乳腺と向き合う日々に

2023.07.15

浸潤性小葉癌について

乳がんのなかには,病理学的に分類されている、粘液がん,管状がん,腺様(せんよう)囊胞(のうほう)がんと呼ばれる特殊型があります。こうした特殊型の中には通常の乳がんとは予後や薬物療法の適応基準が異なるものがあります。それぞれの病態に応じた治療方針がガイドラインで示されています。

ここでは小葉癌と呼ばれる特殊型乳がんの中では比較的頻度の高い乳がんについて、その管理にどのような違いがあるのか、2023年のマイアミ乳がんカンファレンスで、FASCOのタリ・A・キング医師が、特徴、予後、最適な管理の観点から、より一般的な乳管がんとの違いについて説明してくれています
キング博士は、ダナ・ファーバー/ブリガムがんセンターの集学的腫瘍学の副議長および乳房外科部長であり、ハーバード大学医学部の女性がん分野の外科学の教授でもあります(日本で言えば東大医学部の教授であり、東大附属病院の部長もしておられるような方、凄い…。でも今回は皆さんにもわかりやすいように不肖私が少し説明を足しながら触れていきます。)。

浸潤性小葉癌の組織像

小葉癌は接着タンパク質とよばれる細胞同士をくっつける働きをするE・カドヘリンという物質を持っていないことが特徴です。

ILC組織

古くから理解されている浸潤性小葉がんは、顕微鏡で見たときに小さな丸い核を持つ単形細胞を特徴とします。そして、細胞間の接着因子であるE・カドヘリンを持たないことから推察できるように、しっかりした構造を構築せず、乳房を通してびまん性に広がる浸潤性の成長パターンをとります。(対して乳管癌は、E・カドヘリン陽性でそのタンパクを発言しており、その名前の通り、乳管構造を取りながら発育します。”浸潤性が高い”、ことは しみこみやすい、ということと同じです。つまり小さながんであっても転移しやすいのではないか、広がりやすいのではないか、と考えられたのです。)

1970 年代から 1980 年代にかけて、小葉がんという乳がんが存在し、その組織学的な特徴がよりよく認識されるようになると、当時の外科医は小葉がんを乳管がんとは別に治療すべきかどうかを疑問視し始めました。この悪性腫瘍をより深く理解するために、過去にさかのぼっての研究が行われましたが、最初の前向き研究は 2008 年まで発表されませんでした。(過去の小葉癌を見直してみて、どのように治療し、どういう経過をたどったか、を調べてみたということ。小葉癌であることを意識して治療しているわけではない。前向き研究では小葉癌を認識したうえで治療を行ってどうだったか、を調べるものになるので、内容的には異なる結果になる)。

組織学的サブタイプの比較

国際乳がん研究グループ (IBCSG)によって、中央病理検査が組織され、そこで組織像が記録された 13,000 人を超える患者を対象とした 15 件の試験の結果が得られています。それをまとめました。
IBCSG は、小葉がんは乳管がんと比較して、より高齢者に多い、より大きな腫瘍で発見されることが多い、および乳房全摘で対応されることがより多い、ことを発見しました。これは過去の症例の検討からすでに指摘されていました。
新たな発見もありました:乳管がんであるか、小葉がんであるか、はその初期にはあまり差がないものの、時間経過に伴って差が出てきます。具体的には再発無しで生存されている割合(PFS)、そして全生存割合(OS)ともに差が出ます。小葉がん患者のPFSは術後6年まで、乳管がん患者よりも著しく低いです。10年のOSで見たとき、小葉がんは乳管がんに有意に劣っていました。小葉がん患者さんは乳管がん患者さんと比較して、術後6年間は再発しやすい傾向があります。さらに10年後に見たとき、亡くなってしまわれる方も小葉がんの方の方が確率が高いことがわかっています。つまりやはり予後は悪いのです。

また、ほとんどの小葉がんはエストロゲン受容体陽性であり、そのような患者ではあまり術後早期には再発せず、何年もたってからの晩期再発がより一般的であることが知られています。しかし小葉がんではそれがそうではありませんでした。
「曲線の形状は、エストロゲン受容体陽性患者とエストロゲン受容体陰性患者で類似しており、予後に対する時間依存的な影響がエストロゲン受容体の状態とは無関係であることを示唆しています」とキング博士は述べました。これはつまりホルモン受容体陽性の小葉がんと、稀ではありますが、陰性の小葉がんで予後が変わらない、ということを意味します。乳管がんではこれは全く異なります。術後早期の再発は圧倒的にホルモン受容体陰性乳がんで多い傾向があります。

また、局所再発率(温存ならば残された乳腺、切除後の皮膚や腋窩のリンパ節での再発)は小葉がんと乳管がんで同様でした。しかし頻度で見たとき乳管がん患者では局所再発>遠隔転移です。小葉がん患者では局所再発<遠隔再発です。ゆえに局所再発率が同じであるならば、遠隔転移は小葉癌で明らかに多いということになります。乳がんが遠隔転移する場合、乳管がんは骨に広がる傾向があったのに対し、小葉がんは腹膜、卵巣、消化管に広がる傾向がありました。小葉がんでは肺への再発はあまり一般的ではありませんでした。

小葉がんは乳管がんと比較して、
1 高齢者に多い
2 大きな腫瘍で発見されることが多い
3 乳房全摘で対応されることがより多い
4 術後6年間は乳管がんよりも再発しやすい
5 10年後に見たとき、亡くなってしまわれる方も小葉がんの方の方が確率が高い
6 ホルモン感受性の有無によって予後があまり変わらない
7 乳管がんが骨に転移しやすいのに対して小葉がんでは腹膜、卵巣、消化管に転移しやすい。

乳がんの発症リスクに関しても異なる可能性がある

小葉がんの危険因子も、乳管がんに関連する危険因子とは異なる可能性があります。
ホルモン曝露に関する25件の観察研究のメタアナリシスでは、小葉がんと乳管がんについて、ホルモン補充療法、初潮年齢、閉経年齢とのより強い関連性が見られました。
ホルモン補充療法を以前または現在使用している人の中で、小葉がんの相対リスクは 2.0 であったのに対し、乳管がんの相対リスクは 1.5 でした。いくつかの個別の研究では、小葉がんに関連するリスクが 3 倍増加することが判明しました。(つまり女性ホルモンへの暴露とより強い関係があります)
小葉がんの最も強い危険因子は、上皮内小葉がん(LCIS)と以前の診断されたことがある、です。
上皮内小葉がん(LCIS)は浸潤性小葉癌と同じ細胞学的特徴を共有しますが、細胞は末端管小葉単位に限定されています。サーベイランス、疫学、および最終結果のデータによると、上皮内小葉がんの診断後のその後の乳がんのリスクは、10 年で 11%、20 年で 20%、つまり年間約 1% です。上皮内小葉がんは乳管がんと小葉がんの両方の危険因子ですが、このグループでは小葉がんが圧倒的に多く、その後発生するがんの約 30% が純粋な小葉がん、または乳管がんと小葉がんの混合です。

(筆者注: 乳管がんが周囲の組織に診断せず、乳管内にとどまっている場合は、非浸潤性乳管がん(DCIS)と呼ばれます。転移をしないという特徴があり、切除で完全に根治せしめることが可能なので、ステージも0とされます。いわば”前がん状態”ともいえる状態と思います。
同じく小葉がんにも浸潤性と非浸潤性の分類があり、DCISに対してLCISと呼ばれます。当然転移せず、ステージも0扱いです。
たとえば温存切除後に、DCISと診断された場合は、断端陰性でとり切れていることが必須であるとされ、残存乳房へ放射線治療も施行されます。対してLCISは断端の追求は厳密ではなく、放射線治療も施行せず、経過観察とされる傾向が強いです。臨床的には扱いに差があります。
この論文では、しかしそうして放置されている乳腺には後に年間1%で乳がんが発生しますよ、と注意しているわけです。)

これも続きます・・・(最近長いものが多くてすいません)

2023.07.11

CDK4/6阻害剤について・・・その4 論文の要旨

ここからは残された疑問に関して、この論文のまとめを引用していきます。
私が多少の解説を加えて医師以外でも読みやすくしています。ただPFS OS IDFSなどの言葉がわからないと、まずちんぷんかんぷんになるでしょう。その1から3までを読んでから挑戦してください。IDFSは我々にも少しなじみがない指標ですが、乳房以外の二次悪性新生物、乳房内であっても乳管内がんでの局所再発が発生しても再発とせずに統計を行い、再発無しでの生存期間を調査したという値になります。

1 すべてのCDK4/6阻害剤は ホルモン感受性ありHER2陰性の閉経後転移性乳がんのPFSを延長する。しかし転移性乳がんのOSの延長効果と、術後補助療法での無再発生存期間における効果はイブランス🄬にだけ認められないのはなぜか。

筆者はこの問題に焦点を当てながら 2-5の疑問点への回答を探っていきます。

CDK4/6阻害剤は3剤ともほぼ1年PFSを延長しました。つまりいままでのホルモン剤単独であれば1年程度で効かなくなっていたものを2年程度まで効果を持続させることに成功したのです。であるならば、乳がんが再発してから亡くなるまでの最終な生存期間であるOSも1年延長していてもいいはずです。PALOMA-2の90か月(8年間)の経過観察で、結局イブランスはOSの延長を証明できませんでした。実際にはホルモン剤単独51.2か月のOSを、ホルモン剤にイブランス🄬の併用で53.9か月としたのみです。
たいしてキスカリ🄬は51.4か月を63.9か月まで延長しています。ベージニオ🄬の最終結果は2023年発表ですが、54.5か月を67.1か月に延長しそうです。残り2剤はPFSを延長した分、OSもきちんと延びていそうだ、と言えます。

しかしなぜイブランスだけOSを延ばせなかったのでしょうか?

