乳腺と向き合う日々に

2024年07月

2024.07.31

がんって難しい・・・その2

乳がんの外科医は、患者に予防的両側乳房切除を勧めない傾向にあります。なぜなら、両乳房を完全に切除しても生存率は上がらないことがデータで以前から示されているからです。前回もそのことについて改めて示しました。このように大規模な疫学研究による新しいデータはそれを裏付けていますが、どう考えてもこのこと自体は不可解です。乳がん生存者で、反対側の乳房に二次乳がんを発症した人は死亡率は高い。しかしだからといいて手術でそのがんを予防しても結果は変わらないのです。

最初の乳がん、そして反対側に後になって発症した乳がん、本来はそれぞれ別のものであり、少なくとも新しいがんが、もともとあった乳がんの予後に影響を与えるはずはないはず。反対側に乳がんになった場合には予後が悪いことがわかっている。だから反対側を予防的に切除してしまった。そうすると反対側に乳がんが発生する確率はさがる。でも長期的に見て、乳がんで亡くなる確率に差が出なかった、え!?

え? え?よくわからない。

トロントのウィメンズ・カレッジ病院の乳がん研究者で医師であり、この研究の主執筆者であるスティーブン・ナロッド氏は、2000年から2019年までに乳がんと診断され、3つの手術オプションのいずれかを受けた10万人の女性のデータを比較しました。

手術を受けるすべての乳がん患者は、

1 腫瘍と一部の周辺組織のみを除去するより簡単な手術である乳房部分切除術、
2 影響を受けた乳房のみを切除する片側乳房切除術
3 両側乳房切除術 のいずれかを選択します。

片側乳房切除術のポイントは、同じ乳房へのがんの再発、つまり同側再発を防ぐことができることです。同様に、両側乳房切除術は、残された乳房でのがんの再発も防ぐ。これを行わないと、反対側乳がんが発生する確率は約7%です。

分析結果からは、3つのグループ間で生存率に大きな差はありませんでした。どの手術を受けたかに関係なく、20年間の追跡調査で女性の80%以上は乳がんで死亡しませんでした。

しかし同時に、この論文では、後にもう一方の乳房に乳がんを発症した女性の死亡リスクは4倍高いことも示されています。

そこに難問があるとナロッド氏は述べました。この結果の原因はまだ完全には明らかになっていません。

これを解決する一つの考えは、

反対側の乳がんの発生は、最初のがんからの”転移”である、という考え方です。そうであるならば、反対側の乳がんが発生した方は、転移があるのだから、予後は悪い。そして多くの場合、その転移は乳腺だけにとどまらず、肺、肝臓、骨にも検査で捕まらないような小さな転移が同時に存在することの表れであるので、たとえその反対側の乳腺を、手術の時に同時に切除していたとしても予後は変わらない。つまり乳房の予防切除には意味がないことを説明できます。

温存切除後、同じ乳房での再発は予後が不良であることと関連しています。しかし今回のことと同様に、乳房温存切除と乳房全摘除では生存率に差がありません。それは皆さんもよくご存じです。この理由と状況が似ているかもしれないということです。

基本的に乳房をすべて切除したからと言って転移再発のリスクは下がらないとされています。温存後の残った乳腺にがんが再発してきた場合、これは最初の腫瘍が非常に悪性度が高いこと、つまり転移をきたしやすいものであったことの兆候である可能性があります。温存後の乳腺にがんが再発することは、”取り残し”を意味するだけではなく、そのがんはたちが悪く、最初から全身的に何かが起こっているというシグナルとなっている、だから肺、肝臓、脳、骨も影響を受けている可能性があります。だから乳房を全摘しても温存しても結局として生命予後に影響はでないと考えられます。

これとよく似た考え方で、反対側の乳がんも、もともとの側の乳がんからの転移であるならば、同じ理屈で予後が変わらないことが説明できてしまうのです。

スペース

ただこの考え方は少し無理があります。

2007年のスウェーデンの研究では、最初の乳がん診断から5年以内にもう一方の乳房にがんを発症した女性は死亡する確率が高かったが、最初の診断から10年以上経って対側乳がんを発症した女性はそうではなかったと報告されています。先の考え方が正しいなら、短い期間に対側に発生した乳がんは、最初のがんからの転移、10年以上たってからの場合は全く新しいがん、という考え方になります。それはそれで納得ですが、一部の対側乳がんは、転移ではなく、新しい乳がんだ、ということになります。
反対側の乳腺を切除してしまえば、少なくとも新しいがんは予防できるのですから、やはり予防切除は有効でなければなりません。しかし予防切除の死亡率に与える影響は証明されていません。矛盾します。

