい分類が発表されたので紹介しようと思います。(ただし正式承認はまだ先になります)

術前化学治療を受けられた14万人のデータから

この研究では全米がんデータベース(National Cancer Database)を検索して、2010年から2018年の間に術前化学治療を受けた患者140,605人を特定、抽出しました。

臨床病期、つまり術前化学治療の前に決定されたステージと、化学治療後、手術まで施行されて病理診断が下りた、いわば最終診断におけるステージの比較に基づいて、3つの奏効カテゴリー、全く効いていない(無奏効)、一部効いている(部分奏効)、完全にがんが消失した(完全奏効(pCR))と分類しています。

このカテゴリーについて、臨床病期、エストロゲン受容体、プロゲステロン受容体、ヒト上皮成長因子受容体2(HER2)、などを含めて、統計学的に検討をしています。そしてこれらを加味して新たにステージを決定したならば、この奏効カテゴリーごとに予後はどうなると予想されるのか、を検討し、新たなステージングの意義を検証しています。

下にその結果の一部を示します。
大変細かい表になってしまって申し訳ありません。これ以外の部分はぜひ本文を参考にしていただければ幸いです(Novel Postneoadjuvant Prognostic Breast Cancer Staging System)

ここではそのすべてを抜き出すことがほぼ不可能でしたので、Stage IIIA、リンパ節転移を伴っておられる乳がんのステージでは最も多いステージになると思います。がんの大きさが2〜5cmと大きくなって発見され、腋窩(腋の下)のリンパ節にしっかりした転移が認められた方がこのステージに分類されます。
ほぼ全ての患者さんで抗がん剤が考慮される進行したステージになります。

このStage IIIAとされた患者さんに術前化学治療を施行し、その効果を、効果なし、一部効果あり、完全消失の三つに分類しました。それを横軸にとっています。

縦軸の見方は 組織学的グレード(1、2、3に分類され、数値が大きいと悪性度が高いとされます)でまず分類し、その後HER2が陽性だったか陰性だったのか、そしてER(ホルモンレセプター)の陽性陰性、PgRレセプターの陽性陰性と分かれていきます。

Grade 3、つまり組織学的に悪性度が高いのですが、そうであればあるほど逆に抗がん剤はよく効きます。驚きますが、Grade 3であった方に抗がん剤を投与し、消失してしまった方では全てStage IA相当にまで予後は改善していることがわかります。
たとえStage IIIAの悪性度のたかい乳がんであっても、抗がん剤がよく効きさえすれば、もともとStage IAの早期がんであった方と予後に差はありません。そして逆に抗がん剤の効果が得られなかった方では逆にIIIAからIIIB、Cとステージが上昇してしまっています。

誤解しないで欲しいのですが、これは抗がん剤をしている間に進行した、ということではなく、そういう方ではIIIAであっても、IIIB、Cの方と同じ程度にしか生存できなかった、という意味になります。

逆に Stage Iで発見されているにも関わらず、術前に投与された抗がん剤に反応が悪かった患者さんではStage IIA IIBと考えなければならない、ということも提示されています。

臨床に携わっている専門医にとっては、すでに感覚的にわかっていることはあります。しかしこうして数値になって現れると、しっかり裏付けを得られたわけですから、今後は患者さんにそれをきちんと伝えていかなければならないと感じます。

米国のほぼ全ての術前化学治療の症例の統計データなので、これが現状における事実ということになるのでしょう。参考にしたいと思います。

最初の
ステージ

Grade

HER2

ER

PR

効果なし

効果あり

消失

3
生存率

最終
ステージ

3
生存率

最終
ステージ

3
生存率

最終
ステージ

IIIA

 

 

1

0.903

IIA

0.947

IA

0.935

IB

0.847

IIB

0.926

IB

0.933

IB

0.873

IIB

0.93

IB

0.925

IB

0.801

IIIA

0.904

IIA

0.923

IB

0.847

IIB

0.918

IB

0.902

IIA

0.764

IIIB

0.887

IIA

0.899

IIA

0.802

IIIA

0.893

IIA

0.888

IIA

0.698

IIIB

0.853

IIB

0.885

IIA

2

0.887

IIA

0.923

IB

0.954

IA

0.823

IIIA

0.894

IIA

0.953

IA

0.853

IIB

0.9

IIA

0.948

IA

0.772

IIIB

0.863

IIB

0.946

IA

0.824

IIIA

0.882

IIA

0.931

IB

0.73

IIIB

0.84

IIIA

0.929

IB

0.772

IIIB

0.847

IIB

0.921

IB

0.657

IIIC

0.794

IIIB

0.919

IB

3

0.842

IIIA

0.91

IIA

0.964

IA

0.757

IIIB

0.877

IIA

0.963

IA

0.796

IIIA

0.883

IIA

0.959

IA

0.689

IIIC

0.84

IIIA

0.957

IA

0.757

IIIB

0.863

IIB

0.945

IA

0.636

IIIC

0.814

IIIA

0.943

IA

0.69

IIIC

0.823

IIIA

0.937

IA

0.547

IIIC

0.762

IIIB

0.935

IA

2025.05.19

体重増加と妊娠年齢の組み合わせは乳がんリスクを高める可能性がある

マルコムソン氏らが欧州肥満会議(ECO)2025で発表した新たな研究結果によると、20歳を過ぎて顕著な体重増加を経験し、30歳を過ぎて出産したか子供を持たない女性では、30歳未満で出産し体重が比較的安定している女性に比べて、乳がんを発症するリスクがほぼ3倍高くなる可能性があることが確認されたそうです。

現在 9人に1人の女性が乳がんになられているわけですから、それが本当ならそのような女性では3人に1人乳がんに罹患されることになります。そして普通は皆さん20歳を過ぎれば体重は増えるでしょうし、現代は30歳を超えてから最初の子供を設ける女性がほとんどでしょうから、とんでもないことになりそうです。