現在はキスカリ🄬だけが、閉経後、そして閉経前ホルモン受容体陽性HER2陰性転移性乳がんにおいてもゾラデックス🄬などのLH-RH阻害剤併用を行うことによって、一次治療において、OSに有意差を証明しています。

二次治療ではどうでしょう。転移再発後、一次治療をおこない、それが効果がなくなった後であっても、キスカリとフェスロデックス🄬の併用療法は12.8か月を20.5か月までOSを延長しました。ベージニオとフェスロデックス🄬の併用は9.4か月延長しました。

要約すると、キスカリ🄬 とベージニオ🄬 はホルモン剤と併用することで、ホルモン感受性HER2陰性転移再発乳がんのPFSが延長した分の OS も改善しますが、イブランス🄬では PFSは延長しますが、OS での利点は実証されませんでした。

さらに加えて転移が想定される環境では一貫して PFS を改善する薬剤が、術後補助治療環境では OS も IDFS も改善しないのはなぜかという大きな疑問が残っています。CDK4/6阻害剤はホルモン剤に反応する転移再発乳がんの治療において、一律にPFS=無増悪期間を延長します。しかし高リスク乳がんと呼ばれるたとえ早期発見されていても、微小転移が存在していることが予想される乳がんに対して、予防的に術後に投与しても効果が一律には得られないのです。現在その目的で保険収載され、使用されているのはベージニオ🄬だけですが、キスカリ🄬もその効果が認められました。

IDFS には乳房以外の二次悪性新生物が含まれることが制限されていますが、パルボシクリブ🄬はIDFSを他薬剤ほど改善しませんでした。

これらのデータは、治療にあたる主治医が 数種類あるCDK4/6阻害剤を、同等のものとして互換的に処方すべきではないことを示唆しています。 患者には慎重にカウンセリングを受け、副作用プロファイルとOSに関して観察された一貫した差異に基づいて治療法を個別化して受ける必要があります。

残された疑問2から6に関与して、CDK4/6阻害剤を使用後 もしその効果が得られず、あるいは得られなくなり、再進行開始後にホルモン剤単剤治療は効果があるのでしょうか?

これに対する回答としてCDK4/6阻害剤併用のホルモン治療後に、転移性乳がんが再進行した後、標準的なアプローチは現在ありません。
オプションには alpelisib (日本未認可、ホルモン剤併用) 、アロマシン🄬とmTOR 阻害剤エベロリムス(アフィニトール🄬)などがあげられます。ただ複数の研究で、ホルモン受容体陽性HER2陰性の進行あるいは転移性乳がん患者のCDK4/6阻害剤(主にパルボシクリブ🄬)併用による内分泌療法治療後、再燃した場合のホルモン剤単独療法群におけるPFSが驚くほど短いことが確認されました。現在日本では保険未収載の強力な臨床抗腫瘍活性を示した経口選択的エストロゲン受容体分解剤の多くもまた、残念ながらCDK4/6阻害剤による治療後は限定的な臨床活性を示しました。

イブランス🄬使用後、再進行が始まった後の二次治療ホルモン剤単剤療法では急速な進行が起こることが知られています。この急速な進行の1つの説明は、CDK4/6阻害剤の中止後に、それまでせき止められていた細胞分裂回転(G1/S)の遮断が急激に解放された腫瘍細胞が放出されることだと考えられています。 注目すべきことに、この現象は、キスカリ🄬投与後の進行後治療の統合解析では観察されませんでした。

イブランス🄬投与によって達成された PFS の改善は、二次治療に入った段階では維持されず、むしろ増悪速度が上昇するため、これが OS の利点の欠如に寄与している可能性があることを示唆しています。

筆者注:ここまで書いていて怖くなりました。ちなみにこの論文の筆者のO'Sullivan先生の研究はLily社から資金提供を受けています。たくさんの製薬会社から受けておられますが、筆頭はLily社でした。日本ではイーライリリー社です。
ベージニオはイーライリリー社の薬剤です。
キスカリ🄬はノバルティス社です。
イブランス🄬はファイザー社です。
あとはお察しください。ただこの論文はいま医師たちによく読まれていることは事実です。
私はどの会社からも資金提供は受けていません。

2 CDK4/6阻害剤は基本的に高価である。そして副作用もある。ホルモン感受性ありHER2陰性の閉経後再発乳がん患者さんは、全員にCDK4/6阻害剤を併用したほうがいいのだろうか?としたらどのCDK4/6阻害剤を選べばいいのだろうか。ホルモン感受性が非常に高い再発の一次治療の際、いままでホルモン剤単独療法で対応して、必ずしも悪い結果ではなく、何年もそれだけで問題なかった症例は存在していた。そういう患者さん、つまりとりあえず一次治療は今まで通りホルモン剤単独でいい患者さんを見分けるマーカー、指標のようなものはないのだろうか?ホルモン剤による一次治療に反応しなくなった際に初めてCDK4/6阻害剤の使用を勧める、これを見分ける指標はあるのだろうか?

Lum AとLum Bタイプで比較した際、HER2の陽性細胞の比率が高いほど、ホルモン剤単剤での治療と比較してキスカリ🄬の併用が有意に優れたPFSを示しています。(この研究はHER2陰性を対象に行われましたが、HER2陽性細胞が0というわけではなく、少ない、あるいは発現が弱いものも陰性としています。一般にLumBタイプの方がLumAタイプの方と比較してHER2にわずかながらでも発現している乳がん細胞が多い傾向があります。)
→ HER2陰性であっても、わずかでも発現していればそれが強ければ強いほどCDK4/6阻害剤の併用を勧めた方がいい。

内臓転移、特に肝転移をともなう閉経後転移性乳がん症例では、ホルモン剤単剤よりも、ベージニオ🄬併用のほうが効果が期待できることが示されています。

De novo Stage IV乳がんではホルモン剤単独療法と比較して、最初からキスカリ🄬を併用することで予後が改善することがわかっています。
(「De novo Stage IV」という用語は、がんのステージング(進行度分類)に関連しています。ステージIVは、がんが最も進行したステージであり、他の臓器や組織に広がっていることを示します。「De novo」は、ラテン語で「新たに」という意味です。したがって、「De novo Stage IV」は、「最初からステージIV」という意味で、がんが最初の診断時点で既に他の臓器に広がっていることを指します。これは、初めてがんが見つかった段階でがんが進行転移していることを示す用語です。通常、がんは初期ステージで発見され、進行するにつれてステージが上昇していきます。しかし、De novo Stage IVの場合、がんが最初の診断時点ですでに進行しており、他の臓器に転移していることが明らかになっています。)

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副作用について

ホルモン剤単独療法と比較して、CDK4/6阻害剤を併用すると、副作用が増加する可能性がありますが、全体的な生活の質の低下は観察されていません。
イブランス🄬とキスカリ🄬の場合は、最もみられる比較的重篤な副作用は好中球減少症です。キスカリ🄬は、QTcF 間隔の延長(キスカリ🄬とタモキシフェンの投与を受けた患者では約 16%、キスカリ🄬とアリミデックス🄬あるいはフェマーラ🄬 の投与を受けた患者では 7%)と、血清トランスアミナーゼの上昇(肝機能異常)を引き起こす可能性があり、これが治療中止に至る最も頻度の高い理由です。

(筆者注:QTcFは、心電図(ECG)の解析において使用される指標であり、心臓の電気活動の正常性を評価するために使用されます。QTcFの延長は、心臓の電気活動に異常があることを示す可能性があります。正常な心電図は、一定の間隔で心室の収縮と再分極が行われます。しかし、心臓の特定の状態や薬物の副作用などによって、QTインターバルが長くなることがあります。QTcFの延長は、心室頻拍(ventricular tachycardia)や心室細動(ventricular fibrillation)などの異常な心拍を引き起こす可能性があります。特定の薬物は、QTcFを延長させることが知られており、これは重篤な副作用を引き起こす可能性があるため、医師は薬物の使用に際してQTcFのモニタリングに注意を払うことがあります。)

ベージニオ🄬は、イブランス🄬やキスカリ🄬とは異なる薬理学的および毒性プロファイルを持っています。ベージニオでは好中球減少症は少ないですが、下痢、吐き気が多く、頻度は低いですが静脈血栓塞栓性イベント(5%)が発生します。下痢は 一般に悪性度は低く、減薬や入院につながることはほとんどありません(筆者注 でも下痢止めの薬を併用しておくことがほぼ必須です)。臨床試験において患者の約 81% が下痢を報告しました(筆者注:これは多いでしょう。それに生活の質は落ちないと書かれていますがやはり落ちるでしょう。)。

CDK4/6阻害剤による好中球減少症の発生率は高いですが、発熱性好中球減少症はまれです。またこれが起こった際には用量をそれに応じて次第に減量していくことが多いのですが、それを減量してもPFS に悪影響を及ぼしません。その他のまれなことですが、 重篤な副作用には、間質性肺疾患/肺炎および静脈血栓塞栓症イベントが含まれます。

まとめ(これは私が書いています)

ホルモン感受性あり、HER2陰性乳がんがたとえばリンパ節転移が激しい、皮膚に著明に浸潤しているなど、進行して見つかった場合、また残念ながら再発してしまった場合は、やはり現状ではホルモン剤とCDK4/6阻害剤の併用が最初から勧められると思われる。

長期間(5年以上)ホルモン剤を飲用しながら経過していて、骨転移で再発が見つかった(つまり肺や肝臓など内臓に転移がなければ)場合などで併用しないことも検討される。

早期乳がんであっても、LumBタイプでHER2がわずかでも陽性である、Ki67の値が20%を超えるなど、悪性度の高い乳がんであった場合は、再発予防の観点からCDK4/6阻害剤の数年間の併用を行っておくことが勧められる。

この論文からはイブランス🄬に有利な点は読み取れない。しかし実際の使用感からはイブランス🄬は比較的副作用がコントロールしやすく、軽いという特徴がある。CDKをすべてブロックすると副作用が強すぎて薬としか使えないことから、CDKをどこまでブロックするか、効果と副作用の兼ね合いで検討する必要があるのだろう。CDK4/6阻害剤の併用の有無、薬の選択については、費用、副作用、そしてその方のがんの状況によって複雑に影響されるため、主治医としっかり話し合って決めていく必要があるだろう。

2023.07.07

CDK4/6阻害剤について・・・その3 標準治療の混乱

細胞は分裂することで増殖します。細胞分裂は周期があり、これが回転して1個が2個、2個が4個と増えていきます。これを自転車が走って進んでいくことにたとえます。後輪が回転して自転車が進むことで、がんが増殖するとします。