もう一つの考え方は、がんは発生すればすべて全身病である、という考え方に基づきます。

つまり最初のがんが発生したら、治癒したように見えても転移は起こっていて、しかし何らかの理由でおとなしくしている。そして反対側の腫瘍の出現が、最初のがんから体中に散らばった悪性細胞を揺り起こし、より攻撃的な行動を引き起こす、という考え方です。最初のがんが治療された後、目に見えず、検査で捕まらない、早期の遠隔転移細胞は休眠状態にあります。そこに留まっています。何も起こらなければ、転移としてあらわれてくる可能性は低い。しかし、反対側の乳房に、あるいは温存で残された乳房にでも、2番目の腫瘍が発生し、その腫瘍が体中に自身の細胞を拡散した場合、最初のがんから転移して眠っていた転移の形成が加速される可能性がある、と考えられます。

しかしこの考え方もおかしい。だって2番目のがんは対側乳腺を切除してしまえば予防できている。2番目のがんからの刺激も起こらなくなるのだから、最初のがんからの見えない転移を刺激して呼び起こすことも予防できるはず。だったら生命予後は改善されるはずです。

今回の結果は、偉い先生方が考えても、うまく説明できる理論がないようです。
仮説すらない状況ですから、この矛盾を解決するための実験、研究も現状行いようがありません。
この矛盾をうまく説明できる理屈を考え付けば、別に何の医学知識がなくても、考え方だけでも論文で発表できるはず。それが誰からも納得できる、このおかしながんの”振る舞い”を説明できるものであったなら、大変なインパクトがあると思います。眠れない夜にどうですか?

2024.07.29

がんって難しい・・・

今回の話を始める前にまずは前提から。

一つ目、乳がんは、手術で完全に切除することができれば治癒します。
乳がんで命を取られてしまうのは、転移を起こすから、と言い切って構いません。乳腺はすべて切除することはできますから、がんが乳腺から出て、切除することができない臓器、肺、肝臓、脳などに転移するから命を取られます。もちろんそこだけであれば切除できますが、がんがほかの臓器に転移を起こした場合に、まず1か所で済んでいません。血液やリンパの流れに乗って全身に広がっていることがほとんどです。ですから体から完全に取り除くことができず、最終的に命を取られます。
ですので転移を起こす前に切除に成功すれば治癒させることができるのです。それを目指すことを早期発見というのです。

二つ目、一度乳がんに罹患され、治癒されている方も、対側、温存して残った乳腺に、また乳がんが発生することがあります。そしてその確率は、一度も乳がんに罹患したことのない方よりも高い。実際現在日本人女性の9人に1人、米国では8人に1人が乳がんに罹患されていますが、乳がんに一度罹患された方は、二次的に乳がんになられる確率が4人に1人まで上昇していることがわかっています。

そしてこれがまず不思議なのですが、二次的に発症した乳がんは、普通に最初に発生した乳がんより予後が悪いことがわかっています。

これを踏まえて今回の話を始めましょう。

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Giannakeas らがJAMA Oncology 誌に発表した、米国の最新の人口ベースのコホート研究の結果によると、片側乳がん患者は、対側乳がんを発症すると乳がん関連死のリスクが増加することが明らかになりました。また、この研究結果では、両側乳房切除術を受けた患者では二次悪性腫瘍を発症するリスクが減少することも示されましたが、この方法は死亡率に影響を与えなかったようです。
Giannakeas V, Lim DW, Narod SA: Bilateral Mastectomy and Breast Cancer Mortality. JAMA Oncol 2024.

乳がんになったら両方の乳腺を切除してしまわれる方がおられることを、驚かれる方もいると思います。しかし片側だけ残しても帰って整容性が悪く、服装も気を使うとのことで、その後に対側に乳がんが発生する不安から、両方とも切除される方は米国では意外におられるようです。

ただこの研究結果、大変不思議な結果になっています。

というのも、対側に発生する乳がんは、それはそれでそこから転移する可能性のある新たな原発腫瘍であると一般的に考えられています。私も考えていました。
予防的に対側の乳房を切除すれば、もちろん対側に乳がんが発生する頻度は下がります。
しかしそのことによってその患者さんが乳がんによって死亡する確率が変わらなかったのです。
これは大変奇妙なことです。対側乳がん後の死亡率増加が、全く独立した新しい乳がんからの転移によるものであるならば、両側乳房切除術が有益でなければなりません。