背景

乳がんは世界で最も一般的ながんの1つであり、2022年には女性230万人が乳がんと診断され、67万人が死亡する見込みとされます。

これまでの研究では、成人期の体重増加は閉経後の乳がん発症リスクを高める可能性があることが示されています。さらに、比較的若年早期の初回妊娠は乳がんリスクを低減する可能性があることが明らかになっています。例えば、乳がんの生殖リスク要因に焦点を当てた21の研究レビューでは、初回妊娠時の年齢が1歳上がるごとに、閉経前乳がんリスクが5%、閉経後乳がんリスクが3%増加する可能性があると報告されています。しかし、これら2つの要因がどのように相互に影響しあっているのか、たとえば体重増加があっても、若年早期に初回妊娠をすれば乳がんリスクに与える影響が少ないのか、などはまだ明らかにされていません。

「肥満または過体重の女性の割合は増加しており、高齢出産の女性の割合も過去50年間で着実に増加しています」と、マンチェスター大学のリー・マルコムソン理学士(理学士)は述べています。「一方、女性の乳がん罹患率は過去最高を更新しています。初回妊娠年齢と体重増加が乳がんリスクにどう影響するかについてより多くの情報が得られれば、誰が最も乳がんリスクが高いかをより正確に把握し、それに応じた生活習慣のアドバイスを提供できるでしょう」とマルコムソン氏は付け加えました。

研究方法と結果

この研究では、研究者らは、乳がん検診を受ける女性を対象としたPROCAS研究に参加した、平均年齢57歳、平均BMI 26.3kg/m²の女性48,417人のデータを調べました。

BMI(Body Mass Index、ボディ・マス・インデックス)とは、体重と身長の関係から肥満度を示す指標です。簡単に言うと、「太りすぎかどうか」を判断するための計算式です。
BMI=体重(kg)/ (身長(m)の二乗で計算されます。注意:身長はmです。cmではありません。

研究者らは、女性たちを、初産が早期(30歳未満)か後期(30歳以降)か、未産か、そして成人期の体重増加に基づいて分類しました。体重増加は、参加者に20歳時の体重を思い出してもらい、現在の体重からその体重を差し引くことで算出されました。(女性はすごいですね。20歳代の体重を覚えていることがほとんどなのだそうです)

中央値6.4年間の追跡調査の後、1,702人が乳がんと診断されました。
研究者らは、初回妊娠が若年早期だった女性は、初回妊娠が後期だった女性と比較して、成人期の体重増加が大きく、妊娠時期が1年早いごとに0.21kg増加していることを明らかにしました。
初回妊娠が若年早期だった場合、閉経後乳がんの発症リスクが高まる可能性があること、そして成人期の体重増加が乳がん発症リスクの上昇と関連している可能性があるという、これまでの知見も裏付けました。このことはすこし注釈が必要です。本来 若年早期で妊娠した女性は乳がんのリスクは下がります。しかしその後に体重増加をすることもまた多くなるので、閉経後に見てみれば乳がんのリスクは上昇することになってしまっているのです。初産年齢が若いことが体重増加による乳がんリスクの増加を軽減するわけではないのです。研究者らもその証拠を発見できませんでした。

しかし、成人期に体重が30%以上増加し、初産年齢が30歳を過ぎたか、または子供を持たなかった女性は、初産年齢が若く、成人期の体重増加が5%未満の女性と比較して、乳がんを発症するリスクが2.73倍高いことを明らかにしました。

結論

この研究結果からも言えることですが、乳がんの発症リスクを最小限に抑えるためには健康的な体重を維持し、そのためには規則正しく運動をするべきである。いままで言われてきたとおりです。

「私たちの研究は、体重増加と初産年齢が女性の乳がんリスクにどのように影響するかを明らかにした初の研究の一つです」とマルコムソン氏は指摘した。「大幅な体重増加と初産年齢の上昇、あるいは出産しないことの組み合わせが、女性の乳がんリスクを大幅に高めることを(医師が)認識することが不可欠です」とマルコムソン氏は結論付けました。

2025.05.09

研究結果は乳がんの手術省略を支持しない

以前、化学治療で画像上腫瘍が消失してしまった乳がんに対しては、手術を省略できるのではないか、という研究結果について紹介しました。(リンク

実際、新規薬剤の開発、投与方法の工夫、的確な症例の選択によって、進行した乳がんであっても、術前に抗がん剤投与を行えば画像上はがんが消えてしまうことは現状珍しくありません。消えているのに手術を施行し、病理検査を行ってみたところ、結果として生存しているがん組織はどこにも残っていませんでした、それもまた日常起こります。

では大切な乳房を切除する必要なんてなかったんじゃないですか。
誰でもそう思うでしょう。そしてそれが現実になりつつあります。MDアンダーソンの乳腺外科腫瘍学教授で主任研究者のヘンリー・クーラー医学博士が発表した研究によれば、そうした患者さんをきちんと選択したうえで、手術を施行しなくても、その後に放射線治療、必要であればホルモン剤を投与していればほとんど再発することはないことが示されたのです。

この結果は大変衝撃的です。今まで常識とされていたことが覆りつつあります。
しかしこうしたいままでの概念と異なるような研究結果に対しては、いろいろな方面からきちんと反論もなされて、議論が深まり、そして検証されていくことが重要です。

モントリオールのユダヤ人総合病院の医学博士マーク・バシック氏とその同僚らが報告した研究結果によれば、彼らは第II相前向き研究として評価可能な患者101名を集めました。この患者さんたちは、術前化学療法後の三様式画像診断(マンモグラフィー、超音波、ダイナミック造影MRI)において、臨床的に完全奏効、つまり、がんは抗がん剤を投与することで完全に消えてしまった、と診断された人たちです。

この研究において、どういった方を「画像上でがんは消えていると判断したか、は非常に重要なのでここで別に記載します。臨床的完全奏功および放射線学的完全奏効(rCR)は、どちらにおいても完全に腫瘍を確認できないことを指します。この研究では、マンモグラフィー(腫瘤≤1cmかつ悪性微小石灰化なし)、超音波(腫瘤≤2cm)、および磁気共鳴画像(急速上昇またはウォッシュアウトを伴う(カテゴリー4以上)となる腫瘤なし)で”ほぼ”rCRを達成した患者さんを含みます。