がん細胞に限らず、細胞はCyclin Dと呼ばれるタンパクの存在によって、細胞はG1期からS期へと進行し、DNAの複製を行うことが可能になります。つまり細胞分裂が進んでいきますが、このCyclin Dは自転車のペダルのようなもの、と思ってください。

Cyclin DはCDK(サイクリン依存性キナーゼ)と結合します。CDKは細胞内に存在しているタンパク質キナーゼです。これはペダルをこいでいる足と思ってください。誰かが漕がないとペダルは回りません。

Cyclin DにCDKが結合するとペダルが回り始め、それは特定のタンパクにリン酸基を付加することで細胞内のシグナル伝達を制御します。このリン酸基はチェーンのようなものです。チェーンは後輪に力を伝えます。

こうして自転車の進行(細胞の増殖)は、細胞周期の進行(後輪の回転)で起こり、それはCyclin D-CDK複合体の形成と活性化(漕ぎ手がペダルをこいで、リン酸基をチェーンとして伝える)によって厳密に制御されています。

このCDK4/6を阻害することに成功すれば(漕ぎ手を奪ってしまえば)少なくとも無制限な細胞分裂は止まります。CDK4/6阻害剤 (パルボシクリブ(イブランス🄬)、リボシクリブ(キスカリ🄬)、アベマシクリブ(ベージニオ🄬)) と内分泌療法 (ホルモン剤) の併用療法は、ホルモン受容体陽性HER2陰性の進行あるいは転移性乳がんの治療に大きな進歩をもたらしました。標準治療がついに書き換わろうとしています。

さあお待たせしました。ここから論文の内容に入ります。
ホルモン受容体陽性、ERBB2陰性乳癌に対するサイクリン依存性キナーゼ4/6阻害剤:総説
O'Sullivan CC, et al: JAMA Oncol 2023

ランダム化第三相試験の結果から、ホルモン感受性HER2陰性の閉経後転移性乳がんの一次治療、二次治療におけるホルモン単独療法 (アロマターゼ阻害剤、タモキシフェン、またはフルベストラント) と比較して、CDK4/6阻害剤を追加することで疾患進行のリスクが約半分に減少することが実証されました

これにより米国食品医薬品局と欧州医薬品庁は、一次治療、二次治療の両方で 3 つの CDK4/6阻害剤 の使用を承認しました。ただし、作用機序、副作用の内容、全生存期間 (OS) に関しては、3つのCDK4/6阻害剤の間で違いが明らかになりつつあります
たとえばベージニオ🄬とキスカリ🄬はどちらも、進行再発乳がんだけではなく、高リスクホルモン受容体陽性早期乳がんに対する有効性を実証しています。イブランス🄬では証明されていません。

標準治療が3つもあっては困ります。ジェネリックのように基本同じ効果、同じ副作用であるならばまだしも、効果も副作用も異なるのでは混乱してしまいます。どこが違うのでしょうか。そしてどう使い分ければいいのでしょうか。

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まずこれら3剤が乳がん治療に与える効果を証明した研究を復習してみましょう。
PFS、OSについてはもういいですか?理解していますか?もしまだでしたらその2を読んでおいてください
一次治療、これは再発や進行(手術にならない)がんが見つかって最初の治療ということです。二次治療、これは一次治療で反応しなかった、あるいは反応していても再び進行が始まった際の二番目の治療を意味します。

PALOMA-1 : ホルモン感受性ありHER2陰性の閉経後転移性乳がん治療が対象
フェマーラ🄬単独とフェマーラ🄬+イブランス🄬の比較です。
一次治療においてPFSを10.2 か月から20.2か月に延長した(Phase 1/2)
ただしそれによるOSへの影響は証明できていない。

PALOMA-2:ホルモン感受性ありHER2陰性の閉経後転移性乳がん治療が対象
フェマーラ🄬単独とフェマーラ🄬+イブランス🄬の比較です。
一次(二次)治療においてPFSを14.5 か月から24.8か月に延長した(Phase 3)
ただしそれによるOSへの影響は証明できていない。

MONARCH-3:ホルモン感受性ありHER2陰性の閉経後転移性乳がん治療が対象
ホルモン剤単独とホルモン剤+ベージニオ🄬の比較です。
一次(二次)治療においてPFSを14.7 か月から28.2か月に延長した(Phase 3)
OSへの影響は、証明はされていないが、二次治療で改善が認められた。

MONALEESA-2:ホルモン感受性ありHER2陰性の閉経後転移性乳がん治療が対象
フェマーラ🄬単独とフェマーラ🄬+キスカリ🄬の比較です。
一次(二次)治療でにおいてPFSを16.0か月から25.3か月に延長した(Phase 3)
OSへの影響は、証明はされていないが、一次・二次治療で改善が認められた。

MONALEESA-7:ホルモン感受性ありHER2陰性の閉経転移性乳がん治療が対象
タモキシフェンあるいは AI + LH-RH (ゾラデックスあるいはリュープリン)単独と
このホルモン治療+キスカリ🄬の比較です。
一次(二次)治療でにおいてPFSを13.0か月から23.8か月に延長した(Phase 3)
ただしOSへの影響は証明できていない。

それぞれ素晴らしい成績です。基本 ホルモン剤単独であれば1年程度であった効果が、CDK4/6阻害剤を追加すれば2年に延長する、ことが分かったのです。これは大変すばらしい成績です。PALOMA2の成績が発表された時、私も米国臨床腫瘍学会(ASCO)の現場でこれを聞いていましたが、会場の乳がん関連の発表がこればかり注目されて他がかすんでしまっていたことを覚えています。

標準治療が書き換わる、これは大変なことです。
これ以降、ホルモン感受性ありHER2陰性の閉経後転移性乳がん治療の、一次治療は、二次治療は、ホルモン剤単独ではなく、ホルモン剤にCDK4/6阻害剤を併用すること、が標準治療となりました。
日本乳がん学会の治療ガイドラインにも「非ステロイド性アロマターゼ阻害薬とCDK4/6阻害薬の併用が第一に検討される」の一文が添付されました。

しかし気付かれた方もおられるでしょう。そう3剤でイブランス🄬だけはOSでの延長効果が認められませんでした。

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CDK4/6阻害剤のこうした成功を受けて、手術もできないような局所進行がん、再発乳がんだけではなく、手術可能な比較的早期乳がんであっても再発リスクの高い、悪性度の高い乳がん患者さんに、術後にCDK4/6阻害剤を予防的に投与すれば再発は減るのではないか、この研究が行われました。
術後補助療法において、ホルモン剤単独 VS ホルモン剤+CDK4/6阻害剤という臨床試験です。

しかし 実はこの研究がいま起こっているCDK4/6阻害剤における混乱のもととなりました。
ホルモン感受性乳がんにおける術後補助療法における CDK4/6阻害剤の使用を評価する前向き試験では、矛盾する結果が示されています。

PALLAS 試験 (n = 4600): ホルモン感受性HER2陰性 ステージ2、3の乳がんにおける術後補助療法
ホルモン剤単独 vs ホルモン剤+2年間のイブランス🄬
2回目の中間解析では、研究は無駄であるとして中止されました。
3年間での浸潤癌の再発無しで生存される確率は 単独で88.5%、併用で88.2%と差がありませんでした。

Monarch-E (n = 5637) :ホルモン感受性HER2陰性 高リスク乳がんにおける術後補助療法
ホルモン剤単独 vs ホルモン剤+2年間のベージニオ🄬
2年間での浸潤癌の再発無しで生存される確率は 単独で89.3%、併用で92.3%
4年間での浸潤癌の再発無しで生存される確率は 単独で79.4%、併用で85.8%
改善効果が証明されました。

これをうけて米国、そして日本でもKi-67 が 20% 以上のリンパ節転移陽性ホルモン受容体陽性HER2陰性乳がん患者に対して術後補助療法としてベージニオ🄬とホルモン剤の併用を承認しました。

NATALEE 試験:ホルモン感受性HER2陰性 高リスク乳がんにおける術後補助療法
ホルモン剤単独 vs ホルモン剤+3年間のキスカリ🄬
これはこの論文の時点では結果が発表されていませんでしたが現在は出ています
3年間での浸潤癌の再発無しで生存される確率は 単独で87.1%、併用で90.4%
改善効果が証明されました。

気付かれた方もおられるでしょう。そう3剤でイブランス🄬だけは補助療法として効果を証明できませんでした。

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ただ同じような薬剤が3剤もあればそれだけでも混乱します。
同じ効果、同じ副作用なら、一番安い薬がベストでしょう。ただ先に述べたように効果も、そして副作用も異なるのです。標準治療とまで言うのなら、そこをはっきりさせる必要があります。

残された疑問

1 すべてのCDK4/6阻害剤は ホルモン感受性ありHER2陰性の閉経後転移性乳がんのPFSを延長する。しかし転移性乳がんのOSの延長効果と、術後補助療法での無再発生存期間における効果はイブランス🄬にだけ認められないのはなぜか。

2 CDK4/6阻害剤は基本的に高価である。そして副作用もある。ホルモン感受性ありHER2陰性の閉経後再発乳がん患者さんは、全員にCDK4/6阻害剤を併用したほうがいいのだろうか?としたらどのCDK4/6阻害剤を選べばいいのだろうか。ホルモン感受性が非常に高い再発の一次治療の際、いままでホルモン剤単独療法で対応して、必ずしも悪い結果ではなく、何年もそれだけで問題なかった症例は存在していた。そういう患者さん、つまりとりあえず一次治療は今まで通りホルモン剤単独でいい患者さんを見分けるマーカー、指標のようなものはないのだろうか?ホルモン剤による一次治療に反応しなくなった際に初めてCDK4/6阻害剤の使用を勧める、これを見分ける指標はあるのだろうか?

3 CDK4/6阻害剤を使用しながら腫瘍が再び増悪を始めた、その際に、ホルモン感受性は失われていることが報告されている。それはCDK4/6阻害剤の種類によって差があるだろうか?

4 CDK4/6阻害剤が利かなくなるのはなぜだろうか?その耐性獲得の機序はどうなっているのだろうか?それはCDK4/6阻害剤の種類によって差があるだろうか?

5 腫瘍の微小環境はどのようにCDK4/6阻害剤への反応性に影響するのだろうか?それはCDK4/6阻害剤の種類によって差があるだろうか?

6 失われてしまったホルモン感受性は戻ってくるのだろうか?もし可能ならどうやって?