研究者らは米国の登録データベースを使用して、2000年から2019年の間にステージ0からIIIの片側浸潤性乳がん(n = 564,062、85.3%)または乳管内癌(n = 97,208、14.7%)と診断された661,270人の患者(平均年齢= 58.7歳)を特定しました。
この集団のほぼ4分の3は最初に乳房温存手術を受け、残りの患者は片側(23.4%)または両側(6.0%)乳房切除術を受けました。
両側乳房切除術を受けた人の合計90.7%をマッチングさせ、同じサイズの3つの外科コホート(コホートとは同じ時期に同じ出来事を経験した人たちのグループという意味になります。実際の数 = 36,028)を確立することに成功しました。

この3つのコホート、つまり片方の乳腺に浸潤癌が発生し、温存手術を受けた方、全摘を受けた方、そして両方とも乳房を切除された方の3つのグループは、対側乳がんの発生、および乳がんによる死亡率について20年間追跡調査されました。データ分析は2023年10月から2024年2月の間に実施されました。 

◆対側乳がんリスク

20年間の追跡期間中、乳房部分切除術、片側乳房切除術、両側乳房切除術を受けた患者で、それぞれ合計766例(コホートの2.1%)、728例(2.0%)、97例(0.3%)の対側乳がんが記録されました。
最初の原発腫瘍から対側乳がん発症までの経過期間の中央値は5.0年(範囲=2.3~8.6年)でした。

乳房部分切除群と片側乳房切除群を合わせた対側乳がんの年間リスクは0.3%、20年リスクは6.9%(95%信頼区間[CI] = 6.1%~7.9%)と報告しました。もちろん両側切除を受けられた方では対側乳癌はほぼ発生しません。

◆乳がんによる死亡率

15年時点で、乳房部分切除群と片側乳房切除群を合わせた乳がんの累積死亡率は、対側病変を発症した患者では32.1%、発症しなかった患者では14.5%でした。

対側病変を時間依存共変量として使用すると、乳がんによる死亡のハザード比は4.00(95% CI = 3.52~4.54)でした。これはもし乳がん術後、対側の乳がんをもし発症してしまうと、その後、乳がんによって死亡する確率が4倍になる、ということです。もちろんそれは元の乳がんからの転移、新しい乳がんからの転移、その両方によります。

乳房部分切除、片側乳房切除、両側乳房切除を受けた患者のうち、それぞれ合計3,077人(8.5%)、3,269人(9.1%)、3,062人(8.5%)が乳がん関連死を経験しました。乳がんによる20年間の累積死亡率は、乳房部分切除術後では16.3%、片側乳房切除術後では16.7%、両側乳房切除術後では16.7%でした。つまりこの3つのコホートで、対側乳癌の発生率には差があるにもかかわらず、結局として死亡する確率には全く差がなったのです。

「これらのデータに基づくと、乳がんの女性 1,000 人中 69 人が診断後 20 年以内に対側がんを発症すると予測されます」と研究者らは結論付けています。「対側乳がんを発症した後、研究対象者における死亡率は、対側がん発症時から追跡調査終了時まで 4 倍に増加しました。しかし、片側乳がんに対して両側乳房切除術を受けた患者は、片側手術を受けた患者と同等の死亡率でした。」

これは大変奇妙な現象です。なぜこんなことになるのでしょうか。

2024.07.28

米国予防サービスタスクフォース(USPSTF)による最新の乳がん検診の勧め・・・のその後・・・

このブログでも、2024年に発表された米国予防サービスタスクフォース(USPSTF)による最新の乳がん検診の勧めについて、何度も、それこそ何度も触れてきました。
米国予防サービスタスクフォース(USPSTF)による最新の乳がん検診の勧め
米国予防サービスタスクフォース(USPSTF)が乳癌検診に関する新しい草案勧告を発表しました
米国予防サービスタスクフォースが乳癌検診に関する新しい草案勧告を発表しました(続)
米国予防サービスタスクフォースが乳癌検診に関する新しい草案勧告を発表しました(続続)

これらは今までの乳がん検診をご存じの方からすれば、乳がん検診の開始年齢の推奨を50歳から40歳に引き下げただけに映ります。最新の推奨では繰り返しになりますが、「40 歳から 74 歳までの女性に 2 年に一度のマンモグラフィ検査を推奨しています」となります。

ただ推奨の文章や、内容を詳細に読み込んでいくと、年齢の引き下げに関することよりも、毎年よりも隔年(2年に1回の”方が”いい)と強調されていることに気が付きます。毎年受けることはむしろ”害”がある、という風に書かれているのです。この記載の影響が実は最近大きく問題になっているのです。

2024年7月15日のMEDPAGEの記事によれば、施行されたアンケート調査によって、検診に関する知識が深まると、40代の女性の多くがマンモグラフィ検査を控える傾向にあることが報告された。 調査対象となった女性の3分の1以上が、過剰診断、つまりマンモグラフィ検診の害についての情報を「驚くべきもの」と感じたようです。
「え!?害があるの?」と思われた方はもう一度、「米国予防サービスタスクフォース(USPSTF)による最新の乳がん検診の勧め」の記事を参考にしてください。