これらの患者さんは、術前化学治療の前にがんが存在した部位にマーカー(チタン製の体に害のないクリップ)を打ち込んでいます。それによって画像上はがんは消えていたとしても、以前確実にそこにがんが存在していた部位はわかります。

そして手術の前にその腫瘍があった部位の生検(マーカーを配置した腫瘍床のマーカー誘導定位多芯針生検)を受けています。

本研究ではそれらの患者さんの手術は省略されず、乳房の切除術を受けています。そのことで腫瘍があった部位は生検を受けた部位を含む形で完全に切除され、そしてその後に病理検査をして、本当にがんが消えていたか、詳細に検査をされています。

その結果ですが、生検でがんは消えている、と判断され、手術をして本当にがんが消えていた確率は78%(95% CI、67.9%-86.6%)でした。

生検でがんは消えている、と判断され、手術をして本当にがんが消えていた確率(以降NPVとします)はせめて90%はなければならない、と彼らは考えていました。結果が事前に規定された90%に達しなかったことを踏まえ、「この試験で適用された三様式画像診断(マンモグラフィー、超音波、ダイナミック造影MRI)と腫瘍床生検の組み合わせは、術前化学療法後の手術の省略を正当化するものではない」と結論付けています。

本研究ではすべての乳がんのサブタイプが含まれていました。31.7%がトリプルネガティブ乳がん(TNBC)、20.8%がホルモン受容体陽性/HER2陰性疾患、45.5%がHER2陽性疾患でした。

NPVは疾患のサブタイプによって異なります。

TNBCは75%、HR陽性/HER2陰性疾患では46.2%、HER2陽性疾患の場合90%でした。
したがってHER2 enrichタイプと呼ばれるホルモン受容体陰性、HER2陽性の患者さんでは画像上がんが消えており、生検においてがんが消えているならば手術を省略できる可能性があります。

ただ101名を細かく分けて検討したのでは数が少なくなってしまうのでとても言い切れるだけのデータ数には到達していません。

バシーク先生らは、101名の対象患者さんの画像を取り寄せて、検討が可能であった全画像ファイルの検査結果が入手可能な96人の患者さんのデータを、自分たちの研究担当放射線科医によって再検討しなおしました。
その96名の内、今回の研究において、”画像上がんが消えている”という判断基準を満たしたのは62名しかいませんした。そしてこれらの62人の患者におけるNPVは86.8%でした。それでもやはり90%には届きませんでした。

バシーク先生らは、「標準的な画像診断や治験前教育に頼ることはできず、病理学的完全奏効を示す可能性が最も高い患者を特定するために、アルゴリズム的アプローチを用いた画像診断の中央レビューを検討する必要がある」と記しています。つまり今まで確立された画像診断に頼っていては、そもそもその診断の段階で消えてもいないがんを消えている、と診断してしまう可能性がある、ということです。

加えて 「もし手術を省略することを選択するにしても、その臨床試験を組む際にはサブタイプ(ホルモン受容体の陽性陰性、HER2の陽性陰性を組み入れて考える必要もあるでしょう。」と付け加えました。

まとめ

術前に化学治療を施行し、画像上がんは消えてしまった、それは珍しいことではなくなりました。そうした方で手術をしても、実際にがんは残っていなかった、それも珍しくありません。そうした方では手術を省略できる、その可能性も証明されつつあります。

ただ今回の発表でもわかるように、そもそも「がんが化学治療で消失した」ことの判断そのものが、現状の画像診断ではあいまいです。NPVが78%だったということは、22%ではがんが消えていないのに、消えていると判断を誤り可能性がある、ということを意味します。

手術を省略することが可能である、と発表したMDアンダーソンのチームでは、画像も、生検検査も非常に厳重に施行しています。加えて彼らは放射線治療やホルモン剤については省略していません。メスが入らないとしても放射線治療も、乳腺局所に対しては侵襲が加わります。何もしなくても大丈夫、としたのではなく、手術をしなくても大丈夫としただけなのです。

現状、術前化学治療でがんは消えている、と診断された症例では、どの施設でも基本的には全摘はせずに小さな部分切除でがんが残っていないことを確認する手術にとどめるような工夫をしていることが多いと思います。それを省略してところで、術後の痛みにせよ、変形にせよ、あまりご本人のその後に大きな影響はないのではないでしょうか。それならば現在の状況では省略するのはまだ早い、ということで今後の研究結果を待つことが得策だと私は考えています。

今回の内容ですが、「NPVが78%だったということは、22%ではがんが消えていないのに、消えていると判断を誤り可能性がある、ということを意味します」と書きました。

このことは別の見方をするともっと恐ろしい意味を含んでいます。
今回の研究で対象になった患者さんにはもともとがんが存在していました。放射線科のDrももちろん知っています。そしてそれに抗ガン剤を施行して、画像上診断のプロが見て、そのがんが存在していた部位にはがんはもうない、がんはもう見えない、と判断したわけです。そしてそれでも切除して顕微鏡で調べてみれば22%でがんは存在していた、ということです。

では通常の乳がん検診、がんがあるかどうかわかっていない、そしてほとんどの人にはがんはない、そんな女性を100 200と見ていく中で、がんはない、と診断したとして、ほぼ確実に22%、いやそれ以上の確率でがんは実は存在している可能性が高い。しかもこの研究では、マンモグラフィ、乳腺超音波、そしてMRIまで併用しています。通常の検診がマンモグラフィのみ、それも2年おきであることを考えれば、乳がんの検診がマンモグラフィのみに依存してしまうことがいかに危険かわかると思います。

だから3つの検査をすべてうけろ、と言いたいのではありません。乳がんの早期発見には自己チェックは最低限のものとして絶対必要です。マンモグラフィ健診だけに頼ってしまうのは危険です。そのことを改めて認識させてくれる研究結果でした。