2023.07.07

CDK4/6阻害剤について・・・その2 PFSとOS

がんはこの現在においても完治は難しい疾患です。

手術や放射線治療といった局所治療がいまでもなくならないことがその証拠です。
手術は切除したところしか治せない、放射線も当てたところしか治せません。もちろん全身を切除することも、全身に放射線を浴びせることもできません。なので局所治療と言います。

たいして抗がん剤やホルモン剤は全身治療と言います。薬を飲めばその薬は全身に余すところなくいきわたります。もちろんがんではない部位に行く必要はありません。しかし現在の医療では、がんがある部位、たとえば転移が隠れている場所、小さな早期がんが発生した部位を見つけることができない、なのでがんが全くない部位を完全には区別できません。もしできたとしてもいつ発生するかわからない。ですから全身にくまなく効く薬の方が都合がいいのです。そしてその薬がたとえがんのない部位に効いても副作用がなく、がんがある部位に効いてがんが完全に消えるような薬ができればがん治療は完成します。

ですので固形癌とよばれる胃がんや乳がん、大腸がんを手術しているうちはまだそういった薬、治療法は完成していない、と言えます。

今でも毎週のように新しい薬が開発、発表され、臨床試験が行われています。新薬の99%は日の目を見ずに終わるとされます。効果がなかった、は論外として、副作用が強すぎて使い物にならない場合もあります。これらをクリアして初めて臨床試験に乗りますがフェーズ3と呼ばれる段階の臨床試験になれば、この効果が認められ、副作用も許容範囲内である新薬に対して、今まで行われてきた標準治療、つまり現状では最良の治療法とどちらが優れているか、比較することが行われます。
この試験でより優れるという結論が出た場合に、治療のガイドラインが変わり、それ以降はその新薬が標準治療になるわけです。これは世界規模で起こります。がんは人類に共通した疾患だからです。ですのでフェース3は医学の歴史そのものになります。

CDK4/6阻害剤もそのようにして、まずホルモン感受性HER2陰性進行再発乳がんの標準治療を書き換えてしまったお薬になります。PALOMA試験、MONARCH試験、MONALEESA試験という言葉が出てくるのですが、これはそれぞれパルボシクリブ(イブランス🄬)、アベマシクリブ(ベージニオ🄬)、リボシクリブ(キスカリ🄬)という薬に対して行われた臨床試験の略称になります。覚えやすいようにそう名前を付けるのですね。CDK4/6阻害剤の歴史はPALOMA-2というフェーズ3試験で始まりました。

イブランス+ホルモン剤がホルモン剤単独で治療した場合と比較してホルモン感受性HER2陰性進行再発乳がんのPFSを約2倍に延ばすことに成功したのです。これは衝撃的な結果です。副作用も好中球減少という白血球が減ること以外あまり強いものはありませんでした。そしてこれにより標準治療が変わることになりました。

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さてここでPFSという見慣れない言葉が出てきます。これは”無増悪生存期間”という意味です。
このデータ、再発したがんに対する新薬や治療を研究した論文でよく使われる指標です。
ChatGPTにPFSについて聞いてみましょう。

PFS(Progression-Free Survival)とは、がん治療などの臨床試験や研究においてよく使用される指標の1つです。PFSは、特定の治療を受けた患者が病気の進行(がんの再発や増殖)なしに生存している期間を表します。
PFSは、治療の効果を評価するために重要な指標です。通常、がんの治療では、薬物療法や放射線療法などの治療が行われ、患者のがんの進行を遅らせるか、一時的に止めることを目指します。PFSは、治療が進行を遅らせる能力をどれだけ持っているかを示す指標として使われます。
PFSは、治療を受けた患者の状態を定期的に監視し、がんの進行が見られた場合にイベントとしてカウントされます。進行とは、がんの再発、新たな転移、または既存の腫瘍の増大などを指します。PFSの期間は、初めての進行イベントが起こるまでの時間を測定します
PFSの利点は、がん治療の効果を早期に評価できることです。通常、生存期間全体を評価するよりも早く、治療の効果を知ることができます。また、臨床試験や研究において、新しい治療法の効果を比較するためにも使用されます。
ただし、PFSにはいくつかの制約もあります。進行イベントが生じた場合、その後の治療やケアによって患者の生存期間が延長される可能性がありますが、PFSではそれが考慮されません。また、PFSは進行を測定するため、治療によってがんの縮小や一時的な応答がある場合でも、それが反映されないことがあります。

総括すると、PFSは特定の治療法ががんの進行を遅らせる能力をどれだけ持っているかを評価する指標です。臨床試験や研究において、新しい治療法の有効性を比較したり、患者の治療計画を立てる際に重要な情報として利用されます。

満点の回答です。もう一つOS(Overall Survival:全生存期間)という指標があります。その違いを聞いてみましょう。

OSは、特定の治療を受けた患者ががん診断後に生存している期間全体を測定します。OSは、がんの治療やその他の要因による影響を総合的に考慮し、患者の全体的な生存期間を評価します。つまり、がんの進行や再発に関係なく、治療後の生存期間を測定します。
PFSとOSの主な違いは、測定する期間と評価する要素です。PFSは進行イベントまでの期間を測定し、がんの進行を遅らせる効果を評価します。一方、OSはがん診断後からの全体的な生存期間を測定し、治療やその他の要因による影響を総合的に考慮します。
両指標の使用は臨床試験や研究の目的に応じて異なります。PFSは治療効果の早期評価に役立ち、治療法の有効性を比較したり、治療計画を立てる際に重要な情報となります。一方、OSは治療後の全体的な生存期間を示すため、治療の長期的な効果や患者の予後を評価するのに適しています。重要なのは、PFSとOSは単独ではなく、相補的に使用されることが多いことです。治療法の有効性を総合的に判断するためには、PFSとOSの両方のデータを組み合わせて考慮する必要があります

読んでくれていますか? (笑) 私のブログで最難関になるような気がしています(笑)。
ただこのPFSとOSの違いを分からずに、どんなに勉強し、英語の医学論文にまで手を出されたとしても、おそらく臨床における意味を理解できません。つまり自分にとってその薬剤がどんな意味を持つか、理解できません。

実はこの話 CDK4/6阻害剤を理解するのにとてつもなく重要になります。この解説をせずに本論に入れないのです。ご理解ください。

乳がんが再発したとき、もちろん様々な治療が行われます。

しかしその治療がたとえ効果があり、進行が止まったとしても、それで根治できない場合、再びがんの進行が始まることがあります。そうして一次治療という最初の治療の効果がなければ二次治療に移ります。

一次治療はその時最善と思われるものが選ばれます。つまり標準治療です。しかしやってみたら二次治療の方がより効果が高かった、ということはどうしても発生します。
でも一次治療がよく効いた方であっても二次治療は全くと言って効果がなかった、そうすると一次治療では効果がなく、二次治療でよく効いた方の方が最終的には長生きされたということが起こります。つまりOS(最終的に再発して何年生きられたか)では差が出なかったということが起こります。

対してPFSは再発したがんが再び大きくなり始めるまでの期間、つまり一次治療のみで効果を見るため、実際には後者の患者さんが長生きしていたとしても、前者の治療が優れていた、という結果になります。

薬の効果を見るだけなら別にPFSだけ見ていたらいいんじゃない、という考え方もあります。ただPFSでなく、OSで評価することはとても重要です。というのも一次治療は二次治療に影響することがあるからです。CDK4/6阻害剤を使うとホルモン感受性が失われやすいことがわかっています。つまり一次治療で効果が得られなくなればもはやホルモン剤は使えません。どうしても二次治療は抗がん剤になります。抗がん剤はホルモン剤による治療と比較して副作用が強く、どうしても長期間の治療が難しくなります。つまり最終的な生存期間が短くなる可能性があるのです。たとえ一次治療でよく効いても、それがホルモン感受性を失わせる効果があるのであれば最終的なOSが短くなる、ということです。患者さんにとっては最初のお薬が効くことも大事ですが、何よりもあとどれくらい生きられるか、それが最も重要になります。その薬だけよく効けばいいものではないのです。

「ぬか喜び」という言葉があります。日本語のことわざであり、物事が思いがけずに良い結果をもたらしたり、予想外にうまくいったりしたときに使われる表現です。具体的には、本来は喜ぶべきでないような状況や結果に対して、思わず喜んでしまうことを指します。
良い結果に出くわしたときに、驚きや喜びを感じます。しかし、その結果が一時的なものであり、長続きしないことを含んでいればぬか喜びだ、と言います。

そう考えれば、再発乳がんの治療を考える際にはPFSも確かに重要ではあります。しかしそれが「ぬか喜び」に過ぎないことを避けるために、OSの方が患者さんにとってはもっと重要な指標だ、と言えなくもないのです。

2023.07.06

CDK4/6阻害剤について・・・その1

このブログは再発患者さんのような、少し医学に知識があり、さらに納得いくまで新しい薬剤や、治療法について調べてみたいという方に向けて書きます。一般の方にはすこし難しいと思います。この題名を見て読みたいと思う方以外には勧めません。そして難しいので解説しながら進めますが、長くなりそうなので何回かに分けます。

現在 乳がんで治療を受けておられる方で、自分は発見された時から進行がんだとされ、術後にホルモン剤治療に加えてCDK4/6阻害剤と呼ばれる薬剤を併用されておられる方は多いかと思います。非常に高価なお薬なので、負担も大きく、これが本当に必要なのか、という疑問を患者さんからよく言われます。

ただそうしたお薬に関して本当に必要か?という疑問は我々医師ももちろん持っています。そして常に調べてもいるのです。
スカラリアという論文を整理する便利なフリーソフトがあります。日常的に論文を読まなければならない我々は以前は紙で論文を管理していました。そうするとあれはどこに行った、これに関する論文はどれだっけ、などいろいろ大変でした。いまは論文はすべてデータとして持っておき、PCで管理できます。ただ無料なソフトにはそれなりに理由があります。スカラリアはわれわれ医師がどんな論文に興味があるのか、そのデータを集めて吸い上げているのです。
そのスカラリアが6月分として乳腺領域で最も読まれているとした論文があります。それが下記です。

ホルモン受容体陽性、ERBB2陰性乳癌に対するサイクリン依存性キナーゼ4/6阻害剤:総説
O'Sullivan CC, et al: JAMA Oncol 2023