米国では、乳がん検診の開始を検討している方に対して、意思決定ツールというものが配布されています。このツールについて簡単に説明すると、もともと検診は自分の意思で受けるものであり、半年に1度だろうが、2年に1度だろうが、極端な話、一生受けないでいようが本人の勝手です。ただ受けようという意思をお持ちの方に、どのように受ければ最善なのか、ということを考えるのは意外に難しい問題です。毎週受けてください、それが一番安全です、なんて言われても困るでしょう。被ばくは問題にならないんですか?すぐにそういう疑問がわきます。

だからツールではまずその方の乳がんの罹患リスクを”計算”することから始めます。
残念ながらこうしたツールのほとんどは英語で書かれており、皆さんには敷居が高いかもしれません。たとえば比較的入力項目が少なくて、簡単に使用できる、米国の厚生労働省に相当するNIHが提供しているBreast Cancer Risk Assessment Tool: Online Calculator (The Gail Model) を紹介し、使ってみます。

たとえば
1 いままで乳がんを含めて、DCIS、LCISと診断されたことはない。そして何らかの理由で胸に放射線治療(胸部レントゲン写真は除く)を受けたことはない。
2 遺伝子検査でBRCA1 あるいは2、それ以外の異常も含めて指摘されたことはない。
3 48歳の日本人である。
4 今まで検診で所見ありとされ、生検を受けられたことがある。幸い癌ではなかった。
5 初経は11歳から
6 最初に出産したのは30歳のとき
7 お母さん、娘、姉妹に乳がんの方が一人だけおられる。
これで計算できます。

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結果が上記になります。上の段の見方は、「これからの5年間で貴方が乳がんを罹患するリスク」です。貴方と同じ年齢の女性の平均は1.1%、しかし貴方自身は5.3%もあります。
人生全体で見たときのリスクが下段です。貴方と同じ年齢の女性の平均は10.9%、しかし貴方自身は42%もあります。

貴方は □ 平均よりも乳がんに罹患するリスクの高い方 になります。

同じようにして計算すれば、平均の方、平均より低い方、に分類されることになります。
そして米国予防サービスタスクフォースの推奨、40歳から隔年のマンモグラフィの施行、は平均か、それ以下のリスクとされた方への推奨となります。リスクの高い方へは、別の考え方をする必要があるのです。

またこれも以前に述べましたが、マンモグラフィ検査で、「高濃度乳腺である」と診断された方、75歳以上の方に関しては、この米国予防サービスタスクフォースの推奨は当てはまらない、とされています。

そう考えると、この40歳から74歳まで隔年でのマンモグラフィ検査、の推奨の対象に当てはまる方は意外と少ない、ということになりそうです。

しかしそれでも今回の推奨を読み込み、検診に関する知識が深まると、40代の女性の多くがマンモグラフィ検査を控える傾向にある、のです。

米国での全国オンライン調査によると、マンモグラフィ検査のメリットとデメリットに関する情報の提供を行うマンモグラフィ検査の意思決定支援ツールにより、平均リスクしかない40代女性では、マンモグラフィ検査を延期したいと考える方の割合は増加しました。実際には意思決定支援ツールを見る前は、39歳から49歳の女性の27%が検査を延期したいと考えていましたが、ツールで学習した後には38.5%に上昇しました。
また、調査では、意思決定支援ツールを見た後、現在の年齢でマンモグラフィ検査を受けることを望む女性が事前には67.6%であったのに、それが57.2%まで減少した。さらに開始を50歳まで待つことを望む女性が増えた(8.5%が18%に増えた)ことも明らかになりました。

どのような情報が彼女たちの見解を変えたのでしょう。
調査対象となった女性の37.4%が、意思決定支援ツール内の、過剰診断に関する情報に「驚いた」と答え、28.1%が医師から言われたことと違っていたと報告しています。

やはりこのツールで提供される、マンモグラフィ検診の”害”についての情報がこの傾向を生み出していることがわかります。過剰診断による害とは、貴方が乳がんでもないのに乳がんの疑いがあるとされる、あるいは乳がんがあるのに、ないとされることを含みます。それによって不必要な治療を受けるデメリットも含みます。意思決定支援ツールでは、過剰診断リスクがスクリーニングでがんとして発見された異常全体の割合(12~22%)として提示されています。これではその”害”に直面する頻度が、非常に高いように感じます。

しかし実際医は 絶対数、つまり検診を受けられた方全体でみれば、1,000人あたり1~3件に過ぎず、そうして提示された場合よりもリスクが高いと認識される可能性があると思われます。