2025.05.09

乳がんにおけるタキサン誘発性神経障害の予防法

パクリタキセル、ドセタキセル、などタキサン系の抗がん剤を投与された方に、末梢神経障害、たとえば手足の指先がしびれて違和感があったり、感覚の鈍麻があったり、ひどい時にはピリピリ痛んだりする症状が出現し、治療が終了した後も長く残ることがあることが知られています。
この副作用はタキサンが登場したときから問題になっており、様々なお薬が試されてきましたが、いったん症状が出てから治療をしようとしてもなかなかうまくいかないことが多かったのも事実です。

これを予防する方法がある程度確立しつつあるようです。
つまり副作用の症状が出てから治療するのではなく、症状が出ないようにタキサンを投与しているときから工夫する、その方法が確立しつつあるということになります。
JAMA Oncologyに報告されたドイツの単一施設試験 (POLAR) において、Michel 先生らは、タキサン投与中の患者さんの手を冷却し、同時に圧迫することで、原発性乳がんの女性におけるタキサン誘発性神経障害のリスクを低下させることができることを発見しました。
簡単に言えば、薬を投与しているときに、手の血流を低下させて薬が流れる必要のない指先(めったに転移を起こすことがない部位だから)に薬が届かないようにすれば、そもそもしびれは発生しにくい、という考え方です。

具体的には、手の冷却は凍結手袋(ケーキなどについてくるアイスノン®によく似た素材で作られた手袋を冷やしておく)で実施されました。手の圧迫は2枚の手術用ゴム手袋(ぴったりフィットするサイズより1つ小さいサイズ)を着用することで実施されました。これらをタキサン投与の30分前、投与後、および投与中に施行します。

この試験では、2019年11月から2022年1月の間にハイデルベルク国立腫瘍センターに登録された101人の患者が、利き手に対して冷却(n = 52)、または圧迫(n = 49)を受けるように無作為に割り付けられ、非利き手は治療されませんでした。
毎週、ナブパクリタキセルベースまたはパクリタキセルベースの術前または術後化学療法を受けていた患者が登録されました。
以前に化学療法を受けていたことのある患者さん、または既存の神経障害/神経障害関連の合併症があった患者さんは解析から除外されています。
主要評価項目は、グレード2以上の重症である化学療法誘発性末梢神経障害(CIPN)の予防ができるのか、でした。

結果ですが、手を冷却する、圧迫する、そのどちらにおいても、グレード2以上のCIPNの発生率が有意に減少しました

手冷却群では、治療群でグレード2以上のCIPNが認められた患者は15名(29%)であったのに対し、対照群では26名(50%)でした(P = .022、効果サイズ = 21.15%、95%信頼区間[CI] = 5.98%~35.55%)。

手圧迫群では、治療群でグレード2以上のCIPNが認められた患者は12名(24%)であったのに対し、対照群では19名(38%)でした(P = .008、効果サイズ = 14.29%、95%信頼区間[CI] = 2.02%~27.24%)。 

たとえばゴム手袋をするだけで予防ができるなら、非常に簡単です。
冷却もそんなに難しくありません。指先フローズングローブで調べていただければ安価でう販売されているものが見つかります。ゴム手袋をした上からして、圧迫したうえで冷却することでさらに効果が上がる可能性もありそうです。
簡単にできることなので、ぜひ実施していただきたい、と思います。

この論文は今年の3月に発表されています。私が存知している限りでも、わが国でタキサン系薬剤を投与している施設の多くが、すでにこの工夫を採用し、実施が始まっているようです。皆さんが心配する必要はなく、もしその話が出なかったら、でいいと思います。

実際にうけた患者さんもおられるのですが、この処置は結構つらいと聞いています。氷をじっと触っているのはつらいですものね。圧迫か、冷却か、両方するか、医師と相談して施行する必要がありそうです。

まとめ

タキサン系薬剤を投与する際に、指先を圧迫し、冷やしておくことで、血流を抑えることができ、そのことで末梢神経障害を予防することができます。

ただしきちんと管理した状況で施行しないと凍傷の心配があります。またタキサン系抗がん剤を投与しているときに施行しないと意味はないので注意は必要です。

2025.04.25

ASCOガイドラインの最新版では、早期乳がん患者の一部においてSLNBの省略が推奨されている

米国臨床腫瘍学会(以下ASCO)は、早期乳がんにおけるセンチネルリンパ節生検(以下SLNB)の役割に関する臨床実践ガイドラインの最新版を発表しました。
この最新版の作成には、2017年に最後に発表されたガイドライン以降に発表された試験の結果に基づく推奨事項が含まれており、SLNB単独と腋窩リンパ節郭清を伴うSLNBを比較した9件のランダム化試験と、SLNBと腋窩リンパ節郭清なしを比較した2件の試験のデータが含まれています。

「数十年前には、乳がんの治療に際しては、がんが腋窩のリンパ節に転移しているかどうか知る必要があると考えていました。そのためには、少なくとも10個以上のリンパ節を切除して、検査する積極的な手術が必要だと考えていました」と、エモリー大学ウィンシップがん研究所のガイドライン共同議長であるマイリン・A・トーレス医師は説明しました。
「しかし、リンパ浮腫、腕の痛み、肩の可動域制限といった症状が高率に発生し、多くの女性の生活の質に影響を与えていることにすぐに気づきました。リンパ節転移が陰性であったとしても、時には理由もなくそのような症状が現れることもありました。
そうした合併症を防ぐために、広範囲にわたる 腋窩リンパ節の郭清を行う機会は徐々に減少し、臨床的にリンパ節陰性と考えられる早期乳がんの患者さんにおいては SLNBによって数個のリンパ節を検査するだけでいい、という考え方に進化しました。