これは現在使用されているCDK4/6阻害剤 パルボシクリブ(イブランス🄬) アベマシクリブ(ベージニオ🄬) リボシクリブ(キスカリ🄬:日本では保険収載なし)について現状まででわかっていることをまとめた総説になります(以降🄬商標 省略)

この論文、リンクを追って見られればわかると思いますが、全文読むためには有料です。
よく読まれている論文はフリーアクセスと言って無料のことが多いのですが、これはそうではありません。お金を払っても医師はそれだけ読みたいのだということがわかります。

この3剤はここに書かれた順番で発売されており、最後のキスカリについては日本で保険未収載になっています。理論的には同じ機序でがんに対して働き、効果を示すはずですが、イブランスとベージニオだけでも使ってみると副作用からだけでも大きく使用感が異なっており、違う薬であることがわかります。
またこの2剤はホルモン感受性HER2陰性進行再発乳がんの治療として保険収載されているのですが、ベージニオは早期がんの初期治療においても保険適応となっています。イブランスはその適応はありません。したがって効果も異なることがわかります。

それはいったいなぜなのか、どういったところからきているのか、それをたくさんの論文から読み解くのは大変なので、みんなそれをまとめてくれているこの論文を読んでいるのです。

Cyclin Dは、細胞周期の制御に重要な役割を果たすタンパク質の一種です。細胞周期とは、細胞が成長、DNA複製、そして分裂する一連のプロセスを指します。

Cyclin Dは、G1期と呼ばれる細胞周期の最初の段階で重要な役割を果たします。G1期では、細胞は成長し、DNAの複製に備えます。Cyclin Dは、細胞がG1期を進行し、S期(DNA複製期)に進むためのスイッチとして機能します。

具体的には、Cyclin DはCDK(サイクリン依存性キナーゼ)と結合します。CDKは細胞内に存在しているタンパク質キナーゼであり、特定のタンパク質にリン酸基を付加することで細胞内のシグナル伝達を制御します。

Cyclin DとCDKが結合することで、CDKの活性が高まります。この活性化されたCDK-Cyclin D複合体は、細胞内の他のタンパク質に対してリン酸基を付加し、細胞周期の進行を制御します。

具体的には、Cyclin D-CDK複合体は、Rbタンパク質と相互作用します。Rbタンパク質は、細胞周期を進行させるための特定の遺伝子の発現を抑制しているタンパク質です。Cyclin D-CDK複合体がRbタンパク質にリン酸基を付加することで、Rbタンパク質は不活性化され、遺伝子の発現が解除されます。

このようにして、Cyclin Dの存在によって、細胞はG1期からS期へと進行し、DNAの複製を行うことが可能になります。細胞周期の進行は、このようなCyclin D-CDK複合体の形成と活性化によって厳密に制御されています。

なお、Cyclin Dは細胞周期の他の段階においてもさまざまな役割を果たしますが、G1期におけるDNA複製への進行の制御が特に重要な働きとして挙げられます。

まずCDK4/6阻害剤のイメージをしましょう。

上の図は細胞分裂を車輪の回転にたとえたものです。がん細胞ではこれが無秩序にどんどん回転しています。左の図の回転がそうです。G1→S→G2→M→とぐるぐる回っています。自転車の後輪です。
そしてそれを加速させているものがいます。それはCyclinと呼ばれるタンパクで、ここではCyclin DとEを示しました。このタンパクが働くにはCDKというタンパクが必要です。それぞれCDK4/6、CDK2と呼ばれます。CDK阻害剤はここをブロックすることで加速している細胞分裂を止めようとする薬です。Cyclin DはD1とD2に分かれ、D1をCDK4、D2をCDK6が担当します。

CDK4/6阻害剤は、細胞の成長と分裂の重要な調整因子であり、細胞周期の G1 期から S 期への移行を制御します 。 Cyclin D1 の高発現はホルモン感受性のある乳がん細胞の主要な特徴であり、予後不良およびホルモン剤への抵抗性と関連しています。CDK4/6阻害剤は、その重要な調節因子です。
もちろんCDKを阻害する薬剤の開発はずっと行われてきました。しかしCDKのすべてを阻害しようとする薬剤の開発は、初期には骨髄抑制、胃腸、肝臓への強い毒性によって失敗しました。副作用が強すぎるのです。

しかし、イブランス、キスカリ、およびベージニオは、許容範囲内の毒性でCDKを抑制することに成功しました。
イブランスはCyclin D1/CDK4およびサイクリン D2/CDK6 に対して同程度の効力を持っていますが、ベージニオとキスカリは CDK6 よりも CDK4 に対して強力な効力を持っています。 ベージニオは、CDK1、CDK2、CDK5 など、他の複数の酵素も阻害します。その分効果も、そして副作用も他とは異なります。

印象としてやはりベージニオの毒性はイブランスより高いように感じられます。しかしその分ベージニオは進行再発乳がんだけではなく、早期乳がんであっても再発リスクの高い乳がんに対して効果を示すことがわかっています。

2023.06.20

変わった乳腺炎 ー肉芽腫性乳腺炎ー

肉芽腫性乳腺炎という?な病気

肉芽腫性乳腺炎という病気があります。
この病気は乳腺を専門とする我々のような医師にとって決して珍しい病気ではありません。われわれも1年に1-2例程度経験しています。
この疾患は、同じ疾患であっても、その病変が小さな時と大きくなった後では様々な点で異なります。

まず患者さんの主訴です。

小さな時の主訴は乳がんの疑い、乳腺腫瘤として来院されます。調べてみてもがんではもちろんありません。触ると少し痛みがある硬いしこりで来院されることがあります。
大きくなった後の主訴は、痛み、発赤、腫れです。乳腺炎として来院されます。もちろん授乳中ではありません。また打撲や、けがなど、目立った外傷はありません。はっきりした誘因なく急に乳腺が痛み出し、ばい菌が入った、感染した、と言われて来院されます。

通常通りマンモグラフィ、超音波検査を施行します。
小さな時、この疾患は乳がんとよく間違われます。その病変が小さく、症状がほぼ軽いか、ないときに特に鑑別が難しくなります。しこりとして自分で見つけてきた、痛くもかゆくもない、少しずつ大きくなる、それは乳がんの症状そのものですし、まして画像も似ていれば鑑別は難しくなります。
しかし大きくなった後は、画像上は疾患名通りの乳腺炎に見えます。多くの乳がんはあまり痛みません。乳がんは、患者さんが訴えられるように、「2-3日でみるみる腫れて赤くなり、ひどくうずく」ことはまずありません。しかしこの疾患は大きくなってくるとさすがに炎症らしい症状を呈してきます。しこりの中には液体として膿がたまっていることが確認されることが多く、実際穿刺すると膿が抜けてきます。もちろん触ると腫れていて、局所に熱感もあり、痛がります。穿刺内容として、リンパ球や好中球など、炎症細胞ばかりでがん細胞はもちろん確認されません。それは病変が小さくても同じです。

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肉芽腫性乳腺炎は1972年に Kesslerと Wolloch先生らによって最初に報告されました[1]。この病気の多くは、患者さんの訴えも、画像も、経過も、化膿性乳腺炎とほぼそっくりです。ただ異なるのはその部位に細菌感染が証明されません。つまり原因がわからないのです。膿がたまっていることも多く、そこから膿を吸い出す、あるいはドレナージ(切って排膿する)を行うことも、治療や診断目的でよく施行されていますが、感染は証明されません。ただ何に反応しているのかわからない、炎症がそこにあるだけです。したがって抗生物質を処方して細菌を殺す処置をしても効果はないのです。原因がわからない、けれども細菌感染し、化膿したみたいに見える乳腺炎、それこそがこの病気の逆に定義になっています。原因がわからないから治療法も確定できないのです。

さらに診断もややこしい。針で突いても、組織を一部調べても少なくともがん細胞は証明されません。そして細菌もいない。ただ炎症だけがある。経過を見ていたら大きくなります。よくなりません。そうするとがんがどこかに隠れていてそうなっているのではないか、という疑問が払拭できません。結局診断を兼ねて大きく切除されることも珍しくないのです。

我々がこの病気を扱う際には、Carmalt先生が1981年に提案した論文[2]が参考にされます。Carmaltはこの疾患を 1)最終出産より5年以内の妊娠可能な年齢の女性に多い 2)好中球やリンパ球の浸潤と異物型・ラングハンス型巨細胞を伴う肉芽腫を認める 3)膿瘍を認め,しばしば肉芽腫の中心に形成される 4)病変の主体は小葉中心である 5)乾酪壊死巣,抗酸菌・真菌を認めない、という診断基準を提唱しました。

1)については疫学について書かれています。それ以外はこの疾患の病理学的な特徴について書かれています。まとめると細菌感染そっくりだけれども、結核菌や真菌(カビ)感染によるものとは異なり、通常の細菌感染に似ている。それでいて原因菌は同定されない、ということになります。

まとめると この疾患は化膿性乳腺炎とそっくりで、症状も画像上もそのまま化膿性乳腺炎です。ただ原因だけがわからない。だからこうすれば治せるという治療法が確立していません。逆に化膿性乳腺炎の治療は、物理的にたまった膿を流しだしてとり除き、細菌を殺せる適切な抗生物質を投与することです。多くの肉芽腫性乳腺炎の患者さんも、それに準じた治療をされていることが多いと思います。そしてそれで治ってしまう方も多いようです。膿の中に原因となった細菌は証明されなかった、けれども治った、という経過です。もしかすると抗生剤で治癒するなら、それは通常の化膿性乳腺炎だっただけかもしれません。
原因がわからないまま、少しずつ硬い部分が大きくなってくれば、医師であってもがんが頭をよぎります。小さいうちにはなおさらです。だからこの疾患は恐ろしい。しょっちゅうあるものでもないことも嫌な要素です。診断がつけられない、つけにくい、だからがんではない、と言い切るのが難しいのです。

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現在一般的に認識されている肉芽腫性乳腺炎の治療は、ステロイド投与です。

ただし乳がんではない、化膿性乳腺炎でもない、と診断された場合に限定されます。この場合はステロイドで増悪させることもあり得るからです。裏を返せばステロイドで反応するようであればまず乳がんではない。肉芽腫性乳腺炎だった、とも言えます。