今回の改正では、検診の対象範囲(年齢)が拡大されましたが、同時に情報提供によって、受診を自分から控える人が増えるという皮肉な結果につながっているようです。これでは本末転倒のように思います。

たとえば抗がん剤、それこそ目薬であっても、薬には必ず副作用があります。しかし薬は副作用のために使用するのではありません。効果のために使用するのです。効果が十分に伝わっていないのに、副作用の説明ばかりしてしまえば誰だって使用をためらいます。

隔年を毎年にすれば害、貴方が乳がんでもないのに乳がんの疑いがあるとされる、あるいは乳がんがあるのに、ないとされることを含みます。それによって不必要な治療を受ける、そういう機会が10%増えます。しかし隔年を毎年にすれば、乳がんによる死亡率が10%下がります。
そもそもこの数値を比べていることがナンセンスです。
白菜を市場に運びたい、でもあと1㎏が載せられない。ここで捨てるしかなくなる。
だから今馬車に乗せている金塊1㎏を捨てて行こう、みたいに聞こえます。

どちらにしても、主治医としっかり話し合って、自分なりの乳がん検診の在り方をしっかり把握して、受けていかれるようにしていただきたいものです。

まとめ

・米国で推奨されている乳がん検診は、隔年でのマンモグラフィ検査の実施です。しかしそれは乳がんの平均リスクの方を対象としており、平均以上のリスクのある方は含みません。加えて高濃度乳腺である方、40歳以下、74歳以上の方を含みません。

・たしかに検診にも害はあります。ただ害だけをみて判断することは間違いです。すべてはバランスによるものです。メリットデメリットをしっかり把握して、自分に最善の検診の在り方を考えていきましょう。

2024.07.19

これ本当? ホルモン療法を受けている高齢乳がん患者の一部で認知症リスクが減少

メディケア(米国の保険制度)患者を対象とした遡及的研究によると、乳がんを患う高齢女性に対するホルモン療法を施行した場合、その後のその患者さんの認知症リスクの低減と関連していることが示唆されました。サウスカロライナ大学コロンビア校のチャオ・カイ博士らがJAMAネットワークオープンで報告しています。Cai C, Strickland K, Knudsen S, Tucker SB, Chidrala CS, Modugno F: Alzheimer Disease and Related Dementia Following Hormone-Modulating Therapy in Patients With Breast Cancer. JAMA Network Open 2024, 7(7):e2422493.

ホルモン療法を受けた乳がん患者は、ホルモン療法を受けなかった患者と比較して、平均12年間の追跡期間中に認知症のリスクが7%低かったとのこと。(HR 0.93、95%CI 0.88-0.98、P =0.005)しかしその効果は年齢によって反対の効果にもなっていたようです。

認知症のリスク低下は、65~69歳の乳がん患者群で最も顕著に認められました(HR 0.48、95% CI 0.43~0.53)。しかしこの関連性は加齢とともに減少しました。

80歳になると、ホルモン療法の使用は認知症リスクとの正の関連性に移行し(HR 1.40、95% CI 1.29~1.53)、90歳以降までその傾向が続きました。

またこの効果は人種によっても異なる結果になっており、ホルモン療法を受けた65~74歳の黒人乳がん患者では、相対リスクが24%減少しました(HR 0.76、95% CI 0.62~0.92)。同じ年齢層の白人乳がん患者では、相対リスクが11%減少しました(HR 0.89、95% CI 0.81~0.97)。

「ホルモン治療のような特定の治療法から、認知症リスクの低減という恩恵を受ける可能性のあるのは、特定の一群であり、全員には当てはまらない」と、Cai氏は語っています。「結果を最適化し、リスクを最小限に抑えるためには、患者の年齢や人種などの個人的要因を考慮するべきである。」

薬剤ごとの認知症への影響も、人種によって異なるようです。

65~74 歳の黒人女性の場合、アロマターゼ阻害剤の使用は、SERM(タモキシフェンなど)(HR 0.80、95% CI 0.57~1.11)よりもわずかに強い関連性を示しました(HR 0.73、95% CI 0.59~0.91)が、SERMに関する知見は有意ではなかった。

65~74 歳の白人女性では、SERMによりリスクが有意に減少しました(HR 0.81、95% CI 0.70~0.94)。

多くの乳がんはホルモン受容体陽性で、エストロゲン(女性ホルモン)ががん細胞の増殖に及ぼす影響を阻止するためにホルモン療法で治療されています。ホルモン療法は乳がんの生存率を高める可能性があるが、認知機能の低下との関連も報告されていると、カイ氏と共著者らは指摘しました。過去の研究では、ホルモン療法との関連はないという反対の結果もあり、逆にホン論文のようにホルモン療法による予防効果があるとするもの、または認知症リスクの増加が示されたなど、一定した結果は出ていませんでした。