腋窩への手術を縮小することで、上肢のリンパ浮腫の発生率が低下し、全体的な生活の質が向上しました。そして治癒率や再発率には悪影響や低下は見られませんでした。

そしてその後には今度は、浸潤性乳がんの患者は全員、リンパ節転移を正確に評価するために腋窩のリンパ節をすべて取るようなことはしない代わりに、センチネルリンパ節生検(SLNB)を受ける必要があると考えられてきました。この情報は、適切な術後治療を決定する上で非常に重要でした。」

SLNBの省略(実際のガイドライン)

今回更新された臨床における実践ガイドラインでは、

閉経後、50歳以上、術前の腋窩超音波検査でグレード1~2、腫瘍サイズが2cm以下、ホルモン受容体陽性、HER2陰性、これらを満たす乳がんと診断され、乳房温存療法を受ける特定の患者に対して、術者はSLNBを省略することが推奨されています。

この推奨は、SOUND および INSEMA という 2 つの臨床試験の結果に基づいています。
第III相 SOUND 試験では、術前の腋窩超音波検査で陰性の所見が得られた早期乳がん患者において、腋窩手術を省略してしまっても、 SLNBを施行することに対して非劣性であるかどうかを比較しました。5 年遠隔無病生存率は 2 つのグループで同程度でした。
第III相 INSEMA 試験では、乳房温存手術を受ける予定の臨床的にリンパ節陰性の ≤ 5 cm 浸潤性乳がん患者において、腋窩手術の省略が SLNB に対して非劣性であるかどうかを評価しました。生存率の評価において腋窩手術の省略が SLNB に対して非劣性であることが示されました。

実践における問題点

「SLNBの省略は乳がんの局所治療分野(手術や放射線治療)における大きな変化であり、他の多くの大きな変化と同様に、これらの知見を実践するにはある程度の意図的な努力が必要になると予想しています」と、ブリガム・アンド・ウィメンズ病院、ダナ・ファーバーがん研究所のKo Un Park医師(ガイドライン共同議長)は述べています。
「なぜなら、SLNBの情報がなくなってしまえば、それに基づいて構築されてきた放射線腫瘍医と腫瘍内科医が、その後の放射線治療および全身療法の計画を行う上で、何を基準に決定すればいいか、現状ではわからなくなってしまう可能性があるからです。」

ただ今回の改正では、SLNBが省略されても、臨床医は今まで通りに放射線療法を施行し、腋窩のリンパ節転移がないとしても必要である全身療法があるならば、それを推奨することを変更すべきではないと述べています。
このガイドラインを定めた専門家チームは、この改正に、SLNBの省略が放射線療法や全身療法の決定にどのような影響を与えるかについての追加情報を含めました。この情報は、多職種チームが手術前に微妙な状況を検討できるようにするために作成されました。パーク医師によると、SLNB 省略のもう一つの難しい点は、SOUND と INSEMA の初期検査に腋窩超音波検査が含まれていたことです。これは普遍的な方法ではありません。これはまた、実務上の課題も提起しています。診察では脇の下に何も疑わしい兆候が見られなかったのに、超音波検査で何かが見つかった場合どうすればいいか、実はまだわかっていないのです。転移ありとしてしまっていいか、まだ決まっていません。超音波検査でリンパ節転移が検出された場合はどうすればよいのでしょうか?臨床試験データはまだありません。

改訂版におけるその他の重要な推奨事項には、診断時に臨床的にリンパ節陰性であり、5cm以下の浸潤性乳がん患者さんが、乳房切除術を受け、センチネルリンパ節が1~2個陽性であっても、乳房切除後に局所リンパ節照射を受けていれば、追加で腋窩リンパ節郭清をする必要はない、とします。
この推奨事項は、腋窩リンパ節郭清を受けた患者の5年生存率に改善が見られなかったSENOMAC試験のデータによって裏付けられています。

トーレス医師とパーク医師はともに、SLNB と 腋窩リンパ節郭清の施行または省略に関する推奨事項は今後数年間にわたって進化し、変化を続ける可能性が高いことを認めました。「今後、より多くの研究で、SLNBを省略できる患者層がさらに広がると予想しています。画像診断技術が向上すれば、リンパ節ががんに侵されているかどうかをより確実に判断できるようになり、SLNBを行う必要性は減っていくと考えています。」

まとめ

・閉経後、50歳以上、術前の腋窩超音波検査でグレード1~2、腫瘍サイズが2cm以下、ホルモン受容体陽性、HER2陰性、これらを満たす乳がんと診断され、乳房温存療法を受ける特定の患者に対しては、術者はSLNBを省略する、つまり腋窩には何も手を加える必要はないことが推奨されています

・診断時に臨床的にリンパ節陰性であり、5cm以下の浸潤性乳がん患者さんが、乳房切除術を受け、最終的にセンチネルリンパ節が1~2個陽性であっても、乳房切除後に局所リンパ節照射を受けていれば、追加で腋窩リンパ節郭清をする必要はない、ことも同時に推奨されました。

2025.04.22

エストロゲンレセプター低発現早期乳がんにおける内分泌療法の適応拡大

乳がんにはさまざまなサブタイプが存在しており、特にホルモン受容体陽性と陰性、HER2タンパク陽性と陰性は非常に大きな分類の基準になります。それぞれ2×2になるので4タイプ、ホルモン受容体陽性HER2タンパク陰性がルミナールA、同じく陽性陽性でルミナールB、陰性陽性でHER2-enrich、陰性陰性でトリプルネガティブタイプと分類されます。
この4タイプは治療における考え方が全く違ってしまうので、非常に大きな影響があります。

ただ陽性陰性が白黒はっきりしていればいいのですが、こうした場合の常で灰色の時があります。

HER2タンパクについては0、1+、2+(Fish-)、2+(Fish+)、3+と別れており、2+(Fish+)が陽性として扱われ、HER2に対する治療薬が選択されてきましたが、エンハーツの登場でその様相が全く変わってしまいました。低発現である1+、特に2+(Fish-)に関しては、抗HER2療法が効果があることが明らかになっており、すでにその知見を活かした治療は始まっています。

ホルモン受容体に関してはHER2タンパクと違う基準が設けられており、がん細胞の中の受容体陽性の細胞の比率と、その強度であらわされる基準が多く採用されています。90%++とか5~10%+という風にあらわされます。