2011年 一本杉聡先生の論文によれば、本邦でこの疾患と診断され、ステロイド投与を受けた19例中18例に病巣縮小が確認され、6例で病巣消失、4例が PSL減量後に悪化して病巣摘出を受けていたと報告があります。

もともと原因の分かっていない疾患ですから治療法も確立されたのではありません。炎症があるのは確実なので炎症を抑える薬を出したら治った、治る症例もある、ということです。いわば対症療法、症状に応じて症状を抑える治療です。将来原因がわかれば変更されることもあると思います。私も何例か経験し、8割はステロイドに反応して治りましたが、2割程度で長引いた記憶があります。もしかすると同じ肉芽腫性乳腺炎であっても、違う疾患だったのかもしれません。

今後の研究が待たれるところです。

2023.06.16

早期乳がんはまず”治癒”する時代になりました

乳がんは早期発見されればまず治癒します。

この言葉当たり前と言えば当たり前ですが、かなりインパクトのある言葉です。
がんと診断されれば誰でも”死”が眼前を横切ります。それはたとえ早期だと言われてもそうでしょう。しかも診断された当時にはどの医者も早期です、と断言してくれません。早期として診断が確定するのは最低限、転移の有無についての検査が終わらなければならず、できれば手術を含めて治療が完了した段階で病理学的な病巣の大きさ、リンパ節転移の有無が診断され、それから早期であったかどうか最終決定されます。
がんと診断された日からおそらく1か月以上経過していることでしょう。その間はたとえ先の言葉を信じることができたとしても不安は消えないはずです。それでも乳がんは”早期発見されればまず治癒します”。そしてもし貴方のがんが検診で発見されたのであれば当然早期である可能性が高く、そしてそれは治癒する可能性が高い、と考えていいと思います。

今年 2023年4月 C. Taylor先生が英国50万人の早期乳がん、1993年から2015年の観察研究を行いその結果を発表しました。(BMJ 2023;381:e074684 | doi: 10.1136/bmj-2022-074684) 

ここでは早期乳がんはDCIS(非浸潤性乳管がん)を含んでいないことに注意してください。つまりStage 0を含まないStage Iの方を調査した結果になります。

そしてもう一つ重要なことは、この早期がんの定義は最終診断ではなく、乳がんが発見された時に早期がんとされた方を調査していることです。したがって最終的には2cmを超えていたり、リンパ節転移があった、つまり最終的には進行がんとされた方を含んでいます。ですので、がんが発見された際にあなたは今の段階では早期がんと思われます、と言われた方が対象の調査になるのです。

たとえば今回の観察結果では、診断時に、60歳の女性で、スクリーニング検査で腫瘍、サイズ<20mm、低悪性度、エストロゲン受容体陽性、HER2陰性、リンパ節陰性が検出された場合の推定5年間の乳がん死亡リスクは0.2%でした。1000人に2名以外の例外を除けば助かります。これは普通に考えて60歳の女性が65歳になれる確率はもともと100%ないわけで、ほぼ無視できる数値と言えるのではないでしょうか。
つまりまず治癒する、と言えると思います。

「え、条件があるの?」と思われたかもしれません。

そのとおり。確かに早期乳がんで発見されても注意が必要な”タイプ”のがんはあることもわかりました。でもまず治癒するといえるがんもわかっているので、皆が同じように心配する必要はない。上記の条件は医学的表現ですが、皆さんにわかりやすいように言うならば、「閉経後、検診で発見されて早期ですと言われた乳がんで、抗がん剤は不要ですとなり、術後にホルモン剤を飲んでおられる方は、まず1000人2人も亡くなりません」とこうなります。かなり端折りましたが。

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こうした方が、再発を気にして乳腺外来に足しげく通い、腫瘍マーカーやPET、CTなど転移の検索を定期的に受けていくのは何とも無駄に思えます。もしその状況で、現在増加している大腸がんや、今でも致死率の高い肺がんの検診をしていないとするなら、それは本末転倒です。
もちろんPETやCTで大腸がん、肺がんも見つかるときは見つかります。しかし早期で発見できるとは限りません。すべての種類のがんを一度の検査で早期発見できる検査方法はまだありませんので、ドックを受けるなり、それぞれ考えていく必要があると思います。
私が言いたいのは、乳がんはまず治癒している、とされる方が、再発を気にするあまり、再発の検索ばかりして、他の部位のがんの早期発見のための検診をおろそかにしたのでは本末転倒だ、とお話ししているのです。時間もお金も貴重なのですから効率よく検診していくべきです。

Taylor先生は、この50万人の早期乳がん患者さんを、1993から99年に診断された方、2000から04年の方、2005から09年 そして 2010から15年の4つの期間に区切りました。
1993から99年に診断された方は5年で14.4% (95% CI 14.2% to 14.6%)の方が亡くなっていました。これの数値は年を追うごとに下がって2010から15年に診断された方は5年で4.9% (95% CI 4.8% to 5.0%)まで下がっていました。逆に全体で95%、つまり現在であれば早期がんであるとされれば20人に19人は5年後も生存されていることになります。

さらに同じ早期乳がんであっても、検診で発見された早期乳がんは、自分で発見された早期乳がんよりも予後は良好でした。これは5年生存率でみて、亡くなる方の割合でほぼ2倍の差異がありました。ただどちらの群でも年を追うごとに改善していました。具体的な数値は示されていませんが、グラフから読み取れる数値として、50歳から64歳で、検診で2010年から2015年に発見された場合の早期乳がんで5年後に亡くなっている可能性は2%前後、検診で発見されていない場合は6%前後でした。ちなみに1993年から1999年発見の方であれば、それぞれ7%、14%程度ありました。
同じ早期がんであっても差が出てしまう原因は、この調査は”診断時に早期がんとされた”方が対象だからです。最終的に手術をしてみたらリンパ節転移があった、つまり早期ではなかった。こうした症例の割合は検診発見の方に比べてどうしても高くなります。それが影響した可能性が高い。
逆に、検診で発見され、早期がんです、と言われた。その場合は真の早期がんである可能性が高い、となります。その場合は本当に治癒する確率は高くなります。

それ以外の要素として
ホルモン剤に感受性のある方はない方よりも予後は良好でした。
組織学的に異型度の高い方は低い方よりも予後は不良でした。
年齢が若いほど予後は不良でした。
リンパ節転移の有った方では数が多いほど予後は不良でした。
乳癌のサイズが大きいほど予後は不良でした。

しかしそのすべてにおいて、1993年から1999年発見の方に比較して、2010年から2015年に発見された方まで、現在に近いほど予後が改善していました。これはその論文のグラフを見ていただければと思いますが、ほぼすべての群で、5年後に亡くなっておられる方は半分から4分の1まで減っているといえます。

特にHER2陽性の方の予後は劇的に改善していました。これはハーセプチンを含めて分子標的治療の普及が大きな役割を果たしていると思います。

これらを総合すれば
乳癌発見時に、それが検診発見であり、早期がんと診断され、閉経後で、ホルモン剤が用いられ、抗がん剤は不要とされたような方では、まず治癒する時代が来ている、となります。

共著者であるテイラー氏と患者擁護者としてこの研究に参加した乳がんサバイバー2名の意見が同じ雑誌に掲載されていました。

彼女らは、「乳がんの予後は、この研究で記述された危険因子によって大きく異なることを、医師は患者に伝えなければならない」と強調しました。

「自分が20年前に乳がんと診断されたとき、これは深刻で早急に治療する必要があるという事実以外、予後については何も告げられませんでした」と患者擁護者のマイリード・マッケンジー氏は思い出します。
「しかし、予後についての適切で明確なコミュニケーションは、患者の生活の質と、患者がどのように物事に対処できるかに大きな違いをもたらす可能性があると思います。」

「大多数の女性の予後は良好です」と彼女は続けます。「この研究はそれを裏付けており、安心感を与えてくれます。なぜなら、どのように早期で発見されたとしても、乳がんだと診断された時、最初 誰もが自分は死ぬのだと思うからです。」

2023.05.23

米国予防サービスタスクフォースが乳癌検診に関する新しい草案勧告を発表しました(続続)

以前、こうしたテーマでブログを書きました。
”高濃度乳腺は乳がんリスクが高い”ことを知っていますか?
よければもう一度目を通してください。

乳房と呼ばれる部位の皮下にはミルクを作り出す乳腺という組織が入っています。
生理前になったら皮膚の下でゴリゴリと硬く触れ、触っていると痛い、あの組織です。皮膚をつまむとつまめる部分は乳腺ではなく、皮下脂肪です。乳腺は原則硬いので、”つかめます”が、つまめません。

その乳腺には個人差があります。乳腺濃度が高い、つまり乳房の中にぎっしりと乳腺が詰まっている女性と、乳腺濃度の低い、すでに脂肪に置き換わってしまって柔らかくなってしまった方に分かれるのです。
これは極端に二つに分かれるのではなく、段階的に程度が異なると考えてください。

Dense Mamma

何度も似たような写真を出してきましたが、これがマンモグラフィです。
左右とも50歳前後の女性で年齢的に差はありませんが、マンモグラフィは全く異なります。
乳腺は白く映ります。左側の乳腺は乳腺がぎっしり詰まっているので、全体が真っ白に映ります。しかし上1/4には乳腺はないので、皮下脂肪のみです。そこは黒く見えます。
逆に右側の乳腺には白いところがほぼなくなっており、白い”スジ”のようなものしか見えません。乳腺がない上1/4の見え方とほぼ変わらない。触ってもそれこそお腹やおしりと差がありません。皮下脂肪に差はないからです。生理前になってもごろごろしたものは触りません。張ることもなく、生理前にもあまり痛みも感じません。乳腺が委縮してしまっていてほぼ残っていないのです。

これはみなさんのいう巨乳とは関係ありません。
大きくても脂肪ばかりの方はいます。小さくてもぎっしり乳腺が詰まっている方はいます。一度でもマンモグラフィを撮影された方ならすぐにわかります。乳腺濃度が記載されており、「脂肪性 → 乳腺散在 → 不均一高濃度 → 高濃度」 の順で高くなります。