話はそう単純ではないようです。
Chai氏らは、がん登録データとメディケア請求を組み合わせた監視、疫学、SEERとメディケアの連携データベースを使用して、2007年から2009年の間に新たに乳がんと診断された65歳以上の女性を特定してかいせきしました。認知症の既往歴がある患者や、乳がんの診断前にホルモン調節療法を受けていた患者は除外しています。彼らは、がん治療のためにホルモン療法を受けた女性と受けなかった女性を比較し、乳がんの診断から2019年末まで最低10年間追跡調査しました。ホルモン療法を受けているかどうか、の定義に関しては乳がんの初回診断から3年以内に、タモキシフェンなどのSERM、アロマターゼ阻害剤、ゾラデックスなどの選択的エストロゲン受容体分解薬など、少なくとも1種類のホルモン調節薬の投与を開始したことと定義しました。合計で 18,808 人の女性がこの研究に含まれ、そのうち 65.7% がホルモン療法を受けていました。最も一般的な年齢層は 75 ~ 79 歳で、女性の 80% 以上が白人、約 7% が黒人でした。ほとんどの女性 (76.1%) がアロマターゼ阻害剤によるホルモン療法を開始していました。

衝撃的な内容だったので、ここで紹介しました。ホルモン療法と認知症リスクには何らかの関係がありそうではあるのですが、実際の治療で認知症リスク改善を狙って投与することは時期尚早でしょう。そもそも人種ごとに差があると書いているのに、アジア系の人の調査は行われていません。

ホルモン剤が投与されていない乳がん患者さんはトリプルネガティブ乳がんが、HER2エンリッチ乳がん症例のはずです。投与されているひとはルミナールタイプです。こうした乳がんのサブタイプごとの発生リスクと遺伝の関係は絶対ではありませんが、0ではありません。ホルモン剤が直接認知症を抑えているのではなくて、ルミナールタイプの乳がんになりやすい遺伝子を持った方が認知症になりにくいのかもしれません。またホルモン剤を投与されている方は投与されていない方よりもどうしても医療機関を受診する機会が増えます。そのため高血圧や、糖尿病など、認知症リスクに直結する疾患が早く見つかり、治療されているからなのかもしれません。

ホルモン療法と認知症に関するさまざまな研究は以前から行われているようです。しかしこういうテーマで研究を行う場合、遡及的研究(いままでの過去の症例をさかのぼって検索すること)設計では、なかなか思うような結果には至らないことが多いのが現実です。

あえて認知症の発症に研究対象を絞って、健康な人を、ホルモン剤を投与した群としなかった群に分けて調査する必要があります。それだと本来ホルモン剤が必要でもなんでもない人に何年も投与することになってしまうことを考えると、真の答えを見つけるのは難しいかもしれません。

2024.07.17

雨の乳がん学会総会 その2 中間期がん(検診と検診の間に見つかるがんという考え方)

「私はきちんと2年に1回 マンモグラフィ検診を受けているから大丈夫」

以前にも触れましたが、米国予防サービス特別委員会 (USPSTF) による乳がんスクリーニングガイドラインでは、すべての女性が40歳から隔年で乳がんの検査を受けることを推奨しています。これはしかしBグレードの推奨です。Aではありません。隔年、あるいは毎年でもマンモグラフィによる乳がん検診を受ければ、乳がん死は抑制されるという確実な証拠があります。これは間違いない。ならばなぜBなのでしょうか。
その勧告は、科学的証拠に基づいて評価され、勧告の強度はAからDまでの等級で示されます。A等級は高い推奨度を示し、D等級は効果がないか、または害があるという証拠があることを示します。
最新のガイドラインでは、開始年齢が引き下げられ、40歳から隔年で乳がんの検査を受けることを推奨していますが、これはBグレードの推奨とされ、純利益が中程度である、または中程度の効果があるという高い確実性があることを意味しています。なぜAではないのでしょうか。

もし本当に”きちんと2年に1回 マンモグラフィ検診を受けているから大丈夫”であるのなら、それを1年に1回、そして半年に1回、3か月に1回としていけば、ほぼ100%大丈夫、でなければなりません。
しかし少なくとも1年に1回で北斗さんや、小林麻央さんの例があるように100%大丈夫ではありません。早期発見できないこともある。では半年、3か月に1回ではどうでしょうか?