ただ我が国ではプロゲステロンレセプターだけが陽性などの症例はともかく、エストロゲンレセプターに関しては1%でも陽性であれば原則ホルモン剤が投与されているので、あまり”低発現”という概念がありませんでした。低だろうが、高だろうが治療は行われているからです。

しかし米国では全国データベースの分析により、エストロゲン受容体(ER)レベルが低い早期乳がんを患う米国人の40%以上が内分泌療法を受けていなかったことが判明しています。5年10年と投薬を続け、処方を受けていれば治療費が高額な米国では負担も大きくなります。そうした影響もあるのかもしれません。

しかしER発現率が1~10%の女性において、内分泌療法の省略は3年間の死亡リスクの23%の上昇と関連していることが同時に明らかになっています(HR 1.23、95%信頼区間1.04~1.46)。

このリスク上昇の大部分は、ER発現率が6~10%の患者で占められていました。ちなみにわが国ではERが5%以上陽性であればまずホルモン剤は投与されていると思いますので安心してください。

そして術前化学治療の適応とされ、これを受けた患者のサブグループ解析では、術前化学治療を行っても病変が残存していた場合、内分泌療法を省略してしまうと全生存率(OS)が有意に不良であったことがわかっています。
今回の研究からは、術前に化学治療を行っても完全奏効に達しない、そして病変が残存していた患者が内分泌療法から恩恵を受ける可能性が最も高いことが示唆されました。術前に化学治療を受けた患者のサブグループにおいて、逆に病理学的完全奏効に達した患者では内分泌療法の省略がOSに有意な影響を与えませんでしたが(HR 1.06、95% CI 0.62-1.80)、残存病変が残った患者では間違いなく生存率が悪化しました(HR 1.26、95% CI 1.00-1.57、P =0.046)。

「理由はおそらくかなり単純です」とこの研究の責任者であるゲッツ先生は述べています。
「残存病変がある場合、ER陽性の腫瘍細胞が濃縮されている可能性が高いです。私たちはその点については調べませんでしたが、過去に他の研究者が調べています。私たちの推奨の一つは、化学療法後に乳房内に残存する腫瘍を再検査することです。」

実際 ER陽性細胞はホルモン剤が効果を発揮しますが、抗がん剤は効きにくい傾向があります。逆にER陰性細胞は抗がん剤しか効果がありませんが、効果はER陽性細胞より高い傾向があります。ですので、抗がん剤を施行して生き残ったがん細胞ではER陽性細胞がより濃縮されている可能性が高く、これをたたくにはホルモン剤を使用するしかないし、それを省略することは、ERの陽性率にかかわらず、危険であると考えられるのです。

したがって、ERが6-10%の乳がん患者さんではホルモン剤の使用はすべての方に勧められます。
特に術前化学治療を施行しても完全緩解が得られず、腫瘍が残存しており、その中にER陽性細胞が含まれていた患者さんでは、ホルモン剤の省略は非常に危険と考えるべきだと思われます。

浸潤性乳がんの治療には手術が必要ですか?

あぁ、ついにその時代が来るのか…この結果をみて私はそう思いました。

毎年米国シカゴではASCO、米国の臨床腫瘍学会が巨大な会場で開催されます。世界中のがんの研究者が集まって、その研究成果を発表する、おそらく世界最大の学会です。今年は5月30日から開催です。

その会場では、エポックメイキングな、つまり今後の標準治療そのものを変えてしまうような、時代を変化させてしまう素晴らしい発表が何年かに一度なされます。その時その会場に居合わせた医師はラッキーです。

会場全体で医師が立ち上がり、地鳴りのような拍手でスタンディングオベーションが起こるのです。難しい英語で、発表の最中にはついていけなかったぺいぺいの医師であっても、その雰囲気ですごいことが起こったのだとわかります。その翌日、その日から、業界にニュースが知れ渡り始めます。そしてすべての医師が、これからは標準治療、つまりこれが最善であり、当たり前であり、これ以外の治療は何らかの理由がなければ選ばれることはない、そのスタンダードがはっきりと変わったことを知るのです。

この研究の結論が発表された時、おそらくその一つになるのでしょう。

前振りが長くなりました。

テキサス大学MDアンダーソンがんセンターの研究者による新しいデータによると、もともと早期乳がん患者でありながら、術前に化学療法を施行し、画像上にがんが確認できないくらいに小さくなってしまった、そしてそうした乳腺に標準的な放射線治療を行った場合、手術が必要ない可能性があるということがわかりました。 

JAMA Oncology 誌に掲載された第2相試験、その5年間経過観察された結果によると、
早期がんで発見された乳腺のしこりに、手術を行うことなしに抗がん剤による化学療法と、その後に放射線療法を行い、針生検による組織学的検査を行います。そこで病理学的完全奏効、つまりがんが残っていない、と診断された患者では、そのまま手術なしで経過観察していても、乳がんが再発していないことが明らかになりました。
追跡期間中央値55.4か月(つまり約4年半は経過を見たということです)、病理学的完全奏効を示した31人の患者全員が無病状態を維持し、全生存率は100%だったとのことです。 

抗がん剤をされる、これは手術をされなくてもいやでしょう。ただ手術をしても抗がん剤される方はいます。放射線治療は、乳腺を全摘せずに温存した方では絶対、全摘しても必要とされる方はいます。
この二つをして、その後にしこりがあった部位を特殊な針で突いて検査をします。

顕微鏡で見て、がんが残っていない、と判断されたら、もともとしこりが存在した部位を含めてすべてそのまま手術をせずに経過観察するわけです。

そうしたら4年以上経過観察して、再発もなく、乳がんで死亡する方も0だった。そういう結果です。

外科腫瘍学会2025年年次総会でも発表されたこの研究結果は、乳がん患者さんのうち、一部の患者では長い間標準治療の一部となってきた乳房手術を回避できる可能性があることを明らかに示唆しています。