「”高濃度乳腺は乳がんリスクが高い”ことを知っていますか?」のブログでも触れましたが、乳腺の密度が高い女性は、もちろん乳腺が”多い”ことになるので、乳腺に発生する乳がんのリスクもまた高くなります。統計結果から分かったことですが、「脂肪性乳腺の女性と比較して、高濃度乳腺を持つ女性は、乳がんのリスクが 4 倍高くなります。」 

この4倍という数値ですが、決して低いものではありません。
先に述べたとおり、93%の女性が、家族に乳がんの方がおられることの方が、乳腺密度が高いことよりも乳がんリスクは高い、と見なしています。しかしそれは実際には2倍程度です。
65%の女性が過体重または肥満であることが乳腺密度が高いことよりも大きなリスクである、と見なしています。肥満ということの定義にもよりますが、BMIで23-25の平均的な女性と比較して、30以上の女性では閉経後で1.34倍、閉経前で2.25倍の発生リスクがあります(国立がんセンター発表)。ご自身のBMIはここで計算してみてください。

ここから分かるように、皆さんは乳腺が高濃度であることの乳がんのリスクを過小評価しているか、あるいはまったく知らない、のです。ですのでせっかくマンモグラフィ検診を受けても、ご自身の乳腺濃度に興味がない、あるいは知らないままにしています。30歳前半の女性でも脂肪性乳腺になっている方はおられます。50歳を超えて閉経していても高濃度乳腺の方はおられます。

ここまで話をしてきて皆さんは、この乳腺濃度は生まれつき決まっている、とお考えでしょうか?
若い女性は皆高濃度で、年齢を重ねると自然と濃度は落ちてくる、とお考えでしょうか?

皆さんは知っているはずです。
女優さんが、乳腺の形が変わるのが嫌なので、出産したけれども授乳せず、ミルクで済ませた、という話聞いたことはありませんか?

スペース

40-49歳の日本人女性200人の統計結果を検討した論文があります。
それによれば乳腺濃度に最も影響を与えていたのは子供を産んだことがある、ない、でした。子供の数は検討されていませんが、産んでいない方が濃度が高い可能性は、産んだ方の2.87倍でリスクが高く、出産の有無はBMIよりも乳腺の濃度に強く影響していました。

同じくアジアから中国の女性(28388名 平均年齢 51.8 ± 5.2)について考察した論文では、乳腺濃度に影響する因子として、閉経の有無、初産の年齢、そして子供の数でした。出産の数ではたとえば脂肪性乳腺:高濃度乳腺の割合で見たとき、子供を産んだことのない女性では、5.6%:11.8%なのに対して、。2名以上産んでおられる方では26.7%:3.1%と逆転していました。

現在では中国でも少子化が進んでおり、3人4人と子供を設ける方は少ないはずです。そのため統計的に検討することは難しいでしょう。ただ出産数と高濃度乳腺の比率を段階的に見れば反比例していることは感覚的にもまちがいないのではないでしょうか。

このことからこういう論理が成り立ちます。

少子化する(出産数、授乳経験が減る)
      ↓

乳腺濃度の高いままの女性が増える
      ↓
乳癌の発生リスクが高まる(人口当たりの罹患率が上昇する)

おそらく近年の爆発的な乳がん罹患率の上昇は、少子化と無関係とは思えません。
他のどんな要素よりも大きい可能性があります。

各国の乳がん年齢別罹患率4

いわゆる少子化ですが、西洋先進諸国に比較すれば我が国やアジアは遅く始まっています。
しかし現在西洋先進諸国での出生率は2前後を保っており、我が国の1.3(2022年)までは低くありません。(イギリス 1.6、 米国 1.7、フランス 1.8、中国 1.2)

それからいえば、少子化、つまり一生で経験する授乳期間の長さが、乳がん罹患率と反比例する、という仮説は少し矛盾もあります。

最新のデータから 人口1000人の方が1年で何人子供を設けるか、というデータを見ると
米国 12.21 カナダ 10.11 フランス 11.56 イギリス 10.80 イタリア 7.00 でした。
中国は 9.69 韓国 6.95 日本は 6.90 
私も驚いたのですが、このThe World Factbookで調べた2023年最新のデータで見たとき、この出生率は東アジア最低値でした。データの有る228国の中で225位でした。
女性の一生における出産数データは中国よりも高いのに、このデータでは中国よりはるかに低いのはなぜでしょう。日本では高齢者が多いので、人口1000人当たり、どれだけ子供を産んでいるか、というデータでみると低くなってしまうのです。ですので、ある時を境に現状で多くを占める高齢者が死亡し始める時代が来ると急激に人口が減少することがわかっています。つまり欧米先進諸国よりも出生率が低いことは、高齢者が長生きしていることでマスクされ、隠れているだけで、ある時から驚くような速度で人口減少が起きることが確実です。

ですのでもし少子化と、乳がん罹患率の発生が比例するという仮説が正しいならば、あっという間に西洋先進諸国並みの乳がん罹患率に追いつき、そして追い越すのではないか。そう思えるのです。
もちろん先に述べたように、これは私の仮説であって、証明されていません。人種間の差であったり、たしかに食事内容による影響も0ではないでしょう。

出産数、授乳経験が減少→年齢を重ねても高濃度乳腺のままの女性が増える→乳癌の発生リスクが高まる、この流れは非常に説得力があり、納得できます。

私個人としては、もっともっと子供を作る時代が来てほしい。
でもそれは難しいでしょう。そしてもうそんな年齢ではない方がほとんどのはずです。
ですので、これからは40台の方が検診の中心ではなく、40歳以上、特に60-70歳の方が乳がん検診の中心になっていかざるを得ないと思います。

graphic-rates-inc-females-in-2010-breast 2

上の図はWHOで手に入る最新のデータです。2010年のものになります。

中国で一人っ子政策が取られたのは1979年からです。(現在はふたりっ子政策です)
日本では1971年から74年にかけて第二次ベビーブームが起きました。日本の特殊出生率(1人の女性が生涯に産む子供の平均数)が2を切ったのは1975年です。この年を境に、日本の出生率は減少傾向にありました。特殊出生率が2を下回ると、人口の自然減少が起こり、少子化社会の問題が浮き彫りになります。日本では現在も出生率の低下が続いており、1.3まで落ちているのは前述しました。少子化対策が重要な課題となっています。

そして乳がん罹患率の形は我が国と中国はやはり不気味なレベルで似ています。
中国の高齢者の罹患率が我が国と同じようにもともとは低く、上昇している現象がわかれば、私の仮説の裏付けになるでしょう。

皆さんも年齢を重ねたから乳がんになりにくい、という誤った概念をもはや捨てる時期が来ています。
検診は年齢に関係なく、40歳を超えれば必須です。

2023.05.18

米国予防サービスタスクフォースが乳癌検診に関する新しい草案勧告を発表しました(続)

前回 米国予防サービスタスクフォースが提供する指針において14年ぶりに改正が行われ、米国におけるマンモグラフィ検診は50歳以上隔年、から40歳以上隔年での施行を勧める、となったことを報告しました。

ではわが国ではどうなっているのでしょうか。
日本乳がん学会が提案している指針を示します。
「乳がん検診は,「ブレスト・アウェアネス」の重要な1項目です。40歳から定期的にマンモグラフィによる乳がん検診(検診マンモグラフィ)を受けることが勧められますが,マンモグラフィには利益と不利益がありますので,ご自身が納得して乳がん検診を受けることが重要です。」

もしよかったら引用元のHPで全文を一度読んでいただければ幸いです。私もこのブログで何度もブレスト・アウェアネスに触れてきましたので、ここで少し引用しておきます。
自分の乳房の状態に日頃から関心をもち,乳房を意識して生活することを「ブレスト・アウェアネス」といい,これは乳がんの早期発見・診断・治療につながる,女性にとって非常に重要な生活習慣です。「ブレスト・アウェアネス」を身につけるために,以下の4つの項目を実践しましょう。
①自分の乳房の状態を知るために,日頃から自分の乳房を,見て,触って,感じる(乳房のセルフチェック)
②気をつけなければいけない乳房の変化を知る(しこりや血性の乳頭分泌など)
③乳房の変化を自覚したら,すぐに医療機関へ行く
④40歳になったら定期的に乳がん検診を受診する

ちなみになぜか日本乳がん学会の検診ガイドラインには「隔年」の記載がありません。
同じく学会には日本乳がん検診学会があるのですが、その記載には「隔年」の記載があります。

これで日本と米国の検診の指針が同じになりました。

ただ、ここで重要なのは、我が国ではもともと40歳以上の年齢の女性にマンモグラフィ検診を勧めており、米国があとから年齢を引き下げたという事実です。わが国では米国と比較して若い人から検診を勧めて(過去)いた、これはなぜなんでしょう。

同じHPに答えが書いてあります。
「乳がん検診の目的は乳がんで亡くなる人を減らすこと(死亡率減少効果)ですが,現在,この乳がん死亡率減少効果が明らかな検査方法は,検診マンモグラフィだけです。日本人女性の乳がんの好発年齢が45~49 歳と60~64歳ですので,日本では40歳以上の女性に対して検診マンモグラフィが推奨されています。」 つまり米国(じつは西洋諸国)では、乳がんも他の部位のがんと同じく高齢者に多い。でも日本では若年者に多いのです。なので検診開始の推奨年齢も低かった。

ただこの記載、何か引っかかりませんか?
そう日本人女性は45歳前後と、60歳前後の二つの乳がんになりやすい時期がある・・・なぜ?
実はこの記載、数年前まで「60~64歳」の部分がなかったのです。

各国の乳がん年齢別罹患率

これはWHO(世界保健機関)のデータを基にして作られた、乳がんの年齢別罹患率のグラフです。
ここで注目してほしいのはこのグラフは”率”であって、”人数”ではない。
何人乳癌になるかはその国の人口によって変わります。高齢者が多い国ではがんの罹患数も当然多くなる。そこで10万当たり何人が乳がんに罹患しているのか、その罹患率を年齢別に見たのがこのグラフです。
40歳までのカーブはどの国も横並びですよね。でもそこからほかの国と日本のグラフは離れていきます。
まるで高齢になると日本では乳がんに罹患しにくくなり、日本以外の国ではむしろ高齢者で乳がんは多い、でも日本では40-50歳頃にピークになりその後の罹患率は横ばいになる。