これも前述しましたが、米国予防サービス特別委員会 (USPSTF) による乳がんスクリーニングガイドラインはMonticcioloをはじめとする研究者らによる、がん介入・監視モデリングネットワーク(CISNET)の2023年乳がんスクリーニング結果に基づいて定められました。研究者らは乳がん検診の利点とリスクを以下の4つの異なるシナリオで比較しました。

1、50~74歳の女性を対象とした2年に1回の検診
2、40歳から74歳の女性を対象とした2年に1回の検診
3、40歳から74歳の女性を対象とした年1回の検診
4、40歳から79歳の女性を対象とした年1回の検診

結論として、Monticcioloは、40歳から79歳の女性を対象にデジタルマンモグラフィまたはトモシンセシスによる年1回のスクリーニング(つまりシナリオ4)により死亡率が41.7%減少することを発見しました。一方、シナリオ1では25.4%減少し、シナリオ2では30.0%減少しました。

つまり2年に1回を、1年に1回にしても乳がんで死亡する確率を10%下げるだけだったのです。
私の医療圏では140名の方が亡くなっていると言いました。2年に1回の検診を1年に1回の検診に倍に増やしても、140名が120名になるだけなのです。それが小さいとは言いません。ただ医療コストは単純に倍になるので、それに見合わないとは言えると思います。

ましてやこれでは「私はきちんと2年に1回 マンモグラフィ検診を受けているから大丈夫」とは言えないのではないでしょうか。推奨グレードAとはとても言えないでしょう。

例えば毎年歯科受診をしている方は、受診していない方よりも齲歯は少ない。

学校以外に塾に通う子は通っていない子より成績がいい傾向がある。

ただそれは歯科医が何かしたからよりも、そういう人の方が、日常での意識が高く、しっかり気を付けて歯磨きをするからではないのでしょうか?年1回の歯科医の処置よりもその方が大きいのではないか。

塾も、週に1-2時間受けている講義で何を習っているかよりも、そういう意識がある子の方が普段から勉強する傾向が高いから成績が良くなるのではないでしょうか。

 隔年のマンモグラフィ検診で、乳がんを全例確実に早期で発見できるから乳がん死の抑制効果が出ているのではない。検診を受けておられる方は、普段から乳腺に気を付けて自己検診をしており、気になったらすぐに施設を受診する心構えができているから、乳がん死が抑制できているのではないか。

ちなみに検診を定期的に受けておられる方が、それでも検診ではなく、ご自分で腫瘤に気づいて乳がんを発見してしまう場合、これを中間期乳がんと言います。

Orsiniらの研究によれば、定期的に検診を受けている方で、検診と検診との中間期に自覚症状で発見される乳がん症例は全発見症例の28.9%にのぼり、その腫瘍の平均サイズは18mmでした。
Orsini L, Czene K, Humphreys K: Random effects models of tumour growth for investigating interval breast cancer. Statistics in Medicine 2024.

逆に定期検診を受けないから乳がん死に至るのではなく、定期検診を受けない方は、乳腺に関心がないから進行するまで乳がんを放置していて死に至るのではないか。

私が経験した過去3年以内に検診歴のない自己発見乳がん症例1541例における腫瘍サイズは触診では24.0mm、病理切片上では23.4mmでした。同じ自分で触って乳がんを発見したとしても、検診を定期的に受けられている方ではサイズを小さく見つける傾向があります。検診を受けられない方は進行して見つかる、それは常識ともいえるがそれは検診が直接的に影響しているだけではないのかもしれません。

早期発見にこだわらないとすれば、もともと乳がんは検診を受けなくても自己チェックで発見できます。だとすれば隔年施行されるだけの乳がん検診の精度をあげることよりも、乳がん検診の受診率をあげることの方が乳がん死の抑制効果はよほど大きい可能性が高いといえます。さらにそれによって自己検診をさせる動機付けを行い、日常の乳がんに対する意識を高めることで乳がん死を抑制することに貢献する効果も無視できないのではないでしょうか。

われわれ検診クリニックは、来られた患者さんの乳がんを早期発見することはもちろん必須です。

でもおなじくらいの努力が、受診される方の動機づけと、その方の日常の意識改革、自己検診の教育に向けられていなければならないのではないか、そう思います。

2024.07.17

雨の乳がん学会総会

最近 投稿が滞っていました。少しつれつれ雑談をしてみようと思います。

今年も日本乳がん学会総会が仙台で開催されました。
3日間の日程ですが、雨にたたられっぱなしで学会会場にこもっているしかない、という状況は、勉強熱心な学会会員の皆様には何ともないかもしれませんが、せっかく仙台まで来たのだからと思っている私のような人間には少し残念なお天気になりました。学会会場のそばに伊達政宗の銅像がある青葉城があったりするのですが、散歩をして上がるのにも雨は降る、蒸す、足はべたべたする、メガネは濡れる曇る、でさんざんです。