「5年経過時点で乳がんの再発が認められなかったことは、この手術を伴わない乳がん管理法の大きな可能性を浮き彫りにしています」と、MDアンダーソンの乳腺外科腫瘍学教授で主任研究者のヘンリー・クーラー医学博士は述べました。

この研究は、化学療法に良好な反応を示す早期乳がん患者において、手術を省略することができるか、という疑問に関する初の近代的な手法による前向き試験です。約 2年間の追跡調査による結果は、以前  The Lancet Oncology 誌に発表されています。今回それが5年間に延長されました。

世界中で、毎年 230 万人の女性が乳がんと診断されています。1 世紀以上にわたり、末期がんではない、転移を伴わない浸潤性疾患の治療では手術が標準でした。しかし化学療法剤の改良により病理学的完全奏効率が大幅に向上しました。この高い奏効率と選択的画像誘導吸引補助コア生検(US-VABという検査方法です。これは病理検査のところで触れています)および厳格な組織学的処理を組み合わせることで、手術が必要ない患者を判別する医師の能力が向上しました。  

この多施設共同試験には、早期段階のトリプルネガティブ乳がんまたは HER2 陽性乳がんを患う 40 歳以上の女性 50 名が参加しました。参加者の平均年齢は 62 歳で、トリプルネガティブ乳がん患者が 21 名、HER2 陽性乳がん患者が 29 名でした。

標準的な化学療法治療後に、この試験の参加者の乳腺のしこりが画像診断で確認され、そのすべてが 2 cm 未満と判定されました。その後 患者は 画像誘導吸引補助コア生検(US-VAB検査)を受けました。この生検で生きたがん細胞が認められなかった場合、手術は省略されます。
その後 患者は標準的な乳房放射線療法に進みました。
US-VAB生検では、病理学的完全奏効が確認されたのは、31 人の患者でした。

この多施設共同試験は患者数 100 名に拡大され、現在韓国でもさらに調査が進められています。

「これらの有望な結果が続いていることから、浸潤性乳がんに対する乳房手術をなくすことが新たな標準治療となり、今後は乳がんに罹患した女性に、乳房を温存し、体を傷つけずに済む機会を提供できることがあり得るようになる」とクエラー博士は述べました。

「この治療法が日常的なものになることを期待しているが、これが標準治療となるにはさらなる臨床試験が必要だ」

まとめ

トリプルネガティブ乳がんはともかく、HER2陽性乳がんはほぼ全例で抗がん剤が必要とされます。せっかく早期発見されても、抗がん剤を投与されることがおおいタイプになります。
どうせ抗がん剤されるのであれば、早期がんであればがんが画像上消失してしまうこともあるわけで、そういった場合、手術を省略できるのではないか、とはだれでも考える疑問です。

今回、こういう条件を満たせば手術を省略できる、という道しるべが提示されたことは大きい。今後はその検証も加速するでしょう。

あと5年、10年後には早期乳がんの標準治療の一つに、手術なしの治療法が加わることになることはほぼ確実です。

検診と検診の間に見つかる乳がん 

たとえば毎年ドックをしている、クーポン検診は2年ごとにすべて受けているなど、きちんきちんと検診をうけているのにその時には見つからず、結局自分でしこりに気が付いて見つかる乳がんがあります。それを中間期(検診と検診の中間)がんと呼びます。この中間期がんについて、このブログでも何度か述べてきました。
雨の乳がん学会総会 その2 中間期がん(検診と検診の間に見つかるがんという考え方)
検診を受けていれば大丈夫・・・なのか? さらに中間期がんについて

中間期がんは皆さんにとっては”検診の見落とし”として映ります。
乳がん検診の有効性に対する否定にもつながり、さらに医療そのものに対しても不信感を持つ原因にもなるでしょう。こうした皆さんの中に生じた疑惑は、医療行政にも影響を与え、結局検診なんてやっていても無駄だ、税金の無駄だ、という考えにつながります。中間期がんを無くすことは我々にとっても死活問題とも言えます。しかし決してなくなりません。

マンモグラフィ、乳腺超音波検査、これらを検診としてルーティンで施行している行政機関もあるでしょう。最近ではBRCA陽性症例では毎年のMRI検査を義務付けている施設もある。
しかし中間期がんはなくなっていません。

持っている道具、つまり検診の機器の性能が多少なりと改善したとしても、根本的に変わらないのであれば、検診の頻度を上げるしかありません。しかしそれも限界があるでしょう。毎月受ける、3か月に1回受ける・・・無理です。それはもう検診ではありません。1年に1回が乳がんに罹患したこともない、基本的に健康である皆さんにとって、生活の時間を割くことのできる限界ではないでしょうか。

だとすると中間期がんはなくならないでしょう。

それはこういうことから証明できます。

米国では、2年おきのマンモグラフィ検診を、毎年に変更したら、乳がんによる死亡をどれくらい下げることができるのか、調査されました。
検診を受けたことがない方が、乳がんで毎年亡くなっています。その数を100とします。
40歳から74歳まで2年おきにマンモグラフィ検診を施行します。するとその数は70までさがります。いえ、70までしか下がりません。
ではそれを40さいから74歳まで毎年に変更したとします。するとその数は0になるでしょうか?
いいえ、なりません。63に下がるだけです。63の方々は毎年マンモグラフィ検診を受けていても、受けていない方と同じく乳がんで亡くなってしまっています。

これは驚くべき数字です。

予算を倍に増やし、頻度を倍にしても、乳がんで亡くなる方は7%下がるだけなのです。もっといえば63%の方は検診を受けていてもいなくても、かわらず乳がんで亡くなってしまいます。