そう見えますし、そう思っておられる方が医師の中でも多いと思います。でもがんセンターが発表した最新のデータではそれはもはや正しくないのです。そうこのグラフのデータは少し古いのです。

年齢別罹患率

上記が最新の統計結果です。現在日本ではこれ以上新しい統計結果はありません。
御覧の通り、すでに65歳から75歳が罹患率のピークになっています。40-50歳代の女性の罹患率をすでに抜いているのです。
これは大変不気味な現象です。なぜグラフの形が変化しているのでしょう。

年齢別罹患率2

この図は日本乳がん検診精度管理中央機構が公開しているデータです。
こうして経過に沿ってグラフを見てみると、ここ50年ほどで乳がんの罹患率は増えていても減っている年齢層はないことがわかります。1995年(黄色)の時は明らかに45-50歳前後にピークがあります。この年齢層で乳がん罹患率は高く、高齢者では高くありません。
ただこれは2005年にはすでに横ばいになっており、そのまますべての年齢層で罹患率は2.5倍にまで上昇し続けています。そして日本乳がん学会がいうように、ピンクのグラフでは確かに45-49歳、そして60-64歳の二つの地点にピークがあります。そして先に述べたように最新の2018年には65歳から75歳の乳がん罹患率が50歳前後の方の罹患率を抜いてしまった。
同時にこの50年間すべての年齢層で乳がんの罹患率は上昇し続けており、下がった年齢層も、下がった年代もないということも恐ろしい事実です。45-49歳の年齢層に限ってみれば1975年から2015年まで40年間で10万人当たり50から250人とほぼ5倍の罹患率まで上昇しています

2005年の結果を受けて乳がん学会のHPの記載の変更がなされたと考えられます。
しかし2018年の統計結果を受ければその記載は変更しないといけません。

「日本人女性の乳がんの好発年齢が45~49 歳と60~64歳です」という記載はまるで二峰性の形のように聞こえます。ある意味正しいですが、もはや2018年のデータでそう見える人はいないはずです。
日本人女性の乳癌の好発年齢は、45から49歳で急激に上昇し、65歳から75歳にピークとなります」が、現状の正しい記載です。

ちなみに日本と西洋諸国を比べるのではなく、日本と中国ではどうなのでしょう。

私は同じくWHOのサイトでこれを調べてみることにしました。

graphic-rates-inc-females-in-2010-breast 2

これで見ると、中国も日本と同じように40歳である程度頂上に到達して横ばいの形をしています。
そして西洋諸国として出しているデータ、これは先に述べたように高齢になるほど乳がん罹患率は上昇していますが、ここでいう西洋諸国とはほぼG7と呼ばれる”先進国”のデータになります。

注意が必要なのは西洋諸国でも先進国と呼ばれる豊かな国でなければこんな統計データを出せません。
貧しい国のデータは出てこないのです。

つまり西洋先進諸国(白人の国)のデータでは、乳がん罹患率は高齢者ほど高い。
そしてアジア、日本や中国は45-49歳の若年者で高い、あるいは高かったという方が正確です。

しかし日本ではグラフの形は変わりつつある。
西洋諸国のそれに近づいているのです。これは形を変えているというよりも、高齢者の乳がん罹患率が増えるとで同じ状況に近づいている、ということです。このままいけばおそらくむしろ50歳以上の高齢女性での乳がんの罹患率は西洋先進諸国と同じ、つまり今の2倍まで上昇し続けることになります。

しかし、なぜこんなことが起こっているのでしょう。

皆さんはがんが増えている、といえばすぐに”食生活の変化”が原因ですか、と考えます。
でも皆さんの人生の中の40年間で乳がん罹患率が5倍に増える、それを食生活の変化で説明できますか?皆さんの子供はみなさんと一緒にご飯を食べているはずです。そんなに変わりましたか?どう考えても食生活だけでは説明できないでしょう。

その理由がわかれば、今後、日本や中国のグラフがどうなっていくかも予想できます。

それはこう考えればわかるのです。
なぜ、日本や中国では、西洋先進諸国よりも”高齢者の乳がん罹患率が低かった”のでしょうか。

2023.05.18

米国予防サービスタスクフォース(USPSTF)が乳癌検診に関する新しい草案勧告を発表しました。

米国予防サービス特別委員会 (USPSTF) は、実に14年ぶりに新しい乳がんスクリーニングガイドラインを提案しました。
(米国予防サービス特別委員会(United States Preventive Services Task Force, USPSTF)は、米国政府の独立した医学専門家からなる委員会です。その目的は、科学的な証拠に基づいて予防医療の効果と効果を評価し、予防サービスに関する勧告を提供することです。USPSTFは、様々な疾患のスクリーニング、予防、カウンセリングに関連する勧告を発表しています。その勧告は、予防医療のプラクティスガイドラインを策定する医療提供者、政府機関、保険業者などに影響を与えます。その勧告は、科学的証拠に基づいて評価され、勧告の強度はAからDまでの等級で示されます。A等級は高い推奨度を示し、D等級は効果がないか、または害があるという証拠があることを示します。USPSTFの勧告は、医療プロバイダーと患者に予防医療の意思決定を支援するための重要な情報源となっています。)

乳がんスクリーニングガイドラインは2009年に初めて発行され、2016年に再度発行された現行のガイドラインでは、50歳から74歳までの女性に対して毎年ではなく隔年マンモグラフィ検査を推奨していました。50歳未満の女性の検査開始は、そのリスクを考慮して個別に決めるべきであると述べられています。

新しいガイドライン草案では、すべての女性が40歳から隔年で乳がんの検査を受けることを推奨しています。これは重要な変更です。(これはBグレードの推奨であり、純利益が中程度である、または中程度の効果があるという高い確実性があることを意味する)。
米国では現在女性の8人に1人が乳がんに罹患します。米国ではすべての乳がんのうち9%が、45 歳未満の女性に発生します。検診の年齢を50歳から40歳に引き下げることで、こうした40代の女性の命を救うことができることに期待が持てます。

この変更に対して、各方面、特に臨床の現場から様々な声が米国でも寄せられています。
今回我々はMEDPAGEの記事からその声を以下に引用したいと思います。

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残念なことに、提案されたガイドラインでは、毎年ではなく、2年ごとのスクリーニングを推奨し続けています。研究によると、40歳からマンモグラフィーを毎年開始すると、乳がんによる死亡率が最大40%減少することが統計上確実視されています(https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC8796062/マンモグラフィーを隔年ではなく毎年受けることは、がんが小さくて治療が容易なときに発見するのに役立ち、乳房切除術や化学療法などの積極的な治療の必要性を減らすことができる可能性があります。

新しいガイドライン草案のもう 1 つの限界は、高齢女性に対する詳細な証拠に基づくガイダンスが欠如していることです。現在のガイドラインと同様に、特別委員会は乳がん検診を74歳までのみ推奨しており、75歳以上の女性における検診の利益と害のバランスを評価するには証拠が不十分であると述べています。

しかし、乳がんは75歳以上の女性にとって依然として脅威です。今日の多くの女性は、80 代、さらには 90 代になっても高い生活の質を保ちながら人生を謳歌しており、スクリーニングの推奨を裏付ける十分な研究が得られるまで、高齢の女性は、好み、価値観、健康歴に基づいて、自分の健康ニーズに何が最適かを主治医と相談して決定する必要があります。この年齢層についてはさらなる研究が不可欠です。

USPSTFは新しい声明草案の中で、高濃度乳房の重要性を特に認識しています。米国女性の約半数は乳房濃度が高いです。乳房の密度が高い女性は乳がんのリスクが高いため、乳房の密度を検診において考慮することは重要です。さらに、乳房の密度が高いとマンモグラムの読み取りが困難になるため、一部の乳がんが検出されない可能性があります(これは私がこのブログでもが繰り返し述べてきましたね)

高濃度乳房に関連するリスクを認識しているにもかかわらず、特別委員会は追加のスクリーニングを推奨するまでには至らず、推奨するにはさらなる研究が必要であると述べるにとどまりました。
しかし、発表された研究では、両方の乳房の超音波検査MRIを施行することによって乳房濃度が高い女性のがんの検出率を高めることができます。
3月にFDA(アメリカ合衆国の連邦政府機関であり、米国保健福祉省の一部です。FDAは、人間の医薬品、生物学的製品、医療機器、食品、化粧品、タバコ製品などの安全性、有効性、品質を保証し、公衆の健康を保護する責任を持っています。)は規制を更新し、マンモグラフィーを受けるすべての女性に乳房濃度を通知することと定めました(これも私はすでにブログで触れましたね)。これによってマンモグラフィーで検診を提供している医療機関は 18 か月以内に新しい基準を導入する必要があります。高濃度乳房を持つ女性とそれを検診する医師は、どのような追加検査が必要かについての指導を必要としています。
しかし今回のUSPSTFの勧告案にはその回答を見つけることができません。

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スペース

引用したものであるため、わかりにくいかもしれません。要点をまとめます。

今回USPSTFが提供する指針において14年ぶりに改正が行われ、米国におけるマンモグラフィ検診は50歳以上隔年、から40歳以上隔年での施行を勧める、となりました。

検診は、被爆の問題、コストの問題があります。年齢を引き下げれば乳がんはそれだけ見つかるようになりますが、これらのデメリットも大きくなります。そのバランスをとることが求められているわけです。

ただ時を同じくして米国の異なる医療機関であるFDAは、高濃度乳腺を持つ女性に対して、乳がんに罹患するリスクが高いこと、MMG検診だけでは病変を見落とされる可能性が高いことを説明することを定めました。そしてそれにのっとって18か月以内に検診の内容を改善するよう医療機関に求めています。ではどのように改善したらいいのか、FDAはもちろんこのUSPSTFの指針でも示されていないわけです。
若年者に対象を広げれば、その対象者の中の高濃度乳腺の比率は当然上昇します。
その人たちに「あなたは濃度が高いので乳がんのリスクが高いです、でもマンモグラフィ検診を受けても見落とされる可能性が高いです」と説明の義務がある。でもではどうしたらいいのですか?と聞かれても答えられない指針となっているのです。
これでは現場が怒るのも当然でしょう。

個々の施設の判断に任せる、ということなのでしょうか。
この問題を次回もう少し掘り下げてみたいと思います。