日程の間を縫って、レンタカーを借りて松島まで行ってみることにしました。
夕方の風景を期待してワイパーを振りながら松島につきましたが、しっかり雨。ガスっていて遠景は期待できません。それでもと思い、遊覧船乗り場についてみたら16時が最終とのこと、着いたのは16時半でしたからあきらめざるを得ませんでした。調べてから行けよ、声が聞こえます。夏は日が長いので時間間隔がくるっていたようです。運航しているかなと。まあ考えてみれば当たり前の時間ですね。

仕方なく、車でうろうろして少しでも長めのいいところを探しました。

日本三景の一つですが、こういう細かな島が点在している風景は瀬戸内の風景を見慣れている私には普通のことです。松島を松島たらしめているものは、やはり自生している?、もしかしたら植えたのかもしれませんが、島を植えつくすように茂っている立派な松の森なのだな、とわかりました。

日本画を好む人たちにはたまらない風景なのだろうと思います。
雨ですが、日本画どころか水墨画ならそれもまたよしなのでしょうか。

思い出されるのは東北の大震災です。津波はここまで来ていたはずですが、松が損傷を受けたようには見えませんでした。複雑に入り組んだ島や、それこそ生い茂る木々が防波堤の役割を果たしたらしく、大きな被害にはならなかった、と聞きました。古刹はもともとそうした土地を選び、立てられているからこそ古刹なのであって、そういう何百年も経たような古い建物がたくさん残っているような土地はもともと災害にも強いのだろうな、と思いました。

さてそろそろ乳がんの話

基本的に我が国の医療は皆保険制度によって成り立っています。しかし検診は原則自費です。最近では企業や自治体が補助をしてくださって、無料で受けられる検診もありますが、その意味からは皆さんは決して安くない金額を払って検診を受けられているわけです。
その意味からは来院される方の“ニーズ”に私は答えなければなりません。とはいえ来院される方のニーズは人それぞれであり、また誤解されている方もおられます。ただ我々は乳腺クリニックです、比較的ニーズは絞られます。

乳腺クリニックを検診目的で受診される方の究極のニーズは自らの乳がん死を無くすこと、です。

検診は何回受けても、どれくらいの頻度で受けられたとしても、乳がんにならないようにはできません。執筆時2024年に開催されている日本乳癌学会総会では現在年間約9万人の日本人女性が新たに乳がんと診断され、うち約1万4,000人が乳がんで亡くなっていると提示されました。約15%が亡くなっている計算になります。

私の施設の医療圏は100万人なので、私以外の先生も含めて、日本の人口の1億人のうちの100万人、100分の1を担当しています。日本で年間9万人が乳がんになられるのなら私の地域では900人が乳がんに罹患されている計算になります。そしてその15%である140人の乳がんで亡くなってしまう運命を変えることが役割になります。

しかし私は乳がんを治療する立場にない。治療はできません。検診を生業にしています。

誤解を恐れずに言いますが、その患者さんの乳がん死を無くす、という大きな目標においては、基幹病院などの治療施設よりもわれわれの方が役割は大きいと思っています。
乳がんの診断がつき、治療施設を受診した時には実はその乳がんが死に至らず、治癒するかどうかもう確率的に決まっています。治療施設はガイドラインに決められた内容を決められた手順通りに行っています。したがって治療施設が最大限の努力をしているのは、標準治療に劣ることのないようにはすることであり、それが当然ではありますが、それによって治癒する確率は決まっています。保険診療の範囲は限定しているのでなおさらです。

もしかすると現在行われている臨床試験の中には将来標準治療になるような、現状を変えてしまうような治療法や薬剤があるかもしれません。しかしそれは誰にもわかりません。もしかすると標準治療よりも劣るかもしれない。保険適応でもありません。

その方を乳がんで亡くなる運命から救う、それには治癒可能な早期で発見するしかないのです。幸い現状でも浸潤性乳がんのステージIの5年生存率は99%に達しています。我々の地域の年間900人乳がん患者さんの全員が早期で発見される、それが達成できれば事実上ほぼ乳がん死は亡くなります。そしてそれができるのは、私のような最前線の検診施設なのです。

私たちは乳がんで亡くなる方を0にすることを目指して、一人でも多く早期発見し、治癒する段階で見つける努力を継続することが使命になります。具体的には目指すものは二つ、乳がん検診の受診率を100%とする。乳がん検診の早期発見の精度を100%とする。この二つでしょう。そしておそらく前者の乳がん検診の受診率をあげる、これがもっとも効果が大きい。

しかしそれが一番難しいことでもあります。