私はマンモグラフィ検診は、もともと皆さんの期待を10としても4、せいぜい5にしかならない検査とお話ししています。それはこういった結果によります。
検診に携わっている医師は、絶対に見落とさない、という覚悟のもと、日夜 勉強会、研究会と称してマンモグラフィの読影の研鑽に励んでいます。私もその一人ではあるのですが、こうして名人芸の域に達した読影医の先生がどれほど大量に出現したとしても、おそらく中間期がんは目に見えては減らないでしょう。それはこのマンモグラフィというモダリティがそもそもすべての乳がんが発見できる検査方法、検査機器ではないことがもう明らかなのではないか、と考えられるからです。中間期がんを無くすという課題は、見落としを防ぐ、という方向での努力では解決しないことはもはや明らかだと思います。(もちろん現状こうした努力を否定しているのではありませんよ。)

もしこの検診を受けながらも乳がんで亡くなってしまう63%の方々が、日常でしっかり自分で自己チェックされていたとしたら、中間期がんとして見つかった可能性があります。ただ、それが早期発見であったかどうかはこの資料からはわかりません。もちろん私はきちんとした方法で、正しく努力すれば自己チェックで早期発見は可能だと考えているからこそ、本を出したわけなのですが…。

スペース

さて この中間期がんですが、検診で発見される乳がんよりも予後が悪いことが明らかになっています。

高濃度乳腺に発生する乳がんは、中間期がんとなりやすいことはすでに述べました。
高濃度乳腺は出産経験のない方によく見られ、また20代、30代の若年者のほとんどが高濃度乳腺です。そうしたことを踏まえれば、中間期がんの予後が不良であることが多いことは理解ができます。

最新のJAMA Oncology に掲載された研究によると、何十年にもわたって年齢に基づいたマンモグラフィー検査が行われてきたにもかかわらず、スウェーデンの女性で発見された乳がんの30% が、驚くべきことに予定された検診の間に発見されていないことがわかっています。
これらの中間期がんを早期に発見するために、その女性個人ごとに個別化されたリスクに基づく検診戦略へ移行するべきではないか、という考え方が出てきています。

中間期がんは、定期検診と定期検診の間隙をぬって発見され、診断される乳がんです。マンモグラフィー検診は、乳がんを早期に発見し、死亡率を確実に低下させます。しかし定期検診で乳がんが発見されたとしても、乳がんの自然史を考えればたとえば2年前の検診の際には乳がんがまったく存在しなかったということは考えられず、残念ながらその前回、前々回の検診では多くの乳がんを見逃していたことは確実です。

高濃度乳腺、不均一高濃度乳腺と呼ばれる密度が高い乳房は、それだけで乳がんのリスクを高め、腫瘍を見えにくくしてマンモグラムの読影を複雑にするため、マンモグラフィーによる検診の精度を下げてしまいます。中間期がんの発生率についていまだ十分に調査されたとは言えませんが、画像技術、放射線科医の解釈、乳房密度などの患者固有の特性などの要因により、存在している乳がんがマンモグラフィ検診で検出されないことは実は珍しくはないのです。

先にも述べましたが、中間期がんは現状の医療レベルでは避けられません。しかしたとえば乳房密度がマンモグラフィに与える影響について、患者さんも医療提供者事態も理解が不足していることにより、中間期がんが発生するたび、検診への不信と、2 年ごとのスクリーニングの有効性についての疑問が生じてしまっています。

1989年から2020年の間にストックホルムのマンモグラフィ検診を受けたスウェーデン生まれの女性を対象に、人口ベースのコホート研究が実施されました。これらの40歳から74歳の女性は、18か月から24か月ごとにマンモグラフィ検診を受けていました。この研究では、中間期がんとしての乳がんと、検診で発見された乳がんを調査し、次にすべての乳がん症例を分析してリスク要因の推定しました。

この研究結果から、29,049 人の女性 (5.5%) が乳がんと診断され、そのうち 10,631 人 (2%) がスクリーニングで発見されたがん、4,369 人 (0.8%) が中間期がんとして診断されました。

中間期がんは、浸潤性、腫瘍が大きい、リンパ節転移がある、組織学的な異型度が高い、Ki-67 増殖指数が高いなどの傾向が見られ、エストロゲン受容体 (ER) 陰性、プロゲステロン受容体陰性、HER2陽性である割合も高いという結果でした。

乳がんと診断された患者さんの約 30% が中間期がんとして発症しました。この割合は患者の年齢が上がるにつれて減少していました。
中間期がんとして発見されるリスクが高い方は、初産年齢が高い、教育水準が高い、ホルモン補充療法 (HRT)を受けている、マンモグラフィが高濃度である、ことが関与していることがわかりました。

肥満とそれに関連する疾患は、検診で発見される乳がんのリスクを高めますが、中間期がんのリスクは低下していました。マンモグラフィの高濃度は、中間期がんのリスクを高めるのみならず、検診で発見されるがんなど、全ての乳がんのリスクと関連していました。

家族に乳がんの既往歴がある場合、中間期がんのリスクは 1.85 倍 (95% CI、1.72-1.99) 増加します。具体的には、中間期がんの家族歴があると HR は 2.92 倍(95% CI、2.39-3.55) に上昇し、スクリーニングでがんが発見された家族歴があると 1.70倍 (95% CI、1.44-2.01) に上昇します。
遺伝性乳がん卵巣がん 症候群(HBOC) の家族歴があると、中間期がんのリスクが大幅に増加します。
さらに、卵巣がん、大腸がん、前立腺がん、黒色腫、精巣がんの家族歴も、中間期がんのリスクを高めます。

中間期がんを発症した女性は、検診でがんが発見された女性と比較して、エストロゲンホルモンレセプター(ER)陰性がんを発症する確率が高く (22% 対 11%)、ER 陰性乳がんの家族歴があると、ER 陰性の中間期がんを発症するリスクが 3 倍になりました。

過去 30 年間、スウェーデンは中間期がんの割合を減らすことができず、研究者らは今回の検討により、中間期がんをより効果的に標的とできるリスク要因を特定しました。具体的には、乳腺密度が高く、ホルモン補充療法を受けている女性は中間期がんの見逃しが多く、その発生を減らすにはたとえば乳腺USを併用する、MRIを併用するなど、今までのマンモグラフィ検診だけにはとどまらない、検診感度の向上が必要でした